蒼穹のぺうげおっと

-PEUGEOT in the AZURE- マンガ・小説・アニメの感想を書き流すファフナーとエウレカ好きのサイトです

2005年の超個人的お勧め小説

2006-01-19 07:00:36 | 小説 感想
既に2006年になってもう何日経った?、という状況ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
もうここまで来たら2005年度版として年度末に発表しようか迷うところまできてますが、きっと年度末は忙殺されていると思うのでやっぱり今やっておこうかなと。

ということで、2005年の超個人的お勧め小説の紹介を(やっと)やりたいと思います。
既に年を越えたこともあって、今回はベスト3を一度の紹介させて頂きたいと思います。

■選定コンセプト
昨年(いや一昨年だ)は、3つほど選定の条件を考えていたのですが、今回はSFの枠と発行巻数の制限を取っ払って、(できるだけ)男女ともにお勧めできる作品にしたいと思います。
あと、2005年に刊行されたものが対象ではなくて、僕が2005年に読んだものになっちゃうんで、その辺の時期的なズレはご容赦を。
僕個人の趣味と、このブログでちらっと紹介しているものが出てきますので、ご興味のある方に楽しんで頂ければ嬉しいです。

では、改めまして、

■第3位:『イリヤの空 UFOの夏』著:秋山 瑞人


いろんなラノベ雑誌等でも特集されて、今更と思う方も多いことでしょう。
しかしながら、やっぱりこの作品は良い。とても良いです。

何より秀逸なのはこの『イリヤの空 UFOの夏』というタイトルです。
以前の感想記事にも書いたのですが、このタイトルにこそこの物語の全てが凝縮されていると言って良いほど素晴らしく、このタイトルの意味を考えるだけで元々涙もろい僕はぐっと来てしまいます。

ラスト付近でこの意味が語られていくシーンは何度読んでも、色んな思いが込み上げて来る名シーンだったと思います。

基本的にはSFを交えながらのボーイ・ミーツ・ガールがメインテーマになる作品ですが、主人公については交響詩篇エウレカセブンにも通じるノスタルジーを感じながらも、透明な切なさをもって描かれるイリヤの変化とラストシーンはやっぱり涙無しには読めませんでした。
暑い夏の夕暮れにふとノスタルジーを伴ってこの作品を思い出す、そんな作品です。

全部で4冊ありますが、4冊一気に読まれることをお勧め致します。

では、続けて第2位です。

■第2位:『博士の愛した数式』著:小川 洋子


最近文庫化され、そして映画化もされるこの『博士の愛した数式』。

これは本当に良い。本当に良い作品です。

これほど静かな雰囲気の中で、慎み深く、そして何より温かい、こんな気持ちで本を読み終えたのは久しぶりでした。

文体や表現と言ったところについては受け取り方にも個人差があると思うのですが、この作品はそういうところに捕らわれることなくその雰囲気を楽しんで頂きたいと思います。

僕は個人的に相互理解ものの作品がとても好きで、相互理解なんてちょっと硬い表現でなくとも、こういう時代だからこそコミュニケーションの取り方をとても大切にしたいと思っています。
そういう中で、この作品は、非常に謙虚で、慎み深く、それでいて温かいコミュニケーションを、数式、数字という一見コミュニケーションとは程遠いのではないかと思うツールを用いて描写していきます。

そして描かれる「eπi + 1 = 0」という公式。
まさかこの公式からこんなに美しくて優しいコミュニケーションの取り方を教わるとは思いませんでした。
これまでの過程が全てここに収斂される瞬間、静かで優しい感動を与えてくれました。

以前書いた感想でもお勧めしておりますが、改めて、そして静かにお勧めしたい、そんな1冊です。

では、最後に第1位を。

■第1位:『亡国のイージス』著:福井晴敏


昨年は僕にとっては正に福井晴敏の年だったと言っても過言ではありませんでした。
映画化もされていますが、個人的には映画よりも、強く、強く、原作をお勧めさせて頂きたいと思います。

福井晴敏作品を昨年は大分読みましたが、その中でもやっぱり『亡国のイージス』が個人的には一番纏まりがあって好きでした。
#もちろん他の作品も大好きですが。

イージス艦や重火器に関する描写はどれほど取材したのだろうと思えるほど緻密ですが、僕個人としてはその辺は個人の趣味もあるし、そういうのが嫌いな方もいらっしゃると思います。
しかし、そういう心配はこの福井晴敏作品では僕は気にする必要がないんじゃないかと思います。
つか、ぶっちゃけ、そういう描写を読み飛ばしても全く問題無いというか、その面白さを損なうことはないんじゃないかと思います。

僕の周りでは福井晴敏作品って結構(いやかなり)女性からも支持されているんですが、それが何よりの証拠かなと実感しております。

■福井作品での僕の個人的なポイント
この『亡国のイージス』だけでなく、その他の作品にも通じるところなんですが、福井作品では結構メッセージ性やテーマが一貫しています。
福井作品の特徴としては、僕の見解では一貫して3つポイントがあると思っていて、

1.国家間、組織間のはざまで揺らぐ主義・主張と現場の視点
2.自分たちの暮らす国について考えてみないか?というメッセージ性
3.上記の2点だけでは割り切れない、「人」としての気持ちとその情熱

特に1と2の間で揺れる思いというか、まずそこに対する矛盾と諦念からスタートする、というところが特徴的です。
そして必ずそれが3の「人」としての気持ちとその情熱に繋がってくるところが熱く、そして感動ポイントです。
僕はここに例外なく泣かされてます。

■こんな人には福井作品がお勧めです(笑)
5月の連休中にこんな人には福井作品お勧めです、と言う記事を書いているので、ご興味がある方はどうぞ。
判断基準は僕の主観入りまくりなんで、忘れてくださいませ(笑)。

■その他にもお勧めがたくさん
もし『亡国のイージス』を読まれたならば、次は是非『川の深さは』と『Twelve Y.O.』を読んで頂きたいですね。
話の時間軸としては、

1.『川の深さは』
2.『Twelve Y.O.』
3.『亡国のイージス』

なんで、これは3部作として捉えて頂ければと思います。
参考までに『亡国のイージス』について最初に書いた感想はこちら


そしてこの後に外してはならないのが

『6ステイン』

これは『亡国のイージス』を読んだ方には是非読んで頂きたい短編集です。
名前の通り、6つの短編が収録されているのですが、これがまたどれも秀逸。
この短編集は本当に面白いので、シリーズの1つとして読んで頂きたいなぁ。
#だって最後の短編には「あの人」も出てくるし。
その『6ステイン』の感想はこちら

ここまで書いて、何であれが無いの?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そこは忘れるはずもなく。
福井作品で最大のボリュームを誇るのが、

『終戦のローレライ』

これも本当に面白かったなぁ。
何度も泣きのポイントがあって大変なんですが、そんな中でも心に残る言葉が、

心には心---そんなものであって欲しい。
これからどれほど科学技術が進んだとしても。


という絹見艦長の言葉で、最後まで「人間」を描いていくところが福井作品に通じるところなんだなと実感します。

また、浅倉が破壊から全てを作り直そうとした人生を選んだのと対照的に、折笠征人とパウラたちが何度壊れようとも、それを諦めずに直しながら進む人生の対比に、その熱いメッセージ性を感じます。

僕は映画版も観ているんですが、そちらにも少し言及した『終戦のローレライ』の感想はこちら

■終わりに
昨年はたくさん面白い小説に出会ったわけですが、今年もまたたくさん面白い小説に出会えると良いなと思います。
そこにジャンルを問うことはせず、面白いと思えるものを探していくのもまた楽しみかなと。

ということで、超個人的お勧め小説、こんな感じでいかがでしょうか。

交響詩篇 エウレカセブン 第38話「デイト・オブ・バース」感想

2006-01-15 12:53:04 | エウレカセブン
アドロックはきっと
ここにいる皆や 世界を守ってくれたんだと思う

きっと わたしのことも



。・゜・(ノД`)・゜・。


今明かされるアドロックの過去、そして泣き崩れるレントン。
そんなレントンと一緒に僕も。・゜・(ノД`)・゜・。

コメディータッチの勘違い劇から、いつの間にか話題は核心へ。
笑って、泣いて、作中のテーマ部分をラストに凝縮してくるのは上手すぎる。

自分(たち)のことを捨てたと思って、そしてそんな父親が英雄視されて、自分はいつもそれと比較されて、この世界は最低だ、と思っていた少年が、本当は父親のことを知りたくて仕方が無くて、そして知った真実には、父親が守ろうとしていたのは自分を含めた皆だった、父親は自分のことを忘れていなかった、むしろ身を挺して守ってくれていた……、これまで第1話からずっと語られてきた父親へ対する屈折した思いを、この一瞬で涙とともに解放していく、そして笑顔へ。

この笑顔から、第33話「パシフィック・ステイト」のあの写真へと繋がっていく。

やっぱりあの写真は、ゲッコーステートの目指す場所、コーラリアンと人間の共存を目指した先にある姿、手をつなぐエウレカとレントンこそがその先にあるものだったんだ。


。・゜・(ノД`)・゜・。


序盤のコメディータッチからホランド・タルホさんのお父さん話へつなぎ、父親としてのアドロックで結ぶ。
それだけでも感動的なのに、きっちりと第4クールへ向けた物語の方向性を導く展開まで入れてきている、この脚本のバランス感覚にはいつもながら舌を巻く思いです。

■レントンだけじゃなくエウレカも


父さんは ちゃんと考えてくれてたんだ
父さんは 俺やじっちゃんやみんなのこと忘れないでいてくれたんだ


レントン

父さんは ちゃんと俺たちを救ってくれてたんだよ

うん

エウレカと出会えたことだって
きっと父さんがエウレカを守ってくれたからなんだ
父さんがいてくれたから 俺は


今分かったよレントン
自分の命と引き換えにしても子供を守る
それがお父さんなんだね
それが家族なんだね


エウレカ

アドロックは だから
私のお父さんだ



。・゜・(ノД`)・゜・。


この会話は、レントンを父親への屈折した思いから解放しただけじゃなく、自分には家族がいないと思っていたエウレカに、自分にも家族がいたんだということを気が付かせることにもなっているのが秀逸にして感動。

アドロックの過去と家族と言う言葉が二人の関係性を不安定にさせたきっかけならば、またその二人を救ったのもアドロックの過去だった、二人とも孤独じゃなかった、家族がいたんだ、この対比構成にいつもやられてしまう、特に佐藤大さんの脚本のときは僕はいつも泣いているような気がします。
ほんと上手いなぁ。

レントンだけじゃなく、エウレカもこの会話の中で救われた、これが本当に秀逸でした。
まさにこの解放の瞬間、エウレカにも家族ができた瞬間、それが彼女にとっての「誕生日」だったんですね。・゜・(ノД`)・゜・。

おめでとう、エウレカ。
そしてレントン。

■アドロックが遺したものは?

第3話「モーション・ブルー」でエウレカが言った

君ってやっぱり面白いよね
君みたいな人間 久しぶりだよ
君みたいな人間に 昔会ったことがあるの
君はその人間にそっくりだね
行こう 早くしないと波が行っちゃうわ


という言葉は今回のレントンの「失格だ」に繋がっていて、エウレカの記憶を呼び出してくる。
やっぱりエウレカセブンの第1話~第3話って物語を構成する上で非常に重要だと思うんですが、一番最初にレントンの魂魄ドライブに「EUREKA」の文字が浮かんだのは、やっぱりアドロックの意思(遺志)がトラパーに溶けてレントンにエウレカを守れ、というメッセージだったんじゃないかなぁ。

それはニルバーシュにもアドロックの思いが溶けていて、第2話「ブルー・スカイフィッシュ」

あの時 オレはあの子を助けたいって思った
そしてそのことを
その思いを信じろってニルバーシュに言われた気がしたんだ
だからオレは信じてみたんだ
信じることで彼女を助けられるって思ったんだ
それがその証明になるって思ったから


と言うのも頷けるところ。
第4クールでちらっとでも良いからこの点に触れてくれると嬉しいなぁ。

■パシフィック・ステイト
艦内のクルーの勘違いから、アドロックの過去に秘められた思いまでを表現した今回ですが、これって、最後の「パシフィック・ステイト」の写真へと繋げる意味あいでも非常に面白い構図でした。

これって、ストナーが言う、


どんな波でも 最初は些細なところから起こる

それらが集まることで やがて世界を覆す大波となることある……か、



になっていると思うんですが、

今回は最初はレントンが読んでいた雑誌と、レントンとエウレカが陥った状況という、些細なことを艦内クルーたちがそれぞれ心配して、勘違いして、やがてアドロックの過去と向き合い、家族を認識するという大波に繋がっているわけですね。

ストナーが期待していること、それはすなわち、この艦内で起きたような些細な出来事が、やがて大きな波に変わっていく、あの「パシフィック・ステイト」の一枚が、今はまだたった一枚の写真だけれども、やがては世界に何らかの大波をもたらす、それを期待しているんですよね。

やっぱり第33話「パシフィック・ステイト」のときに感じた、ゲッコーステートの目指す場所、コーラリアンと人間の共存を目指した先にある姿、手をつなぐエウレカとレントンこそがその先にあるものだ、というのはやっぱり正しかったんだ、と改めて感動。

この大波が一体いつ来るのか?
この戦いの終わりに訪れるのか?
それとももっとその先、それこそ未来なのか?

この写真を公開することで、エウレカとレントンに対する「人類」からの風当たりは相当強いものになってしまうとは思うけれども、その風を乗り越えた先に見据えるものはそれこそ「パシフィック・ステイト」であって欲しい。
僕の予想ではそれは1万年後の世界なんだけれども、やっぱり一視聴者として共生の世界が見たいですよね。

■そして物語は終局へ
起承転結の「転」として第3クールは色々なことを示してくれていたわけですが、先週の第37話「レイズ・ユア・ハンド」で、一つの星に生命体が増加しすぎると、その想いに星が耐えられず物理宇宙が崩壊する、というのがこの世界観の設定として明示されました。

その感想の中で、この現象はコーラリアンだけに留まらず、人類にも同じことが当てはまるんじゃないか?そのとき人類はどうするのか?なんてことを考えたのですが、事態はそれよりも尚早かったみたいです。

三賢人が隠していた事実とは、もう既に人類の増加もこの星の許容量限界に達していたということ、遠からずこの物理宇宙が崩壊してしまう、という衝撃的な事実だったということ。
#追記:コメント欄で情報を頂きまして、改めて見直しました。あれは既に許容量限界に達していたということではなく、遠からず訪れる崩壊を知ってしまったが、違う星へ辿り付くための移民船に乗るためには、既に人類の数が増えすぎてしまっていて、全員を乗せることはできない、それを公表してもパニックになる、ゆえにアゲハが報告されても、今のところ現状維持するしかできかなった、ということなんですね、多分。

ゆえにデューイも急いでいるし、エウレカたちも急がないといけない。

つまるところ、この物語としても、殲滅、共生、という二者択一じゃなくて、もっと違う答えを見つけに行かないといけない、というのが第4クールの、ひいてはこの物語を司る世界観に対する答えを見つけに行かないといけない、という方向性を示唆したわけです。
これは凄いなぁ。
ここまで繋げてくるのかよ。
動かないといけない状況を作り出している、というのが本当に上手いなぁ。
崩壊か生存か?こちらは完全に二者択一です。

また、今回で良く分かったのが、「サマー・オブ・ラブ」と「セブンスウェル」現象。
この二つは同じことだと思うのですが、これはコーラリアンがニルバーシュとエウレカに託した一つの手段、人類が、休眠したコーラリアンには出し切れなかった答えをもし人類も出せないとしたら、遠からずこの物理宇宙は崩壊する、ならば人類を崩壊させるための手段を用意しておかなくてはならない。
個人的な予想だけれども「セブンスウェル」は、コーラリアンサイドが用意した、人類を一掃して、物理宇宙崩壊を防ぐための手段のひとつなんじゃないかと思ってるんですが。
それを実行するのかしないのか?その判断をエウレカという白紙の日記に任せたんじゃないかなぁ。

ゆえに、「セブンスウェル」とは違うあの現象。
あの感動の第26話「モーニング・グローリー」で見せたあの「虹色の現象」。

「思考する力」であるトラパーを何かに変換してしまうあの力、セブンスウェルがトラパーの異常発生ならば、全くその逆を起こしたあの現象。
そこに鍵があると思うし、あれが出来るのはレントンとエウレカだけ。

この星に増えすぎた「想い」を何かに変換することができれば、第3の道も開けるんじゃないか、そんな妄想が大爆走中です(笑)。
そして、そのキーワードは「海」であって欲しいなぁ。
この星に海がない、その設定自体が答えになってるんじゃないか、そんな風に考えてます。
1万年後のこの星に「海」が満ちている、そんな風景が見たい。


崩壊という現象を前に、それを救うことが出来るのは人間であるレントンとコーラリアンであるエウレカだけ。
救いの道は破壊の先にあるんじゃなくて、あの1枚の写真「パシフィック・ステイト」にこそある。
もうこの状況だけで燃えるし、泣ける。

その状況を今のこの星の大衆に理解してもらうのは難しいのかもしれないけれど、個人的にはそれが皆に伝わってもよし、伝わらなくても良し、そんな風にも思います。
伝わらなくても知っている人は知っている、そういう終わり方でもカッコイイと思います。
ああ、なんか自分の中で色々盛り上がって大変です(笑)。

■サブキャラ
今回もサブキャラの使い方が本当に上手かったですねぇ~。
二人のことを実は本気で心配している先輩たち。
で、男は男、女は女で、それぞれのやり方で相談に乗ってあげる、こういう日常パートの使い方は妙に現実感があるんですよね(笑)。
ああ、経験有り、みたいな。

特に前半パートのコメディーから、シリアスへの転換は上手かったなぁ。
脚本の佐藤大さんは秋元康さんの下で修行されていたそうですから、そういうコメディー番組の作り方みたいなのも心得ているのかもしれないですね。
また、ホランドのもらい泣きも、視聴者視点でうんうん、みたいな。
この辺の遊びの演出もニヤリとしますね。

■親の世代から
今、この作品を見ている方の中でどれくらい親の立場にいる方がいるかは分からないけれども、少なくとも今自分は親の世代にあたっていて、今回のお話の中でメッセージはしっかりと伝わってきました。

タルホさんとホランドの会話や、タルホさんの検診の情景描写なんてほんとそのままなんですが、僕も自分があのエコー写真を見たときから子供が生まれてくるまでの間、そして子供が生まれてからも、人間って凄いなと素直に思います。

やっぱりどんなに仕事で追い込まれても、辛いことがあっても、親として絶対にくたばるわけにはいかない、と思うし、そう思わせてくれる家族に改めて感謝です。


交響詩篇エウレカセブン
DVD第7巻
2006/1/27発売
超・感動の第23話~第26話を収録
この巻は絶対お勧めです!!
チャールズとレイ、最高でした



ノエイン もう一人の君へ 第13話 「ネガイ」 感想

2006-01-12 00:39:47 | ノエイン
ア、アトリ……。

* * *

いつの頃からか結構気になっていた番組、それが『ノエイン もう一人の君へ』。

独特の雰囲気、独特の世界観、静かな雰囲気を持ちつつも、よく分からないままに進んでいく物語。

でも気になってずっと観てしまっていた、それが『ノエイン もう一人の君へ』。

いつからかなぁ、ぐっと掴まれちゃったのは。
ハルカがラクリマに行って、この世界のパラレルな世界観が急に浮かび上がったあの瞬間だろうか?
それとも……、

やっぱり最初から、第1話のオープニングからきっと掴まれてたんだろうな、今思えば。

* * *

爆発的に面白いというわけではなく、今もって分からないことだらけなんだけれども、不思議な雰囲気を持つこのノエインですが、中盤最大のクライマックスではないかと思われる第12話を録画失敗するという大ミスをしながらも、時代はそんな敗者にも優しく、何とかネット配信で12話を見て盛り上がり、その勢いのまま第13話を見ましたよ。

うん、やっぱり面白い。

これは中盤における、というか第12話のエピローグ的な話だったんじゃないかとも思うんですが、エピローグという言うには若干激しいけれども、それでもやっぱり前半戦はこれにて終了、という落ち着きを持てたんじゃないでしょうか。

特に今回は「不確定な未来」と「確定される未来」について、テーマ的な部分がこれまた意外な人物から語られたんですが、各キャラもまだまだ背景を持っていそうなんで、後半戦はそのあたりに期待ですね。
特にトビ君にしても、これまで「この時空で果てるなら」みたいな発言してるし、「選べない未来なんかない」という台詞が示すように、彼もまた自分なりの思いを持って竜騎兵になっているみたいなんで、アトリ、カラス、あたりからもやっぱりそういうバックグラウンドが聞けると嬉しいかも。

個人的には「選べない未来なんかない」というテーマ部分の核心を突くところも大事だとは思うんですが、何となく僕のこの作品の楽しみ方はやっぱりこの独特の世界観と、独特の雰囲気、独特の作画、そして音楽まで含めたどこか危うくて美しい、けれども静かな、この雰囲気が一番楽しみたいのかもしれない、と思ってます。

まだまだ謎は満載だし、マジックサークルプロジェクトの暴走が15年後に繋がっているというのは何となく見えるけど、ハルカが未来(というか別の時空)でどういう経緯と末路を辿ったのか?何故カラス、フクロウは竜騎兵になったのか?そもそもシャングリラは何者なの?つか、ノエインって何よ!みたいなところが後半になって語られていくと思うと、何気にこの1月から3月まではノエインで楽しめるんじゃないかと思ってます。

個人的な予想としては、「時の放浪者」のじいさんは、やっぱりハルカのお父さんなんじゃないかなと思ってるんですが、次回あたりその辺触れてくれないかなぁ。
黛博士はやっぱりたどり着いちゃったんじゃないかな、何かに。
で、放浪する=観測する立場に立たされた、とかね。
観測者がいない宇宙は存在しない、みたいな。

あと、今回はアトリ。
今まで散々憎らしい役回りをやってきてけれども、今回のアトリは逆にそれがあったからぐっと来たっす。
#で、冒頭の一言に繋がっちゃう。
つか、鈴村さんの声、はっちゃけてるアトリも好きだったんですが(笑)、こういう演技も出来るとあってさすがって感じでした。
アトリが12話で散るとき、ああ、何か寂しいなぁとか思ったんで、やっぱり最後まで付き合って欲しいものです。

ということで、今後も大作と言うわけでは決して無いノエインですが、それでもこの雰囲気がとても好きなので応援したいなと思います。
#それにしても第12話を録画し忘れたのは色んな意味で痛いなぁ。
#やっぱり大きい画面で画質も良く見たかった。つか、それくらい良かったの(悲)。

交響詩篇 エウレカセブン 第37話「レイズ・ユア・ハンド」感想

2006-01-09 06:10:28 | エウレカセブン
物凄い情報量が詰め込まれたお話しだったのですが、物語全体の起承転結の「転」として、また第3クール全体としてはどちらかと言うと「結」に近い位置づけとして、色々と世界観に対するヒント、そして物語の終着へ向けたヒントが提示された、という感じがしますね。

