すっぴんハート

心の声、つぶやきを思うまま綴ります

誕生日

2014年04月10日 | 思うこと
4月生まれの私のために、友人が誕生日をひらいてくれました。
今回は、桜の奈良公園です。
しかし、もう桜のシーズンは終わりに近づいて、散りゆく桜を見ることになりました。

奈良や京都は、観光地のメッカです。
良い季節だから、観光客も大勢いました。
ほとんどが、外国人です。
外国人が、鹿せんべいをもって、鹿にご馳走を振舞っていました。
鹿も心得たもので、せんべい欲しさにお辞儀をします。
なんとも、可愛い姿でした。

10年ぶりに東大寺の大仏殿に入りました。
やっぱり、大仏様にカメラを向けているのは、外国人です。
大仏様に、たくさんのフラッシュがたかれます。
大仏殿の中の柱に、穴が開いているものがあります。
それは、大仏様の鼻の穴と一緒の大きさだと聞いています。
観光客は、喜びの声を上げながら、穴を通っていきます。
残念ながら、太っちょの私は、途中で詰まってしまうのが怖くて、通ることが出来ませんでした。

楽しい行楽に、心が踊る気分になりました。
良い誕生日を迎えることが出来て、本当に嬉しく感じます。
また、次の誕生日まで、この楽しみは、おあずけです。
次の誕生日まで、有意義に過ごして、一回り大きくなった(身体ではなく)私を見てもらえたらなぁ。と、思います。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

物忘れ

2014年04月07日 | 思うこと
我が友人が、物忘れが激しくなって困っている。と、心配しています。
多分、気のせいだと思うのですが、本人にしてみれば、やっぱり怖いことだと感じているのではないでしょうか。
かく言う私も、昔より物忘れ。というより、人の名前が覚えられないようになってきました。
テレビを見ていても、芸能人の名前が出てこないのです。
若い頃、テレビに出ている芸能人は、しっかり把握し、名前もフルネームで言えたのです。
その頃、母が芸能人の顔を知っていても名前が出てこない状態になっていました。
あの頃、少し母を軽蔑していたものですが、いざ、あの頃の母の年になって、だんだん人の名前と顔が一致しない現象に、愕然としています。
これは、人の通る道だと、実感しました。

これから、もっと身近な人を区別することが大変になってくるのではないか。と、心配しています。
我が友人も、少なからず、年齢による物忘れが出てきているはずです。
今、頭に浮かんだことが、一瞬で消えてしまい、「あれ?なんだったけ。」の状態になるのです。
それが、いいアイディアの場合、特に「何で、一瞬で忘れるの?」という具合になるのです。
私の場合、人と接することが、あまり無くなって、脳が活性化することも無いので、そういう事態が起こることが多いのです。

刺激の多い人生を歩む人は、いつまでも脳が活性化され、物忘れも少ないのではないか。と、思うのです。
でも、急に物忘れが来ると、怖いのは事実ですよね。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不安な季節

2014年04月04日 | 思うこと
だんだん、暖かくなってきて、夜、寝るときお布団をどうするか。という問題に頭を抱えています。
少し前は、暖かくて冬の掛け布団は必要ないかなぁ。と、考えていたのですが、今日は少し肌寒くて、やっぱり、布団はいるよね。と、毎回いろいろ考えます。

昨晩は、夜中、熱くて布団を蹴って寝ていたら、急に体が冷たくなって、慌てて布団をかぶりなおす。ということを3回くらい繰り返しました。
お陰で、朝、なかなか起きることが出来ず、辛い思いをしました。

ある人が、「この時期は、暖かさと、寒さが入り混じって、体に変化をもたらします。」と、教えてくれました。
一晩のうちに、この変化だから、この時期は本当に気をつけないといけません。
冬より、春のほうが、風邪を引く回数も増すのではないか。と、思うのです。
私は、花粉症ではないから、気温の変化だけを気をつけていればいいんですけど。

とうとう、桜も散って、本格的は春に突入するわけですが、心地良い温度って、一体どれくらいだろう。と、冷たい風に、翻弄される今日です。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

行動範囲

2014年04月02日 | 思うこと
自分の行動範囲が狭くて困っています。
あまり出歩くことも無いので、余計に道がわかりません。
写真を撮りに、桜の咲く公園に行こうということになりました。
待ち合わせを設定されたのですが、どうも、そこらへんの見当がつかず、迎えに来てもらうことになりました。
本当に申し訳ないことです。

原始時代の人間は、方向音痴がいなかったそうです。
鼻の付け根に、方向を感知するセンサーみたいなものがついていて、どこからでも家に帰れたそうです。
だんだん人間が進化して、そのセンサーが働かなくなっていきました。
そう考えると、超方向音痴の私は、現代人の進化した最たる者かもしれません。
その反面、父は、ものすごい方向感覚の優れた人で、どこへでも行って、帰ってきます。
センサーが働いているのかもしれません。

写真を始めてから、自分の行動範囲を広げていこうと、考えだしました。
なるべく、地図を片手に行動することを心がけています。
しかし、1年ぐらいで、そう簡単に行動範囲が広がることもなく、焦るばかりです。
とにかく、一度通った道ぐらいは、覚えておこう。と、心がける日々です。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする