キュヴェ タカ/cuvee taka 「酔哲湘南日記」

新鮮な山海の恵みを肴に酒を吞み、読書、映画・音楽鑑賞、散歩と湘南スローライフを愉しんでいる。 

雲一つない春の空

2020年03月21日 | Weblog
トタンプ流に言うところの支那ヴィルスで、この素晴らしい春の陽気の価値が減じいているが、それにしても目の覚めるような春日で、書斎から望む秋葉山とその向こうに広がる紺碧の空は雲一つなく完璧だ。
こんな素晴らしい一日を本の片付けに費やさなきゃいけないなんてとは思うが、これが結構愉しい作業で、問題はいつ終わるのか分からない点だけだ。
それでも母のリハビリの方向性を決めるために、施設の担当者が25日に家の構造を見に来ることになったので、それまでには8畳間に広げてある本の山を何とかしなきゃいけない。
時間をかけて丁寧にやっていたけど、時間切れで纏めて邪魔にならないところへ移動では元の木阿弥だなあ。
今回の整理で、もうないと思っていた長新太の本が3冊出て来た。
「怪人タマネギ男」で有名なこの作家の絵本は、原色を使った画とお話がとぼけていて何ともいえず好ましく、子供のために30冊ばかり買い集めたが、それゆえ子供たちがみんなボーっとしてしまったのか。
子供たちが大きくなった時に妻が、僕に無断で図書館へ寄付してしまった。
上の子が「キャベツくん」を好きで何百回となく読み聞かせたのに、あっさり手放せるって気持ちが分からない。
子供のためと言いながら実は自分のためにも買い集めていたので、酷くがっかりした。
今でも買える本もあるが、多くは絶版になっていて、しかも絵本は子供が乱暴に扱ってもいいようにしっかり作られているので高価だったのになあ。
先日、伊勢佐木町のBOで「キャベツくん」を見つけたので買おうかと思ったが、あまりに高いので二の足を踏んだ。

若い頃好きだった作家で、その後嫌いになった作家も多く、処分するか一番下の段に無造作に押し込んで置くかだが、古典と言われるようなものは輝きを失なわないもので、気が付くと直ぐに目に付くところに並べてあり、流石だなと思う。
花伝書の一時の花とまことの花ってやつだ。
大体6,000冊くらいあると思うが、クリーニングをして並べ替える時に手に取るが、今後再び手に取ることがあるのだろうか、ましてや全てを再読することなど不可能で、だとすれば無駄に場所を取り、先の短い者には物を持たないシンプルな生活が相応しいから、家人が言うように無用の長物なのかもしれない。
例えばどうしても再読したい本を500冊だけ選び、死ぬまでそれを繰り返し読んでいるほうが自己研鑽になるし愉しいかもしれないのだが、内容だけでなく本には思い出が纏わりついていて、それを断ち切るのは生きた証を失うことに等しい。
古い日記を読んでいると、若い頃は良く本を読んでいて、何時何処で買ったもので簡潔な感想まで書いてあり、その本をこの数週間のうちに手に取っているのだから、何十年という時間を握り〆たような気がして、本を読んだことはもとより内容など全く覚えていないが、世界を抱きしめたような安らかな気分になる。
年寄りは昔はこうだったとか言うものだから嫌われるが、先が短いのだから将来の夢を語るなんてありえない、長い年月を生きてきたが印象的なことは限られるから話は繰り返しになり諄くなる。
でもそこに蓄積された豊かな時間を感じられない若い人は大切なものを取り逃している。

昼、妻が大量に肉があり、かつ丼にしようかと聞いてきたが、せめて野菜がたくさん採れるトンカツにしようと提案した。
下の息子もかつ丼のほうが美味いが、同じ理由でトンカツに賛同した。
味噌汁と沢庵、伽羅蕗、リーフサラダと高カロリーではあるが、まあバランスされた昼飯になった。

午後、「メジャー2nd」と「初恋が来た道」を同時に放映するのでどちらにするか迷った。
初恋が来た道は前に観た時に中国でもこんな素晴らしい映画があるのかと感動し、特に村にやって来る陶磁器の修理屋が、鎹で直すところが印象的だったので再びそれを観たいと思った。
半年前ぐらいに金継のオジサンから、この手法で直した江戸時代の小鉢を買って、もうこれが出来る職人は日本にいないかも知れないと聞いていた。
実は「メジャー2nd」を観ることに決めたが、インターバルで切り替えて、偶然この場面を観ることが出来た。
前回観過ごしたが、穴をあけるのに弓を使っていた。
修理屋に、これなら新しく買ったほうが安いのにと言われるくらい酷く割れた丼を直したのは、娘が好きな男のために作った料理を盛り付けていた丼だからで、母親は娘の心はその男が盗んでいってしまったと言った。
この場面思わず涙がこぼれたが、激しい恋は若い娘に急に全能感を与え、男はしっかりとそれを受け止めなければならない。
今も中国でこの技術を持った修理屋が村を回っているのだろうか、できれば一度中国に行き、職人が実際に修理をしているのを観てみたい。

大磯方面へ散歩に行き、相撲を観て、風呂に入り、晩飯を喰った。
鱈と白菜スープ、和風ロールキャベツ、油揚げに肉と野菜を詰め込みキャベツで巻いたものをがんもどき揚げ豆腐と一緒に煮込んだもの、スティクブロッコリー、胡瓜とシラスの酢の物、鰤塩焼き、伽羅蕗、沢庵。
酒が無いから20分で喰い終わり、9時まで荒井由実を聴き、「新日本風土記」鍋、「スローな武士にしてくれ」を観た。
全国の鍋を紹介していたが、自分で鴨を撃ち、茸を取って来て鍋にしている人がいたが、羨ましく思った。
スローな武士は前に観たことがあった。
映画を観るようになったのは最近だが、日記を読んでいたら、全く記憶にないが女友達と観ていたので、嫌いじゃなかったんだと認識を改めた。
映画って照明、カメラ、大道具、小道具、美術、衣装などなどの専門家が、それぞれ技を極めて凄いところまで行っているのが魅力で、日本人は好きなこととなるとカネのことなど言わないで打ち込む。
そういう人って映画屋や町工場の職人などにみられるが、いずれも衰退産業で、だんだん少なくなってきているのを心配する。
こういった心の構えというのが人の進歩の最先端で、高給で働いているとか一財産作ったなんて自慢は遅れてるんだぜ。
自分探しや幸せ探しをやっている不幸な人も多いらしいが、命を懸けてやりたいことがあるってのが幸せなんだけどなあ。

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古い日記

2020年03月20日 | Weblog
机の周りがやや片付いたので、とは言ってもまだがたがたなのだが、少しスペースを作りPCを持ち込んでお勉強を始めた。
昨夜10時ころ調べ物に飽きたので、抽斗の中を見てたら古い日記が出て来た。
日記文学が好きで、特に武田百合子の「富士日記」は格別で中公文庫で上中下を3揃い持っている。
でも、自分の日記が格段に面白いことが分った。
結局2時まで1978年から1983年まで一心不乱に読んだ。
40年前の事なので、忘れていることが多く、記憶というのは美化して残っているもので、現実には碌なことをしていなかった。
青春真っただ中だから、当然女性との付き合いの事が80%くらい占めていて、この期燗3人深く付き合った女性がいた。
すごく愛されていたのにそれに応えるだけの強さが僕には無かった。
自分勝手で尊大で、優しさがなく、意地っ張りで子供ぽく、こんなに酷い男だったのかと自己嫌悪に陥ったが、その頃から少しはマシになったのかと自問してみても、取り繕うことが巧くなっただけで何も変わっていない。
定年になってそのことに気が付き、本当の生を生きてこなかったのを深く悔やんだが、自己研鑽を誤って年を取ってしまったことは取り返しがつかない。

今日も一日素晴らし天気だった。
今年のお彼岸は早いような気がするが、17日が入りだったようで、今朝JA湘南へ花を買いに行き、昼前に妻と二人でお墓参りをした。
20年ほど前に古い墓のところに道路が通るので、新たな区画へ移動し墓石も父母が新しく建て、7年前に父の骨を収めた。
入れ以前は空々しかった墓参りも、父が眠っていると思うと気持ちが入る。

伊勢原の山間の蕎麦屋まで行き、そばを食べた。
天丼と蕎麦のセットにしたが、予定通り10割蕎麦大もりにしておけばよかった。
海老天がぷりぷりしたやつで好みじゃなかった。
妻は鴨南蛮大盛を食べたが、蕎麦は嫌だと云いながら美味そうに食べていた。
嫌がる蕎麦屋に連れて来たのでカネを払ったら、家に帰ってからゴチと礼を言われた。
ちなみにイタリアンに行きたかったらしい。

家に帰って八朔を食べながらTVを点けたら「メージャー2nd」をやっていたので観てしまった。
高校野球が中止となり、野球アニメを再放送するらしい。
26話まで午後に毎日放送する予定のようだ。
今日観た2話から4話までは面白かったので、明日から愉しみだ。

1時間半ほど本の整理をした。
宮本常一と岡田英弘のコーナーが隣合っていて、宮本常一はけっこう読んでいるが、岡田英弘は目につくと買っているだけで読んだことが無い。
宮本は文庫本が多く岡田は単行本が多い。
宮本は日本国中を歩いて歩いて日本の古層が失わる前にそれを書き留めた人で、莫大な著作があり、そのすべてをきちんと掌握した研究者はいないのではないか。
若い頃に民俗学を知っていれば、あるいはその役を買って出たかもしれないが、膨大な資料に圧倒されるということもあるが、今はもうない風習が書き留められているだろうという安心感で、のんびり構えちゃってことは成らずに終るのだろう。
未来社に全50巻の著作集があり、現物を堂島のジュンク堂で観て、これさえあれば日本の未来も明るいぞと思った。
猿回しの故郷、山口県の周防大島の出で、この放浪芸が日本全国への旅を後押ししたのかもしれない。
岡田英弘は何で知ったか良く分からないが、モンゴル・満州の研究家で、学会からはぐれてローンウルフでやっているところに惹かれた。
小室直哉にしろ西部邁もつるまないのが好きだが、学会というのは家元制度と同じで親分子分の関係が学問に優先するから、勉強をしたいならはぐれてなくちゃ駄目だ。
モンゴル帝国が西洋と東洋を結び付け、そこから世界史は始まったとの立場をとっている。
死ぬまでに手元の30冊だけでも読む時間はあるのだろうか。
埃をはたいて、何を持っているのか確認して同じところに収納した。

4時過ぎに大磯方面へ散歩に出た。
酒を止めて6日目になるが多少その効果が出てきているのだろうか。
つま先上げの運動は、向う脛の筋肉が盛り上がり、O脚が解消され、段差につまずくことがなくなって効能彰かだが、禁酒の効果は鈍い腰の痛みが無くなり、歩きが快調になった気がするだけだ。
体重が3㎏減ったなんて数値で現れると張り合いがあるんだけど。

この数日より早く帰って来たので、5時15分から相撲を観た。
解説が稀勢の里、向こう正面が舞の海でこのコンビも面白い。
最後の3番だけじゃ面白くなかったが、このくらい観ると愉しい。

風呂に入ろうとしたら、妻が晩飯が出来てると言う。
息子二人はカラオケに出てしまい二日連続で振られちゃったようだ。
可愛そうなので風呂を止めて飯を付き合った。
墓参りの帰りにマサによって朝どれの烏賊を買ったが、それが刺身とげそ焼きになって出ていた。
朝どれの烏賊は半透明で吸いつくような感じで美味い。
山芋のざく切り、シラスおろし、スティックブロッコリー、大根と葱のひき肉炒め、グリーンアスパラの豚肉巻き。
量が少しずつならいいが、息子二人を想定しているので、どれも大盛だからとてもじゃないけど食べきれない。
2品少なくしていいから汁物が欲しいね。
酒を止めているが、妻もそれに相乗りして吞まない。
実は医者から一度精密検査が必要ですねと脅されたらしい。
僕は、一時は中性脂肪が1000以上あって、車先生からこんな数字見たことないと言われたが、薬を処方されたのと生活が変わったので、直ぐに400以下に下がった。
正常値が147以下だから、まだ下げる余地があるけど上がることはあっても中々これ以下には下がらない。
血圧と血管の厚みが正常なので、身体が重い意外に不具合を感じないが、妻はあれだけ飲み食いして何ともないのは不公平だと言って僕を非難する。
肉や脂っこいもの、辛いものなどが本来好きだが、そういった物をなるたけ避け、魚と野菜を食べているのがいいのかもしれない。

この日も観るべきTVもなく、早めに二階に上がり日記を調べていたが、とびとびではあるが小学校4年になった時から日記をつけ始めていて、日記帳は10冊ほどあり、拾い読みして居たら零時を回っていた。
中学校に入って直ぐに相思相愛になり、断続的だが大学に入る頃まで付き合っていたNという女性がいたが、そういった人がいたのは幸せだったなあと思う。
Nともっと深く付き合っていたら、後年付き合った女性を深くきちんと愛せたのかもしれない、というより、もしそうできたなら、Nと同じ人生を歩んでいただろう。
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終りが見えない本の整理

2020年03月19日 | Weblog
今日も朝から快晴で暑いくらいだ。
鏡で顔を見たら随分と日焼けしている、日焼け止めを買わなくちゃいけないと思いながらつい面倒でそのままだが、早く買わないと。

6時に目が覚めてYouTubeでニュースを確認していたが、近頃放送内容の規制が厳しくなり、突っ込んだ話は有料になって来ている。
まあ地上波も有料なのだから神経を尖らせなくてもいいが、人間カネを払うとなると嫌なもんだ。
地上波と新聞を止めれば月に1万円は浮くから可成りの番組を有料視聴出来るんだけどね。
それでも1時間無料で視聴して有効な情報を仕入れた。

7時半に起きて、昨日の晩大量に残った料理、牛肉の柳川鍋、米茄子の田楽、スティックブロッコリーを温めた。
蛸の刺身、ポテトサラダ、黒豆、伽羅蕗もあり、味噌汁だけは二番出汁が取ってあったので、昨夜の残りの温豆腐と葱で作った。

JA湘南で蕗を2束買った。
前回伽羅蕗が美味く出来たのでまたやろうと思ったが、先日の生産者の蕗が無く、少し大ぶりの蕗を買った。
小ぶりの蕗のほうが柔らかくて美味いし、この時期の蕗は皮を剥かなくていいから楽なんだけど、今回はどうかな。

椅子に座って左側の本棚の中段にあるCDを整理した。
海外出張の折、日本に無いクラシックを買ったが、中々いいのに当たらなかった。
友人からもらったJPOPの15枚くらいの全集があったが、半分封を開けていなかった。
上段は種村季弘と澁澤龍彦が入っているが、種村の本は殆ど単行本で、澁澤の本は河出文庫が多い。
種村は最近まで生きていたので、新刊が出ると買っていたんだなあ、澁澤は高校の時にマルキ・ド・サドの翻訳を角川文庫で読み始めた。
当時、SMに興奮して劣情を催したが、緊縛やスカトロの写真に反応したのであって、サドの小説は退屈だった。
後年、南仏のサドの館に行き、そこのワインを取り扱ったのも因縁なのかなあと思っている。

昼はタリアテッレでベーコンとスティックブロッコリーでクリームソースだった。
最後の庭のリーフレタスとチジミ菜、パプリカ、昨夜の残り物の焼いた米茄子を温め、たっぷりオリーブオイルをかけた食べたが美味かった。
アールグレイを淹れて飲んだが、ドルチェ(黒豆の事です)は止めておいた。

1時間荒井由実を聴いて休む。
2時過ぎからのんびりと本の整理を再開、文庫の随筆集を整理、岩波文庫がとにかく充実している、ちょっと古い評価の高い作家の随筆集はほとんど網羅しているじゃないか、それとは別に日本随筆集のようなものも出している。
文庫の小説集では、100年間の短編を集めたのが新潮文庫にあり、徳間文庫は前年の代表的な短編を集めたのを毎年6月に出している。
東雅夫が編んだ怪奇小説集もちくま文庫から出ているし、東京創元社からも日本怪奇小説集が出ている。
出版不況と言いながら、文庫でこれだけのものを読めるのだから日本の文化程度は高い。
川本三郎も随分と持っていて一区画では収まらず二つ目の区画へはみ出した。
車谷長吉、赤江曝、丸谷才一、嵐山光太郎のコーナーを整理し、芸能関係の本では戸板康二、小沢昭一の本が多いので作者別の棚にした。

5時近くになったので散歩に出た。
本の整理は永遠に終わらないんじゃないかと思え、相撲より本の整理と運動を優先することにした。
大磯の公園でストレッチをやり、南へ下り、葛川に沿って東へ合歩くと桜並木にぶつかるが、昨日よりさらに多くの桜が咲いていた。
今年初めて鶯の声を聴いた。

相撲は最後の3番だけ観たが、貴景勝全く駄目だな、よっぽど足が悪いのだろう。
順調に大関まで来て、怪我で停滞したのを乗り越えたかに見えたが、今が一番悪いかもしれない。
有望な力士が怪我で落ちてゆくのを随分と見るが、昔と違って体重が重いから怪我の治りが悪く、出世は自力と共に大いに運に左右される。

上の息子が休みで、下のを誘って外へ飯を喰いに行ってしまった。
妻は上の息子が休みなので早くから晩飯の準備をしていたようでがっくりきていた。
蟹もどきの蟹玉、ひじき煮、まだ残っていた牛肉の柳川鍋、赤魚の干物、とろろ芋、しらす干しと大根おろし、スティックブロコリー、伽羅蕗。
酒を呑まないので20分と掛からず飯が終わり、観るべきTV番組も無いので7時前には母の居間に移動して、荒井由実を聴いた。
酒を呑まないと人生の愉しみの半分は失う、というのは本当だよ。

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混沌は豊かさだ

2020年03月18日 | Weblog
高山正之の本を二冊ほぼ同時に読了した。
「偉人リンカーンは奴隷好き」新潮文庫 平成28年と「世界は邪悪に満ちているだが、日本は…。 直言・本音対談」WAC 2015年だが、実に面白かった。
もう1冊「スーチー女史は善人か」新潮文庫平成23年を持っているので読み始めた。
新潮文庫の2冊は週刊新潮の人気コラム「変見自在」をまとめたもので、メインテーマは白人の有色人種に対する偏見の指弾。
大きな枠組みでいえば、長い間有色人種を搾取して反映してきた白人国家が、日露戦争でロシアを破り、アジアを支配しようとする日本に太平洋戦争でガツンとやって、占領政策で二度と立ち上がれないように骨抜きにしたが、驚異の経済成長を遂げ、ノーベル賞までユダヤ人と共に総取りしそうな勢いに忌々しく思っている。
島国育ちの人の好さに付け込んで、事あるごとに難癖をつけて金を巻き上げているが、それを糧にさらに技術革新を行い先へ進んでしまう日本に内心恐怖を感じている。
我が国は一神教の強い宗教の力ではなく、長い歴史に育まれた伝統と慣習で、生まれて育ってゆく間に高い見識と倫理観を自然に身に付けていたが、最近少しそれが崩れてきているのが気にかかる。

朝は5時に目が覚めて読書をして、7時半に台所へ降りて、豆腐、えのき、エリンギの味噌汁、鰤の塩焼き、おでん、ステックブロッコリー、ポテトサラダ、煮豆、伽羅蕗で朝飯を食べ、メールを観てからJA湘南へ向かった。
思いの外寒く、皮ジャンを引っ掛けて出かけた。
泥葱、スティックブロッコリ―、椎茸、のらぼう菜を買った。

妻と下の息子が平塚の病院へ行ったので、横浜中華街の「徳記」を思い出して、野菜と出汁でスープを取り、葱を刻んでラーメンを茹で上に豚足を載せて食べた。
豚足は市販のものだったので、味が薄く、思ったようなものになあらなかったが、自分で味付けをするべきだった。でも、まあまあ満足した。

午後はプレシネで1948年のアメリカ映画「3Godfaters」を観た。
主演のジョン・ウェインが41歳と若く男盛りの映画を初めて観たような気がする。
今まで観ていたのはよぼよぼで、過去の栄光に縋っていた傾きがあったから、作り上げたマッチョな西部男を演ずるのに無理があった。
西部ってのは悪事を働いて逃げると、この映画では銀行強盗だが、保安官が町の有志を募って追跡する、逃げるほうが砂漠の中で水を求めて彷徨う物語になるんだなあ。
メインランドに行ったことが無いので当然西部も知らないが、緑の多いハワイとは全く違う荒涼たる風景で、これと西部の人の気質とは大いに関係があるのだろう。

午前午後と机まわりの整理をして、5年振りくらいになると思うが、メモを取りなあがら机で読書をしたいので、下の息子の部屋に置かせてもらっていた椅子を持ってきた。
両袖の机にふさわしい肘掛けがああり頭が靠れるようになった立派な椅子で、友人からいただいたまま一度も自室で使っていなかった。
机の左右の本棚はガラス戸がついているので、大切にしている本を並べてあるが、後からどんどん本を放り込むのでごちゃごちゃになっていて、引っ張り出してハタキをかけて雑巾で汚れを取った。
椅子を入れる都合で左手の本棚から整理をしたが、下段に山口昌男の本が50冊ほど入っていた。
井上ひさしが、もし無人島に流されるとしたら、林達夫と山口昌男の本を持ってゆくと書いてあるのを読み、当時、二人の名前を全く知らなかったので取り敢えず本を買ってみたのが始まりだ。
林達夫は中公文庫にあるのを2,3冊買い、神田の古本屋で著作集を買って終わりになったが、山口昌男は1980年頃にはまだそれほど著書が多くなかった。
その後、時の人となり30年に渡って新刊を買うことになった。
文化人類学の用語が一般的にも使われるようになったのは、この人の人気による。
国際派から日本回帰をした頃、僕は仕事が忙しくなり一時離れていたが、札幌大学の学長になり、それまでとは毛色の違う本を出した頃から再び読むようになった。
途中が抜けているので全体像が掴めていないがが、日本回帰をした頃、日本の精神の古層を探ったのではないかと大いに興味を持っている。
この山口昌男も死ぬまでにもう一度読んでおきたい、自分の来し方を振り返るってことなんだろう。

何で私がやらなくちゃいけなあいのよとガタガタ言われながらも、おだてて妻に手伝ってもらい、椅子を運んで机の前に置き、机の上の本やがらくたを片付けた。
2002年9月22日の日中国交回復30年参加証書が出てきて驚いた。
未だ支那が今みたいに偉そうになる前で、こんなの参加者全員にくれたんだね。
天安門広場から見上げた中秋の名月が美しかったことが忘れられない。
第一回種類鑑定士証書。30年前のものだ。
30年間に訪れたワイナリーから拾って来た石が出て来た。
ワイナリー名が書いてあるのもあるが、多くは書いてない、若かったので記憶力を過信していたんだね。でも、元々記憶力良くなかったんだけど。
ポラロイドカメラ、ニコンのコンパクトカメラ。
アングラーズワインを作った時に、釣り番組のキャスターとして人気があった高校の後輩、村越正海にワインを送ったが、ヒラスズキの写真が印刷された礼状が出て来た。もう四半世紀前の事だ。
ルアーが100個ほどリールが2個、ライン、錘、針等々釣り道具一式が埋まっていた。
1960年代からの僕と弟の版画の原板。
試飲ノート、日記、住所録。
CD、DVD、カセットテープ。

5時前に大磯方面へ散歩に出て小一時間で帰って来た。
相撲があったからだが、最後の3番しか観られなかった。
桜は寒い一日だっが昨日より開いていた。

風呂に入る間もなく晩飯に呼ばれた。
本鮪中トロの刺身、妻が高かったけど買ってあげたと言った。
帆立と蛸のほうが美味かったけどね、僕は美味い赤身が好きなんだ、中トロが好きなのはご本人なんだけどね。
米茄子の味噌田楽、スティックブロッコリー、温豆腐、牛肉の柳川鍋。
昼外食すると疚しい気持ちが有るんだろうね、晩飯が豪華になる。
残念ながら酒は無し。
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竹田青嗣を読まなくちゃ

2020年03月17日 | Weblog
昼過ぎに冷気が上空に入り込んで積乱雲が発生したのか一点俄にかき曇り、そうなると落下傘が下りてくるのが野坂昭如の小説だが、それらしきものは見ああたあらず、雨が降りそうだったが持ちこたえ、おおよそ一日いい天気だった。
酒を呑まないせいで快調に目覚め、5時から2時間ばかり読書をして8時前に台所へ降りて朝飯を作った。
とはいっても昨夜の残りの兜焼きをレンジで温め、けんちん汁を火にかけに葱を切って入れ、ほうれん草らの卵炒めを作っただけだ。
鮪のカマにはまだ半分以上身が残っていて、これだけで腹いっぱいになってしまい、ほうれん草の卵炒めは残してしまった。
昨日作った伽羅蕗は飯に合うように濃いめの味にしたので美味かった。

JA湘南へ行き、スティックブロッコリ―と椎茸、八朔を買った。
椎茸は日に干すからとの妻の要望で3袋買った。
家に持ち帰ったらすぐに妻が笊に広げ二階の日の当たりのいいところに干した。
何時もこのくらい迅速にやってくれるといいんだがなあ。

何時ものようにバスケットを持って二階へ行き、整理する本を入れて玄関先でクリーニングをして、奥の8畳間で分類をした。
30年位前に読みだした哲学者に竹田青嗣がいて、多分「現代思想の冒険」毎日新聞社 1987年を最初に読んだと思うが、素人っぽくて親しみやすかったので気に入り、その後も新刊が出て目に入ると買い溜めておいた。
フッサールの現象学から、ヘーゲル、ニーチェ、プラトン、ハイデカーなどの解説を簡便に丁寧にしてくれたが、今一つ理解できず、木田元がプラトンを起源とする西洋思想は日本人にはしっくりこないのは当たり前だと何かの本に書いていあったのを読み、そうだなあ、もっともだなあと思い隠居してからじっくり読もうとほっぽっておいた。
30冊ほどあり、折角途中までやったのだから生きているうちにものにしたい。

娘たちは今ポルトガルの山間にいるらしく、美味そうな料理の写真を送ってくるが、飛行機がキャンセルになり、ホテルも明日まででクローズになるらしい。
いよいよコロナはイベリア半島にも拡散しだしたようだ。
日本へ帰ろうとしないで、いっそのこと田舎でアパートを借りて流行が収まるまでポルトガルで遊んでればいいのに。
2か月くらい飲み食いすれば、ある程度ポルトガルワインについて分るんじゃないかな。

妻は昼飯を考える気がなく、流石に鍋焼きうどんは言い出し難く、カレーうどんを提案してきた。
24日までにダイエットをしなくてはならないのでカレーはねえ、豚肉と葱、えのき、油揚げでうどんを作って食べた。
食後に黒豆。

2度目ではあるがプレシネで「しゃべれども しゃべれども」を観た。
二つ目の落語家今昔亭三つ葉を国分太一が演じ、不愛想な美人五月、関西弁の少年、元プロ野球選手湯河原が落語を習いに来る。
都電荒川線が出てくるし、三つ葉と五月がデートしたのがほおずき市でその後「並木」でそばを食べる。
40年前にIとほおずき市に行ったなあ、映画は13年前でしかもセットだったけど、懐かしい。
「並木」は馬生がいかにも美味そうに酒を呑んでいる写真があり、これぞ浅草と落語家って感じがして堪らない、三つ葉はそれを意識していたんじゃないかな。
関西弁の少年も巧かったし、湯河原役の松重豊も素晴らしく、師匠の伊東四朗、母親役の八千草薫がきっちりと映画を締めていた。

1時間本の整理をして下の息子と一緒に散歩に出た。
西へ行ってから、海の中道を東へ歩き、下川窪に降りて葛川沿いの昨日蕾だった桜を観た。
やっぱり染井吉野は開花していた。

炎鵬と遠藤の人気力士同士の対決はあっさりと遠藤が勝った。
遠藤は力強さは無いが巧いから炎鵬とはやリやすいんだろう。

昼やる気が無かった分、夜はけっこうなものが出て来た。
朝獲れのスルメイカの刺し身とげそ焼き、湯が原の鰤の刺し身、ほうれん草のお浸し、スティックブロッコリー、スティックブロッコリーの豚肉巻き、ポテトサラダ、おでん。
酒が欲しいよなあ、でも後1週間はオアズケだ。

「探偵物語」を途中から観た。
松田優作やっぱりいいねえ、薬師丸ひろ子は今は人相が悪くなったけど可愛かった。
岸田今日子、秋川リサ、財津一郎、ストロング小林など懐かしい顔があった。
朝日新聞は酷く発行部数を落としているが、テレ朝もまともなスポンサーが離れて行って大変らしい。
宣伝の時間が長いのと、健康食品の宣伝が多く苦境が窺えた。
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ポテトサラダと酒って合うんですよ

2020年03月16日 | Weblog
ひじょうに強い日差しの一日だった。
昼下がりに妻の付き添いでマサまで買い物に行ったが、帰りに歩いていると日差しを正面から浴びて額がヒリヒリと痛いくらいだった。
大磯の海へ出てみたが、空の青を反映してか紺碧の海が開けていて気分爽快だった。
チョット風波だったけどね。
葛川沿いの染井吉野をよく見たら蕾がピンクになっていて、明日開花だ。
この分だとお彼岸の頃に満開となり花見だなあ。

朝からずっと、もちろんのんびりと本の整理をしていた。
釣りと魚に関する本のクリーニングをして1階の書棚に場所を作ったが、25年前に釣りをやり始めた頃の、入門書や釣り場案内が懐かしくて魅入ってしまった。
何度も何度も繰り返し観たので酷く汚れていたが、本を眺めているだけでワクワクした。
あんなに熱中することって、これからあるのかなあ。
井伏鱒二や開高健などの練達の文章家が書いた釣りエッセイにもうっとりさせられるが、薄汚れた釣り入門書は100%とはいかないが、釣りを始めた頃の情熱を呼び覚ましてくれる点で名著だ。
釣魚図鑑、魚類図鑑、魚偏辞典なども丁寧に汚れを拭き取りながら眺めた。
そんなわけで1日かけて100冊程度の釣り関連書籍が整理されただけだった。

1階の南向きに3部屋あり、東が6畳の母の居間でTVやCDプレイヤーやPCがある、隣の6畳に娘が使っていたベッドがあり、その脇に置いた本棚の前でお魚と遊んでいた。
隣の部屋で荒井由実をかけていたので、廊下1本隔てて1975年と1995年を愉しんだわけだが、これが年寄りにしかできない贅沢っていうもんですぜ、お若いの。

昼は残り少なくなった僕の菜園のリーフレタスとクレソン、パプリカ、スティクブロッコリーのサラダとスパゲティミートソースにアールグレイ、蜂蜜ナッツ黒豆ヨーグルト。

相撲は炎鵬を観そこなったが、八双飛びをやって勝ったようだ。
ビデオを観ると、それが直接の勝因ではないものの、立ち合いと取り口を読まれているので変化をつけたら相手が慌てたってことだ。

風呂に入り出てきたら、既に晩飯が始まっていた。
鮪の兜焼き、冷凍の鮪で焼くと嫌な臭いがするので好まないが、妻がやけに好きで骨の間の肉を穿り出して食べていた。
友人が送ってきた蕎麦を食べたら腹がくちくなったが、この間刺身で食べて美味かった鮪と同じだと云われたんで買ったらしい。
カマと頭のところと二個あったが、カマのところ美味かったね。
オーブンが無いと焼けないくらいの大きさで、カマのほうを妻と二人で食べても喰いきれるもんじゃなかった。
冷凍でも刺身が脂が乗って美味かったのは、でかい本鮪だったからだな。
先週、ポテトサラダが喰いたいと云ったが、この日出て来た。
ポテサを肴に酒を呑むのがいいんだが、24日までは禁酒だ、チクショウメおととい作れってんだ。





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煮豆

2020年03月15日 | Weblog
朝目が覚めるとすでに雨が降っていた。
外へ出かけなければならないわけじゃないから大した影響もないのだが、気分が良くないものだ。
しいて言えばJA湘南までのサイクリングと散歩が出来なくなるので、運動不足が問題だが、それも1日くらいの事なら休養になるから大した問題じゃない。

昨夜、やはりかなり飲んでいたようで体調不全で食欲が無かったが、8時前に起きて味噌汁を作り、鰤の塩焼き、納豆、卵焼きで朝飯を食べた。
午前中は本の整理をやったが、落語、芸能、音楽、映画、酒食エッセイなどが雑然と並んでいる棚を、なるべく細かく分類した。
鮨、蕎麦、洋食、和食、中華と言った具合だが、中間的なものも多く中々分別出来ないものもあり疲れた。
これが作家別に分別すると簡単だと思うでしょう、ところが対談や鼎談などもあるから同じように悩むこともあるんだな。
疲れていたから捗らなかったが、午後はついにベッドに横になり5時までうたた寝をしてしまった。

昼は八丁味噌味の鍋焼きうどんだった。
妻と下の息子にとって名古屋風の味噌煮込みうどんは新鮮で、この2週間で3度くらい食べたような気がする。
昨夜、水に浸しておいた黒豆を朝、ストーブの上に置いたのを失念していた。
妻が午前中に娘の処の猫の世話をした折にストーブを止めたようで、台所へ降りたら巧い具合に煮えあがっていた。
最初に沸騰した時に灰汁を取るか水を替えなきゃいけなかったが、後の祭りだ。
水を捨てて水の色が透明になるまで数回水を替えた。
昼にストーブを点けたので数回灰汁を取って、砂糖と塩を入れて食べてみたら、まあまあだったので食後に妻と二人で食べた。
冷めて味が染み込んだら美味しく食べられるだろう。
錆釘と重曹を入れると色鮮やかでふっくらすると云われるが、男の料理なのでいいかげんで良いんじゃないかな。
豆は腹が膨れるし健康にもいいと思うが、売っている煮豆は甘いから健康に悪い、それでこうやって糖分控えめにして自作する。
それをいいことに喰い過ぎるから健康にいいのか悪いのか分からない。

5時まで寝てしまったので慌てて階下に降りて相撲を観た。
炎鵬は全く角力にならなかったな。
荒井由実時代の30曲が入っている「Super Best of Yumi Arai」というCDがあり買ってみたが夕方届いたので早々に聴いてみた。
昔、ユーミンのファンの女性と、松任谷になってから面白くないねという話をしたが、明らかに1972年から1976年までの初期独身時代の楽曲とその後は違う。
ひとことで言えば、繊細で柔らかくて優しい感じがする。
10曲ばかり聴いたところで、妻に、ご飯だと何度も言ってるのに何で来ないのと叱られた。

マンボウと鰤の刺身、スティックブロッコリ―、豚肉の生姜焼き、けんちん汁だった。
二日酔い気味で飲みたくなかったし、24日に横浜の車先生のところで血液検査をするので、今日から酒を控えることにした。
マンボウが淡白な味わいの中にじんわりとした旨味があふれ美味かった。
あまりマンボウを好まない妻も今日のマンボウは美味いと言った。
肝の色がオレンジ色で輝いていたから新鮮だったのだろう。
妻の炒め物はオーヴァークックで余り美味くないが、けんちん汁を作らせると抜群に美味い。
食後に黒豆を食べてみたが、冷めて味が入ったせいで甘みを昼より強く感じた。
黒豆じゃなくて白い大豆をベーコンとかパンチェッタで煮込んだのも美味いんだけど、そうまでしなくとも日本には、豆腐、納豆、味噌、醤油と完成されたものがあるし、古典的な煮豆を作っていてこと足りちゃうんだよな。

昨日、一番古い本棚の一番下に大きな本や画集、レコードを仕舞ってあり、すごく久し振りに取り出してハタキをかけたが、荒井由実のレコードは「Cobalt Hour」だけだった。
あの頃はカセットテープが出始めて、ラジカセで聴いていたんだなあ。
高校時代ファンだった南沙織のアルバムが3枚もあったので驚いたが、その頃はまだテープはオープンリールだったのでレコードが便利だったんだろうね。
駒ケ岳へ観に行ったりしたが、長い間熱を上げていたんだなあ。
当時、有馬美恵子と筒美京平の楽曲は新しく感じた。
その後ユーミンが出てきてすっかり熱中したが、筒美京平は今でも好きだな。
最も好きな楽曲は70年代と80年代のものだけど、魅せられて、ブルーライトヨコハマ、まあ逢う日まで、木綿のハンカチーフ、ロマンス、甘い生活、真夏の出来事、飛んでイスタンブール、東京ララバイ等々。

食後はCDを聴きながら高山正之を読んだが、このCDの中の「天気雨」を楽しみにしていた。
僕が持っているベストアルバムには収録されていないが、4枚目の「14番目の月」に入っていた湘南を歌った曲で好きなんだ。
ダウンロードして聴けばいいんだが、その方法を知らず、好みの曲をUSBでもらって再生して聴いていたが、頼みの大磯の女友達はいなくなっちゃったし、自力で聴くにはCDが簡便で、プレイヤーに接続しているスピーカーの音質がいいもんでね。
娘にもらったAnkerのスピーカーが壊れてからはYouTubeで音楽を聴く機会も減り、もっぱらZardとユーミンのCDを繰り返し聞いているが今のところ全く飽きない。
大学時代「ひこうき雲」と「MISSLM」を毎日2回2年間聴いて飽きなかったのだから、残り少ない人生この二人のアルバムが20枚ほどあるわけだから、きっと愉しく過ごせると思う。

昨日、ガールフレンドから井上ひさしの「パロディ志願」と「吉里吉里人」を貰ったことを書いたが、中学高校時代のガールフレンドからは大学入学祝に「聖書」を貰った。
二人っきりの時に甘い言葉を囁かず本の話ばかりしていたんだろうね、それでは女性に嫌われるのも無理もない、プレゼントされた本は縁切り本だったのか。
音楽は音痴が幸いして難しい楽曲は分からないし愉しめないから浮気をしないで来たけれど、文学の才は黙読していれば他人に非才を悟られないから、下手の横好きで本を手あたり次第買い求めた。
今後、水道管の水垢理論と嘯いていた読書習慣を改め、去ってしまった女性が残してくれた井上ひさしと聖書を天の啓示と受け止め、浮気をせずに読み込めば死ぬまでに何かを掴めるかもしれないなあとぼんやりと考えている。
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シャトーダレム1988

2020年03月14日 | Weblog
相変わらずぶらぶらと本の整理をしているが、今月中に一通りの片づけが終わればいいかなと思っているから、本当に進捗状況は悪い。
二階に置いてあった段ボールを開けたら井上ひさしの本が詰まっていた。
昨日、初期のエッセイ集などが違う場所から出てきて見ていたら、第一巻の「パロディ志願」の見返しにIから卒業祝いに贈られたとあった。
Iは大学4年の時から2年近く付き合っていた女性で、はっきりした目標もなく就職して1年後にアイデンティティクライシスに見舞われ、それに捉われて遠ざかってしまったのだが、Iは別れた理由が全く分からず酷くまごつき怒っていた。
仕事も止め新たな仕事に就いたものの数か月で辞め、予備校の講師のバイトをし、1年後に横浜の会社に叔父の口利きで就職した。
Iに電話をして詫びを入れてもう一度付き合いたいと懇願したが、身勝手さに酷く軽蔑された。
この日開けた段ボール箱には、「吉里吉里人」があり、長い間この本をIから贈られたと勘違いしていた。
2年前にMからの手紙を発見し、いま日本でこの本が流行っているので、読んでなければ送ると書いてあり、発行日を調べたら昭和56年8月であることが分り、ああMが送ってくれたんだと思い確認しようと思っていたが本の在処が分からずにいた。
見返しに昭和57年8月22日Mから贈られたとあった。
Mとは一緒になろうと思っていたが、つまらない意地を張ったばかりに別々の人生を歩むことになった。
井上ひさしの本はこれ以外にも、初期の頃文庫本で買ったものが20冊ほどあるはずで、全部で100冊近くあり、人生の前半の愛読書であったが、その後遠ざかっていた。
深く愛した女性二人から贈られ、ただならぬ縁があるんだなあと思いながら、死ぬまでにもう一度読み返そうと丁重に本棚に収めた。

先日、上の息子の誕生日の夜にワインを開けて乾杯したが、今日は息子が休みで、この日にディナーをすることになっていて、僕は信州の友人から馬肉と蕎麦を取り寄せて備えたが、妻は特製サラダと刺身、ステーキを準備していた。
相模湾の鯛、石鯛、鮪と帆立の刺身、馬刺しにはレカレド・グランレゼルヴァ2008年を開けて飲んだ。
特に石鯛は歯応えが良く美味かった。
馬刺しはポーランド産だと思うが、日本の業者が色々指導していると思われ、安定して美味い。
レカレドは1924年創業の有機ワインのカバの造り手としてスペイン最高峰のとの評判だが、十分に熟成され厚みがあり、まろやかで奥行きのある豊かな味わいが素晴らしかった。
酸の角が取れていたので白身の魚にも良く合い、馬肉にも負けないだけの力を持ち合わせていた。
ステーキには、息子の生まれ年のシャトーダレム1988を合わせた。
1989年に初めてパリのワインコンベンションで、ミッシェルとブリジットの父娘に会い、そのまま初めてのボルドへ行き、フロンサックのシャトーへお邪魔した。
それ以来の長い付き合いだが、この88は当時から随分と飲んできたワインで、89の酸が少ない柔らかなワインより持つだろうと予想していたが、ダレムの古酒に現れる干し草のような枯れた匂いがして、当時飲んだ64の味わいが再現したようで懐かしかった。
リコルクしていないのでコルクは半ばで折れボロボロになったが、ワインはしっかりとしていて、息子の二十歳の誕生日に開けがっかりしたラネッサン88とは異なり、僕のシャトーではないが誇らしく思った。
ブリジットに最後に逢ったのが5年前の香港だが、相変わらず美人だろうか、そしてミッチェルは元気だろうか。

妻と下の息子は席を離れ、僕が蕎麦を茹で息子が葱を切り二人で食べた。
その後、シャトーボーロンNPを遅くまで飲んだ。
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桜鯛

2020年03月13日 | Weblog
妻が相模湾の鯛を1本買って来たので、晩飯には刺身とあら汁が出るだろうと予想し、夕方下の息子と一緒に散歩に出て酒を買うことにした。
鯛の刺身にワインはないだろうから、切らしてしまった酒の補充のためだったが、手ぶらで出てしまい、店で袋を買いぶら下げてきたので瓶の酒は避け「菊正宗純米辛口生酛」1.8ℓパックを買った。
ここの所自分であれやこれやと銘柄を探すのが面倒で、これを飲んでいるが、毎晩、晩酌に酒を呑んでいる人が銘柄を決めている気持ちが分かるなあ。
酒が好きなのを知っているので、時々友人知人が気を利かして、これはという酒を送って来てくれるので結構ヴァリエーションが愉しめ、今のところ飽きも来ないし、同じものをずっと呑んでいるとかなり深くその酒を知ることもできる。
もう30年前の事だが、取り扱っていたブランデー「クリエール」の味が違うと消費者からクレームがあり、店舗の商品課のひとと詳しく調べたら、まさにこの消費者の言う通りで、それまでの商品と異なり長期保管していた瓶内熟成期間が3年のものを出荷していたのだ。
人間は一つの事をずっとやっていると神に近づくということを知った。
まあ、僕の場合まだそこまでいかないが「菊正宗純米辛口生酛」にだいぶ詳しくなった。

散歩は葛川沿いを北上したのだが、久し振りに翡翠の飛翔を観た。
翡翠(ヒスイ)がこの鳥の呼び名に関係していると思うが、ヒスイのほうはどうも緑が強いような気がするけど、カワセミは青の印象が強く、鮮やかな青が一直線に飛翔するさまが印象的なんだなあ。
ともあれ、この鳥を観るとちょっと得したような気分になる。

朝は二日酔い気味だったが、JA湘南へ行き、帰ってからちょっと音楽を聴いて、本の片づけを始めた。
放置されている段ボールがどうも10個近くあり、まず2つから本を取り出してみたが、隠居してから読んだ本がかなりあった。
付箋があったから分かったが、内容をすっかり失念していて、でもそういったことにガッカリしないよう長年思って来たが、果たして見えないところで人格は陶冶されているのかなあ。
職業柄食や酒に関する本が多いが、落語や演芸、映画などに関する本も多く、遊びの要素が多いのでこれらを一緒にして二本の本棚に放り込んでいた。
これを機に落語、演芸、映画、和食、洋食、酒、ワイン、その他の酒とざっと分けることにした。
手始めに、この本棚の一番下に間借りしていた大江健三郎を引っ張り出した。
ノーベル賞を取る前ごろから、小説の理論が鼻につき面白くなくなって読まなくなったから捨てようと思っていたが、50冊ばかりの埃をはたいていたら、高校生時代からの事が思い出され、捨てるに忍びなくなってしまった。
左翼に人の特徴だが、子供っぽいまま大人になってしまうので、若い頃の才気が熟成しないんだな、年を重ねたことがマイナスになってしまう。

昼は妻が全くやる気がなく、インスタントラーメンにするというので、ほうれん草と韮と葱と叉焼を入れてサッポロ一番塩ラーメンを作って食べた。
食前に八朔を2個食べた。

午後も引き続き本の整理をしたが、落語の本を摘まみ読みしながら思ったのだが、落語は読むもんじゃない、そういや最後に聴いたのは何時だろう。
去年の8月に大磯の鴫立庵で聴いたのが最後で、もう半年以上ご無沙汰だ。
コロナの影響で落語も自粛しているのだろうか、などと手を休めっぱなしで考えていた。

相撲は炎鵬が勝ったので喜んだが、全体的には盛り上がりに欠け詰まらない。
風呂に入って晩飯を喰った。
鯛は桜と共にやってくるので桜鯛と称して脂がのって美味いが、あら汁は凄い脂だった。
刺身は思ったより身が柔らかく残念だったが、味は流石に旬で濃厚な旨味があった。

二日酔いと寝不足の影響は食後に出た。
8時に母の居間に移動して読書を始めたが、気が付くと9時で次に気が付くと10時、ほとんど2時間うたた寝をしていたわけだ。
二階に上がって横になったらすぐに眠ってしまった。
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深夜のバースデイパーティ

2020年03月12日 | Weblog
いささか二日酔い気味だ。
昨夜零時近くに下の息子が、母の居間で音楽を聴きながら読書をしていた僕のところへやって来て、台所のマックス・ウェーバーは何なのと聞いてきたので、上の息子の誕生日のプレゼントだと云ったら、昼に妻と一緒に小田原へ買いに行った自分からのプレゼントを持ってきて、妻のと僕のと一緒に置いたらしい。
プレゼントは江戸切子のグラスだというので、それならワインを開けて軽く誕生日を祝うかと台所へ行き、少し前に帰ってきて風呂に入っている上の息子を待った。
晩飯の時に酒を呑み、その後母の居間に移動して音楽を聴きながら読書をしてシャトーボーロンVSOP、NPと飲んでいたので、既にかなり酔っていた。
ディエゴの赤「鳥」で乾杯し、上の息子は晩飯を食いながら、僕と下の息子は軽く摘まみを食べながら飲んだ。
ワインは早々に終わり、コニャックととアルマニャックを飲み、最後は母が30年前に仕込んだ杏酒の古酒を飲んでお開きにしたのが2時だった。

朝から酷く暖かい陽気で、セーターを着てJA湘南へ行ったら暑くて汗が出た。
家に帰りセーターを脱いで本の整理を始めたが、それでもじんわり汗が出て来たから可成りの温度だったのだろう。
二つの机に置いた本は3年前に一度整理したもので、比較的最近買ったものが多く汚れが少ないが、それでもまともに部屋の掃除をしないから埃が所々にたかっていた。
思ったより本の数量が少なく、6時過ぎに最後の20冊を下に運んでクリーニングをして終了した。
心理学の本が多く、最近すっかり心理学に対する情熱が失せ、河合隼雄の本を除いて捨てることにした。
ただし、木村敏と中井久夫の本は既に別の所に仕舞ってある。
未だ段ボールに入っている本が5箱ほどあるが、取り敢えず運び出すところまでは終わったわけでバンザイだ。
だがその分1階の奥の8畳が満杯となり、今後は此処の整理を如何にするかだが、ノーアイディア。
宝くじを買ってあるが、未だ当否を見ていない。
直ぐに見てしまうと夢を買っているわけだから、その夢が破れるのが早くなって面白くない。
これが当たれば隣の土地を買って書庫を建てようと夢想して、目の前の現実から一瞬とは云え逃避するわけだ。
今回運んだ中で最も大切な本は色川武大で、阿佐田哲也の名前で麻雀小説の傑作「麻雀放浪記」を書いている。
酒と食に関するエッセイで好きなのが、この阿佐田哲也と吉田健一がことによく、阿佐田は食に傾き、吉田は酒と旅に傾きがあるが、何度読んでもしみじみいいなあと思う文章がある。
ちなみに釣りは開高健と井伏鱒二で、開高は海外でのルアー、井伏は国内の鮎釣りに痺れるようなエッセイが多い。
もちろんこの二人にも食と酒に関するエッセイの傑作も多く、結局は鋭い観察眼を持つ深みのある人物が書いたものに名文があるってことなんだよなあ。

昼、妻が何もアイディアが無いから、最初に頭に浮かんだ、あんかけ焼きそばで良いかというので、取り立てて喰いたいものもなく同意して食べた。
不味くはなかったが、数日前にも食べたような気がしたなあ。
プレシネはヘリコプターの映画で、前にも観たが何となく惹かれて二度目を観てしまったが、本当は本の整理に飽いていたのかもしれない。

散歩に出たが、相撲があるので小一時間で帰って来た。
何時もストレッチをやる公園に顔見知りの女の子がいて声をかけられたが、お母さんが傍で驚いていたなあ。
就業前の女の子が、知らないうちにジイサンと親しくなって話をしているんだからね、そりゃあ驚くよ。
相撲は炎鵬の負け方が一方的で詰まらなかった。

晩飯は、鰯の煮たのを焼いたのと、スティクブロッコリー、豚肉の赤ワイン漬けのグリル、鮪のやまかけ、葱と塩鰯のオーブン焼きなどだった。

昼に整理をしていたら、思いがけず日下公人と高山正之の対談集「世界は邪悪に満ちている だが日本は・・・・。」2015年にWACから出ている本だが、ある先輩から山本夏彦を全部読んじゃったので最近は高山正之に凝っていると聞いて、数冊買って読んでみた頃で、取り敢えず書店で見かけた新刊書を買い求めておいたらしい。
今思い出したが、これ藤沢の有隣堂の下の本屋で買ったような気がするなあ。
お宝発見という感じで読みだしたが、面白いのなんのって、これ同様読みたい本を仕分けしたら200冊はあり、当分は読書欲が減退することないなあ。

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