夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

城下町 小幡

2012-08-08 23:25:22 | 日記
富岡まで来たら、どうしても小幡にも行きたくなり、足を伸ばして訪れてみた。

小幡(おばた)は、織田信長の次子の信雄が、大坂夏の陣の後でこの地に移封され、以来七代150年にわたって治めた二万石の小藩。(その後は松平氏が四代で明治維新に至る)。上信電鉄の上州福島駅からバスで10分ぐらいのところに武家屋敷跡や大名庭園「楽山園」などがある。楽山園は、以前行ったときは、「ああ、昔ここに庭園があったんだな」ということがわかる程度だったのだが、現在は立派に復元整備されていて驚いた。しかも、その向かい側に、「ギャラリー大手門」というカフェと美術品の展示付きのお休み処みたいなもの(入ってはいないがおそらく)までできている。

その他にも、「道の駅 甘楽(かんら)」や総合公園も新設あるいは新しく整備されているなど、小幡には町おこしへの意気込みを非常に強く感じた。

一番素晴らしいのは、街のどこに行っても、すれ違う人たちが必ず「こんにちは」と挨拶してくれることだ。総合公園で遊んでいた子供たちまでが、私が近くを通りかかると、「こんにちは」と挨拶してくれたので、町を挙げて観光客をもてなそうという意識が浸透しているのに感心した。

町並みは以前よりも美しく整備され、小さな町ではあるが、歩いていて心地よく感じた。また、写真でわかるように、町の中心を通る並木道に沿って、近くの雄川から引いた水路の水の流れが、清く爽やかな雰囲気を醸し出している。

家族でも、友達、恋人とでも、半日くらいぶらっと訪れて町歩きを楽しむのにはオススメのスポット。桜並木は、花見の季節には本当に綺麗なんだろうなあ。ただし、駅からは離れているので、車で行く方がよいだろう。気になるのは、食事の美味しい店があるかどうかだけ。今回は確かめる時間がなかった。誰か知っている人がいたら、教えてください。

カフェ・ドローム

2012-08-08 19:29:47 | 日記
富岡製糸場の近くにある。古民家風の喫茶店なのだが、中に入って、とてもレトロな内装で洒落た調度ばかりなのに驚いた。

店員の女性にコーヒーを頼むと、「お菓子とのセットにするとお得ですよ」的なことを言われたのだが、断ってしまった。上州名物のみその風味を利かせたシフォンケーキがおすすめらしい。

富岡製糸場に訪れた際は、ぜひどうぞ。

富岡製糸場

2012-08-08 19:05:50 | 日記
ふと思い立って、上信電鉄の上州富岡駅で降り、徒歩15分、富岡製糸場に着いた。

明治5年、世界最大規模の器械製糸工場として創業、絹産業だけでなく、日本の工業化、近代化に大きく貢献したことは知識としては知っていたが、施設や機械を実際に見ることによって、当時に思いを馳せ、日本の近代化の歩みを実感することができた。

昭和62年に操業を停止した後は、国の重要文化財に指定され、現在は世界遺産の登録に向けての機運も盛り上がっているという。

富岡製糸場には、私の母方の祖母が、若いときに勤めていたそうだ。よくいわれる「女工哀史」のようなことは、祖母の場合はなかったらしく、一等女工ではなかったけれど、職業婦人として働き、実家に現金で仕送りできることに誇りを持っていたと聞いた。

話を聞いていておかしかったのは、祖母は非常に小柄だったので、工場に役人の立ち入り検査が入るときは、子供を働かせていると誤解され指導を受けないように、別室で待機させられていたそうだ。「あのときは、自分だけ働かなくていいから楽でよかった」と、祖母は笑っていた。

日本の現在の繁栄には、国の政策だけでなく、有名無名の数知れぬ人々の尽力があったことを、今回の史跡見学で改めて思った。

父の母校

2012-08-08 16:12:03 | 日記
バスを待つ間に、バス停からさほど遠くない所に、父の通った小学校があったのを思い出し、行ってみた。

青倉小学校土谷沢分校。私が小二の頃、母に連れられて父の実家に行ったときに、このそばを通る道を行き、「お父さんはこの小学校に行ってたのよ」と教えられた記憶がある。

昭和五十年に廃校になり、統合した青倉小学校も、今年の春になくなったと聞いた。分校は今は下仁田焼きというのの窯元になっていた。ゆくものはかくのごとし。

湯の沢峡谷

2012-08-08 14:58:47 | 日記
写真ではわかりづらいかも知れないのだが、山の斜面全体が岩なのである。じっと見ていると、切り立った崖が、こちらに倒れかかってくるような圧迫感に襲われ、目眩でくらくらしそうだ。

昔、親戚のお兄ちゃんとここに来て、「スゲーな、これ、全部岩だぜ…。」と言ったまま、黙って立ち尽くしたのを思い出す。