キュヴェ タカ/cuvee taka 「酔哲湘南日記」

新鮮な山海の恵みを肴に酒を吞み、読書、映画・音楽鑑賞、散歩と湘南スローライフを愉しんでいる。 

3月11日

2019年03月11日 | Weblog
1988年の3月11日上の息子が生まれた。
世間では東日本大震災8年でマスコミは大騒ぎしているが、視聴率を取るためのお涙頂戴の番組が余りにも多すぎる。
多くの犠牲者を出したことに今も胸が痛むが、その鎮魂と慰霊は個人的に静かに行うべきものじゃないのか。
そして個人的には、息子の誕生日であることの方が重要だ。
サラリーマンだけにはなるなと言って来たが、未だに進むべき道がハッキリしていないのではないかと心配している。
若い頃は格闘家を目指していたが、ここ数年は釣りに熱中していて釣具屋でバイトをしながら実釣に励んでいる。
高校時代の後輩に村越正海がいるが、彼は人に使われたことがなく、釣りエッセイを書いて1枚5,000円なら月に100枚書けば500,000円になり暮らしがたつと楽天的に考え、比較的若いうちに年収1千万円になった。
好きな釣りを毎日やって暮らしがたったのだから、そんな素敵なことはない。

息子は小学生のころからルアー釣りと鱚釣に連れて行ったが、子供の方が40男より釣りが身体に染みついたようで、上達が早かった。
一時止めていたが、ここ数年は熱心に色々な釣法で色々な魚種を釣っている。

2011年3月11日は、会社で大きな揺れを感じ、部下2人がワインショップのワインを両手で押さえて落下を防いだが、若い人たちが危険を顧みず商品であるワインを愛おしく思っていたことに驚いた。
その日は交通機関が麻痺し、早めに買い求めて置いた食料をみんなで食べ、段ボールを敷き緩衝材のプラスシックシートに包まって会社で一夜を明かした。
津波や被害の様子は翌日家に帰ってから初めて観た。


日曜日の午前中は、下の息子と川勾神社方面の石仏を見に出かけた。
近所の寺に、江戸時代に津波で死んだ人や疫病で死んだ子供を船に乗せて流したが、そういった人たちの供養塔があった。
先日のセミナーで講師の松本さんが、悲惨な風習なんでマップには載せていないがぜひ見て欲しいと話したので気にかかっていた。
二宮の海は急深なので海岸は狭く海岸段丘が高く20メートル以上あるが、津波は川を逆流してくるので、梅沢の人達が被害に遭っていると思われる。


昼は妻がサンドイッチを作り、自家製ロースハム、チキンを甘辛く味付けしたもの、酢卵などを用意して待っていた。
アボカドと玉葱、レモンで作ったソースが美味かった。
パンもバケット、食パン、ロールパン、カンパーニュと用意されていたので、美味しくいただいた。

二日酔いだったのに2時間以上歩き、かなり疲れていたので、食後二階に上がり午睡をしていたら、娘たちがやって来て、納戸から母の桐の和ダンスとキッチンテーブルを出して新居に運ぶので、周りに拡散している本を整理してくれと起こされてしまった。
小一時間それに付き合わされて、再びベッドにもぐりこんで寝た。
5時になったので大阪場所初日を観に母の居間へ降りた。
相撲より北の富士と舞の海の掛け合いが面白かった。

風呂に入り、晩飯を食べた。
昼に喰いすぎたので、メカジキのカツレツ、ベーコン野菜スープなどであっさりと済ました。

観たいTV番組もなく、7時のニュースであさひちゃんの顔を見て二階に上がり「サンチョ・キホーテの旅」を読んだ。
0時半に読了したが、二日酔いで頭がぼーっとしていたため楽しみが半減したように思う。

今朝は6時に起きて大黒摩季を聴きながら辻惠・西部邁「道義あふれる国へ」を7時半まで読んだ。
この本はあまり面白くなく、二人の会話がスイングしていないからだろうけど、大黒摩季に聴き惚れていた。



コメント
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