島の医者になって、た頃もあった

70代男の日記風ブログです。新連載「京都へ、京都から」も始めました。

120-4仁孝天皇後宮正親町雅子

2023-06-01 | 天皇陵巡り

 四国琴平に行った時に旅館の夕食で最後に出されたデザートで、これが出たら今回も月輪陵(ツキノワノミササギ)ですが、これでスイーツ写真も最後になりますので、月輪陵はこれで最後と言うことです。

 第120代仁孝天皇(1800~1846)(在位1817~1846)と、その皇妃二人の姉妹は紹介しましたが、もう一人残っています。

 それが正親町實光(サネミツ)の娘の正親町雅子(オオギマチナオコ)(1803~1856)で、17歳で仁孝天皇の後宮に入りました。

3皇子・1皇女をもうけましたが、3人は夭折、唯一生き残った第4皇子煕宮・統仁親王(ヒロノミヤ・オサヒトシンノウ)は次期天皇として、正妃鷹司祺子(ヤスコ)の養子に出されてしまいました。

 仁孝天皇が亡くなると、宮仕えを退いて実家の正親町家に引き取られた雅子でしたが、正妃祺子もすでに亡く影響力も無いことから、1850年准三后となって新待賢門院の院号も宣下されました。

 死後月輪陵には葬られましたが、それでも制札最後にあるように、仁孝天皇関係の後月輪陵ではなく、仁孝天皇後宮新待賢門院藤原雅子墓と、皇后扱いの陵ではなく墓でした。


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 旧和中散本舗 | トップ | 三方五湖 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (花水木)
2023-06-02 05:33:43
正親町雅子→オオギマチナオコ
ルビふらないと、マチ以外全く読めません。
今風の、キラキラネームと互角の戦い?
返信する
花水木さんへ (島の医者になって)
2023-06-02 07:55:57
 自分で書いていても、2回目出てきたときにもう読めない名前多かったです。
そろそろこれも終わるですが、まだ次の企画が出てきません。あと4代、8回をゆっくりやります。
返信する

コメントを投稿

天皇陵巡り」カテゴリの最新記事