民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「無名の人生」 その10 渡辺 京二

2018年02月16日 00時17分46秒 | 生活信条
 「無名の人生」 その10 渡辺 京二  文春新書 2014年

 2、人生は甘くない 

 男と女はちがう その2 P-63

 ただ、この世の中には料簡の狭い男がいることも間違いのない事実でしょう。
 ある女性医師から聞いたところでは、大学の附属病院の医局で女性がしゃしゃり出ると、それを嫌う男性の医師がけっこういるらしい。そういう男は女を愛していない。愛せないのです。私は女性が大好きだから、優秀な女性が立派な発言をし、大きな活躍をすると、嫌な気がするどころか、大いに嬉しくなるのです。

 女性に対して料簡の狭い男は、じつは同性に対しても料簡が狭い。男だから女だからではなく、そもそも人間に対して料簡が狭いのです。器が小さいのです。だから、これは人間の器量の問題であって、器の大きな男は「女のくせに」などとはけっして言わないでしょう。


「無名の人生」 その9 渡辺 京二

2018年02月14日 00時20分24秒 | 生活信条
 「無名の人生」 その9 渡辺 京二  文春新書 2014年

 2、人生は甘くない 

 男と女はちがう その1 P-62

 現実に、家庭においても社会においても区別がある。人間が集団を形づくり、なんらかの事業を遂行しようとすれば、指揮命令系統が必要となり、なにも軍隊式の強圧的な命令系統でなくとも、その事業を進めていくためには、命令する者と命令される者を明確に区別する必要があります。

 だから差別をなくすなど、できない相談なのです。
 しかし、世の中には「いわれなき差別」というものは存在します。今いったような組織として必要な差別でなく、人間本来のあり方を否定するような差別――未解放への差別とか、男女差別のある部分とか、これらは正していかなくてはなりません。
 
 いま、男女差別の「ある部分」と言いました。男女差別は人間本来のあり方としてはなくすべきですが、男女の別は完全になくせるものではありません。なくすべきでもありません。男には出産などできないからです。


「無名の人生」 その8 渡辺 京二 

2018年02月12日 01時14分51秒 | 生活信条
 「無名の人生」 その8 渡辺 京二  文春新書 2014年

 1、私は異邦人 P-21

 『逝きし世の面影』は、私の著作のうち最も知られている本だと思いますが、この本を書くことによって思わぬ波が押し寄せてきました。

 中略

 この本は、維新前後に日本を訪れた西洋人の眼に、日本人の姿とその暮らしがどう映ったかを描いたものです。彼らの滞在記録を見ると、明治20年代か30年代ぐらいまでは、日本人がとても幸せそうに見えた――彼らは一様に、そう書いている。逆にいえば、それ以降は近代化の波に洗われて、そうした美点が失われていったわけです。

 私の本はそれらの証言を拾い集めたもので、けっして都合のよい史料だけを取捨選択して並べたりはしていません。にもかかわらず、「あの頃は良かった」という印象を読者に与えることになりました。そのために、学者、とくに歴史の専門家・研究者からはかなり反発を受けました。

 これまでの歴史研究は進歩史観が大勢を占めていて、江戸時代よりは明治時代のほうが文明の進んだ社会であった、というのが基本的な態度です。特に戦後学会を制覇したマルクス主義史学からすると、江戸時代は封建制の悲惨な時代ということになる。私が紹介した外国人の証言はそういう見方をまったく裏切っているのですね。彼らだって、外国人の書いたそれらの史料を当然知っていたはずです。しかし、彼らの信奉する史観とあまりに反するために、無視するしかなかったのでしょう。彼らの眼にバイパスがかかっていたとしか思えません。

「無名の人生」 その7 渡辺 京二

2018年02月10日 00時08分19秒 | 生活信条
 「無名の人生」 その7 渡辺 京二  文春新書 2014年

 序 人間、死ぬからおもしろい その7 P-15

 われわれは、年をふるにつれて知識や経験を積むこともあれば、老いてますます人間関係などがまずくなることもあります。しかし、100年生きようが500年生きようが、あるいは1,000年以上生きようが、生まれたときから同じ一個の人間です。その間に成長したりすることは多少はあるとしても、所詮、高が知れている。たとえ100年生きても退屈きわまりないものです。人間の生命に限りがあるのは、退屈さにピリオドを打つためではないのでしょうか。
 中略

 人間、死ぬから面白い。
 こんなことを言うと、お叱りを受けるかもしれません。しかし、人間、死ぬからこそ、その生に味わいが出てくる。かく言う私だって、まだまだ死にたくはありません。今でも世の中には執着がある。けれども、死ぬからこそ、今を生きていることに喜びが感じられるのです。

無名の人生」 その6 渡辺 京二

2018年02月08日 00時10分10秒 | 生活信条
 「無名の人生」 その6 渡辺 京二  文春新書 2014年

 序 人間、死ぬからおもしろい その6 P-14

 芭蕉は『野ざらし紀行』ななかで「汝が性(さが)のつたなきをなけ」ということを言いました。旅の途次、打ち捨てられた赤子が泣き叫んでいた。だが、芭蕉はそれを救ってやろうとしない。

 赤ん坊よ、お前さんは自分の不運な境遇に泣くしかないのだよ。だけど、不運はお前さんだけじゃない、世間のみんなもそう、私だってそうなのだよ、じつは。「汝が性のつたなさをなけ」とはこういう意味でしょう。
 なんと非情な突き放し方でしょうか。ここに見られるのは、他人を押しのけても生きなければならない人間の非情さです。