整理していくとポイントは3つくらいかな、と個人的には感じたのですが、それにプラスしてここでようやくエウレカとアドロックの話へつながる、ここがポイントかなと。

今回は難しめの話に振り回されることなく、全体をシンプルに捉えるのが「吉」だと思います。

エウレカセブンはSF的な要素を説明するとき、つまり物語りの外郭を語るときは割と難しめの表現をしているんじゃないかと思います。
しかし、物語のテーマ部分、中心部分を語るときは割りと分かりやすく、ストレートに表現している、というのがエウレカセブンの表現スタイルなのかなと思っているところがあって、今回はそれが顕著に出たんじゃないかなと思います。

そういう意味で、僕が思うポイント3つとは、1つ目が物理宇宙の崩壊の話。これはまさに外郭の話。
2つ目はニルバーシュが複座である理由のもうちょっと本当の理由。
3つ目はトラパーと信じる力の話。
最初の外郭の話は非常に難解になっていますが、後の2つは今回割りとストレートに表現されていました。

■物理宇宙の崩壊
科学面から見たグレッグ博士と、宗教面から見たノルブ師の対談という観察者ストナーのインタビューですが、これが結構お話としては難解なんだけれども、構図としては面白くて、グレッグ=科学から観た側面と、ノルブ師=宗教から見た側面が同じ結論に達するというのが面白くて、そしてそれを必ず世に伝えなくてはならないと感じるストナー、というこの3者の構図が非常に秀逸というか、上手いなと感じるポイントでした。

この対談は多分にSF的要素を含んだ話になっていましたが、極論すると意思を持っている生命体が1つの星に増えすぎると、生命体の想い(主として負の想いなのかな)も同じく増加し、その力が溢れることで物理宇宙が崩壊してしまう、そういう世界観、そういう設定だということですね。
その証拠がグレートウォールだ、ということだったと。
#多分このあたりは海外系のSF小説にそういう設定があるんじゃないかと思います、多分。
#一つの星の中に抱えきれる生命体の数には限界があって、それを超過するとパンクするっていうのは何かの本で読んだことあるんだけど、何だったか忘れました(笑)。

ゆえに、増殖しすぎたコーラリアンは休眠期に入っていた、ということなんですね。
これは第7話「アブソリュート・ディフィート」のラストシーンでデューイが、


彼らは進化などしていない
なぜなら彼らは目覚めてもいないのですから
彼らコーラリアンはねぇ



と言っている伏線の回収にもなっていたんですね。
ふおぉぉ、そうだったのか。

詰まるところ、デューイとしてはコーラリアンが目覚めてしまえば、物理宇宙=この世界が崩壊してしまうので、目覚める前に本体を叩く、ということなんでしょうね。

では、翻って同じことが実は人類にも言えるんじゃないか?人類もいずれ、そういう現象に立ち会っちゃうんじゃないか?
という問題は残っちゃいますね。
個人的には、絶望病とのリンクはその辺に来るのかな?なんて、今回のお話を聞いていて思ったんですが、絶望病=コーラリアン化かなぁ?と思っていたところに、プラスして、絶望病=休眠状態と考えると、コーラリアンが物理宇宙の崩壊を危惧して、人類側に働きかけた、それが絶望病なんじゃないか?とも思えました。

と、脱線をしましたが、この辺が難しい話をポイントとしてまとめるとこんな感じだったのかなと。

■ニルバーシュが複座の理由
前述の物理宇宙の崩壊の話とは対照的に、こちらは非常にストレートに語られました。
ニルバーシュによって何が実現されるのか?というところはまだ伏せられていますが、何かをするために必要な条件、それが提示されました。

それは、人間とコーラリアンが一緒にニルバーシュに乗ること。

ここって実は物凄く重要なことを示唆してるんじゃないかと思うんですが、それってここまでエウレカの変化を素直に喜んでいた僕なんかにはかなり衝撃的でした。

これまでエウレカの存在については第19話「アクペリエンス・2」あたりから、コーラリアンサイドにも人間サイドにも振れることができる存在なんじゃないか?と考えてきたので、今回のノルブ師の「コーラリアンとしてはの力を失い始めている」という言葉はそれを裏付けるものになりました。

確かに、エウレカは一度第19話で自分の変化に戸惑い、変化することを拒絶してコーラリアンサイドに振れる=スカブ・コーラルに取り込まれるんですが、その後の展開はご存知の通り、レントンとの初々しいコミュニケーションにつながって、徐々に、いや、急速に人間サイドへ振れていってます。
#ここ最近、エウレカが戦闘に対して極端に恐れを抱いたりする描写を入れていたのは実は計算だったということですね。

詰まるところ、ノルブ師が急いだ方が良いと言っていたのは、エウレカが人間化しつつあり、コーラリアンとしての属性を失いつつある、つまり、ニルバーシュに乗って「何か」を実現するためには、エウレカは人間になっちゃいけない、コーラリアンのままでいなくてはならない、少なくとも「何か」を成すまでは。
#何か?というのはグレートウォールの先、すなわち「未来」を繋ぐことじゃないか、と思っているんですがどうでしょう。

これは僕にとっては結構衝撃というか、いくつか考えていたエンディングのうちの一つにこれがあったんで、どうなるんだ?とドキドキです。
ここからは僕の完全妄想範囲なんですが、

最後の最後の瞬間で、エウレカはレントンを生かすために、もしくは何かを成すために自分の意思でコーラリアンであることを選択するってことになるんじゃないか?
つまり、コーラリアンの世界に戻ってしまうんじゃないか?なんて考えたりしていたんです。
もちろん、それまでにエウレカがコーラリアンの属性を保っていれば良いのですが、それはカタルシスを感じるならば、最後のシーンで選択を迫られるとか、あるんじゃないかという思いがずっとあったんで。

これはアネモネについても同じことで、エウレカとアネモネは二人でコーラリアンの世界に戻る、そういうのもありじゃないかなと思っていて、レントンとドミニクがエウレカとアネモネをあのサイドカーで二人を探して旅に出る、そういうのもありじゃないか、とか考えているわけですが、その辺は僕の勝手な妄想なんで、全く信じないで頂きたいのです(笑)。

やっぱり『金枝篇』でいうところの「金枝」にあたるのがニルバーシュなんだろうなぁ。
王と女神を繋ぐ結婚のシンボルとして「金枝」が象徴的に用いられるんだから、やっぱりニルバーシュはそれに該当するのか。
ノルブ師とサクヤの物語は「時機を逸した」とあったように、サクヤが人間化してしまった、もしくはそれに抗うかのように何かをした結果魂魄ドライブになってしまった、ということなんでしょうか。

とにかく、今回のニルバーシュが複座の理由は、ストレートに語られただけに個人的にはかなり衝撃的でした。

■信じる力は現実になる
もう一つのポイントとしては今まで意図的に伏せられていた魂魄ドライブと、トラパーのことについて言及されたことですね。
ここはSF的要素の強い部分なんで、多少難しい表現になっていましたが、「思考や意思は力を持つ」というのがポイントでしたね。

実はこの部分がこの物語の大きな伏線というか、テーマになっているんじゃないかと思っていて、第2話「ブルースカイ・フィッシュ」でレントンは、


あの時 オレはあの子を助けたいって思った
そしてそのことを
その思いを信じろってニルバーシュに言われた気がしたんだ
だからオレは信じてみたんだ
信じることで彼女を助けられるって思ったんだ
それがその証明になるって思ったから



と語っていて、そのレントンが信じたもの、それはダイアンの言葉で、そのダイアンの言葉とは、第1話「ブルーマンデー」で語られた、


信じていればきっとまた会える
本当に、本当に信じることができたら
信じる力は現実になるから
そしたらレントンはきっと空も飛べるし
大事な人も助けられるし
それに私にもいつでも会える
だから私を信じて
私を信じて良い子でいるのよ



につながってきてるんですよ。
トラパーっていうのはSF的に思いが物理的なエネルギーになるってことを今回表現しているんですが、それはやっぱり物語を構成するうえでのギミックでしかなくて、本当のところは「信じる力は現実になる」というテーマ部分に相当していると思うんですよね。

やっぱりこれを観て、エウレカセブンという物語は最初の第1話~第3話のレントンの旅立ちを描いたところに物語として収斂してくるんじゃないかと思います。
#それだけ第1話~第3話は秀逸だったと、僕は思います。

意外と難しい話をしているようで、その実、伝えたいこと、テーマ部分は結構ストレートに持ってくるのがエウレカセブンの特徴。
こういうところを難しい言葉で誤魔化さないつくりがきっと僕はこの作品が好きなところなんだと思います。

■そしてアドロックへ
第3クールの起承転結の「結」にあたるのは、これまでタメにタメられてきたアドロックとエウレカの話になりそうですね。
うわー、ドキドキだ。

実はこれも、第3話「モーション・ブルー」でエウレカがこんなことを言ってるんですよね。


君ってやっぱり面白いよね
君みたいな人間 久しぶりだよ
君みたいな人間に 昔会ったことがあるの
君はその人間にそっくりだね
行こう 早くしないと波が行っちゃうわ



ここで既に伏線を張ってあったんですが、当時はあれはアドロックなのか、ダイアンなのか?と考えていましたが、これでアドロック決定っぽいです。

第1話を振り返ってみると、レントンが父親に対して持っている屈折した想いが分かるんですが、それはこれまで結構色んなところで表現されてきました。
そして極めつけが今回。
これは今までのレントンとは明らかに違う反応でした。
これまではアドロックと比較されることを嫌っていたレントンでしたが、今回のデューイの演説によって、かなり動揺しているんで。

一体父は何をやっていたのか?
それを知っているのがエウレカ。

もう次週ドキドキだなぁ。
同じく第1話で、エウレカはこんなことも言っていて、


知らないものは信じられないから
それに信じたからと言ってどうにかなるわけじゃないじゃない・・・
信じすぎちゃったことで不幸になることもある
信じることが辛いこともあるんだよ



ここが単なるブラフで終わるのか、それともきっちりとアドロックに重なってくるのか?
この辺も楽しみなところです。

また、少年の成長物語として父親越えはやっぱり熱いストーリーだと思うんで、第4クールはバッチリそれを乗り越えて欲しいなと。

エウレカセブンの第1話~第3話までって、レントンの旅立ちを描いているんですが、物語の起点になっているところなので、第4クールに入る前にもう一度見ておくと良いんじゃないかな、と思います。
やっぱりあの第3話までの流れは秀逸だったと思うんで。

それにしても、ニルバーシュの複座の理由、当たり前と言えば当たり前なんだけど、辛いなぁ。
さあ、どうなるんでしょう?


交響詩篇エウレカセブン
DVD第7巻
2006/1/27発売
超・感動の第23話~第26話を収録
この巻は絶対お勧めです!!
チャールズとレイ、最高でした



舞-乙HiME 第13話 「茜色の空に…」

2006-01-07 01:30:54 | 舞-乙HiME
ああ、ほんと心臓に悪いです。
もう今回はタイトルからしてかなりドキドキしてたんですが、前作観てた人たちなんかはかなりあんなことや、こんなことを想像してビクビクだったんじゃないでしょうか?
#いや、僕はかなりビクビクでした(笑)。

もう途中とか、バトルシーンとか、あの銃弾は!とか、授与式とか、ぎゃー、やめてー!!な感じだったんですが、何て言うんですかね、やっぱり、

良かったよぉ。

アカネちゃん、良かったよぉ。

アカネちゃん、おめでとう、そしてお幸せに!!

