真夏の夜の夢

  東京バレエ団「バレエ・インペリアル」、「真夏の夜の夢」公演を観に行ってきました。なんかすっごい久しぶりにバレエを観た気がします。そーいえばこの前も東京バレエ団の「ニジンスキー・プロ」でしたね。

  「バレエ・インペリアル」については、とりあえず何も書きません。地雷を踏むのはイヤですから。

  「真夏の夜の夢」にも、実はそんなに期待はしていなかったのです。タイターニア役のアリーナ・コジョカルはともかく、オベロン役のヨハン・コボーが怪我で降板して、その代役がスティーヴン・マックレーとなりました。

  いくらNBSが公式サイトで「このたびのスティーヴン・マックレーの出演は、元ロイヤル・バレエ団の芸術監督で『真夏の夜の夢』オベロン役の初演ダンサー、本公演のリハーサル指導者でもあるアンソニー・ダウエルの推薦によるものです。マックレーはロイヤル・バレエ団が期待する若手ソリストで、今シーズンのロンドン公演に抜擢されオベロン役を準備中でした」とフォローしようが、「スティーヴン・マックレー」って誰よ、しょせんは即席ペアだし、コジョカルとの踊りがうまくいくはずはない、と思っていました。

  それで今日の公演を観てみたら、いやはや、ロイヤル・バレエにこんなすごいダンサーがいたとは、と仰天しちゃいました。背丈はそんなに高くありませんし、スタイルがそんなにいいというわけでもないです(顔はメイクでどうにでもなるから問題外)。どちらかというと頭がデカくて体が細いという、私のストライク・ゾーン外の体型でした。

  でも、これが踊り始めたらすごいすごい。キレのあるスピード感に溢れる踊り、超高速回転やダイナミックな跳躍などの凄まじいテクニック(あくまでロイヤル・バレエ基準ですが)、東京バレエ団の女性ダンサーよりもなめらかで柔らかい腕の動き、自然なマイム、分かりやすくて雄弁な表情での演技、「やっぱりコボーじゃないもんねえ」とがっかりするどころか、「なんなのこの人!」と圧倒されました。

  マックレーはまだソリストだそうですが、テクニックがもっと安定して、雰囲気に落ち着きが備わり、更に強い存在感が加われば、かなりいいとこまでいくダンサーだと思います。

  コジョカルとの踊りはよく合っていました。でも、やはりキャリアの差が出るのか、コジョカルのほうが勝っていました。私は数年前にコボー&コジョカルの「真夏の夜の夢」を観ています。そのときのコジョカルのタイターニアには、まだ子どもっぽさが残っていました。

  今日の公演のコジョカルには、数年前には見られなかった妖精の女王らしい威厳、そして大人の女性らしい妖艶さが加わっていました。演技にもコミカルさが増していて、たとえば眠っている間にオベロンに惚れ薬をかけられ、パックのいたずらでロバに変身したニック・ボトムに一目惚れしてしまい、ロバの耳を「まあ、なんてステキなお耳!」とばかりにいとおしそうに抱きしめる仕草には大爆笑でした。またニック・ボトムを自分のしとねに誘うときは、「うふふふ~」といった(あくまで笑える)淫靡な微笑を浮かべていて、すごくおかしかったです。

  コジョカルの踊りもすごかったです。NBSが今回の公演に際して、彼女につけたキャッチ・コピー「ポスト・ギエム、フェリ世代の女王」には、えっそうなの?と思いますが、私はコジョカルの踊りがとても好きです。コジョカルは音楽に上手に合わせて、ロイヤル・バレエのダンサー独特の鋭角的なポーズを取り、メリハリをつけて機敏に動き、安定した強靭な技術を披露し、柔軟な身体能力を駆使して見事に踊っていました。バネのように勢いよく跳ね返る体、微動だにしないバランス保持、柔らかくて優雅にしなる動きには、スティーヴン・マックレー以上に圧倒されました。

  でも、私がマックレーとコジョカル以上に感動したのは、東京バレエ団のダンサーたちです。私は数年前、やはり東京バレエ団による「真夏の夜の夢」を観たことがありますが、今回はそのときの公演より段違いに良くなっていました。

  パック役の大嶋正樹、ニック・ボトム役の平野玲、ハーミア役の小出領子、ライサンダー役の後藤晴雄、ヘレナ役の井脇幸江、デミトリアス役の木村和夫、みなすばらしかったです。

  踊りでは、やはり踊りどころの多いパック役の大嶋正樹が、オベロン役のマックレーに負けない超絶技術で踊りまくりました。演技ではライサンダー役の後藤晴雄が最もすばらしいというか大爆笑で、最初はハーミアにキスしようとして口をむちゅ~、と突き出し、次には惚れ薬のせいでヘレナにキスしようとして、タコみたいに口を突き出したまま、嫌がるヘレナに迫っていく表情がおかしいのなんの。

  惚れ薬をかけられてワケが分からなくなったライサンダーとデミトリアスの決闘シーンも笑えました。二人でヘレナの腕を引っ張り合い、ヘレナが逃げた拍子にライサンダーとデミトリアスが抱き合ってしまうシーンとか、ボクシングのような仕草で拳をぐるぐる回すシーンとか、パックに眠くなるよう魔法をかけられて、二人が同時にアホ面になって(ごめん)ふらつき、木の根元に倒れこむシーンとか、すっごい笑いました。

  井脇幸江(ヘレナ)の踊りと演技がすごく良かったです。デミトリアスに追いすがって、はねつけられてもつきまとうところでは、デミトリアス役の木村和夫との踊りがとてもよく合っていました。フラれてもフラれてもめげない陽気な表情もほほえましくて、このまえ「牧神の午後」で神秘的なニンフを踊ったのと同一人物とは思えませんでした(そういえばこの方は「ジゼル」のミルタも踊るのですよね)。

  井脇幸江のすごいところは、踊りと演技との両方を同時にきちんとこなしていることで、たとえばデミトリアスにとりすがってぴょんぴょん跳ぶところで、顔はデミトリアスを見つめてニコニコ笑っていて、脚の動きや形は空中できちんときれいな踊りになっています。

  ニック・ボトム役の平野玲の「ロバ変身後ポワント踊り」もすばらしかったです。ポワントで、しかも膝を曲げ、更に跳びながら踊っていました。ロバの仕草も笑えました。人間の姿に戻った後、美しい女性(タイターニア)との恋の「夢」を思い出して、鼻の下を伸ばしながらヘラヘラ笑う演技もおかしかったです。

  カーテン・コールは大騒ぎでした。どのダンサーにも大きな拍手と歓声が送られていました。確かにそれだけの拍手喝采を受けるにふさわしい舞台だったと思います。最も大きな拍手喝采が飛んだのはアリーナ・コジョカルとスティーヴン・マックレーでしたが、それ以上に大きな拍手喝采を受けたのは、今回の「真夏の夜の夢」の指導をしたアンソニー(・ダウエル)卿でした(笑)。

  ダウエルはマックレーの手を握って高く上げました。「君は見事にやってのけたぞ!」という感じでした。マックレーがロイヤル・バレエでオベロンを踊るのは来年だそうです。きっとそれなりの評価を受けることになるでしょう。

  途中、観客の反応のあまりな激しさのせいか、コジョカルの目が一瞬うるんだように見えました。マックレーも最後には歯を見せて嬉しそうに笑っていました。コジョカルは「インドの子ども」役の男の子を気づかうように、しょっちゅう身をかがめて男の子の顔をのぞき込み、またその手をずっと握り続けていました。

  オベロン役とタイターニア役については、カンパニー内に人材を見出すのはなかなか難しいでしょうが(数年前にこれらの役を担当したダンサーたちの踊りから推測するに)、「真夏の夜の夢」は東京バレエ団の得意演目になったんじゃないかなと思います。またぜひ上演してほしいです。      
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