夢かよふ

古典文学大好きな国語教師が、日々の悪戦苦闘ぶりと雑感を紹介しています。

入試問題作成覚書 その3「教材研究」(2)語句を徹底して調べる

2012-08-13 23:46:04 | 教育
前回も書いたように、素材文を入試問題に変貌させるためには、そのための仕込みとして、本文中の語句を一語一語徹底的に調べあげる必要がある。これは、初めは向山型国語にいう通りにやりだしたのだが、理にかなった方法であることがわかったので、ずっと続けている。

江戸前の寿司職人は、美味しい寿司を食べてもらうために、素材を厳選するだけでなく、そのネタの持ち味を最大限に引き出すべく、一見ムダに思えるほどの手間をかけるという。これは、我々の教材研究に関してもいえることだと思う。以下、今までの経験から、語句を徹底して調べることの意義を書きとめておきたい。

1.素材文に対する自分自身の理解を深めることができる
「こんな語句まで辞書を引く必要があるのか」と思っても、実際調べてみると、基本的なことほどわかっていなかったりする。一知半解は、知らないのにも劣る。曖昧な理解を脱し、文章の隅々まで自信を持って理解できたといえる状態にする。

2.筆者・作家の立場からその文章を見ることができるようになる
1.によって、文章にくまなく理解が及ぶことで、筆者が、こういう主張・内容・主題・感動を表現したいから、この語句をこう使っているということがわかってくる。特に小説の場合、作家がその言葉を辞書的な意味とはずらして使っていたり、あるいは岡本かの子のようにしばしば造語していることがある。そこに込めた意図などについても考えることが、内容や主題の理解につながったりもする。

3.生徒・受験生がどこでつまずくかの見当がつく
筆者・作者がその文章をどのような主題を表現するために、どんな語句・言い回しを用いながら、どんな構成で書いているかがわかるようになったら、今度は出題者の立場になって設問を作ることになる。その際に、この入試問題を解くのがどのような学力・レディネスの受験生かをまず想定し、彼らの立場からは、この文章が初見でどこまで、どのように理解できるのかを考えてみなければならない。しらみつぶしに語句を当たって、その文章に精通していれば、だいたい受験生がどこでつまずくか見当がつき、また、最終的にその文章の主題の理解にまで到達させるためには、どうすればいいかの手立てがつかめてくる。

4.注・設問・選択肢を作る準備ができる
語句調べをしている段階で、ここには注が必要になるから、あらかじめ複数の辞書で詳しく調べておこう、といった判断ができる。また、語句に関する設問の見当は、この段階でつく。また、評論の問題の場合、選択肢は本文中の言葉を言い換えて作ることが多いが、辞書の説明を書き写しておくことが、その準備作業になる。


語句を調べるのと関連して、その文章で取り扱っている話題や題材については、事典や入門書の説明程度であっても読み、理解しておくことが望ましい。要するに、その文章のテーマに関して、いったん筆者・作者と同様の知識・理解に立つことが、作問の前提としてあるのではないか。

評論や説明的文章は、多くの場合、その分野の第一人者、権威と呼ばれる人が書いている。彼らは幅広い知識と教養の持ち主である上に、取り上げるテーマについてよく知り、経験しているからこそ、独自の見解を示す文章が書ける。小説は小説家という、常人の及ばないほどの言語感覚や美意識、文学的想像力・創造力の持ち主が、よく勉強し取材して書いている。一流の評論家、小説家が精魂込めて書いた文章を、入試問題として使わせていただくのに(しかも無断で)、教師だけが不勉強では済まされないと思うのである。ご本人が目にすることはおそらくないにしても、そのことへの感謝を忘れて作問することがないようにと毎年自戒している。