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民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「本屋さんで待ちあわせ」 その7 三浦 しをん  

2017年12月04日 00時08分41秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その7 三浦 しをん  大和書房 2012年

 時に抗(あらが)った作家の生 その1 P-48
 ――『星新一 1001話をつくった人』最相葉月(さいしょうはづき)・著(新潮社/新潮文庫、上下巻)

 なにをもって己れが生きた証(あかし)とするか。
 銅像を建てる。子孫を残す。世界遺産や国宝に指定されるような建築物・芸術品を作る。手段はいろいろある。
 しかし、500年も経てばと想像すると、すべてはむなしい。時の流れのなかで、「個」は埋没していく。それは抗いようのないことだ。
 抗ったひとがいる。作家、星新一だ。膨大なショートショートを書き、国語の教科書に作品が採用され、広く人々に愛読されながら、彼はまだ満足しなかった。長く読み継がれることを願って、晩年の星新一は自作を手直ししつづけた。時代の変化から取り残されそうな単語や表現を、執拗なまでに作中から排除した。

「本屋さんで待ちあわせ」 その6 三浦 しをん  

2017年12月02日 00時09分32秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その6 三浦 しをん  大和書房 2012年

 キュリー夫人の暖房術 その2 P-25


 痛いし重い。顔面を直撃した本をなんとか払いのけようと頭を振り、そこで私はふと気づいた。痛いし重いが……、すごくあったかい!
 全身になだれ落ちた本が重石(おもし)となり、いい塩梅に布団に体を密着させてくれるのだ。ふわふわした隙間がないから、体熱が逃げない。ものすごくぴったりフィットした、高性能の寝袋(しかしすごく重い)に包まれているかのようだ。

 キュリー夫人、やっぱりあなたは偉大です!椅子を載せて寝たのも、「気のせい」に期待したわけなんかじゃなく、物理学的(?)辛抱遠慮に基づく行いだったのですね……!

 本は暖房がわりになる、ということを知った。もしいまポックリ死んでしまったら、死体発見者は私の死因を凍死と圧死のどちらと判断するのだろう、と考えながら、本を全身に載せて気持ちよく寝た。

 追記:その後、『キュリー夫人伝』(エーヴ・キュリー著/河野万里子・訳、白水社)も読んだ。壮絶なまでの研究一直線ぶり(大人向けの伝記でも、やはり椅子を載せていた!。彼女は名声のためではなく、純粋に好奇心に突き動かされて研究した。偉大な人間は、ごくたまに実在する。

「本屋さんで待ちあわせ」 その5 三浦 しをん  

2017年11月29日 00時28分28秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その5 三浦 しをん  大和書房 2012年

 キュリー夫人の暖房術 その1 P-24

 子ども向けの「キュリー夫人」の伝記は、幼かった私に衝撃をもたらした。キュリー夫人の偉大さに胸打たれたのではない。
 その伝記でキュリー夫人は、自分の体に椅子を載せて寝ていたのだ!貧しいなかで研究に打ち込むキュリー夫人が、寒さに耐えかねて取った苦肉の策なのだが、薄い毛布のうえに椅子を載せたからって、あたたかくなるか?それって単なる「気のせい」じゃ?物理界の偉人らしからぬ行いではないかと思えてならなかった。

 さて、私の住むアパートは寒い。冷凍庫の扉を開けたら、流れでてきた空気があたたかかった。冷蔵庫ならまだしも、冷凍庫より寒い台所ってなんなんだ。ここはホントに東京か?としばしば疑問だ。

 寒さに震えながらベッドに入る。シングルベッドなのだが、枕元から足もとに至るまで積まれた本によって、幅の半分はふさがっている。狭い。ミイラみたいに硬直して寝るしかない。
 その晩も、布団にくるまりミイラになっていた。「凍死」という言葉が実感をともなって脳裏に浮かび、思わず身じろぎした瞬間、事件は起きた。スプリングのわずかな軋みに敏感に反応し、ベッドの半分に積んであった本の山が、私のうえにいっせいになだれ落ちてきたのだ。

「本屋さんで待ちあわせ」 その4 三浦 しをん  

2017年11月27日 00時14分21秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その4 三浦 しをん  大和書房 2012年

 『女工哀史』に萌える その2 P-19

「女工萌え」が高じたあまり、『あゝ野麦峠』(山本茂実、角川文庫)も『日本の下層社会』(横山源之助、岩波文庫)も小学校時代に読破したというAちゃんに敬意を表し、未読だった『女工哀史』を私もさっそく購入。読んでみた。

 おもしろい。たしかにこれはおもしろい!「よくこんなことを女性から聞き出せたなあ」というプライベートな部分まで、ちゃんと記(しる)してある。

 しかし私がなによりも胸打たれたのは、著者の細井氏の徹底した男女平等の視線だ。
 細井氏は劣悪な条件で働く工場の女性たちに、立ち上がって正当な権利をつかむよう強くうながす。細かいデータと生々しい証言を集め、工場とそこで働く人々の実状を、「これでいいのか」と高らかに世に問う。

 この本に書かれた社会のひずみと女性を取り巻く問題点は、もちろん改善されてはいるが、いまも完全な解決には至っていないと言っていいはずだ。
 情熱に満ちた本との出会いはいつでも、情熱を持った読み手に導かれて生じる。Aちゃんの熱き心に、深く感謝したのだった。

「本屋さんで待ちあわせ」 その3 三浦 しをん  

2017年11月25日 00時06分29秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「本屋さんで待ちあわせ」 その3 三浦 しをん  大和書房 2012年

 『女工哀史』に萌える その1 P-18

 友人Aちゃんと「小さいころに好きだった本」について語らっていて、度肝を抜かれた。
 Aちゃんが頬を紅潮させ、
「小学生のころの愛読書は、『女工哀史』でした!」
 と言ったからだ。
「じょじょじょ、女工哀史!?」それって小学生の女の子が読むような本かな」
「いや、あれはホントにおもしろいですよ。工場での男女関係についてとか、ドキドキしながら熟読したのを覚えてます」
「うーん……。なんでまた、『女工哀史』を手に取ってみようと思ったの?」
「そのころの私は、『女工萌え』だったんですよ。もちろん当時は、『萌え』という言葉はありませんでしたが」
 と、Aちゃんはますます頬を赤らめた。

「萌え」ってなんだかわからん、というかたのために一応簡単に補足すると、「とにかくモヤモヤジレジレしてたまらない気持ち」だと思えばよろしかろう。小学生だったAちゃんは、「女工」に対して内面から湧き上がる理由なきモヤモヤを抱いていたわけである。