小林紀子バレエ・シアター『眠れる森の美女』(26日)

  驚いたことに、今日(26日)の公演は完売御礼だったようです。このバレエ団にしては珍しいというか、はっきり言って今までになかったことではないでしょうか。

  会場に入ってみると、観客の中には、小さなお子様方の姿が昨日の公演よりもはるかに高い割合で見受けられました。また、大人の観客たちの多くは知り合い同士だったようで、会場のそこかしこで、互いに手を振ったり挨拶をしたりしていました。

  要は、今日は事実上「身内向け公演」だったのでしょうね。それで一般にはあまりチケットが出回らなかったのだろうと思われます。

  昨今の興行においては、「チケットはなるべく早く売り切る」というのが趨勢であるようです。昨年来の不況が、こんな小さなバレエ団の公演にも影響を及ぼしているのか、と驚きを禁じ得ませんでした。

  身内の中でチケットをさばくのが確実に客席を埋める手段であること、また、系列のバレエ教室に通っている子どもたちが休みである日曜日を、「身内向け公演日」とせざるを得ない事情は理解できます。しかし、だからといって一般客にチケットが回らないという状況はいかがなものか、と個人的には思います。

  今日のオーロラ姫は島添亮子さんでした。アシュトンやマクミラン作品を得意とするダンサー、というイメージがありますが、私は数年前に小林紀子バレエ・シアターが上演した『パキータ』のグラン・パで、ヴァリエーションを踊る島添さんを観たことがあります。そのときの島添さんの踊りから、彼女はプティパも充分にイケる、と踏んでいました。

  ただ、今回、島添さんがオーロラを踊るにあたってハンデとなるのは、テクニックと、そして特にスタミナだろう、とも思いました。

  考えてみたら、『眠れる森の美女』におけるオーロラの踊りは、ハードというレベルを通り越して、もはや拷問に等しいものがあります。だって、登場してすぐの踊りが「ローズ・アダージョ」ってどうよ!?

  島添さんの踊りは思ったとおりすばらしかったです。島添さんの踊りの大きな特徴は、豊かな音楽性に裏打ちされた繊細で優美な動きだと思います。彼女の動きには常に余裕とゆとりがあります。決して急ぎません。動きに充分に「ため」を置き、一つ一つの動きをじっくりと丁寧に、細やかにこなします。

  また、島添さんはあのとおり小柄で華奢です。しかし、舞台上にいると誰よりも可憐で輝いて見えます。

  彼女の小鹿のような細い四肢も愛らしく魅力的です。でも、島添さんのあの小さな身体には、見た目よりもはるかに強靭な筋力があるようです。だから、動きの細部に至るまでを、あれほど完璧にコントロールできるのでしょう。

  今回の役はオーロラ姫ということもあって、あどけない、優しげな雰囲気にあふれていました。表情はあまり変えませんが、作り笑いなどをして「明るく屈託のないお姫さま」を無理に演じようとしないところも好感が持てました。

  スタミナが不安、ということを上に書きましたが、やはり「ローズ・アダージョ」の最後で疲れが出てしまいました。本当に最後の最後でです。それまでは大丈夫だったのです。それなのに、踊り終わったオーロラ姫が、各国の王子たちにお辞儀をする寸前で、足元がグラついてしまいました。あれは本当に惜しかった。

  でも、それ以降は見事に踊りきりました。テクニックやスタミナだけを比べれば、島添さん以上にオーロラを踊れるバレリーナはいくらでもいると思います。でも、島添さんほど指からつま先までを細緻に、丁寧に、優雅に、美しく動かして踊れるバレリーナはそういないでしょう。

  ゲストのロバート・テューズリーがデジレ王子を踊りました。ゲストとしての仕事は充分に果たしたと思います。踊りも端正で技術的にもすばらしかったし、演技もよかったです。昨日の中村誠が「徹底的に真面目でひたむき王子」だとすると、今日のテューズリーは「適度にトボける余裕のあるお人好し王子」でした。表面的な軽さと心の奥底の深さをくるくる変えて垣間見せる演技が見事でした。

  第二幕で、同行の貴族たちと別れて一人きりになった王子が踊る苦悩(?)のソロは、あれはマクミランは独自の振りに変えてありますね。見た目は静かでゆっくりですが、実は難しくて複雑な動き(特に回転→脚技の組み合わせ)がすし詰めになっていました。テューズリーはよくあんな動きができるな、と感心しました。

  高畑きずなさんのリラの精には納得しました。確かに彼女はリラの精のファースト・キャストにふさわしいです。高畑さんの踊りは非常に安定していました。手足が力強くすっきりと長く伸びます。そして、トゥ・シューズの音がまったくしません。

