#photobybozzo

沖縄→東京→竹野と流転する、bozzoの日々。

ベンツは緑色の血を流して止まった。

2006-02-22 | memories
Paul Austerの小説「City of Glass」を読み終えたとき、
ボクは初めて起こした交通事故の状況を思い出していた。

今思い返しても背筋の凍る、自分にしてみれば、
天変地異と同等の事件だった。

22歳、広告写真スタジオのアシスタントとして社会人をスタートさせたボクは、
それまでの淫蕩な学生生活を払拭するように、厳粛かつ勤勉な社会生活を営もうとしていた。
実際、バブル期におけるカメラマンアシスタントの生活は、凄惨を極めていたし、
まともな精神では、すぐに破綻するような労働状況だったので、
振り子が大きく右から左に振れるように、極めてストイックな意識で
仕事に取り組んでいたように思う。

…まるで…出家したような気分だった。

だから、4トントラックを運転しろ…とボスに言われたときも
なんの疑いもなく、受け入れていた。
季節は、花見気分まもない5月で、ボクは3月に免許を取得したばかり。
4トントラックはおろか、車をまともに走らせたこともなかった…と言うのにだ。

判断系統が鈍くなっていたのも事実だった。
その日まで一週間、風呂にも入れず、一人暮らしのアパートにも帰っていなかった。
つまりは、寝ていなかった。
撮影と撮影の合間に、カポックと呼ばれるスチロールのボードを布団がわりにして、仮眠する程度だった。

だから、4トントラックも運転できると、勝手に思っていた。
…相当な勘違いをしていたのである。

事故前日、ボクはレンタカー屋から六本木のスタジオまで4トントラックを運転している。
撮影香盤はむちゃくちゃなスケジュールだったし、建て込みを伴う大がかりなものだったので、
前日に撮影機材、撮影商品を積み込んでおく必要があったからだ。

準備は明け方間近までかかってしまった。

仮眠をとった早朝、カメラマンに起こされ、ボクは4トントラックのエンジンをかける。
カメラマンの乗るFORDフェスティバが、早々と国道の車の流れに乗った。
見失うまいとボクは、必死に4トントラックを合流地点へ走らせる。

問題の交差点。

目的地に急ぐ車が信号の明滅に合わせて吐き出されるラッシュ時だ。
5m以上の車長がある4トン車をスムーズに入れ込むには、技術が要る。
運転手のボクも、瞬時にその苦境を理解する。
冷や汗が脂汗になるのを感じながら、そのタイミングを伺っていたその時、
反対車線で同じように流れの間隙を伺っていたタクシーが、手招きするのが見えた。

「お先にどうぞ」タクシーの運転手が、苦境に愛の手を差し出した瞬間だ。

一心不乱にミッションレバーを一速に入れ込み、アクセルを踏む自分がいた。
…左右の事前確認もせず、交差点に4トントラックが入り込んだ。
けたたましいクラクションが鳴り響き、思考回路が停止した。
猛烈な勢いでベンツが視界に入ってくる…クラクションはもはやstuck状態。
…天敵に足のすくんだ小動物のごとく、ドデカい4トン車は交差点入り口で動かなくなる。

がっっしゃーん!!!!!

衝撃はスローモーションで、足先から頭の先まで伝わり、脳天をしたたか天面に打ちつけた。
「や、や、やってしもうた!」との間抜けなセリフすら出てくる余裕はなかった。
顔面蒼白で、大破したベンツを見つめていた。緑色のエンジンオイルが流血状態。
まだエアバックもない時代である。歪んだ顔の運転手が、フロントガラス越しに伺えた。

すべてがスローモーションだった。

いや、思考が皮膜一枚かぶったような感じだった。
つまり、すべての状況が他人事なのである。
当事者である自分が、傍観者として立ち会っている。
おそらく「認めたくない」意識が、潜在的に働いたのかもしれない。

ベンツが緑色の血を流して止まっている。

4トン車の前輪は、運転席側に深くのめり込んでしまって身動きもとれない。
立ち往生で国道の流れを完全に堰き止めてしまうほどの大事故である。

なのに、現実味もなく呆然としている自分がいた。
カメラマンの怒号がかすかに聞こえる。
巻き込まれた車のクラクションが響いている。

「City of Glass」の主人公Quinnも同じように現実と乖離していく。
夜の長さが昼の長さよりも次第に長くなっていき、
食事をしたり、ノートに記入したりする時間がどんどん短くなる現象に陥る。
そのうちに、活動できる時間はほんの数分となって、
食事を終えると、ノートに三行書くくらいの時間しか残らなくなってしまう。
そしてついには、ひと口かふた口食べると暗闇が再び辺りを被った…。

観念的な話のようだが、まぶたが閉じられるように現実が生気を失う瞬間は、実際に訪れた。

六本木の交差点で、ボクの意識のまぶたも閉じられようとしていた。
視界が感度を失い、徐々に冥くなっていった。周りの雑音がボリュームを落とすように小さくなった。
緑色の血を流した歪んだベンツが、歪んだ運転手の顔と区別がつかなくなり、
ドデカい4トン車が、ただの構造体にしか見えなくなった。



Paul Auster…、すざまじい作家に出会ってしまった。
もう少し、読み進めてみようと思う。



Comment (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする