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あみの3ブログ

高山城@富山市婦中町高山 令和四年(2022)4月9日

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尾根伝いに峰を削った五か所の曲輪と大小八本の堀切がある。これが高山城の城跡である。
高山城は戦国時代の典型的な山城の構造で、南北に460mの大きな城域を持つ。標高は190mあり、これは婦中域で最も高い位置にある城である。ここから遠く砺波方面まで眺望できる。C曲輪は「ゆの木が原」と呼ばれ、西のヘリに大きな絵の木が一本そびえて、城跡の目印になっている。
高山城は神保氏の支城「富埼城(別名滝山城)」の重要な出城の一つと言われている。堀切の造りや曲輪の配置などからみて防御が固い。また、当時重要だった富崎~三田関所道路を抑える働きをしたと思われる。さらに、宮崎城より高いところにある事から詰城の役割を担ったとも考えられる。
一方、周辺図で分かるように山田川に面した西の山腹の平坦な場所に「茶園畑」「町ヶ平」などと言う地名が多く残っている。このことからこの地域を支配した土豪が長い間ここに居城したと考えられる。そのためか、土地の伝承として神保氏の重臣寺島牛助(寺嶋牛之助ともいわれる)の居城と言われている。なお、高山集落の山岡家屋敷内には牛助の墓と称する墓石が現存する。富山市教育委員会、、、現地説明板より


場所は富山市婦中町高山
北陸道小杉ICからだと、ICを出た県道377号線を左折し山の方向に走ります。
しばらく道なりに進むと国道359号線に突き当たりますので富山方面へ左折し、「外輪野交差点」で県道59号線へ右折。約400mで「下瀬交差点」右折(「こけ山」レストラン角)し、県道59号線を道なりに「山田温泉スキー場」方向に進みます。しばらくすると左手に「建設会社」「ヤマザキYストア(古民家)」交差点と続きますが直進です。



約100m先カーブの手前、集落の左手から谷側に降りていく側道がみえてきます。



側道を谷川(山田川)の方向に下りていくと、棚田の先に細い橋が架かっています。



橋は狭いので軽自動車が精一杯、橋の手前の路肩はぬかるんでいるのでスタックの危険性があり、棚田の淵は農繁期は邪魔になりそう、県道59号の分岐辺りから歩いたほうがよさそうです。

自分は山田川に架かる橋を渡り



現地説明板や登り口の先にある林道脇まで侵入しました。



登り口



登り口から山を登るとすぐに開けた台地が見えてきます。
山田川にせり出した山の先端に築かれた城舘跡と考えられています。



地元ではシキジ(敷地)



マチガダイタ(町ヶ平)、ホッケボウ(法華房)などの地名が残っています。



それぞれ高低差や土塁で区画されているようです。。



平坦地を抜け、山頂の城に向けて尾根を登ります。



主郭台地の下に出ました。




ここで当時の行程を縄張り図で示します。
佐伯先生作図、安田城資料館提供、、、(ブログ管理者加筆)




「主郭」
標高190m
主郭の急な切岸をよじ登ると削平地が広がり、「A曲輪」の説明板が建っています(既に破損していましたが)
中央部は倉跡と呼ばれ焼け米が出土したそうです。



主郭南方向



主郭北方向




主郭と南端に築かれた「鐘撞堂」を隔てる堀切



「鐘撞堂」
南方の要



「南尾根堀切」
鐘撞堂から南尾根の守り







南尾根をさらに南下



南尾根最終堀切



南尾根からの眺望(東方向)



そこから一旦主郭に戻り北の方向を目指します。

「櫓台」
主郭の北端には「櫓台」と呼ばれる小高い台地が築かれ、北方の監視にあたっていたと思われます。



櫓台からの眺望



北尾根を目指しますが、櫓台から下へ降りるのは危険です。よく見ると手前西側斜面に下に降りるルートがあるようです。



「北尾根堀切1」



主郭切岸と北尾根を分断する鋭い堀切



北尾根



「北尾根堀切2」



主郭と副郭「ゆの木ヶ原」の中間地点を分断する堀切



「北尾根堀切3」
副郭「ゆの木ヶ原」直下の堀切






ゆの木ヶ原切岸が鋭く立ちはだかる




「ゆの木ヶ原」
C曲輪、西のヘリに大きな榎がそびえて、城跡の目印になっている。



ゆの木ヶ原からの眺望(北西方向)



さらに北方向に進みます



北尾根先端の削平地にある堀切



平坦地
主郭より広い平坦地ですが、斜面を何段かに分けて削平し最高所とは言えないので、兵の駐屯所だったのかもしれません。
主郭との間に大きな堀を3本も施し、厳重な警戒と言うより孤立している印象ですね。





まとめ
今回は万全を期して携帯アプリ「ヤマップ」を起動させて臨みました。(赤い文字はブログ管理者加筆)
県道59号線分岐から山田川を渡り、城舘跡から城址を南北に移動した足跡が記録されています。



【高山城】
《たかやまじょう》



名称(別名);
所在地;富山市婦中町高山(上瀬)
城地種類;山城
標高/比高;190m/120m
築城年代;戦国期
廃城年代;寺嶋氏
築城者;神保氏
主な改修者;
主な城主;寺嶋氏
文化財区分;
主な遺構;
近年の主な復元等;


※出典、、、現地説明板等
地図;
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