  演技にも優しさとパワーの強い妖精らしい威厳とが漂っていました。第二幕で邪魔をしようとするカラボスの前に立ちふさがるときの、高潔な厳しい表情がよかったです。また、高畑さんはマイムが絶品でした。高畑さんとカラボス役の楠元郁子さんが、マイムでは最もすばらしかったと思います(まあ主にマイムをやるのはこの二人だからということもありますが)。

  ひとつ思ったのが、マクミランはリラの精とカラボスとが対峙するシーンを増やすことで、なんというか、光と影の表裏一体性、みたいなことを強調したかったのかな、と。

  たとえば、第一幕でオーロラが倒れてしまった後、カラボスが逃げ去ったのと同じ場所からリラの精が現れるとか、第二幕では、王子を導いてオーロラを目覚めさせようとするリラの精と、それを阻もうとするカラボスとが、まったく同じポーズで舞台の中央で並び立つなど、リラの精とカラボスを対比させる演出がとかく目立ちました。

  変な話ですけど、マクミラン版のリラの精とカラボスには、思わず『ウィキッド』を連想してしまいましたよ。

  演技という点では、カタラビュット(式典長)役の井口裕之さんには、両日ともに大いに笑わしてもらいました。とりわけ第一幕、編み物をしていた女たちから編み針を取り上げ、それをフロレスタン王と王妃から必死に隠そうとして、ゴマかし笑いをする演技がすごくおかしかったです。

  カタラビュットは女たちをかばって、なんとかその場を取り繕おうとするのですが、王と王妃に問いつめられて、あっさりと「あの女たちが持ってたんですう~」と指さし、あとは知らん顔をするのが笑えました。

  プロローグに登場する妖精6人のお付きの騎士の中では、魔法の庭の精(萱嶋みゆき)の騎士を踊った中尾充宏さんがいちばんよかったと思います。萱嶋みゆきさんと中尾充宏さんは、第三幕で白い猫と長靴を履いた猫の踊りでも組みました。中尾さんのスケベな手つきと、それを焦らして楽しんでいるような、萱嶋さんのコケットな仕草や表情がよかったです。

  青い鳥を踊ったのは八幡顕光さん、フロリナ姫を踊ったのは中村麻弥さんでした。八幡さんは新国立劇場バレエの公演で何回も観ていたので、八幡さんについても何の心配もしていませんでした。八幡さんの踊りは「この人ならこれぐらいはやるだろう」というものでした。衣装とメイクもよかったです。

  中村麻弥さんはとにかくきれいな子でした。首が細くて肌は透けるように白く、淡い青の衣装がよく似合っていました。踊りのほうはまだ将来があるな、という感じでしたが、青い鳥の声に耳を傾ける仕草と表情は、初々しい魅力にあふれていました。

  オーロラ姫とデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥでの島添さんを見て、あらためて感じたのは、小林紀子さんというのはイギリスのバレエの人、特にロイヤル・バレエの系統の人なのだな、ということでした。ロイヤル・バレエ系統のバレリーナには、ポワントで立ったときやアラベスクをしたときの姿勢に共通する特徴(直線的なライン)があるように思います。島添さんの姿勢にもそれと同じものを感じます。

  オーロラ姫のヴァリエーションを踊る島添さんに、「う~ん、マーゴ・フォンテーンみたい」とつい思いました。

  フィリップ・エリスが指揮をした東京ニューフィルハーモニック管弦楽団の演奏もよかったです。

  結局、ケネス・マクミラン版『眠れる森の美女』が他の版とどう違うか、まったく分かりませんでした。でも、見どころの連続でなぜか飽きませんでした。音楽もいいし、踊りもいい。だから、確かに他の版とは何かが違うんでしょうね。

  イングリッシュ・ナショナル・バレエあたりが映像版を出さないかな。

  今日の公演は最終日でしたが、残念ながら、会場はあまり盛り上がりませんでした。公演の出来は昨日より良かったと思うのですが、観客の反応は昨日の公演より静かでした。

  その理由はおそらく、一つには身内という義理で観に来たのであって、『眠れる森の美女』、もしくはバレエに必ずしも興味があるわけではないらしい観客が多かったこと、二つには自身がバレエを習っている、もしくは身内に習わせている観客の多くは、そんなに「バレエ鑑賞」に慣れているわけではないし、バレエ作品そのものを熟知しているとは限らないだろうことだと思われます。

  今日の公演の当日券が売り切れだったということは複数の方からうかがいました。でも、1階には、たとえば同じ列の4~5席が連続してずらっと空席になっている、という箇所がいくつかありました。チケットを手に入れていながら、断りを入れずにドタキャンした方々なのでしょうね。

  招待でもノルマ売りでも、チケットを手にした以上は観に来ること、また観に来られない場合はきちんとキャンセルの連絡を入れること、そういう基本的なルールを、お身内の方々にはぜひお知らせしたほうがいいでしょう。

  難しいところですが、「あらすじ全然知らないんだよね」と話す方々よりは、「マクミラン版『眠れる森の美女』に興味がある」、「○○さんの踊りが観たい」という方々に観て頂いたほうがよかったんじゃないかな、と一観客として思います。
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コメント
 
 
 
はじめまして (○ちゃん)
2009-04-27 13:10:55
こんにちは。バレエ鑑賞2年目の素人です。

24日の島添さんが素晴らしかったので、また26日に当日券を目当てに会場まで行ったのですが、なんと既に完売でした。その前に情報センターのビデオブースで3時間近く時間を潰したのに、ガッカリ。
いつもは空席が目立つのに……これは素直に喜ぶべきことなのだと自分を納得させて、ちょっと複雑な思いで帰りました。

でも24日は、よかったです。ブラボーの嵐でした。
島添さんのやわらかで品のある踊りは大好きです。コールドにいたるまで靴音を立てないこのバレエ団は素晴らしいと思います。

次回は早目にチケットを購入することにします。

またコメントさせてください。では、失礼いたします。
 
 
 
こちらこそはじめまして (チャウ)
2009-04-27 23:34:28
○ちゃんさま、こんにちは。コメントを下さいまして、どうもありがとうございました。

昨日は本当に残念でしたね。ずいぶん前から待っておられたようですが、それでも手に入らなかったのですね。

会場の様子から見て、昨日は当日券の準備があまりなかったように思われますので、仕方がなかったかもしれません。

それでも初日をご覧になれてよかったですね。私もできれば初日に行きたかったです。

島添さんのオーロラはすばらしかったです。正直、あそこまでやってくれるとは思っていませんでした。島添さんはこれからもどんどん新しい面を見せてくれそうですね。

チケットの件ですが、おっしゃるとおり、早めに購入されることをおすすめします。私もできるだけ早く買うようにしています。

どうかまたコメントを下さいね。これからもよろしくお願いいたします。
 
 
 
Unknown (K)
2009-04-29 05:48:09
バレエに関して素人なので、鑑賞の折には、いつも参考にさせて頂いております。


26日の公演、私も見せて頂きました。

島添亮子さん、とても素敵でした!
ただ最初から、少しお疲れ気味だったような・・・
いつも以上に緊張されていたような・・・
私の目からはそんな印象も受けました。


P.S.
これからもブログ、楽しみにしております!!



 
 
 
私も素人です (チャウ)
2009-04-29 20:58:25
Kさん、こんにちは。

私もバレエについては素人です。でも、素人でも感じるところはあるもの、と開き直って、こうしてブログを書いています。

こういう言い方はどうかと思いますが、私は25日の公演を観ていたので、26日の公演での島添さんはなおのこと魅力的に感じました。

ただ演目が演目ですので、さすがの島添さんも緊張なさっていただろうと思います。

どうかこれからも遊びにいらして下さいませ。
 
 
 
レポありがとうございました! (shushu)
2009-04-30 00:51:59
チャウさん、こんばんは。
テューズリー王子も島添オーロラも、良かったんですね。それなのに、来ない人もいるし、観客の反応がイマイチとは、ますます残念でした。

バレエを習った人たちが、大人になったら観賞者として戻ってくるようにバレエを教える側も心がけてくれるとよいなぁ、とレポを拝読して思いました。

Jリーグの影も形もなく、スタジアムが閑古鳥が鳴いていたころ、西ドイツの指導者は、プロになれなくても、観客としてサッカーを見てくれるように心がけている、とサッカー雑誌で読んだことを思い出したりもしました。
 
 
 
とんでもないです (チャウ)
2009-04-30 23:37:26
shushuさん、こんばんは!

観客の方々は好意的な反応を示していたとは思います。
ただ、なんというんですか、あくまで「普通の礼儀」としての拍手であって、「賞賛」の拍手とは違うように感じました。

あと気になったのが、子どもさんの観客のマナーの悪さです。観劇中は静かでしたけれど、ラウンジ、ロビー、トイレで駆け回り、大騒ぎし、人にぶつかり、そして「ごめんなさい」も言わない。

もっと気になったのは、親御さんの多くがそれをまったく注意しないことでした。

たとえばロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスで行なわれるロイヤル・バレエの公演には、子どもたちが親に連れられて観に来ます。

子どもたちが粗相をしたときには、イギリスの親御さんたちはちゃんと注意します。
観劇中は静かにすることはもちろん、人に道を譲ること、後の人のためにドアを支えること、人にぶつかったら「すみません」と一声かけることなどです。

子どもたちに観劇のマナーだけでなく、日常における礼儀作法というものをきちんと教える、そういうしつけが、日本はまだまだなっていないのかな、と正直なところ思いました。
 
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