愛くるしいゆっきょんが綴るPCゲー雑文
独りで歩いてく人のブログ  




前回記事 からの続き。
戦車の歴史について、第四弾。


・『黄の場合』

ポーランドを制圧したドイツ軍は西部戦線へ転戦し、
1940年5月10日にファール・ゲルプ(黄の場合)作戦を発動。
宿敵フランスとの戦いに臨んだ。

フランスはドイツとほぼ同等規模の軍隊を有する大国である上に、イギリスとの同盟があり、
またフランスへ攻撃をかける為にはベルギー・オランダとも戦わなければならなかった。
両軍ともに300万人以上の戦力を投入し合ったこの戦役は、ドイツ軍にとって大きな賭けであった。
戦車戦力の観点から見ると、ドイツ軍は2574輌の戦車を投入した。
ポーランド戦役の3466輌よりも少ないのは、ポーランド戦で消耗したのと、
故障したI号やII号の修理よりもIII号やIV号などの先進的な戦車の生産を優先したことに依る。

よってドイツ軍主要戦車の内訳は、

名称主武装配備数
I号戦車7.92mm機関銃523輌
II号戦車20mm機関砲955輌
III号戦車37mm砲345輌
IV号戦車75mm砲278輌

と、戦車総数自体は減らしつつも、III号とIV号戦車の比率はポーランド戦での僅か9%から、25%を占めるようになった。
軍事的先進国との戦いに備えた装備体系で臨んでいる。
また上記のドイツ製戦車以外にも、チェコから接収した35(t)戦車や38(t)戦車を合わせて300輌以上配備しており、
これらは37mm砲を搭載している為、チェコ戦車もドイツ軍にとって大きな戦力として配備された。




・英仏連合軍の方が装甲戦力に優れていた

対する英仏連合軍の配備戦車は、種類が多いので戦車区分ごとにまとめると、

名称戦車区分配備数
ルノーFT・AMR35戦車等軽戦車764輌
ルノーR35・ソミュア戦車等中戦車2215輌
ルノーB1・マチルダ戦車等重戦車400輌

などで3500輌近くを数えた。
ドイツ軍で言うとI号・II号戦車が軽戦車に相当し、III号・IV号戦車が中戦車に相当する。
さらに未だドイツ軍には配備されていない重戦車までもが英仏連合軍には存在した。
その上にベルギーやオランダ軍の戦車も存在するので、
つまるところ戦車戦力比だけで言えば、
連合軍はドイツ軍よりも質量ともに優っていたといえる。


・アラスの戦い

とりわけ5月21日に生起したアラスの戦いに於いてドイツ戦車部隊は苦しめられた。
フランス内陸部を進撃中のエルヴィン・ロンメル将軍の第7装甲師団が英戦車部隊から奇襲攻撃を受け、
攻撃をかける74輌の英戦車部隊の中にはマチルダII戦車の姿があった。

マチルダII戦車の正面装甲厚は75mmで、
当時の水準から言うと抜きん出た重装甲であり、
ドイツ第7装甲師団が準備していたあらゆる対戦車砲を物ともしなかった。
III号戦車の37mm砲では至近距離から背面を撃つことでしか貫徹できなかった。
IV号戦車の75mm砲も口径は大きいが榴弾用の大口径であり、
初速が遅い短砲身型の為に貫徹力はIII号戦車よりも低かった。
当時のドイツ軍内ではIII号が対戦車用の主力戦車、IV号が歩兵支援戦車だったのである。

この規格外の装甲に対してロンメル将軍は、急遽88mm高射砲を並べての火線を構築。
88mm高射砲は高々度の爆撃機に対抗するために高初速・大口径であり、
またスペイン内戦に於いてこの高射砲が敵戦車にも有効打となる戦訓を既に得ていたので、
それに倣い88mmでマチルダIIを撃退したのである。


しかし戦車同士で比べた場合の性能で劣っていることは
この事例を見ても確かだった。


・西部戦線の結果

連合軍の装甲戦力はドイツ軍よりも優越していた。
しかしこの戦いもポーランド戦役のようにわずか1ヶ月強で、
ドイツがパリを占領しフランスを降伏させイギリスをドーバー海峡へ追い落とすこととなった。
要因はいくつかあるが、その中でも戦車がこの勝利の主役となった。

フランスは今回の戦争も第一次世界大戦のように陣地を構築しての睨み合いになると踏んでいた。
ジリジリと陣地線を押したり引いたりして、砲撃や戦車で支援して歩兵を突撃させるような。
だからマジノ線という巨大な要塞線を築いたし、フランスの発想はあくまでも防衛的であった。

それ故に戦車運用も前大戦の延長線上にあった。
歩兵部隊の中に戦車を配備し、散りばめ、満遍なく配備した。
フランス軍人の中にはドイツのハインツ・グデーリアン将軍のように先鋭的な視点を持つ者もおり、
そういった者は戦車の集中運用を主張したが、それは機動戦の為であり攻勢的な姿勢と見られた。

国民も軍人も守勢的姿勢を持つ者にこそ賛同したのは、
前大戦で人口をすり減らした苦い思い出があったことと、
根強い厭戦感情が影響しているだろう。




・電撃戦とは

対するドイツ軍の戦車戦術の原則は集中運用だった。
戦車は戦車で固め、それに追従する歩兵部隊も自動車化され、
徒歩で行軍する歩兵や牽引される砲と、戦車を混ぜこぜにすることを拒んだ。
そうすることで戦車部隊はその快速さを十分に活かせた。

次の特徴として無線器の完全装備化が挙げられる。
これを当時実現したのはドイツ戦車部隊ぐらいだった。
戦車と自動車のみの編成で快速を活かし突破するということは、
友軍戦線から孤立するということと同義である。
そんな中でも部隊間連携をとれるように無線を装備し、統率を維持していた。

現場指揮官への権限委譲も革新的だった。
かつてない機動戦のさなかでは、戦況は刻一刻と変化する。
特に孤立している中で上級指揮官からの指示を待っているとなおさら状況が遅れていく。
ドイツ軍は十分な機動戦を行うにあたって、現場指揮官に大幅な判断権を与えていた。
これにより前線で戦う戦車部隊は、自らの機動力を損なうことなく、
現場の視点と判断のみで縦横無尽に暴れまわることができた。
これがなければ無線化も十分には活かせなかったろう。

近接航空支援の活用も欠かせなかった。
機動戦に於いて戦車部隊が快速を発揮すると砲兵を置き去りにしてしまい、
十分な火力支援が得られなかった。
それを補うのが爆撃機の存在で、ドイツ軍は前線からの要請に応じて、
爆撃機が十分に近接航空支援ができる体制を構築していた。
これにより強固な抵抗に際し砲兵の支援がなくても、
"空の砲兵"である爆撃機が前面敵部隊を打撃し、
戦車部隊が進撃することができた。


上記の特徴が合わさり、目標地点までの一点突破を旨としたドイツ軍は、
戦車部隊がフランス前線を突破し、後背地を自由に荒らし回ることができた。

フランス軍は前大戦のような膠着戦を想定していたので、機動戦に追いつくことができなかった。
戦車は分散配備されていたので、戦力を集中して襲来するドイツ戦車部隊に対抗することもできなかった。
前線を突破されても、あくまでも司令部からの指示に頼る体制であった為、
司令部からの指示を携えた伝令が到着する頃には状況がまるで変化していた。
無線機も十分でなかった為に、前線が突破された報が回ると、
あちらこちらでドイツ兵を見たという報告が上がり恐慌状態に陥った。

フランス軍前線部隊は、物理的にも精神的にも、"置き去り"にされた結果、
組織的行動が不能に陥り、実際には大した損害がなくても、集団投降せざるを得ない状況が発生した。


ドイツ軍の電撃戦とは、敵軍部隊を物理的に破壊する思想ではない。
一点突破によって戦線の背後を荒らし回り、前線司令部や補給施設など中枢部を破壊して回り、
その効果として情報・連絡や補給を遮断し、少数部隊で多数の敵軍部隊をソフト面で
機能不全に陥らせ降伏に至らせるドクトリンである。

