ねーさんとバンビーナの毎日

「静」→ 「淡」→ 「戻」→ 「無」→「休」→「解・涛」→「涛・停」→「抜」→24年「歩」 最終章序章スタート!

あの子がチーフ

2005年01月21日 23時38分22秒 | おもうねーさん
自宅の近所のローソンに可愛らしい顔をした男の子が昨年春?あたりから
バイトに入った。

「お弁当にお箸はお付けしますか?」って聞きますよね、コンビニって。
その男の子は、私が「あ、いりません。」って言うと、
「ありがとうございます。」と答える。

それを聞くたびに
「ん?あれ?・・・なんか違ってるよ、それ? かわい~。」と思っていたのだけど、
しばらくしたら修正されていて「恐れ入ります。」に変わった。


今日立ち寄ってその男の子の胸元を見たら、
「チーフ○○」となっている。

帰り道歩きながら「あの男の子がチーフになれた理由はなんなのか?」という仮説
を考えていた。

すぐ思いついたのが、とにかく長く続けばチーフになれる、ということだったんだけど、

ねーさんはくだらない仮説を立てるのが好きなので、こんなことを思いついた。

お箸をいらないというお客様に「ありがとうございます。」と言ってしまうということは
言葉を知らないという事ではなくて、
「お客様がお箸を使用されないということは、それだけ環境にやさしい配慮をされている
ということ。ローソンを代表して「ありがとう。」と申し上げたい。」
という、既に心持ちが凡人よりも高いところにある、実はかなり貴重な資質を持った子で
あることを店長が見抜き、チーフに持ち上げた。


さ~どっちでしょうか。(笑)


一度大きくしてしまったもの

2005年01月21日 17時27分08秒 | 考えるねーさん
一度大きくしてしまったものを維持するのが困難な状況になった場合って
どういう対応策が考えられるか?

●最初の大きさに減少していく。(原点に返る)
●大きさは変えずに維持する策を模索する。

どっちが得策だと思いますか?

ねーさんは、

●大きさは変えずに維持する策を模索する

だと、

資金繰りが続かなくなると思うんだよね。結局。


資金繰りが続くための策ってどういうものがある?

●投資してくれる人を捜す

 ※魅力半減じゃ現れないでしょ。
  混迷しているときって魅力を持ち続けるのって難しいぞお。
  逆にそれが浮き足立っちゃって地に足がついてないから
  イヤラシイ感じに映るし、危なっかしく見えるもの。
  誰でも見栄はありますからねえ。
  けど、こういう時に己をわかっていない人のそういう見栄はミエミエ。
  そこを見抜かずに投資してくる人がいたとしたら、それも恐っ!
  互いに破滅だ~。

●お金に変えられるものを手放す

 ※資産? 人材? 要はそれ縮小でしょ?
  それと手放すものをきっちり見極めないと。
  上辺だけの判断と評価で本来それが本当の宝物だったりするものを
  見極めないで手放しちゃえば、一時的にはいいけどまた続かなくなるぞ。
  んで、また、どうにもならなくなったらかき集めるわけですか?
  んで、また、どうにもならなくなったら手放すのですか?
  宝物を見抜く目が無いうちはおやめなさいって。
  人やモノを傷つけるのはいい加減にしましょうって。

●何が何でも収入を増やす

 ※そのための犠牲がどれだけかご存じ?
  いいんです、自らが、暇を見つけちゃ~働くんだったらば。
  だけど、結局、誰かが誰かを動かそうとするでしょ?
  大きくなったものは誰かを動かさないと一人じゃやりきれない大きさだからさ。
  両者納得の上だったらいいんだけど、そうじゃないケースが多い。
  「いや。」と言えない方向に持っていくのが上手い人に引っかかる人が
  犠牲になるんだなあ。
  引っかかる人も確固たるビジョンやポリシーが無いから引っかかるんだけど。
  んで、その動くことになった人にポリシー(少なからず自分のポリシー)が無いと
  結局失敗を招くんだよね。


●投資して利息分を資金にする

 その前に「投資」している事態じゃないと思うんですよ。
 現状維持するのが危ないぞ~というときに働けない人(体が動かない人)は
 ダメだと思うんです。まずは働かなきゃ。自分の体を動かさなきゃ。
 脳で考えていたって頭でっかちになるばっかりでダメなんだってば。


というわけでやっぱり、分相応の大きさに戻すしかないと思うんですよ。

そこで大事なのは、

「自分の基本は何なのか?」
「自分が本当にお手伝いしてあげられることは何なのか?
 (頼まれたからやってやってる!じゃなくて、こちらから提案できなきゃ
 いかんのですよ)」
「自分は何のエキスパートなのか?」

をきっちり見極めて、
自分に欠けている部分や劣っている部分をきっちり認識することですよね。
んで、それは努力で補えるのか、補える物ではないのかを見極めて、
努力で補えると踏んだら努力するしかなく。
「努力する気が無い~」は補えるものでは無いということだから、
きっちり自分には無いものとして認識することですよね。

これ、ホントに認識できてるか、出来てないかは、
その欠けている部分が突出している人に対して嫉妬するかしないかで、
量れたりしますよね。


やっぱりさ~、一度リセットだよ。(笑)

変な見栄と劣等感は捨て!捨て!
世の中みーんな等身大でいいじゃんね。

んで、世の中への関わり方が「言われなきゃわからない」っていうじゃなくてさ。
「自分はこういう者だからこうしたい。(やりたくない、しらな~いは却下)」っていう
スタンスで関わっていた方が納得の上で互いが助け合えると思う訳。

そうしたら「大きさ」とかっていう価値はどうでも良くなると思うのね。



平和ってステキです。