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団塊の世代のつぶやき

誇れる日本を取り戻そう

★英語力を培う勉強とは?天才と秀才・努力家の違いとは?

2017年03月25日 | 素晴らしい日本語

  何時もの青山さんの「答える」が、何時もと毛色が違っていて興味深く見ました。青山さん得意の英語の勉強は、目から鱗でした。

  もう一つ面白かったのが、最後に、青山さんが良く触れている青山千春博士のギャンブルの天才の話でした。

  青山さんが、馬券を買ってくれと頼んだら、「運を、そんなことで使いたくない」と断られたという話を聞いて、あの運が強いと言うことで連合艦隊指令長官に選ばれたと言う東郷平八郎が、運を無駄使いしないと言ったということを思い出しました。どこで読んだか、ネットを探しましたが、見つけることが出来ませんでした。てっきりねずさんのところだと思ったのですが、探せませんでした。


  人間、やはり分がありそうですね。バカな自分と比べて、つくづく納得させられます。


★日本の文化力と発想を世界へ!

2017年03月15日 | 素晴らしい日本語

  久し振りの【Japan Spirit】は、前回の、1 月 11日(水)、第937回の「日本人が世界に誇れること」の続きで、ハワイ生まれのルーシーさんが、日本の素晴らしさを語ってくれています。

  それにしても、ルーシーさんのポジティブな考え方は参考になります。私とは、真逆の性格で、羨ましい限りです。
  この人は、何をやっても成功するでしょうね。
  


  やはり、日本を一日も早く再生し、世界へその素晴らしさを広げることが望まれます。

  その為には、日本語を世界共通語とすべきでしょう。


資生堂、英語を公用語に

2017年03月02日 | 素晴らしい日本語

  楽天や本田など英語を公用語にする日本語の素晴らしさを認識していない企業に、何を考えているのかと書いてきましたが、今度は、資生堂だそうです。

  楽天もそうですが、資生堂の社長も外資系を渡り歩いてきた英語が得意の方のようです。もしかしたら、こうした方達は英語で社員にはったりをかましているのじゃないかと思うのは私だけでしょうか。
  と言うか、この人達は、日本語の素晴らしさだけでなく、日本の歴史も知らないのじゃないでしょうか。

  日経電子版より    2017/2/20

   資 生堂、英語を公用語に 18年に本社部門で

 資生堂は2018年10月をメドに本社部門の公用語を英語にする。グローバル化に伴う取り組みの一環で、社内文書や会議のやり 取りを英語で行うことを検討する。

 20日、魚谷雅彦社長が明らかにした。15年に地域本社制にして日米欧中アジアなどの地域ごとの収益管理や商品開発を進める体 制にした。本社機能を持つ日本は業務の支援の役割を求められており、一連の業務を英語で行うことで円滑な支援につなげる。

 日常会話などは日本語のままだが、会議での言語や資料は英語にすることを検討する。

  偶然ですが、武田鉄矢さんんが「今朝の三枚おろし」で、日本語の素晴らしさを語ってくれている動画を見つけました。

 

日本語に動 詞が少ないのはなぜか? 武田鉄矢・今朝の三枚おろし



  英語で仕事をされる人を非難する気はありませんが、日本の企業で公用語というのは、社内の意志の疎通を欠くことになり、いずれ業績を落とすことになるのじゃないでしょうか。

  やはり、素晴らしい日本語を世界の共通後にする方が、世界に取って、やるべきことだと思います。

★日本語の権力と漢字の権力

2016年12月19日 | 素晴らしい日本語

  韓国の終焉も、いよいよ秒読みに入ったのじゃないかと密かに喜んでいる毎日ですが、これが中国と同じで、中々私の期待に答えてくれないのが悔しいですね。

  ところで、何時ものねずさんが、中韓がどうしてあれ程民度が低いのかを納得させてくれることを書いてくれています。
  本当に、ねずさんの考察には驚くことばかりです。もし、私がネットをやらずにねずさんのブログにも行き着いてなかったら未だに日本嫌いでいたのじゃないかと恐ろしくなります。
  どうか、一人でも多くの人がねずさんのブログで目覚めて下さい。そうすれば、日本の再生なんて一気に進むでしょう。

  やはり、日本の教育の改革で、ねずさんの説が子供達に教えられるようになる日が来ることを願いましょう。

  何時ものように、全文は是非リンク元で読んでください。

  ねずさんと学ぶシラス国の物語よ り  2016年12月11日
 
  日 本語の権力と漢字の権力

   「権力」とか「権威」に使われる「権」という字が、実はたいへんにおもしろいです。
「権」は、旧字が「權」です。
これは木偏に「雚」と書くのですが、その「雚」は、上の部分がフクロウの目、下の部分が小鳥を意味しています。
つまり「森の木で楽しく遊んでいる小鳥を、肉食の猛禽類であるフクロウが、捕食するために木の上からいまにも襲いかかろうと、 狙っている姿」が、もともとの「権」という字の成り立ちです。
つまり漢族にとって、「権」というのは、人に目をつける、目を付けられたら食べられてしまうという、おそろしい字です。

ところがおもしろいことに、日本人は、この文字を輸入するにあたり、「はかり、かり」という大和言葉を当てました。
「はかり」というのは、古代においては、天秤(てんびん)のことです。
つまり、左右のバランスをとることが「権」だというのです。

また「かり」というのは、「間を取り持つ」ということです。
正の大納言、権の大納言のように使われますが、今風に言ったら、これは部長と副部長のようなものです。
閣僚でも、大臣の下に副大臣がいますが、副大臣というのは、未来の大臣候補という意味合いもあります。
とって、仮の大臣というわけではありませんし、大臣と省庁の官僚、あるいは民衆との間の釣り合いをとる、という意味もありますか ら、昔は、ただの「副えもの」という意味の「副大臣」や「副部長」ではなく、「権大臣」、「権部長」みたいな表現をしていたわけ です。 …略


  文化のギャップというのは、おそろしいものです。
ですから最近は日本の中に、日本に住んで日本語を話して日本人のような顔をしている日本人でないけれど漢字を扱う人が増えてき て、彼らは一様に口をひらけば「人権を守れ!」、「人権が大事だ!」といいます。
聞いている日本人は、勝手に「私たちの生きる権利を守ろうとしてくれているありがたい人たち」と思い込みます。
ところが、言っている当の本人たちは、「俺の稼ぎを守れ!」「俺の稼ぎが大事だ!」と言っているのです。
それに騙されて、一緒になって「人権を守れ」と言っている日本人こそ、大間抜けのお人好しということになります。

この違いを理解しないで、国会で与野党入り乱れて論戦をしても、議論がかみあうはずがありません。
また「人権派の弁護士」などというと、いかにも、やさしそうな、人を大切にする先生のようなイメージがありますけれど、その内実 は、俺の稼ぎが欲しいだけの、人を喰い物にする弁護士ということに、漢字の意味はなってしまいます。

日本人になるということは、「日本に住んでいる」ということや、日本語に堪能である、ということではないと思います。
人と人とが支え合う社会、迷惑をかけることがないように、お互いに、我儘を抑え自粛して、みんなが繁栄していくことができるよう にしていく、思いやりがあって、お天道様の下で天皇を敬う社会の一員になって生きる人になる、ということです。

そのことが理解できていれば、日本に住んでいなくても、また日本語がわからなくても、それは日本人です。
逆に、日本に住んでいて日本語が堪能でも、それがわからないなら、日本人ではないということです。

  この日本人でない人ってどこの国の人でしょうか。気の毒な人達ですね。日本人にも日本人を捨てた人が沢山いるようですが、お気の毒としか言いようがないですね。

 


★教科書から消えた、唱歌・叙情歌の歌詞

2016年09月22日 | 素晴らしい日本語

  高山さんが、フィリピンのドゥテルテ大統領の アメリカ に対する発言の裏を教えてくれています。何時も、欧米のやってきたことの残虐さなどをきちんと教えてくれて、平和ボケの私の目を 覚ましてくれますが、今回の話も目から鱗でした。

  後半の、唱歌の話題も、昨日の日本語の素晴らしさにも通じて考えさせられます。童謡や唱歌も反日売国左翼日教組など によって 排除されてきたことを思うと、本当に腹が立ちますね。

  こんなところからも、日本の崩壊を仕掛けているんですね。

  唱歌と言えば、2015年4月 4日 (土)、第 5662回の「唱 歌と童謡は何が違うの」などでも取り上げてきましたが、どうして、日本にはこんな素晴らしい歌が沢山あるん でしょ う。
  やはり、もう一度取り戻して、子供達に教えて貰いたいものです。なんでもかんでも、戦争に結びつけて排除しようとす る反日売 国左翼には、本当にがっかりさせられます。


★★日本語の特徴と日本人の脳の働き

2016年09月21日 | 素晴らしい日本語

  日本語という世界に誇るべき言語を持つ日本 で、自虐史 観に犯された政治家や官僚、経済界などが、小学校から英語を導入しようと必死のようです。

  その恐ろしさを、9月 6日 (火)、第 810回の「英 語化は愚民化!? 英語偏重教育に潜むワナ」などで何度も取り上げてきました。

  そんな日本語の素晴らしさを詳しく教えてくれている動画がありました。少し長いですが、見る価値はあります。と言う か、子供 に英語を何てとんでもないことを目論んでいる政・官・財の偉いさん達に是非見て貰いたい。
  日本語を蔑ろにして英語を教えることが日本の滅亡につながるという恐ろしさに気がつくべきです。

  日本語で育たないと、虫の音や鳥のさえずりも聞き分けられないという恐ろしいことになることを、2014年4月30 日 (水)、第 5337回の「鶯 の鳴き声が分らない」などで取り上げてきましたが、それも、見事に証明してくれています。

  日本語で育った人とポリネシア語で育った人だけが母音や虫の声を左脳で認識するのだそうです。

 それは、母音に意味のある語が多いからなのだそうです。

  日本語で育てることの大切さを思い知るでしょう。それでも、英語で育てたいですか。文化省にはこれを知る人は居 ないの でしょうか。
 
 


  やはり、日本語は素晴らしいですね。我が先人の凄さを思い知らされます。そんな素晴らしい日本語を捨てようとする勢 力は、自 虐史観に犯された売国奴としか言いようがないですね。
  2014 年3月3日(月)、第 5279回の「日 本語を 世界共通語に」なんて、書きましたが、冗談抜きで、それこそが地球の平和に繋がるのじゃないでしょ うか。


★男言葉、女言葉

2016年09月08日 | 素晴らしい日本語

  昨日の「『平成の修身』#14(女性論)」 で、日本の 家族制度などの素晴らしい文化が壊されようとしていることを取上げました。

  偶然でしょうか、ねずさんがその文化破壊の凄まじさを教えてくれています。何と、ここでも、日本が大嫌いな朝鮮人の 影響があ るようです。


  何時ものように、全文はリンク元で読んでください。今回も目から鱗です。男言葉と女言葉は、役割の違いを自 覚するた めだそうです。やはり、日本語は凄い。これは、どうあっても日本語こそ世界共通後にすべきですね。
  尤も、その前に、日本人が取り戻す必要がありそうです。できるでしょうか。

  ねずさんと学ぶシラス国の物 語よ り    2016年09月01日
  男 言葉、女言葉

  日本語の大きな特徴として男女による言葉遣いの違いがあります。

「楽しいわね」
「うん。楽しいぜ」
と書けば、どちらが男でどちらが女とわざわざ注釈しなくても、どっちが男でどっちが女かわかります。

ところが最近、特に反日色が濃いと言われるテレビにおいて、そのドラマなどで使われる言葉が、かなりおかしなも のになっ てきています。
女性が男性語を使い、男性が女性語を使うのです。

「お前たち、捜査を実施してくれないか」
「あらまあ、捜査するのよね」

どうみても上が男言葉、下が女言葉です。
ところが、番組では、上のセリフが女性、下が男性のセリフです。…中略


 そもそもこうした男言葉、女言葉が、意図的に壊されている背景には、テレビ局の要職に、日本人でない、日本文化を理解 しない人 たちがずいぶんといることが原因だと、局の方から聞きました。

なるほど韓国には、日本語にあるような男言葉、女言葉はありません。
「食事に行こうか」
「いきたいですわ」
などという、言葉による男女の違いがもともとない。
ないから、日本語に性差があるということが理解できない。
だから、日本語にも必要が無いのではないかと、彼らの文化(といえるのかどうかは知りませんが)をゴリ押しする。

そしてそういうものが、いつのまにかクリエイティブだと、すり替えが行われています。
とんでもない話です。
それは、コリエイティブであって、クリエイティブとは対極にあるただの文化痴呆です。
その結果、番組中の男言葉、女言葉が、完全に崩壊してしまっています。

男言葉、女言葉は、もともと「役割語」の一種です。
役割語というのは、落語などを聞くとよくわかるのですが、

町人「へい、旦那、おはようさんです」
男性「おお、熊か。よく来たの。こっちへ来て座りなさい」
女性「あら熊さん、おひさしぶりだこと」
ご隠居「こら、熊!、その服装はなんじゃ!」

などと使い分けられます。
「~じゃ」という言い方は、なんだかちょっと偉い人が使う言葉で、これは江戸に幕府を開いたときに、関西から土木の技術 者の親方 や、設計などの知識人を大量に呼び寄せ、彼らが関西語を話したことに由来します。

要するに、男と女、社会における所属カテゴリーによって、それぞれに言葉の使い分けがあり、なかでも代表的なのが、男言 葉、女言 葉であるわけです。

なぜこのような言葉の性差が生まれたかというと、これがまた実に日本的です。
日本では、男も女も、あるいは武士町人も、すべては人として互いに対等な存在です。
人として対等な中で互いの役割を果たしていこうとします。

ですから、兄弟であれば、弟は「◯夫」と呼び捨てにされますが、兄は常に「お兄ちゃん」と呼ばれます。
人としては対等ですが、兄には兄としての役割を果すための自覚が常に求められるからです。

これと同じで、男は男としての、女は女として、互いの特徴を活かして、子や孫たちが幸せに暮らせるようにしていく。
そのために、「男は男らしく、女は女らしく」と育てられたのです。
そしてこのことがあるから、男女の言葉の違いも生まれてきたわけです。

こうしたことは、人々が奴隷として支配され、収奪されているだけの社会には、絶対に育まれません。
人として対等だから、意図して役割語が育まれるのです。
上下と支配、支配と隷属の関係だけなら、役割語は不要です。
なぜなら、命令には服従しかなく、そこに言葉上の役割語は必要ないからです。
言うことを聞かなければ、殺すだけです。
まして、男言葉、女言葉など、まるで必要性がない。…以下略

  おかしな言葉遣いが増えているとは思ってましたが、反日売国左翼メディアの恐ろしさは、こんなところまできているん ですね。
  やはり、中韓との国交断絶は、どうあっても成し遂げなければなりません。ネットでも、そんなことは不可能と言われて います が、そんな生ぬるいことでは日本はボロボロにされます。
  未来永劫、中韓とは付き合わないという憲法を作りましょう。


★★英語化は愚民化!? 英語偏重教育に潜むワナ

2016年09月06日 | 素晴らしい日本語

  日本の歴史を知らない官僚の代表的な外務省が 日本を貶 める外交をやるという絶望的な自体に怒りを毎日のようにかいていますが、どうやら、文化省も教育という大変なところで、とんでも ないことをやろうとしているようです。

  それは、8月17日 (水)、第 410回の「日 本語は天才である」などで何度も取上げてきた小学低学年からの英語教育です。
  と言うか、やはり、本当の日本の歴史も文化も理解していない戦後のGHQと日教組の企みの中での優等生が官僚になっ ているこ とに最大の問題がありそうです。つまりは、無知による良い事をやっているという錯覚による政策で日本を引っ張って行こうとしてい るということです。
  これぞ、余計なお世話というものです。結局、外務省にしろ文化省にしろ、兎に角、日本の官僚の再用には正しい日本の 歴史・文 化などの厳しい試験を行うべきです。もちろん、今の官僚の教育の方が急がれますが、これも難しそうですね。
  
  この英語教育の恐ろしさを警告してくれている素晴らしい本を施 光恒(せ てるひさ)さんという方が書いてくれたようです。
  
  CGS で神谷さんと対談してくれています。シリーズになるそうですから楽しみです。
  
  英 語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる (集英社新書) 新書 – 2015/7/17 施 光恒 (著)

少し古いですが、施光恒さん達若手と西部さんの、この英語教育に関連する動画がありました。これも良いですよ。

  やはり、きちんと本当の日本を理解している官僚が必要ですね。反日売国左翼とまで言わなくても、日本の歴史を知らな い人達が 日本の中枢で、良かれと思っていなないことをしているのが問題ですね。


★日本語は天才である

2016年08月17日 | 素晴らしい日本語

  又しても、日本を劣化させようと文化省が企ん でいるのでしょうか。相変わらず、子供達 に歴史より英語を教えようとしているようです。

  2014 年3月3日(月)、 第 5279回の「日 本語を世界共通語に」などで取り上げてきたように、日本には素晴らしい言語があります。これを第一に教 え、歴史 をきちんと勉強していれば、その後に必要に応じて英語の勉強をすれば十分間に合うと、実際に英語をものにしている人程、主張 されています。

  只の英語使いの弊害が自虐史観に犯された外務省の体たらくで明らかでしょう。そんな、きちんとした日本語と歴史 の裏付け のない人達を世界に出すことは日本にとって害にしかなりません。

  そんな日本語の素晴らしさを産経抄が取り上げてくれています。   

  産経 ニュースよ り    2016.8.4


 【産経抄】日 本語は天才である 
  
 昨日、訃報が届いた翻訳家の柳瀬尚紀さんには、『日本語は天才である』と題した著作がある。その事実に気づいたの は、40 年以上前の翻訳作業中だった。

 ▼ある日の朝早く、まだ空に残っていた丸い月に太陽が声をかけた。「You are a Full  Moon.」。する と、月が怒り出した。「You  are a fool , Moon.」と、聞き間違えたからだ。「きみは満月だ」「きみ はバカだ、お月さん」。英文解釈としては満点である。

 ▼柳瀬さんは、お月さんが聞き間違えた理由まで翻訳しようとして、考え続けた末にふと思いつく。「されば、かの満 月か」 「去れ、バカの満月か」。日本語は、「されば」という普段は使わない文語的表現を翻訳のために用意してくれていた。日本語が 天才である所以(ゆえん)である。

 ▼そんな日本語の力を信じて挑んだのが、20世紀でもっとも難解といわれるジェイムズ・ジョイスの『フィネガン ズ・ウェイ ク』の翻訳だった。英語のほか数十カ国語が交じり合い、しかもひとつの言葉にいくつもの意味が含まれている。

 

 ▼7年半かけて、平成5年に完訳にこぎつけたとき、「文学的事件」と話題になっ たもの だ。1日18時間机に向かっても、3行も進まない日があった。「椅子(いす)に座り続けて、痔(じ)になり、これも痔よ椅子 (ジョイス)のたたりと思ったことがあります」。駄洒落(だじゃれ)をはじめ、あらゆる言葉遊びを試し続けた日々を こう振り 返っていた。

 ▼猫と将棋の愛好家としても知られた、柳瀬さんの気がかりは、やはり日本語の将来だった。小紙のインタビューで も、カタカ ナ語の氾濫や自治体名のひらがな化を嘆いた後、こう締めくくっている。「私、一国主義者でしてね。一つの国語、何より日本語 を愛する頑固者なんですよ」。

  何時もの頂門 の一針の 常連投稿者である英語で仕事をしてこられた前田正晶さんの経験からの英五教育論が素晴らしい。文化省は、こういう意見をどう 聞くのか。それとも、やはり、日本を劣化させたいだけなのか。ここにも、隣の国の人が紛れ込んでいるのでしょう。

  前田さんのブログです。

  これも、日本語の素晴らしさを語ってくれています。


  私も、今更ながら、もっと、きちんと日本語と歴史の勉強をしたかったと悔やん でいます。子供達にそんな悲しい思いをさせたくない。


公文書現代文訳プロジェクト

2016年03月05日 | 素晴らしい日本語

  3 月 1 日、第 621回の「教育再生の核心は『国語』にあり!」で、松田雄一さんが、如何に、今の国語教育が危機的な状況 であるかを教えてくれました。
  団塊の世代の私など、もろにその影響を受けた最初の世代かもしれません。そのために、古典なんて全く読めません。古 典の授業なんて本当に興味が沸きませんでした。
  ただ、教科書に使われている中国の物語は面白そうだと興味がありました。それで、現代訳の三国志や水滸伝は夢中に なって読んだものです。産まれる前まで使われていた古典が読めないなんて、今更ながらに、戦後教育に腹が立ちます。

  偶然でしょうか、ねずさんが、面白いプロジェクトを取り上げてくれています。これは、本当に、日本にとっては危機で すね。漢字が読めなくなって、歴史が読めない、中韓を笑っている場合じゃないですね。

  小名木善行 ねずさんの ひとりごとより

  公 文書現代文訳プロジェクト

  明治以降の公文書は、国立公文書館だけでも100万冊以上あります。
ところがこれが旧仮名遣い、旧字、手書きされたものであることから、まさにWGIPの戦略通りで、戦後の日本人が現代カ ナしか使えなくなった結果、いつのまにか「誰も読めない、わからない文書」になってしまっています。

  そこで、これを読めるように解読し、テキストファイル化しようというプロジェクトがスタートしました。
それが「公文書現代文訳プロジェクト」です。

  主催は、公益財団法人防衛大学校学術教育振興会理事で、ZIGEN株式会社代表取締役、株式会社ぷれす顧問をお勤め になる及川正稔先生です。
その及川先生が、このたび、この「公文書現代文訳プロジェクト」の推進にあたり、クラウドファウンディングを開始されま した。

  クラウドファウンディングというのは、ネットを通じて寄付を呼びかけるもので、民衆(crowd)と資金調達 (funding)を組み合わせた新語です。

  歴史は、さまざまな史料を分析して過去の出来事を研究するものですが、新たな史料が見つかることで、それまでの常識 がひっくり返るということはよくあることです。
  戦後は、戦前のすべてが否定され、とにかく占領後の日本が良くなったという点ばかりが強調されてきましたが、実際の ところ、戦前のほうがはるかに優れていた点も、多々あろうかと思います。

  そうしたことを史実として再認識していくためには、戦前の過去の記録を、きちんと読み込んでいかなければならないわ けですが、その際の第一級の史料となるのが、公文書です。
  ところが使っている漢字は旧字体だし、手書きだし、歴史的仮名遣いだし、ネットのように文字検索ができるわけでもな し、結果として、戦前も戦後も、私たちは同じ日本人であるはずなのに、戦前の日本語を読めなくなってしまっています。

  そこで手書きで書かれたそうした文書を、まずはそのままテキスト化し、さらに現代語への訳文をつけていく。
対象は、100万冊以上ある明治初年から主権回復までの公文書です。
  気が遠くなるような作業ですが、これをきちんとテキスト化することで、私たちは日本をより一層、深く知ることができ るようになると思います。

  今回のこのファンドの募集は、4月24日までです。
  目標金額は100万円です。

  本当の近現代史を知るプロジェクトです。
  みなさまも、もしよろしければ、ご協力をお願いします。

  ▼クラウドファウンディングの本件説明ページ

  歴史 の欠片「公文書」を解読して本当の近現代史を知りたい(及川正稔(おいかわまさみ))

  これは、盲点でした。こんなことは、既に国がやっていると勝手に思ってました。これは、日本人が戦後に歴史を消され てしまって、自虐史観を植え付けられたことにも通じていますね。今更ながら、GHQの恐ろしさを思わざるを得ません。

  それでも、松田さんのような方のお陰で、子供達も育っているようです。松田さんに教わった子供達の成果の動画があり ます。教育の凄さを実感させられます。
  今更ながら、こうした教育を受けていたら、こんな何の取り柄もない私でも、もう少しマシな人間になっていたのじゃな いかと悔やまれます。本当に、教育が基本ですね。これなくして、日本の再生はないですね。

  やはり、日教組を叩き潰さないと、日本の崩壊は防げません。

  チャンネルグランドストラ テジーより

  「日 本人の為の国語(松田雄一先生)」の番組リスト

 

 


★★自国語が使えるあなたがた日本人が羨ましい

2016年01月30日 | 素晴らしい日本語

  今年の元旦に、第561回の「日本語は世界で唯一“植民化”されなかった言語」を取り上げ、日本の素晴らしさを書きました、

  その植民地されなかった言語の有難さを、実際にそういう目に会った外国人の方達の切実な言葉を何時もの、「国際派日本人教養講座」が取り上げてくれています。

  これを、読むと、先人の有難さを改めて思わざるを得ません。本当に、凄い国に生まれたものです。やはり、日本語こそ世界共通語にすべきですね。世界に、こんな凄い言葉はないでしょう。

  国際派日本人養成講座より  2016/01/24

  No.935 国際派日本人のための英語学習法とは ~ 読者の体験から  

  英語教育に関するお便りを通じて、国際派日本人のための英語学習法を再考する。

   前号「国際派日本人にお勧めの勉強法」 [a]には多くのお便りをいただいた。米国駐在十数年の元銀行マン、プロの通訳・翻訳者、英語教育専門家など、この分野で一家言ある人々から、ご意見をい ただいた。それらの中には、前号で語り尽くせなかった論点もあるので、これらの方々からのお便りを紹介しつつ、一緒に考えてみたい。

   ■1.「自国語が使えるあなたがた日本人が羨ましい」(「北米駐在十数年の元銀行マン」さん)

  完全に同感です。私が海外に駐在して知ったこと

 1.東南アジアなど旧植民地国の人が英語が上手なわけ

   彼らは真顔で言いました。「植民地にならず自国語が使えるあなたがた日本人が羨ましい。自分たちは英語を話さなければ生きていけないのです。」

 2.日本を知らなければ相手にされない。

   ビジネスの場面でも、社交でも、学校でも、こちらが日本人だと知ると必ず訊かれることは「日本ではどうなの?」。本や雑誌を取り寄せて日本の政治経済、伝統文化、歴史などを慌てて勉強する駐在員や子女の多かったこと・・・

 3.あなたのご意見は?

   「わが社の調査部によれば・・・」とか「大方の見方は・・・」と前置きして話し始めると途中で遮られ「あなた自身の意見が聞きたい」と言われ冷や汗をかきました。

   結論:英会話力が問われる場面は殆んどありませんでした。

  ■伊勢雅臣:

  「自分たちは英語を話さなければ生きていけないのです」というのは悲痛な言葉ですね。改めて、英語を話せなくとも十二分に生きて行ける日本の有り難さを感じます。

  「日本を知らなければ相手にされない」とは、多くの在留邦人が感じていることだと思います。弊誌の読者に海外在住の方が多いのも、これが原因でしょう。い くら英語ができても、日本の事を知らなければ、単なる二流の英米人に過ぎません。海外の人々が出会いたいのは「一流の日本人」なのです。

  「英会話力が問われる場面は殆んどありませんでした」とは、学校や受験勉強などで、英文法をある程度やられていたからだと推察します。文法力があれば、会話力は現地ですぐに伸びます。逆に文法を知らずに耳から覚えるだけでは論理的なコミュニケーションはできません。


  ■2.「フィリピンの本屋では英語の本しかなかった」(久夫さん)

   前にフィリピンの本屋に行った時、英語の本しかなくて、タガログ語の本がほとんどなかったことを思い出しました。母国語で大学レベル以上の知識が学べることは本当に恵まれているし、幸せなことだなと感じます。

  外国語は、英語英語にこだわらず、自分の趣味というか性格に合った言葉をひとつ身につければいいぐらいの感じが一番いいのかな?と思います。国際人になるには英語ができないと、という馬鹿な考えはやめたほうがいいです。

  それよりも、自分の性格や相性に合う外国語を一つ身につけるだけで国際感覚は十分に養えるのではないかと思います。要は得意言語をひとつ探せばいいということです。

  自分にとっては英語よりも中国語の方が性にあっていたし、勉強するのも苦ではありませんでした。

  ■伊勢雅臣:

  旧植民地では、知識階級は旧宗主国の言語で勉強、読書、仕事をします。フィリピンで英語を解しない人は知的階級ではないので、本など読まず、従ってタ ガログ語の本など置いてないのですね。国民が英語を話す知的階級と、タガログ語しか話せせない一般大衆に、階級分離してしまいます。国民の同胞感という点 では、これは大きなハンディです。

  我が国では、国民の分厚い中間層そのものが知的階級であり、日本語だけで知的教養を得られる、という幸福な状況にあります。

  なお、国際社会はいろいろな民族、文化、宗教が百花繚乱の状態で、「英語だけが外国語ではない」というのは、大切な国際常識です。タガログ語を勉強す る日本人がいれば、フィリピンの一般大衆の文化や心情を共感を持って理解できるでしょう。そういう多元的な国際理解をできることは、国際社会を生きていく 上で財産となります。

  我が国は、植民地にならずに済んだお陰で、明治時代からフランス語やドイツ語も含め、いろいろな国々に主体的に学んできました。日本人は日本語だけで 大学まで勉強できますが、その分、世界のいろいろな言語を自由に学んで、世界中の国民と親しくおつきあいができる、そんな国になると良いですね。


  ■3.日本の自動車工場の素晴らしい人柄の職長さんたち(直美さん)

  英語を教える仕事、通訳者、翻訳者として仕事をしてきた私としては、仕事をするためにそれなりの努力、勉強を重ね実績を積んできましたが、海外で仕事をするのに必要なのは英語ではなく、仕事ができることだというのはその通りだと思います。

  しかし仕事が、たとえば英語圏でできるということは、すなわち英語で十分にコミュニュケーションが取れるということです。そのコミュニケーションをと れるに十分な知識、経験、実績があるからこそです。英語はコミュニケーションをするためのツールとして役立つ力があればよいということです。…以下略

  2015年1月 8日 (木)、第604回の「やはり素晴らしい先人」でも取り上げたように、その素晴らしい言葉が生き残ったのは、明治の人達が悪戦苦闘して「翻訳語」を造りだしてくれたからです。その長谷川三千子さんの動画をもう一度上げておきます。

  第1回から7回までありますが、全部でも、それ程長くないので、全部上げておきます。

  日本語を残してくれた有難さは、第7回を見れば、良く分かります。本当に我々は、素晴らしい先人に感謝しなければならないことを思い知らされます。何とも、素晴らしい国に生まれたものです。


第1回 「翻訳語」とは何か? 【CGS 翻訳語】


第2回 societyは付き合い?世間? ~「社会」という言葉ができるまで~【CGS 翻訳語】


第3回 individualはその人?ひとり? ~「個人」という言葉の裏の苦労~


第4回 「自由」の裏に隠れる考え方 ~かつてはネガティブな言葉だった?~【CGS 翻訳語】


第5回 権利の裏に潜むリスクを考える ~権利という概念のあり方~【CGS 翻訳語】


第6回 平等も差別も翻訳語!? ~元の意味から変わる言葉~ 【CGS 翻訳語】


第7回 翻訳語がなければ、今の日本もなかった!? ~高等教育から考える~ 【CGS 翻訳語】


★★日本語は世界で唯一“植民化”されなかった言語

2016年01月01日 | 素晴らしい日本語

  日本語の素晴らしさを、2014年3月 3日 (月)、第5279回の「日本語を世界共通語に」などで取り上げたように、ねずさんなどに教えてもらいました。

  その日本がをないがしろにして、小学校低学年から英語教育などと本質がわかっていない文化省がとち狂った方向に進めているようですが、外人や海外で英語を使って活躍された人ほど、本当に日本の素晴らしさが分かっているようです。

  産経WESTより  2015.12.24

    【日本千思万考】 日本語は世界で唯一“植民化”されなかった言語 国際人たる前に「立派な日本人」であれ

  日本文明は「一国で成立する、主観的な自己認識を持つ孤立文明」

  米国の国際政治学者・サミュエル・ハンチントンは名著「文明の衝突と世界秩序の再創造」の中で、国民国家の視点ではなく文明に着目し、世界秩序を分析 しました。前世紀末における世界の文明圏を8つ上げ、その一つとして、日本文明を「一国で成立する、主観的な自己認識を持つ孤立文明」と取り上げておりま す。ほかにも、フィリップ・バグビーの世界九大文明論にも、マシュー・メルコの五大文明論にも、日本文明が列挙されています。いずれにしても、日本文明 は、他文明とは共通するものが少なく、極めて独自性の高い特殊な民族文化に由来するものであると定義されています。その根源的なるものはと言えば、「日本 語の特殊性」にあると考えられます。

  欧米でもアジアでもない、ユニークでニュートラルな文化力

  ご存じのように、国力の三大要素とは、「軍事力」「経済力」「文化力」であります。17世紀のウェストファリア条約以降、20世紀前半の第二次世界大 戦までは、国際紛争の最後の外交的解決手段として戦争が許容されてきたので軍事力闘争が続きました。その後、経済貿易の自由化を経てグローバル経済競争に 突入すると、国境や民族間の貧富格差の抗争をめぐって、局地戦、宗派闘争、テロ事件が頻発するようになっております。

  今こそ、世界が取り組むべきは、国境なきソフトパワーの典型である文化力によるフェアな折衝、相互理解による互助精神の発露ではないでしょうか。

  もっとも、こうした活動が第一に期待されていたはずの国連が全く機能しておりません。その最大の欠点は、戦勝5カ国の持つ拒否権がブレーキとなって、 公平なる裁定が行われないこと、さらには活動経費の負担に問題点が多いことだと思われます。最大の負担比率を持つ米国が、自国に不利な裁定があるとして、 支払いを留保した際、負担第2位の日本が最大20%強から少なくても11%もの大金(加盟国の最高額)を長期にわたって負担させられながら、常任理事国に さえなれず、日本の数分の1からせいぜい半分足らずしか拠出金を支払っていない露中英仏などが、強力な発言力をキープしている不合理さ、不公平さは、日本 人としては看過していいものではありません。

  また、国連公用語として、英語(10億)仏語(1.5億)露語(3億)中国語(13億)スペイン語(4億)アラビア語(1.5億)の6言語のみが採用 され、母語の多いヒンズー語(7億)や、仏語・アラビア語と差のない日本語、ポルトガル語、ベンガル語などの採用が拒絶されてきたことにも、納得がゆきま せん。

  さもありながら、やはり文化力を発揮し、世界平和への貢献、相互理解には、言語力の重要性は避けて通れません。しかも、これまで近代世界を武力で、財 力で、文化力で独占的にリードしてきた白人・キリスト教・米欧語族が、ここへ来て、主として経済力で陰りを見せ、軍事力でも露中の台頭に怯え、イスラム族 の相次ぐテロに脅かされる事態が常在化し始めて居るのです。

  今この状況下で、欧米でもない、アジアでもない、極めてユニークでニュートラルな文化力(欧米とアジア文明を融合させており、科学技術的には先端を 担っている上、宗教的にも中立的である)を誇り、かつ、それを支える高度な経済力を備えた日本こそ、混迷するグローバル時代の新たな世界へとリードすべき であろうかと思量致します。

  日本が二千年来の母語を維持継続できた理由

  日本の文化力が、なぜ世界中で図抜けているかと問われれば、「人類史を通じて、日本語が唯一、植民化されなかった言語であり、そこに独自の客観的世界観が凝縮されているから」と答えられるでしょう。

  いま世界で一番普及している言語は英語ですが、それは七つの海を支配した大英帝国が植民地化してきた地域が60数カ国・地域にも及んだからです。同様 に、スペイン語やポルトガル語が中南米を席巻し、英語同様、フランス語も植民地化されたアジア、アフリカへ、そしてロシア語もソ連体制下の東欧や中央アジ アに広がりました。

  しかしながらわが日本だけは、中世は元寇の役をしのぎ、幕末の英(朝廷側)と仏(幕府側)両国の植民地化狙いを退け、内輪揉めは自らの手で“維新”し たことで、中国語・モンゴル語や英仏語による置き換えを逃れてきました。戦後のアメリカ占領下でも、ヘボン式ローマ字化を通じた英語への誘導にも乗せられ ず、(換言すれば、識字率の高さと日本語教養力の高度成熟度が壁となって)文化大国としての日本が二千年来の母語を維持継続できたわけです。

  独自外交をしてこなかったことのツケ

  ただ、残念なのは、戦後世界最強国となったアメリカの傘(日米安保)の下に入ったおかげで、冷戦時代に至っても「独自の外交」をせずに済んだため、未 だに“言語力・折衝力”に劣る外務省や政治家首脳による日本外交の弱点が改善されず、それどころか、ますます国益を損ねる事態が続発しています。また、結 果として、対ソ(対露)や対北朝鮮国交回復が未だにならず、対中、対韓の国交正常化においても、必ずしも外交的に万全を期したとは言えず、今に至る紛争の 種を残してしまってもいます。

  そこで、喫緊となるのは、語学教育の抜本的な改革ではなかろうかと考えます。大切なのは、英語や中国語で相手側の主観の世界に身を委ねることではあり ません。「大国日本」の伝統と誇りある日本文化を、まずはしっかりと日本語でわが身のモノとし、それを英語なり、フランス語やロシア語・中国語に変換して 相手側へ堂々と伝道することで、初めて対等なる外交が始まることを自覚すべきだと信じます。

  言語を必要としない世界では、漫画や浮世絵、工芸品を通じて、世界中の人々が日本人の文化的感性を感じ、高く評価してくれているわけですから、奈良平 安文芸、安土桃山芸術、江戸文化、明治近代化文明、そして戦後の技術革新など、日本の歴史や実状、日本人のモノの考え方、見方などを、もっと外国人にわか りやすく伝えるべきなのです。

  そのための日本語であり、その正訳・意訳語としての外国語の習得こそ、正しい語学教育のあるべき姿ではないでしょうか。情報受信型を脱して、“情報発信型言語力”への転換が急務なのです。

  文科省「一般教育廃止」の衝撃

  ところが、最近わが国の未来を危うくさせるような、とても困った事態が展開されようとしております。

  この夏、文部科学省から、各国立大学長などへ出された「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」と題された通知には、「人文科学系学部・ 大学院については、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むように努めること」とありました。これは大変由々しき問題ではないかと危 惧いたします。

  さっそく、学界や経済界から適切な反論が提起され、言論界からも批判論文が相次いでいます。文科省は文章表現の不備を認めるということで、何とか騒動 を収めようとしているようですが、実際には、教養課程の一般教育を廃止し、学部の改廃などに着手しているとの報道がなされております。

  教養と概念を包含する根本的な知的能力こそ「言語力」であるからして、普通教育であれ高等教育であれ、「国語教育と外国語教育の重要性」は、それが実 務上に役立つものかどうかというような、表面的、功利的なモノであってはなりませんし、単なる促成栽培的な技能教育に終わらせては断じていけないと思いま す。国際人である前に、立派な日本人であり続けるには、人間的器量、すなわち教養としての言語力は必要欠くべからざる素養であると訴求するものです。

  国力の一大要素「文化力」を生かすのは言語力

  目下、慰安婦問題とか南京事件とか、中韓の仕掛ける国際的歴史戦で、わが国はいわれのない屈辱を突き付けられております。これも、戦後の自虐史観蔓延 や言語力衰退、外交的失策など、自ら蒔いた種を育ててしまった国策的大ポカであったといえます。ようやく有識者や一部言論界、国際活動家などを通じて、正 しい反論攻勢が出始めたことを心強く思っております。

  さらに、日本を愛する複数の外国人も応援歌を送ってくれ始めております。今こそ、言語力の最重要性に、多くの国民と政治家、官僚、実業界、特に言論界 が覚醒し、公正な外交と国際交流に尽力すべきときだと信じます。文科省や外務省の猛省を促すとともに、国民一人一人の発信力を強め、政治の軌道をただし、 世界から認知される、文化大国日本のリーダーシップを確立すべきだと提言する次第です。  (上田和男

  この上田さんは、2015年1月 2日 (金)、第598回の「サムライ資本主義」などで何度か取り上げさせて頂いた方ですが、何時も、心に沁みる日本の素晴らしさを書いてくれます。やはり、英語圏で実際に活躍されただけに日本の本当の良さが分かっているのじゃないでしょうか。

  それにしても、日本語の素晴らしさを一番分かっているべき文化省が、何にも分からず、その日本語を貶めるようなことばかりやっているのですから、日本の省庁の劣化は目を覆いたくなりますね。

  外務省、財務省など反日省庁の文化省も入れる必要がありそうです。やはり、日本は余りにも壊れてしまったと言わざるを得ませんね。官公庁の解体も急がれますが、余りに多過ぎて、手の施しようがないのかもしれません。
  やはり、一からじっくりと取り組むより仕方ないのかも。道は遠そうです。


国連職員・外交官養成のための大学院コース新設

2015年11月01日 | 素晴らしい日本語

  関学が外交官養成の大学院コースを新設するのだそうで す。外交官を要請するのは良いのですが、その中身が問題ですね。果たして、きちんとした歴史観を叩き込むのでしょう か。そうでなければ、又しても、英語を話すだけの、中身の無い人材を造りだすだけになりそうです。
  そうであれば、今の外務相と何の違いもないでしょう。どうも、怪しそうに思ってしまうのは私だけでしょうか。

  関 西学院大学より

  国 連職員・外交官養成のための大学院コース新設~明石康・元国連事務次長を招聘

   関西学院大学は、文部科学省「スーパーグローバル大学創成支援(SGU)」事業採択校として、「国際性豊かな学術交流の母港『グローバル・アカデミッ ク・ポート』の構築」をめざしています。その構想の一つとして「国連・国際機関等へのゲートウェイ創設」を掲げ、国 連・国際機関職員、外交官、国際NGO 職員等、「世界の公共分野で活躍するグローバルリーダー」を育成することを目標としています。 現在、国連職員(専 門職以上)の中で日本人は全体のわずか 2.4%(2013年時点)と低く、国際公共分野で活躍する日本人職員の増強の必要性が指摘されています。

  関西学院大学は、「スクールモットー“Mastery for Service(奉仕のための練達)”を体現する世界市民の育成」というミッションのもと、これまでも国連・国際機関等と深く連携しながら、国際機関で働 く人材を送り出してきた実績に基づいて、国連・国際機関等の職員養成のための包括的なプログラムをスタートさせま す。

1)国連・外交の第一線で活躍してきた実務家教員の招聘・採用
・明石康・元国連事務次長 SGU招聘客員教授として2016年4月1日就任
・村田俊一・前国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)事務局次長 
総合政策学部教授として2016年4月1日就任(現:同学部客員教授)
・久木田純・前国連児童基金(UNICEF)カザフスタン事務所代表 SGU招聘客員教授として2015年9月1日 就任

2)大学院副専攻「国連・外交コース」新設(2017年4月1日開設に向けて準備中)
・明石康SGU招聘客員教授、村田俊一総合政策学部教授、久木田純SGU招聘客員教授、神余隆博副学長(元ドイツ大 使・国連日本政府代表部大使)他が教鞭を執る。
・「大学院博士課程前期課程」(修士) および「大学院専門職課程」(専門職学位)の副専攻プログラムとして設置予定。
学生は所属研究科での学位取得をめざすと同時に、「国連・外交コース」所定課程から20単位程度(10科目程度)を 修得し、実践的能力を養う。
・全科目英語で授業。原則として演習形式。実務家教員中心。国際機関等でのインターンシップ(2~3カ月程度) 必修。
・第1期生の募集は2016年春開始、15~20人程度を募集予定。

3)関西学院大学国際機関人事センター新設(2015年10月24日)※国連創設70周年記念日に開設
・久木田純SGU招聘客員教授がセンターの中心的役割を担う。
・外務省国際機関人事センターと連携し、西日本において国際機関に関するキャリアの情報を提供する。
・国連職員・外交官等の輩出に向けて、徹底したキャリア指導を行う。学部・大学院の卒業・修了後も必要なサポートを 継続して提供する。

4)高校生対象「関西学院世界市民明石塾」開講(2016年8月) ※日本の国連加盟60周年の夏スタート
・明石康SGU招聘客員教授が塾長。講師に塾長、村田俊一総合政策学部教授、久木田純SGU招聘客員教授、神余隆博 副学長他。
・夏期集中講義(2泊3日程度)として、SGH指定校で学ぶ高校生等から選抜した約20~30名を対象に、英語と日 本語による演習(ゼミナール)を実施。場所は、関西学院大学西宮上ケ原キャンパス・関西学院千刈キャンプを予定。

  やはり、教授がずれているのじゃないでしょうか。この人達が日本の歴史を解っているかどうかは知りませんが、今ま で、国連に関係していただけで危なそうと思うは私だけでしょうか。

  と思ったら、ケントさんも同じ危惧を感じられているようです。何時もの【虎ノ門ニュース 8時入り!】で、この件について語ってくれています。36分過ぎからです。

  38分過ぎから外務省の慰安婦像問題での情けない対応を話してくれています。領事館員が相手に、何と、石を投げられ て逃げて帰ったのだそうです。やっぱり外務省は解体しかないですね。

10/28(水)~ ケントギルバート・居島一平~【虎ノ門ニュース 8時入り!】


★英語はツールでしかない

2015年11月01日 | 素晴らしい日本語

  小学生からの英語教育などの問題を、第110 回の「安倍改造内閣の進路~やるべきこと、やってはならぬこと」や第113 回の「日本出動」で取り上げましたが、日本の歴史も語れない人が英語をしゃべれるだけで海外に出てゆくことの弊害が徐々に認識され出してきたことは良い傾向だと思います。
  その一番の弊害は、外務省が一番証明しているのじゃないでしょうか。日本の歴史も知らずに、誇りも持たない自虐史観に犯された外務省の外交が日本の名誉を棄損してきたのは間違いないでしょう。

  その英語について、京大の学長山極寿一氏が、素晴らしい発言をしてくれています。  

  日本経済新聞より   2015/10/21

   京大生よ日本語で考えよ 山極学長2年目に   英語はツールでしかない。答えのない問題を全員に

  ゴリラなど霊長類研究の第一人者、山極寿一氏が京都大学の学長に就いて10月から2年目を迎えた。教育・研究の国際競争力を高めるため、どのように大学を変えていくのか。京大・山極流の戦略と課題を聞いた。

  全学で教養教育

  ――学生をどうグローバル人材に育てますか。

  「学生には春、夏の休暇中にどんどん海外に短期留学させ、国際感覚を身につけさせたい。だが、英会話の習得が大学4年間の目標で終わってしまうようでは駄目だ。英語は習熟する必要はあるが、たかが言葉だ。ツールの一つでしかない」

  「重要なのは大学4年間で考える力をしっかり身につけることだ。それには日本語で考えるのが一番だ。日本の大学はこれまで高度な高等教育をし、海外の あらゆる研究成果を日本語に訳し、自国語で研究・教育を高める学術を確立した。だからノーベル賞も相次いでいる。英語で考えることをやっても教養や思考力 はさして深まらない」

  ――京大は教養教育に力を入れています。

  「東京大学は教養学部が学生を囲い込んでいる。京大は大学院や研究所も含め全学の研究者が学生の教養教育に携わるのが強みだ。学生は約3000に及ぶ 講義から科目を選べる。10人以下の少人数教育を来年度から1年生全員に実施し、文理融合の答えのない問題の解を考えさせる」

  高校改革に協力

  ――重点的に取り組む将来構想は何ですか。

  「高校の教育改革を大学も協力してやっていく必要がある。正解をひたすら暗記する受験勉強をしてきた高校生の多くが大学に入って壁にぶつかっている。 高校の段階から、答えのない問題を考える力を身につけさせる教育に変えていかなければならない。このほか大学は社会人を多数受け入れ、社会人の学びの場に する。外国人留学生も増やしたい」

  ――英国の教育情報誌の世界大学ランキングで、京大は昨年の59位から88位に下がりました。

  「順位が下がったという見方は正しくない。統計データの集計方法が今年から変わった。当の英教育情報誌が『昨年の順位と比べないで』と言っている。英語以外の欧州の言語で書かれた論文も新たな評価の対象にしたため、相対的に日本の論文の引用率が下がった」

  ――昨年までも京大の順位が低かったことについてはどうみますか。

   「海外で日本の大学の評判・評価が低いことが原因とみている。京大大学院の優秀な研究者たちは海外に足場があり、人的ネットワークを築いている。問題は彼らが国際貢献をしようとしても、その場限りの研究成果発表や技術供与にとどまっていることだ」

  「発展途上国を技術移転で支援するなら、日本がその国の政策決定に関わり、日本の科学技術を着実に植え付け、意義や効果を世界に周知させることが重要だ。政府が研究者の国際舞台での活躍を後押しし、相手国に実現を迫る外交力を高めることが必要だ」

  良いですね。「日本語で考えよ、英語はツールでしかない」、「英語は習熟する必要はあるが、たかが言葉だ。ツールの一つでしかない」とは、今の日本の英語病を見事に言い表してくれています。

  やはり、日本の歴史を勉強して日本に誇りを持つ人が英語で世界に出かけて欲しいものです。それなら、中・韓などに慰安婦問題や南京問題などの嘘で攻撃 されても自信を持って反論できる。特に、外務省や企業の人達にはこれを必須にしてもらいたい。そうすれば、子供達がいじめられることもないでしょう。

  まずは、日本語をきちんと習得してから英語を勉強しても遅くないし、そうでなければ、日本を語ることも出来ないのでバカにされるだけの扱いを受けることになるのです。

  劣化した、国立大学の学長がこうした考えを発言してくれるようになったのも、少しずつ日本再生に向かっているのかもしれません。

  期待したいものです!

★素晴らしい日本語

2015年04月01日 | 素晴らしい日本語

  ねずさんのブログなどを読んでいると、日本語の素晴らしさを思い知らされます。そうであるならばと考えたのが、第 5279回の「日本語を 世界共通語に」です。
  それだけでなく、第 604回の「やはり素晴らしい先人」のように明治の人達が英語などで日本にはそれまでなかった概念を苦労し て「翻訳語」なるものを創り上げて、日本語をより一層素晴らしいものにしてくれています。
  そうした、先人たちが長い間かかって創り上げてくれた素晴らしい日本語は世界一表現力のある言葉じゃないでしょう か。そんな素晴らしい言語を世界の共通語とするのは、世界の人達にとっても意義がある事だと思います。

  なんてことを思っていたら、何時ものケントさんが日本語の素晴らしさを書いてくれていました。  

  ケント・ギルバートの知ってる つもりより  2015-03-25
  
  日 本語と漢字を廃止した某国 文献を読めないのは悲劇か喜劇か【ニッポンの新常識】第8回

  ZAKZAKより   2015.03.25

  日 本語と漢字を廃止した某国 文献を読めないのは悲劇か喜劇か K・ギルバート氏

  私はブログとフェイスブックに載せる記事を、原則として日本語と英語の2カ国語で書いている。記事の題材や資料が英 語の場合、先に英語で書いてから日本語に翻訳する。この場合はあまり苦労を感じない。

  しかし、参照する資料などが日本語だった場合、先に日本語で記事を書いてから英語に翻訳する場合が多い。このパター ンは少々やっかいだ。

  日本語は漢字という1種類の表意文字と、ひらがなとカタカナという2種類の表音文字を組み合わせて表記できる。しか も、「助詞」をうまく使えば、日本語は文の中で語順を入れ替えることすら自由自在だ。

  他方、英語はアルファベットという26文字だけで全てを表現しなければならない。便利な「助詞」は存在せず、倒置法 などは限られる。

  ちなみに、日本語の仮名は「五十音」と言われるが、「がざだば」行の濁音、「ぱ」行の半濁音、「ぁ」行と 「っゃゅょゎ」という捨て仮名を入れると、ひ らがなは76文字。カタカナは「ヴ」も使うから77文字ある。加えて、常用漢字は2136字/4388音訓もあり、同じ 言葉でも、どの文字種を使うかで微 妙に意味を変えられる。

  従って、日本語で文章を書くときの自由度の高さは、英語とは比較にならない。うまい皮肉を日本語で思い付いても、英 語で表現しようとすると本当に大変なのだ。

  世界に誇るべき日本語の表現力だが、前回の連載で、君が代の変遷について書く際に、日本の初代文部大臣の森有礼(あ りのり)について調べていたら、驚くべき事実を知ってしまった。

  森は10代で英国に留学しており、英語が非常に堪能だった。この日英バイリンガルの大先輩は「日本語を廃止して、英 語を日本の国語にすべきだ」と考えていた。漢字の複雑さを特に問題視していたようだ。

  確かに、明治初期の漢字は今よりも複雑で数も多かった。話し言葉は口語、書き言葉は漢文という不自由な習慣もあっ た。西洋に後れた政治や経済、科学などの学習に必要不可欠な英単語は、日本では概念すら存在しないものが多かった。

  例えば、「社会」「存在」「自然」「権利」「自由」「個人」「品性」「人格」「情報」「近代」「美」「恋愛」「芸 術」「彼・彼女」などの言葉は、江戸時代の日本にはなかった。明治期の先人が苦労を重ねて生み出したのだ。

  もし、これらの言葉が使えなかったら、日本語の文筆作業は相当もどかしい。だから、当時の森の気持ちも理解できる が、現代から見れば、満41歳で暗殺された森の考えは若気の至りだった。

  ところが、本当に漢字を廃止して、独自の表音文字だけにした国が、日本の近くに存在する。結果、国民の大多数が、わ ずか70年前の書籍や新聞を全く読めず、真実の歴史に向き合えない。悲劇と呼ぶべきか、喜劇なのか。それが問題だ。

  外国から日本へ来て日本語の習得に苦労されたのでしょうね。私なんかより余程日本語に詳しいのじゃないでしょうか。
  そんな苦労をされてものにしただけに英語と日本語の違いや素晴らしさが良く分かるのでしょう。実体験からの話だけに 猶更納得させられるものがあります。
  それにしても、文語や漢文を使わなくなったことは古典が読めない私のような情けない日本人を作ったということもあり ますが、そのお蔭で勉強が楽になったのですから感謝しなくてはならないのかもしれません。

  やはり、日本語は世界の共通語にするだけの価値ある言葉と言っても間違いなさそうです。この言葉が無ければ日本人の 民度の高さもなかったのじゃないでしょうか。

  近い将来、第 5577回の「リアルタイム機械通訳」も出来るようですが、その翻訳を仕込むのはやはりプロの翻訳家でしょ うから、そうした人達には本格的な日本語で仕込んで欲しいですね。
  そうなれば、いよいよ、世界は素晴らしい日本語を共通語とした世界平和を実現することになるのじゃないでしょうか。


日本語は素晴らしい!