四季彩日記

英国暮らしを経て、日本の美を再発見

エジプトの旅 終章

2010-01-28 07:38:06 | Weblog

エジプト旅行をふり返ってみると、
肝心なところが、すべて撮影禁止であったことに気付きます。
エジプト政府の方針ですので、しかたありません。

先日、大英博物館に行ってみました。
もちろん「スフィンクスの髭」を探しにいったのですが、
それらしきものの展示はありませんでした。
収蔵庫に保管されているのでしょう。

エジプト人が「泥棒」と言ったこの「髭」のことを、
(「ギザのピラミッド&スフィンクス」参照)
イギリス人に話してみました。
彼女曰く、「スフィンクスの髭については、よく話題になるけれど、
あれは、彼らが売ったのよ」

そして、「あなたはどう思う?」と、聞かれました。

古代エジプトの文化。その奥深さに触れることができた、旅でした。

(写真は、ルクソールの港近くのホテルの庭)


{1ヶ月ほどブログをお休みいたします}

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エジプト ルクソールの街

2010-01-27 07:06:22 | Weblog

ルクソールのナイル川西岸にある「王家の谷」は、
テーベ山の赤茶けた岩山の谷筋に、
岩を削って造られた、新王国時代のファラオ等の墓地です。
その数60基余り。
特に略奪から逃れられたツタンカーメンの墓では、
ファラオのミイラや装飾品、そして壁画などを見る事ができました。
現在10基余りが公開されています。

残念なことに、「王家の谷」はすべて、撮影禁止でした。

一番上の写真はルクソールの近郊。
サトウキビの生産が盛んな地です。

そして、馬車で街をゆく観光客。

路地のスーク(市場)を覘いてみました。
樽に入っているのは香辛料。
パエリアを作るときに使うサフランも安価だったので、
ためらわず、多めに入手。

街角で、おじさんたちが吸っていた水パイプ。
その店もこんなところにありました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ルクソール ハトシェプスト女王葬祭殿

2010-01-26 00:09:38 | Weblog

ナイル川の東岸に大神殿があるのに対し、
西岸は、あの世となる墓所の地。

ひと際モダンな建造物である葬祭殿は、紀元前1500年ごろ、
エジプト初の女王・ハトシェプストが造営したものです。
髭を付けて男装していた女王は、
芸術的なものを擁護することに熱心であった、といわれています。

この葬祭殿は、後に、キリスト教の修道院として利用されていたため、
破壊から免れたそうです。
美しい彩色の壁画が、多く遺されています。

上の写真は星を散りばめた天井。
下の動物は、ジャッカル(または犬)の頭をもった「アヌビス神」。
冥界の神で、ミイラ作りにも関係しています。
ジャッカルが墓を暴くことのないよう、神にしてしまった(諸説あり)
・・という話を聞きました。

神殿や墓の壁画には、動物や鳥の頭を持った、さまざまな神が描かれており、
見ていて愉しいものです。
古代エジプト人の発想の豊かさを感じずにはおられません。

下の写真は、葬祭殿のからの眺望。

1997年、観光客等60人余りが犠牲になった銃撃事件は
このハトシェプスト女王葬祭殿で、起こりました。
犠牲者の方々のご冥福をお祈りいたします。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エジプト ルクソール神殿

2010-01-25 01:14:20 | Weblog

カルナック神殿の中のアムン大神殿の付属施設として建立されたのが、
ルクソール神殿です。
この神殿も何人かのファラオ(王)によって造営されました。

ラムセス2世の一対の大坐像があるところが第1塔門。
かつてオベリスク(塔)は2本ありましたが、
対になっていた片方は、
なんとパリのコンコルド広場にあるということです。

ラムセス2世(推定・紀元前1314 ~紀元前1224)は、
エジプト黄金期の膨大な富を背景に、
エジプトの新王国の中でも
最も多くの巨大建造物を残したファラオとして
知られています。
天寿を全うして、100人余の子どもがいたとか。
子どもの数には諸説あるようですが、
いずれにしても、偉業を成し遂げたファラオであることは確かです。

カルナック神殿と、ルクソール神殿は、
かつては、スフィンクスが両脇に並ぶ参道で結ばれていたということです。
現在でも、その一部が神殿入り口に見られます。

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エジプト ルクソールのカルナック神殿

2010-01-18 07:01:40 | Weblog

ルクソールのカルナック神殿に入ると、
その巨大な像や列柱に圧倒されます。
何だか自分達が小人になったような感覚になる建造物群。



カルナック神殿は何人ものファラオ(王)により寄進された、
祭殿や神像からなり、
エジプトの黄金時代をかい間みることができます。

中でも太陽神ラーと合体したアムン神を祭る、
アムン神殿はエジプト最大規模の遺跡。

ピラミッドの時代からおよそ1000年を下り、
B.C.2000年の頃はテーベ(現在のルクソール)が首都となました。
この神殿の造営が始まったのはB.C.1500年頃からと言われています。


古代エジプト人は、古くから文字を使った人々でした。
この象形文字の数々は、少し意味がわかるようになると、面白く眺められます。
上の写真、円の下に十字のある模様は、
「永遠の命」を表現しているものだということです。

神殿内のあちらこちらで、
まだ発掘途中の遺跡群が見られます。

古代テーベの街は、後にローマ軍によって破壊され、
B.C.27年には大地震に見舞われ(諸説あり)、
建築物は大きな被害を被ったとも言われています。
瓦礫の上に、また民家が建てられて、しだいに街は姿を消していきました。

現在では、カルナックをはじめとする、いくつかの神殿や葬祭殿、そして墓にのみ
当時の面影をみることができます。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エジプト ナイル川

2010-01-10 06:58:08 | Weblog


ナイル川中流域にあるルクソールは
カイロからナイル川に沿って南へ600kmほど。
ここは新王国時代の巨大な遺跡群で知られますが、
ナイルもこのあたりから、美しい流れになります。

この地は、ヨーロッパ人の避寒地として、
また遺跡見学の観光地として賑わっています。
ナイル川沿いには、高級ホテルが建ち並び、
ナイル川クルーズを楽しむ旅行者も。

しかし、あちらこちらで、
銃をもつ警官が、観光客の護衛をしている姿が見られ、
これもエジプトの一面なのです。

白い帆掛け舟はファルーカと呼ばれ、
これに乗って、ナイル川遊覧を体験。
30℃近い暑さの中で、ナイルを渡る風が心地よく感じられました。
(2009年 12 月26日)

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エジプト サッカーラの階段ピラミッド

2010-01-06 07:34:03 | Weblog

ギザの南、およそ10km。サッカーラにある階段ピラミッド。
ピラミッドにもいろいろな形があることを初めて知りました。
これは、ピラミッドらしき形をした建造物のもっとも初期のもの。
従って、ギザのピラミッドよりも建設は古く、
B.C.2650年ごろの建造と推定されています。
高さは60mほど。

上は、階段ピラミッドへの入り口。
ここには、ピラミッドを中心に、さまざまな葬祭殿や祭殿の遺跡があり、、
「ジョセル王のピラミッドコンプレックス」(複合建築)と呼ばれています。

カイロの市内に戻り、
エジプト考古学博物館へ。
残念なことに館内へのカメラの持ち込みは禁止されているので、
外観だけしかご覧いただけません。
ツタンカーメン王の黄金のマスクを始め、黄金の棺。立像や玉座、秘宝の数々。
それらが、実に美しい色合いで遺されていました。
もちろん、ラムセス2世など、ミイラの数々も展示されています。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エジプト ピラミッド& 西方砂漠

2010-01-04 01:19:44 | Weblog

近づくと、ピラミッドは岩の集積でした。

かつては、ピカピカの化粧石で全面が覆われていたそうですが、
それは13世紀に剥ぎ取られ、
カイロの街の建設やモスクの基礎に使われたということです。

直方体の岩で閉ざされているところが、元の入り口。
現在は、右下の人がいる辺りの盗掘用開口部から、中に入れます。
(フク王のピラミッド)

中には狭い回廊が続き、
高さ120cmのトンネルも登らなければならず、容易ではありません。
ようやく辿り着く広間(玄室)には石棺以外には何もなく、殺風景な空間でした。

ピラミッドには、謎の部分が多く残されていますが、
4500年ほど前の、古王国時代に造られたものが
最もスケールが大きく、その時代の王の勢力を物語っています。

駱駝に乗って砂漠を散策。
この辺りからは、西方(リビア)砂漠を一望します。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エジプト ギザのピラミッド&スフィンクス

2010-01-02 08:06:35 | Weblog

午前の早い時間に、ギザに着いた時には、
周囲は霧に包まれていていました。
霧は冬に多く発生するそうですが、
この靄は、霧だけでなく、細かな砂も影響をしており、
晴れていても遠方は常に霞んでいました。

昨日の記事に、スフィンクスの「髭」が大英博物館にあることを記しました。
このことに関して、地元のガイドさん曰く、
「泥棒」。
その言い方が適切かどうかは微妙なところですが、
現在、エジプト政府はこの髭の返還を交渉中です。

右側のピラミッドはフク王のピラミッド。
左のカフラー王のピラミッドと同様、B.C.2550年頃の建造です。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2010年がよい年になりますように

2010-01-01 08:03:55 | Weblog

2010年

あけましておめでとうございます!

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

クリスマス休暇にエジプトへ行ってきました。
古代遺跡の壮大さは、写真では表現しきれませんが、
まあ、しばらくお付き合いください。

カイロから西に13kmほどにあるギザにある、3大ピラミッドのひとつ、
カフラー王のピラミッドです。高さは143m。
高さ20mのスフィンクスは、
鼻が削られ、顎の長い髭も取られた姿。
この髭の一部が大英博物館にあるとのことなので、
展示されているのかどうか、確認に行ってみましょう。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする