ねーさんとバンビーナの毎日

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仕事に就いてから・その7

2006年12月19日 19時28分53秒 | 思い出ねーさん
入社(社会人になって)3年目でこの課長の元で仕事できるのは本当にラッキーだった。
世の中もバブルに差し掛かってきた頃だ。

仕事してたって女性はオシャレして仕事してたいだろう?と、それまでの味気無い制服を廃止してくれたり、机のスペースを一人づつ(L字型に)充分に取ってくれたり、とにかくねーさん達自身が楽しんで意欲的に取り組める工夫を惜しまない方だった。

常にどこぞのメーカーの来客があって新鮮、どこぞの雑誌社や新聞社が取材に来たり(印刷会社としてのDTP導入が早かった為)、WINDOWSでDTPを着手した課長のところに「これからはこの業種はマックだから。マックを導入しなさいよ。」としきりに勧めにきていた外人さんに関われたり、新しいソフトにも触れられる機会も多く、仕事の楽しさプラスかっこいい感もあったりして会社に向かうのが毎日楽しかった時期だ。

作業行程が変わる為の混乱は新部署内ではほとんどなかった。
正社員のねーさん達の他、人材派遣の方を含め計6名ほどでスタートしたその部署は、今でも不思議に感じるくらい、みんなからああでもないこうでもないとアイデアが出てたし、課長不在でも仕事が成り立ち、また大量処理しなければならないDTP作業の効率化をはかるため、スタイルシートによるひな型も必然的に出来上がった。課長から「作りなさい。こうしなさい。」なんていう指示は何ひとつないのに。

いうまでもなく、そのひな型はその家電メーカーが推奨するマニュアル作成のDTPのひな型になっていき、継承され続けた。

とある日、課長と雑談していた時に、「なぜねーさんをメンバーに抜擢したのか」を課長に質問したことがあった。
そうしたら、「君、入社間もないにも関わらず、パーツリストが新しい形に変わる時にプログラム作っちゃったでしょ?あれ遠くでキッチリ見てたんだよ、わしゃ。この子は使えるなって思ったのよ。」
そんな答えだった。

そのプログラムを作っていた時はこの課長が苦手でろくに口もきかず、課長もねーさんのことは眼中にないと思っていたので、「この方は隅々観察してるなぁ…、やな人!(笑)」と感じつつ、「評価してくれていたんだ!嬉しいぞ!」とまたいい気分に浸ったねーさんだった。

ひねくれモノは「そうやって持ち上げておいて利用しようとしてるんでしょ?」と言うだろうが、ねーさんは褒められたらとりあえず有り難く頂戴し、いい気分に浸ることにしてる。(笑)
この件に関しては、当時のねーさんにとっちゃ、「もう少し上司のねぎらいがあってもよかねぇか?」と思っていたので、素直に嬉しくなった。
ひっそり見ててくれたのが嬉しかった。