キュヴェ タカ/cuvee taka 「酔哲湘南日記」

新鮮な山海の恵みを肴に酒を吞み、読書、映画・音楽鑑賞、散歩と湘南スローライフを愉しんでいる。 

ブランデー愛

2022年03月01日 | Weblog
一日仕事をしていたので、妻は晩飯を作る気力がなく、僕も夕方にパンとソーセージを食べていたので、少し休んでから鶏と合鴨の鍋をやることにした。
鍋ってやつは実に簡単な料理で、こういった時に一番向いている。
冷蔵庫に煮干しと昆布の水出しの出汁があるので、それを土鍋に入れて沸騰したところに鶏を入れて煮立て、白菜の白いところとシメジを入れて、あくを取って卓上コンロへ移動、葱、春菊、白菜の葉、豆腐を入れた。
つけ汁は橙を絞って醤油と混ぜた。
妻はカタロニアの白を飲んだが、僕は「菊正宗」を燗して吞んだ。
次男が珍しく晩飯を食べると言い鍋をつつきだしたので、合鴨と葱を足して、最後にうどんを入れた。
鶏が美味かった。
橙は近所でもらったやつだがこれで終わってしまった。
ポン酢にはこの橙が一番いいようだ。

飯の後、ぼんやりとTVを観ながらストーブの前で飲んでいたが、シャトーボーロンVSOPが空になってしまった。
グラッパと泡盛があったが、同じのを飲みたくなって新しいボトルを開けた。
先日、残数が少なくて思いとどまったのに、とにかくコロナが終わればコニャックへ行き、買って来ればいいやと、酔いのせいで気持ちが大きくなった。
1981年に入った横浜の会社のメイン商品がブランデーだったので、コニャック、アルマニャック、カルバドスの良いものに嗜好が向かうのが自然だった。
それぞれ最高級品を一度味わうと、そこから離れられなくなる。
特にコニャックは、このシャトー・ボーロンとレイラが気に入って愛飲してきたが、できることなら死ぬまで飲んでいたい。
ブランデーが税金の改定で身近なものになり、そうなると希少価値とあこがれが無くなり売れなくなった。
会社を維持してゆくためにワインにシフトしたが、やっぱり人生の最後はブランデー、特にコニャックとアルマニャックに回帰する。

今朝は3時半に起きてYouTubeを聴いていたが、いつのまにか眠ってしまったようだ。
それでも今回のプーチンのウクライナ侵攻を、バイデンの無能さに由来するという説に、なるほどと思ったから、多少は起きていたんだな。
バイデンが二酸化炭素削減を推進し、シールオイルの掘削を禁じてしまい、石油と天然ガスの輸出国であるロシアは値上がりにより潤沢なカネを稼ぎ、それが軍事費に回り、今回の侵攻に繋がった。
トランプが再選されていれば、こんなバカげたことは起きなかったという論旨だ。
追い詰められればプーチンは核兵器の使用をほのめかすことは間違いない。
岸田が中国に対しては欧米に同調しなかったのに、ロシアに対しては同調したのは一体何が根拠なのだろう。
馬鹿だなあと思う、スウィフトなどを禁じなければ、交渉の窓口になれたのに、北方領土の返還の可能性も出たのになあ。
まあ、岸田、林じゃ無理か、こんな時に安部がいれば重要な役割を演じられた可能性が高い。

結局、起きたのは7時過ぎで、慌てて朝飯の準備をした。
シメジと豆腐の味噌汁、ほうれん草の卵炒め、白菜漬けを食べた。
ほうれん草1把と卵2個で作ったので凄い量だったが、まあ、野菜だからね。

雨戸をあけて、マルの炉入れの掃除をして、2階に上がった。
ザ・ピーナッツを聴いたが、名曲「ウナ・セラ・ディ東京」の意味を調べたら、ウナ=one、セラ=夕方、黄昏時、ディ=ofで、ある日の東京の夕暮れ時って意味だった。

9時半に自転車でJA湘南へ出かけたが、随分と暖かくなった。
厚手の手袋が無くなって、作業用に手袋で出かけたが冷たくなかった。
ほうれん草、椎茸、ブロッコリーを買った。

家に帰って小田和正を聴いた。
「秋の気配」が効きたくて借りたCDだが、オフコースの初期の曲が入っているみたいだ。
本当に初期のころのオフコースしか知らず、小田と同級生のデュオだった時しか知らないから、ハワイ駐在の時に、現地のチョコレート工場の社長が鈴木さんとロスからの飛行機で知り合って、ディナーに招待した時に同席したが、小田の相方の人だとばっかり思っていたが、なんだか違うなあと思っていた。
僕の記憶違いで松尾さんだったのかもしれないが、今となっては真相は分からない。

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