Retrospective...

イラストレーター/ライター遠藤イヅルの困った嗜好をばらす場所

【てつどう】いまだ残る姫路のモノレール跡を見る。

2010-10-12 | てつどう。


3連休はちょっとおでかけしてまして、その記事も書かないといけないのですが、
まだ写真の整理が終わっていないので、ひとまず、これまたたまってる大阪編のネタで今回も行きますね。


ということで、姫路のモノレール(運営は姫路市交通局)のお話をちょっとだけ。

えー、姫路にモノレールなんて、ということですが、「跡」とあるとおり、
もう廃線になってしまった路線です。

でも、実際には車両や遺構が結構残されていて、山陽線の姫路駅界隈でいつも見ていた
モノレールの橋脚をもっと近くで見てみたいと思っていました。


姫路のモノレールは姫路駅から手柄山駅までを結んでいたモノレールでした。
手柄山で開催された「姫路大博覧会」へのアクセス交通という名目で昭和41(1966)に開業...
はしたものの、博覧会のオープンには間に合わなかったそうです。


しかも、この手のアクセス交通のサガ、博覧会後は案の定利用客は激減。
これには博覧会の有無だけでは無く、路線が1.6キロしかない、でも運賃は高い、
終点手柄山駅が住宅地では無く公園(しかも高台)にあった、などの要件もそれに輪を掛けたようで、
結局営業不振ということで1974年休止扱いののち、1979年に廃止となりました。



姫路市内にまだ大量に残る遺構=橋脚は、撤去だけで数十億円かかるとのことで、
なかなか工事が進まず、いまなおその多くが建物に取り込まれたまま、
もはや日常生活の一部分として生き残っている、ということのようです。


山陽姫路駅のガードのわきを歩くと、早々に目に入ってくる橋脚。



完全にオブジェ



こんな風に、古い建物がすっぽりと囲んでいて、建物全部壊さないと
橋脚撤去できないといった感じです。




果たして橋脚が先なのか、建物が橋脚と一緒に立てられたのか
建物が橋脚を囲んで建てられたのか、考えてしまいました。



どうもこの界隈、再開発が進んでいるようで、この遺構もいよいよ見おさめな感じがしました。


こんな廃(ハイ)な感じがあふれていてとても好きなんですけども




そしてこれが姫路のモノレールの遺構の中でも見たかった、大将軍駅跡。





駅?跡?

そうなんです、建物の中に、モノレールの駅があったのです。


モノレールの駅の下はビジネスホテル、上は公団住宅。
この斬新な発想が、昭和41(1966)年にあったことがすごい。

でも実際にはこの駅から姫路駅はすぐで、乗るよりあるいたほうが早いということなどもあって
開業してから2年後にこの駅は廃止になったそうです。
でもそれがまだ残っているっていうのが、すごい。
ちなみに、ビジネスホテルは廃業していましたし、前述の通り再開発をしているっぽいので、
果たしてこの建物、いつまで存在するのでしょうか。
まだ住人の方は住んでいるっぽかったので、大丈夫かしら...。





>>あいにく時間が無くて、大将軍駅後までの散策となりましたが、はじめて見て以来25年以上の宿願、やっと叶いました(^^
まあほんとは手柄山駅も見たかったんですけれどもね...。

>>ところで、廃止になって30年以上たったというのに、モノレールの車両自体はなんと保存されていました。
それが昨年一般に公開されるとあって色めき立ったのですが、
結局、見に行けなかった事はすごく悔やまれるところです。
整備されて展示はされるようなのですが、出来れば「廃なるもの」の状態で見たかったのです。

>>ちなみにモノレールの構造としては小田急向ケ丘遊園のモノレールと一緒で、「ロッキード式」。
製造は川崎航空機。ほんまものの飛行機メーカー製でした(^^;
コメント (15)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする