島の医者になって、た頃もあった

70代男の日記風ブログです。新連載「京都へ、京都から」も始めました。

110-2後光明天皇皇女孝子内親王

2022-09-01 | 天皇陵巡り

 22歳で亡くなった第110代後光明天皇(1633~1654)(在位1643~1654)には、典侍庭田秀子(ニワタヒデコ)(?~1685)との間の孝子内親王(タカコナイシンノウ)(1650~1725)しか子はいませんでした。

  大通りに面した一画にある般舟院陵(ハンジュウインノミササギ)に一歩入ると、写真のように静かです。

 したがって、次の天皇には異母弟が成りましたが、孝子内親王は嫡流の皇女として重んじられ、またもしもの時の中継ぎ天皇として使えるかもしれないとの思惑があったのか、出家や摂関家に嫁ぐこともなく、生涯独身を通し76歳で亡くなり、この般舟院陵(上京区般舟院前町・千本今出川)に葬られました。

  制札後ろから5番目に後光明天皇皇女孝子内親王墓とあります。


コメント (6)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 110-1後光明天皇 | トップ | 越前海岸 »
最新の画像もっと見る

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (花水木)
2022-09-02 19:09:25
当時の76歳ってご長寿ですよね。
結婚も出産子育てもしないと、ストレス無いのでしょうか?
今は夫源病なる病に妻が泣いています。

老いたら夫婦仲良くが良いですね。
お互いに適度な距離感大事かも。
返信する
Unknown (Toitenlabee)
2022-09-03 10:09:32
当時の76歳は、今の何歳くらい?
すごい長生きのような、、、
返信する
花水木さんへ (島の医者になって)
2022-09-03 11:33:39
 女の人は年とると、おじいさんに厳しくなりすぎるような気はします。
男はいつも優しい女には騙されるのに。
返信する
Toitennさんへ (島の医者になって)
2022-09-03 11:37:41
ちょっとわかりませんが。割合から言えば、今の100歳ぐらいですかね。
 正解は、当時の76歳は、まあ今の77歳から105歳ぐらいです。
返信する
Unknown (大雪男)
2022-09-04 11:22:26
夫源病ですか、私は山や温泉で時々いなくなるし、植木仕事してるのが良いのでしょう。
「元気で留守が良い」そのものですから。
時々好きな皿洗いや掃除したりしてますし。
阪神は2位でフィニッシュかもですね。
村上を全打席歩かせれば日シリも可能性ありますよ。
返信する
大雪男さんへ (島の医者になって)
2022-09-04 17:23:10
 なんにしても、元気が一番ですね!
高望みはしてません、このまま3位なら上出来ですし、矢野の面目もたつでしょう。
巨人に負けるのは勘弁してください。
返信する

コメントを投稿

天皇陵巡り」カテゴリの最新記事