前作での悲劇があったものだから、今作では絶対幸せになって欲しいと思っていたのがアカネちゃんだっただけに、今回は素直に嬉しいっす。
#まあ実際後のことが大変だとは思うけれども、それはそれ、こういう作品なんだから素直に祝福です。

やっぱりカルデアとフロリンスの戦争になって、この二人がロミオとジュリエットというのも観たい気もしたけれども、それはそれ、前作で悲劇やっちゃってるんで、きっと今作はこの連れ去りシーンを最初からやりたかったんだろうな、とも思うし、僕も個人的にはそれで素直に良かったと思いますよ。

逆に今回のラストで乙-HiME同士の戦い、つまり代理戦争が勃発したってことは、今後一気に戦争になるという傾向なんで、カルデアとフロリンスが仲が悪い、ということならば、戦争に突入したときに、カズくんとアカネちゃんが両国の間に立つ、みたいなシーンがエンディングのワンシーンくらいにでも入れば最高に満足しそうです。

スタッフとしても今回はアカネちゃんに幸せになって欲しかったんだ、と思ったラストでした。
そしてそれで僕も良かったと思います(涙)。

■こんな風になったらいいなぁ。
テーマ的には「恋」と「夢」と「友情」のバランス的なものになると思うんで、舞衣で悲恋を、アカネちゃんでハッピーエンドを描いたならば、アリカには是非、その枠を打ち破るような展開を期待したいし、いっそのこと乙-HiME制度自体崩壊させちゃうくらいの勢いで頑張って欲しいですな。

■でもね
そんな超・前向きアリカですが、つか、今回、本調子じゃない原因、それってセルゲイでいいんですか(笑)。
年の差有りすぎやん!!
でも、それがいいのか!?
おのれ、セルゲ(略)。

■代理戦争
第8話「運命の軛」でもちょこっと書いたんですが、今回のマイスター授与式って、ファイブスター物語読んでる人だとファティマのお披露目のシーンを想像しちゃったりしないですかね。
僕はモロに想像してたんですが(笑)、ファイブスター物語も戦争の華は騎士とファティマが操るモーターヘッドでの戦いなわけで、それがあるから大規模破壊兵器を使用しない、つまるところ国を背負って戦争する、代理戦争をやってるんですよね。
この辺もやっぱり切ないわけで、ファティマが姉妹同士で戦うことになったり、戦争の道具として扱われたりと、悲しいお話があるんですよね。

そんな中でのマイスター授与式は、やっぱりファティマのお披露目のシーン、特に第1巻のラキシスのお披露目のシーンに近かった印象なんですよね。
そう、何が言いたいかって言うと、あのカズくんが登場してアカネちゃんを連れ去るシーンは、

ラキシス、おいで!!

のシーンを思い出したんですよね~。
ああ、懐かしい。
これからファイブスター物語再読しようかな。
#案の定、新刊は年内に出なかったけどね(笑)。
つか、舞-乙と全然関係ねぇ(ぎゃー)。

■メガネ
メガネニナ、素晴らし!!
あれはいいものだ。
メガネライダー級、とは行かないまでも、あのメガネはいいものです。

■炎珠の紅玉
もう、めっちゃ舞衣のタメが効き過ぎ。
つか、もう出して、プリーズ(舞衣好きなので)。
にしても、やっぱり舞衣の横のあのシルエットはあいつなんだ(笑)。


いやー、今回はドキドキ&ビクビクでした~。
アカネちゃん、ほんとにお幸せに~。

しかし、この第13話ってのは丁度真ん中、転換点なんですよね。
きっちり転換していきそうですが、心の準備をして楽しみにしております。

舞-乙HiME DVD第1巻

ネタ振り

2006-01-06 00:40:00 | 小説 感想
本来は2005年のうちにやりたかったネタのうち、大分流れてしまったのですが、やっぱりこれだけはやっておきたいな、ということで、今年も2005年版「超・個人的お勧め小説」と「超・個人的お勧めマンガ」をそろそろやろうかなと思います。

本来なら2006年になってしまったんで、2005年度とかで3月末にやろうかな、とも思ったんですが、3月末は忙殺されることが目に見えているので、今しかないと思っているのは内緒です。

前回はどんなの選んだかな~と、自分の記憶を思い出すのも含めて、2004年版「超・個人的お勧め小説」はこちら。
#当時の記事にリンクしています。

第1位『マルドゥック・スクランブル』著:冲方 丁

第2位『神様のパズル』著:機本 伸司

第3位『空の境界』著:奈須きのこ

特別編『夢守教会 少女のケニング』著:相羽裕司

僕の趣味全開なお勧めの仕方なんですが(笑)、第1位の『マルドゥック・スクランブル』と第3位の『空の境界』は昨年、何回読み返したかなぁ、たぶんそれぞれ3回以上は読み返してますね。
それくらい好きです。
つか、これらは何度も読み返して、ああ、そういうことだったのか、と思い返す楽しみがありますね。
#そしてたぶん今年も何度も読み直すと思います。

第2位の『神様のパズル』はあいばさんのところでも2005年の第2位で紹介されていましたね。
これもほんと、面白い作品なんで、超個人的にお勧めです。
#単行本化されないかなぁ。

あいばさんといえば、平仮名でかくのが普通になってますが、相羽裕司が実はほんとのHN(だったと思う、今でも、たぶん)なんですが、そのあいばさん(結局平仮名かよ、自分)が書かれた小説『夢守教会 少女のケニング』も面白かったですね。
個人的にはファウスト(講談社から出てる分厚い奴)とか好きな人は結構はまると思いますね。
僕が個人的にあいばさんを尊敬してるんで、2004年のお勧めとして紹介させて頂いたんですね。
#発表されたのは2004年の12月だったから実質2005年なんだな。

2004年の小説版はこんな感じでした。
もう個人の趣味全開なラインナップですが、2005年のラインナップも既に決定していて、小説版は決めるのめっちゃ早かったです。
近日公開いたしますので、しばしお待ちを。


さて、マンガ版ですが、2004年はこんな感じでした。

第1位『PLUTO』著:浦沢直樹 原作:手塚治虫

第2位『よつばと!』著:あずまきよひこ

第3位『おおきく振りかぶって』著:ひぐちアサ

2004年は本当に素晴らしいマンガが一杯出てたな~と思うほど、個人的には豊作だった気がします。
特に第3位の『おおきく振りかぶって』。
これ、超・面白いっす。
つか、素で感動しますよ。
おお振り向上委員会とか作ろうかと思うほど、おお振り面白いっす。

今回もおお振りを推したいなぁ、と思っているのですが、今回はちょっと違うラインナップを考えてます。
#小説版とは逆にこちらは選ぶのが難しかったです。結局新しいものよりも、既巻の方が面白かったものが多かったんで。


前回は選定にあたって、それなりのテーマというか条件をつけてみたんですが、今回はその辺の条件を撤廃して普通に選んでみることにします。
あと、特別編もまた考えてるんで、小説3本、マンガ3本、特別編2本という構成にしようかなと。

ということで、近日中に公開したいと思います。

今年の出足

2006-01-04 18:18:24 | アニメ 感想
ありえねぇ……(ノエインのフクロウorイサミっぽく)。

* * *

昨年の年末は蒼穹のファフナー「RIGHT OF LEFT」の出来が想像以上に良すぎて、感動に浸ったまま年が明けました。
つか、未だに感動の余韻に浸っています。
#各所の感想サイト様も巡らせて頂きましたが、ほぼ絶賛という感じでうんうんと頷きながら巡らせて頂きました。
本当に素晴らしい作品でしたね~。

さて、今年は去年よりも仕事が忙しくなることが目に見えているので、今のうちに取り溜めた番組を見ておこうと、一気に消化中です。
#今朝の朝日新聞にもHDDレコーダーで録画して一気に見るような生活スタイルが増えつつある、みたいなことが書かれてましたね。

昨年は色んな番組を録画しつつも、見る時間を確保できず、HDDレコーダーの空き領域確保のため、泣く泣く削除した番組がたくさんありました。
けれども、どうしてもひっかかって消せない、ずっと録画していた番組もいくつかあったんですよ。

『ノエイン もう一人の君へ』

これ、面白いですね。
多分個人差があって、好き嫌いも分かれそうな気がするんですが、僕は個人的にはかなり好きかも。
つか、どの辺からかなぁ、主人公のハルカがラクリマに行ったあたりからなかなぁ、ようやく世界観が提示された、その瞬間からかなり心を惹かれましたね。
#蒼穹のファフナーも一騎が島を出る13話からの話が面白くなるのですが、主人公が外の世界、異なる世界を認識することでそれまでのタメにタメられていた世界観がまさに炸裂する、というか鮮明に浮かび上がってくる、そんな瞬間が結構好きですね。
#ファフナーの場合は、純粋に12話から冲方丁さんが自ら脚本を書いたというのがかなり大きいですが、あそこから15話までの流れはこれまで意図的に視聴者に違和感を持たせる、感情移入をさせづらくさせていた、とも思われ、そのタメが効いていたおかげで、15話とかか・な・り・の大感動につながったと、僕は感じています。

…いかん、ノエインの話がファフナーになってる(笑)。

というわけで、昨年の放送は12話まで放送されたノエインですが、僕は録画をこの休みで何とか消化しているところだったのです。
そんな中、第12話の各感想サイト様での評判がかなり高い雰囲気を感じていて(ネタばれを避けて雰囲気のみなので実際読むに至ってない)、流れ的にもここは完全に中盤のクライマックスというポイントなんで、11話まで観終わったときはかなりドキドキな感じでしたね。
うおお、12話どうなるんだ!!みたいな。

さあ、いよいよその12話だ!と思い、HDDレコーダーの中を探してみる。

ん、無い。

もう一回探してみる。

もう一回探してみる。

うん、無い。

。・゜・(ノД`)・゜・。
。・゜・(ノД`)・゜・。
。・゜・(ノД`)・゜・。

録画ミスった。
つか、予約忘れてた…orz。

ありえねぇ……(ノエインのフクロウorイサミっぽく)。

* * *

ということで、今年の出足(正確に言うと去年末)はこんな感じでいきなり躓いてます。
もう今年の運勢を占っているかのようですが、ノエインについては、12話を他の感想サイト様を中心に補完させて頂き、13話以降気になり始めたので、時間があれば感想書いていこうかなと思います。

* * *

今日でお休みもおしまい。
今年は1月からいきなり忙しくなることが決定している&これから仕事量と仕事の質が変わってくるので、かなり忙しくなりそうなのですが、できるだけいつも通り、更新していけたらな、と思っています。

明日から頑張ります(涙目)。

今年もよろしくお願いいたします

2006-01-01 02:46:36 | Weblog
あけましておめでとうございます。
2006年、今年はより一層忙しくなりそうな気配濃厚ですが、それはそれ、これはこれ、楽しく記事を書いて、また皆さんとコメント欄等で楽しんで行きたいと思います。
というわけで、皆様、今年もよろしくお願いいたします。

とりあえず、今年の抱負なんかを。

えー、まずですね、「Fate/stay night」のタイガー道場をフルコンプする。
#まだ終わってなかったのかよ!!
#あっ、あと5個なんです、スタンプ。

次にですね、「Fate/hollow ataraxia」をインストールする。
#まだインストールすらしてないのかよ!!
#発売日に買ったのに……orz。

以上(えー!!)。

というのも何なんで、やっぱり基本スタンスはマンガ、小説、アニメに関する感想を書いていこうと思います。
その中で(自分の感想の)構成をもう少し分かりやすくできるように、ブロック割りなんかを考えてかければな、なんてチャレンジをしてみたいですね。
思考プロセスの可視化が自分の仕事のコンセプトなんで、日々チャレンジです。

後はSSでも良いので1本何かを書いてみたい、これはずっと思ってるんですが実行できてません。
ということで今年こそは何とか1本、短いのを書いてみたいと思ってます。
#ああ言ってしまった……。
#つか、言うことで自分のやることを明確化しよう、そうしよう、そうやって追い込もう、うん。
#言ってすぐ後悔してます。

後は基本を忘れずに、楽しく、楽しく、ですね。
いろんな作品が世の中にあって、面白い作品がたくさんある。
それをいかに楽しむか、また色んな人と楽しんでいけるか。
この辺がこのブログの基本スタンスなんで、それを忘れない、もっと楽しむ、今年の抱負はやっぱりこれですね。

ということで、今年も皆様と作っていけるような、そんなブログを目指します。
どうぞよろしくお願いいたします~!!