5522の眼

ゆうぜんの電子日記、2021年版です。

霧のロンドン

2020-11-27 21:03:05 | 天候・気候

27日の愛知県内コロナ感染確認数は234人でこれまで最多。うち名古屋市117人、豊橋市7人、岡崎市7人、豊田市4人、他市町村99人。累計は9645人となった。

全国ではあわせて2523人(NHK午後6時)、東京570人、大阪383人、北海道252人、神奈川219人とある。GOTOに未練たらたらな政府は今日も煮え切らない判断だった。危機管理は大丈夫だろうか。

コロナ情報で溢れるツイッターのタイムラインだから、どうしても違う話題を探してしまう。今日はこんなツイートに注目した。

モントリオール在の作家のツイートでは「コロナだからこそ自転車でゆっくり行きたい」とモントリオール、コペンハーゲン、アムステルダムと北の三都市の通勤事情をカメラに収めている。

いずれも街路はすでに雪に覆われて白く、自転車の乗り手たちも防寒対策はばっちりだ。コペンハーゲンは何故か全員がマスクをしていないのが気になった。自転車乗り用のルールがあるのかもしれない。

ロンドン在の旅行ユーチューバーからのツイートも写真つき。こちらは「今朝のロンドンは名物の霧に包まれています」とあって、テームズ河畔の大きなクレーンとそれを覆う乳白の霧を被写体にしている。

霧のロンドンといえば、留学中の夏目漱石が詠んだ俳句があったなあと思い出し、WEBを探ると、あった。

「霧黄なる市に動くや影法師」

漱石がロンドンに留学したのは明治33年(1900年)から35年(1902年)の二年間だった。すでに120年も前のことになる。

盟友正岡子規の死去(9月中旬)の報は高濱虚子が手紙で知らせたが、当時の国際メールは船便。漱石がこの悲報を知ったのは彼が帰国する直前の11月末だった。

「黄色いロンドンの霧」と詠んだのは、暖房用の石炭が出す煤煙がテームズの作る濃い霧と混じっていたのだろう。「濃霧春夜ノ朧月ノ如シ。市中皆燭照ラシテ事務ヲトル」と彼の日記にあるように、昼間でも薄闇の状態だったわけだ。

「影法師」は薄闇の中を急ぎ足て行くロンドナー達のシルエットに、すでに亡き子規を重ねてみたのだろう。旧友を失った憂愁の情が「黄霧にゆれる影法師」に表れている。

沈む心を持てあまして街路に佇む漱石の姿が見えるような句だ。

 


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