突破した戦車部隊が敵部隊後方に迂回・包囲し、
友軍部隊と連携し殲滅する作戦もしばしば見られるが、
そういった包囲殲滅戦は厳密には電撃戦とは区別される。


1940年の西部戦線では真の電撃戦が最大限に発揮され、史上稀に見る大勝利に繋がった。
またこのドイツ軍の電撃戦は、当時画期的であるだけではなく、現代の戦闘教義にも通じており、
戦車の歴史を語る上では欠かすことができない事柄である。

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コメント ( 4 )  軍事ネタ / 2016-03-25 19:59:51






League of Legendstoppoと1on1でのレーン戦練習。
レーン戦での戦況次第で、
対面敵チャンピオンとレベル差や装備差がついたりするので、
序盤の主導権を掌握する為には必要な技術なのだ。
人知れずこんなことやってる俺たち意識高い・・・。


さて、そんな俺たちによくろるを教えてくれるのは、
SF時代からブログを読んでくれているというekaboさんだが、
すごく教え上手でほめ上手、さらに穏やかで声も癒し系なので俺たちは先生と呼んでいる。

そんなekabo先生の授業はいつもタメになるので大助かりなのだが、
ひとつだけ気になることがある。
それは・・・たまに先生の喋る言葉がルー語に聞こえるということ。
むしろそれにしか聞こえない時すらある。

というのも、ろるは専門用語が多い。
最初はマジでみんなの喋る言葉が意味不明だった。(今も半分以上は不明のままである)
シーエスがどうのイニシエイトがどうのガンクがどうのバーストがどうの。
2chスレを見ても同様で、ポークするとかローミングとかインベイドするとか
おまえらそれ日本語で言ったほうが短くてわかりやすいんじゃないのってところで
カタカナ語を並べられるとなんか意識高い系みたいに思えたりする。


ekabo 「yukkyさんならキャリーできますよ」

きゃりー?
いきなりそんなこと言われても、俺に思いつくのは、
きゃりーぱみゅぱみゅエアークラフト・キャリアー(航空母艦)しかないが・・・
話の流れ的におそらくぱみゅぱみゅの方だろう。

きっと"あまり似てないけど特徴は捉えてる"と身内で定評のある、
俺のモノマネをekaboさんは所望しているに違いない。
そういうことならここでお得意芸を披露することにやぶさかではない。

「おう、任せろ!」と威勢よく返事し、
今にも伝家の宝刀を抜こうとしている俺に対して遮るように、
ekaboさんが「今なんのことかわからずに返事したでしょw」とか言ってくる。

どうやらキャリーとは、ぱみゅぱみゅすることではなく、
チームメイトを引っ張ることを言うらしい。
なんだよ、だったら最初からそう言えよ!
いちいちエグザイルみたいな用語使うんじゃねーよ!!


しかしekabo先生はたまにルー語を使うという悪い癖がある以外は、
やっぱり穏やかだし、時にはイラ立ってる野良のチームメイトを諌めたりするなど、
その人柄からにじみ出るムードメーカーとして、やはり先生と呼ぶに相応しい人物なのだ。


そんなekabo先生に対して、対極にいる先生もいる。
アメリカ人のアレンだ。
「ろる教えますよ〜」と言って誘ってくれるのは良いものの・・・

「なんでそんなアイテム買ってるの?wwwwwwなにそれ?wwww」
「その装備チョイスは何狙いなの?wwww」


と罵倒する時だけやたら流暢な日本語で初心者を嘲ってくる。
劣勢なときに変な動きをしてると「なにしてるの?(怒)」と怒ってきたりも。
たまにイラ立ちつつもそれを隠しながら表面上穏やかに励ましてくるekabo先生とは、
まるっきり逆のスタイルである。
日本とアメリカの国民性の違いだろうか。

あげくにアドバイスをもらおうとすると、
「・・・あ〜、日本語でなんて言うのかわからない」
とか言いながら英語で喋り出す始末
ごめん、わからない、全然わからないよ!
スピーキンイングリッシュじゃ、教えられるという肝心な目的が達成できてないよ!!
せめてekabo先生のようにルー語ならともかく、ネイティブイングリッシュは無理!
・・・俺はこの人を先生を呼ぶべきなのだろうか・・・。



アレン先生、なんかケンカしたらしい。
俺はまだよく知らないけど、噂には聞いたことがある。
ろるは上級ランク同士の戦いになると味方とケンカになったりすることが多いらしい。
たまにこういう報告してくるとこが可愛らしい。
しかしケンカできるなんて、アレンは日本語上手だよなー。

へたするとアフリカ出身のImoutup辺りより上手いのかもしれん。
彼はケンカになるとカタコトで「オマエ コロス デテイケ」以外言わなくなるからな。


でもアレン、「なんか相手の日本語おかしかった」とのこと。
・・・アメリカ人に日本語おかしいって言われる日本人、
俺もぜひ話してみたいもんだ。






前回記事 からの続き。
戦車の歴史について、第三弾。




・『白の場合』

1939年9月1日、ファール・ヴァイス(白の場合)作戦に基づきドイツ軍がポーランド領へ侵攻開始、
第二次世界大戦が始まった。
この時のドイツ軍の戦車戦力は、装甲師団が7個と軽装甲師団が4個で、
戦車の保有合計数は総計3466輌。
その全てがポーランド戦線に投入された。
しかしその戦車の内、対戦車能力を有する戦車はわずかに過ぎなかった。
内訳としては以下である。

名称主武装配備数
I号戦車7.92mm機関銃1445輌
II号戦車20mm機関砲1223輌
III号戦車37mm砲98輌
IV号戦車75mm砲211輌

この他にはチェコから接収した軽戦車や、対戦車能力を有しない指揮戦車などが含まれる。
そして対戦車砲を有したIII号やIV号戦車は、全体の1割にも満たない。
スペイン内戦で対戦車能力の必要性が認識されたといえど、
この時はまだまだ生産が間に合っていなく、
WWI型設計思想の豆戦車であるI号やII号戦車が数の上で主力であったのだ。
しかしポーランド戦役ではこれでも十分な戦力だった。




ポーランド軍の配備戦車は432輌しかなく、
それもほとんどはドイツ軍のI号戦車に相当する豆戦車であったので。
ポーランド軍は歩兵36個師団、騎兵10個師団に対し、戦車大隊8個と、
「騎兵重視・戦車軽視」ともいうべき中世然とした装備体系だったのだ。

ポーランド軍騎兵部隊は"フサリア"と呼ばれ、
中世から近世まで欧州随一の騎兵部隊としての伝統も実績も申し分なかった。
その高い練度と機動力、勇猛さは1919年のポーランド・ソ連戦争でも発揮され、
軍上層部内に近代戦でも騎兵は有効であるという遺産を残した。

保守的なポーランド軍上層部は、新鋭兵器である戦車の可能性に懐疑的であり、
高コストでよくわからない兵器を揃えるよりは、
長年の運用実績がある騎兵に頼るのが手堅いと信じたのだ。


ポーランド戦役に於ける投入兵力自体はポーランド軍110万人に対してドイツ軍80万人と数的優勢であったものの、
爆撃機や戦車部隊、無線機なども活用した当時としては先進的な機械化を遂げているドイツ軍と、
機械戦力を軽視し、また工業力も十分ではなかったポーランド軍では、数の差以上の質的装備差が生まれていた。

このようなポーランド軍を相手取るにあたり、
ドイツ軍戦車の対戦車砲搭載率はさほど問題ではなく、
むしろ多数の歩兵や騎兵を相手取るには機関銃や機関砲のほうが都合が良かった。
結果的にドイツ軍はわずか約1ヶ月という劇的な速度でポーランドを下した。


ドイツ軍の電撃的なポーランド攻略は、自動車は騎兵を代替することを実証した。
そしてスペイン内戦と同じく数々の実戦結果が得られたが、最も大きな成果は、
ハインツ・グデーリアン将軍の機動戦思想がドイツ将兵に戦果を以て理解されたことである。

ドイツの戦車部隊も自動車に乗った歩兵部隊も、グデーリアンの機動戦がわからなかった。
しかし実際にポーランド戦役を戦っていく中で、偵察の為や地形によって立ち往生するたびに、
グデーリアン将軍の怒号が飛び、無理やり動かされていくことが頻発した。
それにつれて、今までこのような戦いを経験したことがない将兵たちも、
自身の機動力が敵軍部隊に精神的動揺を招き、
混乱させ降伏に至らせることを真に理解していった。


機動戦を唱えた将軍も、全く新しい戦術を与えられた兵隊たちも、
圧倒的勝利と戦果によって、機動戦に確証と自信を抱くことになったのだ。
このことは、次の戦役でさらに大きな成果へと結実する。


続き 戦車の歴史(4) 〜 電撃戦 〜 


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コメント ( 3 )  軍事ネタ / 2016-03-18 02:19:39




数日前のこと。

「大阪の人って晩ごはんにたこやき食べるの?」
ってかみーゆくんから小バカにされながらLeague of Legendsをプレイしていると、(ちなみに大阪では主食たこやきは有り得ます)
ブログ読者から「一緒に遊びましょう!」と声を掛けられたので参加してもらうことに。
これでちょうど5人目なのでフルパーティだね。
ひま猫さんという。

初めて絡む人なのでドキドキ、と思ってると、
Skypeに来るなり開口一番・・・


「ゆっきぃさんお久しぶりです」

まあ、さほど珍しいことではない。
俺が初対面だと思っていても、相手からは違ったりする。
これはひとえに俺が数えきれないぐらい色々なゲームで活動してきたことと、
自身の記憶力があまり良くないことに起因する。(多分記憶リソースのほとんどを軍事関連で消費)
よくあることすぎてもはや気まずくもなんともない。

こういうとき、私yukkyはどうするか、


「あ〜、おー、どもども、お久しぶりですー。お元気でしたか?」

・・・まあ、ごくありきたりな反応である。
とりあえず覚えてるふりをして様子を窺う作戦だ。
たぶん同じ状況に陥った人の大部分は同じ作戦を採るのではないだろうか。

するとひま猫さんが、


「いや〜、10年前が懐かしいっすねぇw」

とか言ってて、10年前??なんの話だ、なんでいきなり??
あ、久しぶりなことを大げさに言う、面白くないギャグなのかな?とか思ってると、

「あ、UO時代のことです」


・・・。



ええええええええええええええええええええええええええええええええ

UO時代の知り合いかよ!!!



びっくりした。
その後も話を聞いてみると、UO時代に俺のギルドに所属していたこと。
そのギルドは悪名高いKoDoKuではなく、このブログ開設後に設立したPartizanなことが判明。

うわああああー懐かしい!
だってUOでのパルチ設立って、2006年だぜ!?
まさに10年前じゃん!!!
 → パルチザン活動報告
俺がスペシャルフォースでレジェンドになる以前なんだぜ!!(過去の栄光)

うわー、これはびっくらこいた。
当時から付き合いがずっと続いてるメンバーとかはともかく、
まさかいまさら10年ぶりとか言ってくる人がいるとは。
いやあ、UO時代のパルチはたくさんのメンバーがいたからなあ・・・。


まあパルチって名前自体に懐かしみはないよね。
UOで設立後は、同じギルド名を、パンドラサーガ、AION、TERA、黒い砂漠などのMMORPGでずっと使ってきた。
パルチザンは現実の軍事用語で言うと民衆によるレジスタンス組織のことなので、
多数の人間を統率して戦うという意味でずっと使ってます。
つまりMMORPGでパルチのギルド名を使うときは、
「たくさんのメンバーを集める」という意思表示。

CoD、Chivalry、Rust、Life is Feudalなど、
FPSで活動するときはKoDoKuって名前を使うことが多い。
いずれにせよギルド名、10年前からずっと変わってないからなんだか変な感じ。


・・・しかしまあ、10年前の、UO時代の俺を知ってるってのは、あれですよ。
ある意味、黒歴史を掘り返される気分ですよ。
このブログ自体にUO記事が残ってるから、それを読んだだけの人はまあともかく、
当時の俺を生で知ってるってのは、なかなかの威力ですよ。
詐欺師と罵られPKと蔑まれ珍獣と呼ばれ、敵を殺すたびに「雑魚wwwwうぇうぇwwww」とか言ってた時ですよ。
若かったからなあ・・・。
今の俺が素でそんなこと言ってたら、Imoutup辺りのメンバーとかもさすがにドン引きじゃん。
それをやってた時代だし、そもそも名前からして今はyukkyだけど当時はDancho-だし。
なんなんだよDancho-って!!(怒)


だんちょという殺し屋(1)
だんちょという殺し屋(2)
このへんのUO記事とか今読み返すと普通に恥ずかしいし。
当時のUO記事なんて、振り返って、ああ痛かったなあと思えるよう、自分への戒めの為に残してるようなもんだ。
他にも色々詐欺ったり殺したり、ギルドを潰したりイベントを荒らしたり、
yukkyのイタイ時代が読めるのは独りで歩いてくブログだけ!!
 イタイ時代のUOカテゴリ → UO(旧)


話は戻り、ひま猫さんのUO時代のキャラ名を聞くと、「忘れてしまった」らしい。
そうなるとメンバーは多かったし、ほとんど名前も覚えてないので誰だったか手がかりがないが、
当時の作戦の話をすると「懐かしい!」ってなったので確かに所属していた人だ。
そしてひとつのヒントがあるらしい。


「あ、そういえば僕、当時のパルチメンバーのひとりと結婚しましたよw」

・・・・・。

えええええええええええええええええええええええええええええええ
当時のパルチメンバーの女子って、だれだよ!!
みりちんか?せしるか?うさか?みみか?りなか?もしやぴっちゃん??
・・・なぜか女子メンバーの名前となるといきなりずらずら思い出せてしまうな。
不思議だ。

俺が桜のカリスマだったおかげで、好き勝手に暴れて他人に迷惑をかけることというギルド活動趣旨に反して女子メンバーそこそこいたよね。
っていうか、あんな他ギルドと戦争したりイベントを荒らしたりして、
シャード中からメチャクチャにヘイト高まりまくったギルド活動の最中に、
そんな色恋沙汰が入り込む余地あったのかよっっ!!!
そっちにびっくりだよ!!!

・・・でもなんで、その結婚した女子は、俺とじゃなくて猫さんとなんだろう?
カリスマだったのは俺なのに?
あ、照れ屋さんだから近寄りがたかったのかな?
謎は深まるばかりである。


そこでショックなのは、10年前のギルドメンバー同士は結婚して今も一緒に住んでいるそうなのに、
俺自身の話となると去年にクランメンバーと同棲して秒速で破局してることである。  totoさん襲撃事件
・・・なんなんだ、この差は!!


あー、なんかもう書いてる内に、
その日のろるプレイがどうだったかとか、
どうでもよくなってきた。




ろるでめっちゃ強くなって有名になってここを一大有名ブログにして、
俺だってゲーム世界でモテモテになってやるんだ!!
そんでツイッターとかでモテて、ネトカノとか作って公衆の面前でいちゃいちゃしたいんだ!!
ついでに歌ってみたとかも上げたりしたいんだ・・・。


・・・ろる日記なのに全然ゲームのこと書いてないけど、
よし、ろるがんばろう。






まだまだ楽しくプレイしています、League of Legends
初心者なだけに毎日覚えることが多く、
死にまくって足を引っ張ることが多いが、
それだけに些細なことでも上達が実感できて楽しい。


ゲーム内でも出会った人がブログ読者なのか、
「yukkyさんはどこに行きます?」とか聞かれて、
嬉しいやらやりにくいやら。
ひとりでプレイしてる時はけっこういい加減なことをしてることも多いので、
なんか期待はずれな動きはできないような気分になる。
まあ初心者なのでそれもまだまだ難しいんだけどね!

あと「yukkyさんはCSが上手い、始めたばかりとは思えない」と言われたり。
確かに俺はCSが得意なのかも知れないが、
しかしCSってなんのこっちゃ。
LOL界には専門用語が多い。
こっちの業界でCSって言ったらCounter Strikeしかねーんだよ!!




たまによくわからない絡みもされるけど。
女子高生か女子大生かOLなことに一縷の望みをかけて求婚に応じるも、
その後の展開を見る限りどうやら屈強なジャイアン系男子だ。
ちくしょうが。


また、最近はLOL内で日本語が話せる中国人と仲良くなり、
もうすぐ日本に留学に来るらしいが、
仲良くなって別ゲーにも誘えるように企んでる。

だってこの人を引き入れたら、アメリカ人のアレン、アフリカ人のImoutup、そしてこの中国人と、
英語・スワヒリ語・中国語のネイティブを囲い込めることになる。
FPSのSquadでは俺の指揮をアレンが英語圏の分隊員に同時通訳してくれてるが、
中国人もけっこう多いので、日本語が話せる中国人を探していたところだったのだ。
俺の言葉が英語と中国語で同時通訳されるとか、けっこうすごい絵面になるぞ。
ふふふ、色々な言語圏の話者を確保できれば、様々なゲームでの活動の幅が広がるに違いない。

日中米連合軍、結成と。
うちのクランは人種のサラダボウルや!!




toppoさんに勉強動画を教えてもらって知識研修。
最近はようやくレーンごとの性質の違いや
チャンピオンの役割について覚え始めてきた。

しかし「ばんごはんみながらたべてみる」って。
試合中に話しかけられたので焦ったのだ。

バーの世界ではポピュラーなカクテルにマティーニがある。
マティーニはジンとベルモットを混ぜてオリーブを入れた度数の高い酒だ。
作る際、混合するベルモットの量を少なくすればするほど、
ジンの比率が高まってドライかつ辛口なマティーニになるのだが、
最高に辛口なレシピでは、ベルモットのボトルを見ながらジンを飲むというのがある。

素人からすると、ちょっと待てィニ(爆)、どこがカクテルだよ、ただのストレート・ジンだろと思いがちだが、
このいかにもバカらしいレシピにはチャーチル・スタイルという立派な名前が付いているのだ。
(英国首相のウィンストン・チャーチルが好んだらしい)

ちなみに俺がバーテンダーしていた時には、(yukkyの貴重なリアル情報ですよ)
ウィスキーには水を一滴でも入れれば味が変わる、という客は理解できるからいいが、
水を見つめながらウィスキーを飲むのが一番美味い、という客もいて、
「ああこいつきもいな、バカなのかな」と感じた思い出もある。
水入れたら良いのに。

まあ「ばんごはんみながらたべる」ってのはそれに通じるものがあるよね。
と、どうでもいい逸話が思い浮かんだ、というだけの話。




Civマルチなどで一緒に遊んでるカミーユくんと、ブログから連絡くれたekaboさん。
この2人が長年のLOL経験者だということで、色々教えてもらいながらプレイすることに。
俺の他にtoppo, motokoが加わり5人フルパーティに。

やっぱり5人で連携とると楽しいね。
初心者組が思いっきり足を引っ張ったけど、
少しだけ立ち回りや戦術を覚えた気がする。


特にekaboさんの知将っぷりがすごい。
的確な指揮でみんなを動かし勝利に誘導する。

もちろんゲーム経験による知識・定石から推測が成り立つのだろうが、
「今からそこ隠れてる敵が出てくるので引きましょう」
みたいな予言めいた指揮をバシバシ的中させる上に、
「そこまで次の一手を考えて動くのか!」と感嘆させられることも多くて、
すげーデスノートの登場人物みたいとか思ってしまった。

俺のゲーム仲間で軍師キャラといえばMareちゃんだと思ってたが、
ekaboさんも相当な観察眼を持っているし、
しかも声がtoppoよりかわいいので、(かみーゆ談)
これはもう相当な人材ですよ。
彼の冴え渡る頭脳戦っぷりを見るや、
Civをやらせると相当な外交をするであろう。

Civ6が出たあたりでぜひとも混ぜてプレイしたいものである。
そしてマルチプレイレポ書きたい。




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