モスクワ音楽劇場バレエ「くるみ割り人形」(2)

  私は今、プログラムとキャスト表を見ながら書いています。プログラムについてですが、この程度の内容で2,000円とは高すぎます。中国人のセンスを思わせる、見開き2ページに「くるみ割り人形」と「白鳥の湖」の舞台写真をぎゅうぎゅうに詰め込んだ悪趣味なコラージュ写真、色ムラが激しくて画質が粗くてピンボケな舞台写真、しかも写っているダンサーたちの名前が書かれていない不親切さ、ヘタレな紹介文、説明文、インタビューの内容、おまけに薄っぺらい。

  とりわけ、このバレエ団が売りにしている(らしい)「スタニスラフスキー・システム」についての説明文はワケが分かりません。ハリウッドの俳優の演技についてくどくど述べた末に、「ここでは、そのシステム自体をお話しするスペースがありません」とぬけぬけと書いてやがります。「そのシステム自体をお話しする」のが、依頼された原稿のメイン・テーマではなかったのか、と疑問に思ったのは私だけではないでしょう。

  さて肝心のダンサーたちについてです。ダンサーたちのプロポーションはいずれもみなきれいです。男女ともに均整のとれた体つきをしています。顔については、これは微妙な問題です。が、要はロシアほどのバレエ大国になると、ダンサーたちの身体能力や技術レベルがみな等しい場合、そこから頭ひとつ抜け出す条件は、単純に「見た目」しかないのだと思います。

  特にこのバレエ団の一部のプリマたちは、バレエの能力とは関係のないこうした要素において、ロシアの他のプリマたちよりも恵まれていないだけのように見受けられます。

  ですが不思議なことに、コール・ドの女性ダンサーたちは美女ぞろいでした。男性ダンサーたちもカッコいいです。男性ソリストについては、背が高くてスタイルもいいし、顔はメイク加工による修正処理が可能な範囲でした。ところが女性ソリストになると、「揃いも揃って、いったいなぜなんだ?」という感じなのです。

  いつまでも見てくれのことを言っても仕方がないので、踊りにいきましょう。第二幕で「ワルツ」を踊った群舞が非常にすばらしかったです。よく揃っていました。容姿もみなきれいなので(←おっと)、いっそう様になります。中心となって踊る四組の男女の踊りはやはり見ごたえがありました。群舞がすばらしかったので、「これで『白鳥の湖』は安心だな」と思いました。

  第二幕のディヴェルティスマンの中では、「スペインの踊り」のエカテリーナ・ガラーエワ、「ロシアの踊り」のドミトリー・ロマネンコ、「中国の踊り」のアンナ・アルナウートワがよかったです。ガラーエワは動きのキレが良くて、一つ一つのポーズが美しかったです。ロマネンコは、踊りがコサック・ダンス風のアクロバティックな振付だったせいもありますが、生き生きとしていてエネルギッシュな踊りでした。アルナウートワはトゥで立ったまま、かすかに膝を曲げて飛んだり跳ねたりしていて、よく見たらすごかったです。

  夢の中のマーシャ役だったオクサーナ・クジメンコは、今日は調子がよくなかったのだろうと思います。踊りが音楽と合っておらず、音楽が終わってから手首を急いで曲げて見得を切っていました。また、回転したり、バランスを保つところでは軸が不安定でした。手足の動きもポーズもそう美しいというわけではなく、正直なところ、今日の踊りでは、なんでこの人がソリストなんだろう、と思いました。

  王子役はスタニスラフ・ブハラエフで、テクニックは可もなく不可もなく、と言いたいところですが、どっちかというと不可寄りのレベルだと思います。王子らしい「まったり感(←優雅さともいう)」もあまりなかったです。ただ、パートナリングは非常にすばらしくて、クジメンコを力を感じさせずに軽々と持ち上げていました。

  ただ、クジメンコとブハラエフのパ・ド・ドゥ(第一幕最後と第二幕)では、特にリフトから別のリフトに急に移行するところ、たとえば王子がマーシャを「しゃちほこ落とし」してから、そのままのポーズでぐるっと回すところなどで、クジメンコとブハラエフのタイミングが合わずにガタガタしていました。かと思うと、回転するクジメンコの腰をブハラエフが支えるところでは、真っ直ぐな軸でいつまでもぐるぐると回っていました。結局、ふたりの踊りがよかったのかよくなかったのかは分かりません。少なくとも魅力的ではなかったし、特に印象的でもなかったのは確かです。

  ほとんど正午開始のド昼の公演だったので、普段は夜公演のほうが圧倒的に多くて、生活時間が遅めにずれ込んでいるであろうダンサーたちは、まだエンジンがかからなかったのでしょう。でも群舞はとても見ごたえがあったので、前にも書きましたが、ブルメイステル版「白鳥の湖」が俄然たのしみになりました。

  そうそう、第一幕の「ねずみ隊」の衣装が面白かったです。マヌケな着ぐるみではなく、メタリックな、鎧みたいなデザインの銀色の衣装で、昔なつかしい「メカゴジラ」みたいでナイスでした。

  ロシアのバレエ団というと、私はこれでボリショイ・バレエ、マリインスキー・バレエ、レニングラード国立バレエ、インペリアル・ロシア・バレエ、そしてモスクワ音楽劇場バレエを観たことになりました。私の脳内における序列は:

  ボリショイ・バレエ=マリインスキー・バレエ>>>レニングラード国立バレエ>>>>>モスクワ音楽劇場バレエ>>>>>>>>>>インペリアル・ロシア・バレエ

となりました。

  それから、オーケストラ(モスクワ音楽劇場管弦楽団)の演奏はとてもよかったです。「くるみ割り人形」は生で聴くと、いっそう生き生きとした魅力にあふれていてよいですね。

  ただ、音楽を聴いていて、マシュー・ボーン版「ナットクラッカー!」の爆笑シーンをつい思い出してしまい、危うく噴き出しそうになることがしばしばでした(特に第二幕「ワルツ」の冒頭)。     
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モスクワ音楽劇場バレエ「くるみ割り人形」(1)

  国立モスクワ音楽劇場バレエ「くるみ割り人形」(ワイノーネン版)を観に行ってきました。

  会場は東京国際フォーラムホールCでした。入り口で係員が「こちらは国立モスクワ・バレエの『くるみ割り人形』でーす!いま一度お手元のチケットをご確認下さ~い!!」と絶叫&連呼していました。何度も何度もしつこいな~、と思ったのですが、後で知ったことには、同じ時間にホールAのほうでは、レニングラード国立バレエによる「くるみ割り人形」公演があったらしいです。それで何度も注意していたのですね。

  私が観に行ったのは昼公演です。なんと12:30開演でした。いくら夜公演があるにしても、これは早すぎだよな~、と思いました。私の脳ミソがマトモな活動を開始するのは、だいたい午後1:00過ぎからなのです。

  モスクワ音楽劇場バレエはブルメイステル版「白鳥の湖」もド年末に上演します。「白鳥の湖」のほうは早々にチケットを購入していました。でも、「くるみ割り人形」のほうは、もともと観る気はありませんでした。

  新国立劇場バレエの「くるみ割り人形」でさえ、なんだか話はいきなり途切れるし、あまり見どころはないしで面白くなかったし、日本のバレエ団による「系列バレエ学校&お教室大集合年末発表会」的「くるみ割り人形」は、小林紀子バレエ・シアターの公演を観て心底うんざりしたし、「くるみ割り人形」にはあまり良い印象がありません。

  それが、今月の初めにスターダンサーズ・バレエ団の公演で非常に不愉快な思いをし、モヤモヤ感が募ってしまって、それを払拭しようと、ついこのモスクワ音楽劇場バレエ「くるみ割り人形」を衝動買いしてしまったのです。レニングラード国立バレエの「くるみ割り人形」にしようかとも考えましたが、会場がフォーラムのホールAだし(←超巨大で私は好きじゃないのです)、もうあまり良い席は残っていないだろうし、来年もまた来るだろうしと思い、モスクワ音楽劇場バレエのほうを選びました。

  レニングラード国立バレエのほうもそうだと思いますが、モスクワ音楽劇場バレエの公演も、劇場専属のオーケストラと指揮者とを引き連れての日本公演です。

  本物のワイノーネン版では、同一のダンサーがマーシャ役を踊ると思っていましたが、今日観たモスクワ音楽劇場バレエの上演版では、現実のマーシャと夢の中のマーシャ(プリンセス)が、それぞれ異なるダンサーによって踊られました。

  現実のマーシャは第一幕の途中までと第二幕の最後で踊ります。現実のマーシャ役を踊ったのは、このバレエ団の名プリマ、ナターリヤ・レドフスカヤに激似の黒髪の若いダンサーでした。踊りよりも演技のシーンが多かったですが、本当の子どもみたいで可愛らしく、演技も達者で、また踊りもきれいでした。フリッツにくるみ割り人形をぶっ壊されるシーンでは、吐息で嗚咽まで漏らしていて、演技派だな~、と感心しました。

  というか驚いたのが、クリスマスのパーティー・シーンでは、舞台上にいるダンサーたちが、そんなに大きな声ではありませんが、本当に生声で談笑していたのです。これには仰天しました。

  舞台装置は簡素ではありましたが、第一幕は白い切り絵のクリスマス・カードを思わせるきれいな幕と壁が舞台を囲み、また第二幕は細い金属製の装飾が天井からいくつも吊るされて、貧乏くさい感じはしませんでした。低予算でセンス良くまとめた印象です。

  第一幕のダンサーたちの衣装もおしゃれできれいでした。舞台装置と同じく、決してゴージャスではありませんが、女性たちは19世紀初頭に流行した薄いチュニック・ドレスを着ていて、男性たちも丈長の上着にベスト、ズボンというスーツ姿でした。

  ドロッセルマイヤーだけが18世紀のロココ調の衣装を着ていて、巻き毛のかつらもかぶっていました。あと、マーシャの祖父母もロココ調の衣装で、特にマーシャの祖母が、マリー・アントワネットみたいな、スカートが横に出っ張ったクリノリンの古風なドレスを着て登場したときには、細かいけどなかなか考えられたデザインだな~、と思いました。

  ただ、第二幕の「おとぎの国」での、ディヴェルティスマンを踊るダンサーたちの衣装は、はっきり言って悪趣味でした。なんでか知らないけど、白地の衣装の上に、色つきのマシュマロみたいな丸い飾りが全体にまんべんなく付いているのです。それから王子の衣装もいただけません。白い上衣は良しとしても、下が真っ赤なタイツというのは、あまり魅力的ではありません。

  マーシャ(プリンセス)のチュチュ、そして「ワルツ」を踊る男女の衣装は純白でデザインも美しいものでした。「ワルツ」を踊る女性ダンサーは光沢のある白い膝丈のドレス姿、男性ダンサーは白い燕尾服姿です。  
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