「ライオンの庭」の回廊を歩いていて、ふと上を見上げると、
列柱のアーチ部分が、刳り貫いた飾りで覆われています。
アップにしてみると、お椀状のものの間に、
草花とみられる細工が施され、青の彩色も僅かに残っています。
かつてはカラフルなアーチであったのでしょう(写真上)。
下の写真は「二姉妹の間」の天井です。
鍾乳石飾りといわれている、このような装飾には、圧倒されっぱなしでした。
「ライオンの庭」の回廊を歩いていて、ふと上を見上げると、
列柱のアーチ部分が、刳り貫いた飾りで覆われています。
アップにしてみると、お椀状のものの間に、
草花とみられる細工が施され、青の彩色も僅かに残っています。
かつてはカラフルなアーチであったのでしょう(写真上)。
下の写真は「二姉妹の間」の天井です。
鍾乳石飾りといわれている、このような装飾には、圧倒されっぱなしでした。
「ライオンの中庭」です。
12頭のライオンが支える噴水が中心にあり、
それを囲んで142本の石柱が回廊をつくっています。
残念なことに、ライオンの姿は囲いの中。
修復工事中でした。
それでも、列柱の豪華さに、惚れ惚れと見とれてしまいました。
下の写真の床をご覧ください。
タイルの間の溝は、噴水へ通じる水路です。
「アラヤネスの中庭」(上)です。
これはどうなっているのか、写真でみると不思議ですが、
コマレス宮をくっきりと映す池。
そして、手前の噴水の水は、池にむかって常に流れ落ちています。
下の写真は城の外壁のあたりで勢いよく流れる小さな滝。
最後の写真は、アルハンブラを抱くシェラネバダ山脈です。
そうです、宮殿の水は、この山脈からの雪解け水を引き入れたものなのです。
水もまた計算された「美」のひとつ。
完璧なまでに宮殿を映し出す池が、それを物語っているように思われました。
壁に使われているモザイクタイルの色、配色、そしてその幾何学模様に惹かれて
ついついシャッターをきってしまいました。
おみやげ物屋さんで、いろいろなタイルを売っていましたが、
やっぱりこのようなものはありません。
漆喰に細工された精巧な模様の中には、
コーランなどが刻まれた、カリグラフィ-もあるそうですが、
これは(写真下)文字のように見えますね。
偶像崇拝が禁じられていたイスラム教の建造物は、このように
線や形、色で装飾がほどこされ、
カリグラフィーのように意味をもつものもありました。
透かし彫りのある窓からは、アルバイシン(地区)がが眺められます。
下は「黄金の間」の中庭。アーチの部分のアップが一番下の写真になります。
外から見れば、「堅固な城砦」そのものの宮殿。
ナスル朝時代の当時
その内部の「美」について知る人は、ごく僅かだったといわれます。
現在、アルハンブラ宮殿内では、写真撮影も認められています。
宮殿内を隈なく鑑賞できる、今という時代に、感謝せざるをえません。
これ以前にご案内した宮殿内はフリーゾンで
入場料無料で自由に出入りできる庭でしたが、
ここから、入場券が必要になり、しかも入場制限が行われています。
午後2時になり、いよいよナスル朝宮殿(王宮)へ入場。
でも王宮の入場口はどこなのか、探してしまうほど、地味なものでした。
(写真1枚目の右手のあたりから入る)
行列ができてなければ、見逃してしまったでしょう。
ところが、王宮へ足を踏み入れるやいなや、
そこは、華麗な幻想世界。
これまで、見たこともないような装飾の数々です。
一面の壁に刻まれた精緻な「アラベスク模様」、そしてカラフルな「モザイクタイル」。
心を奪われて、ただただ見入るばかりでした。
王宮の中にはかつては7つの宮殿があったといわれていますが、
現在は3つの宮殿が遺され、往時の王の暮らしを偲ぶことができます。
まずは、最初の鑑賞ルート「メスアール宮」です。
こちらは、ワインの門。
くぐると庭に入ることができます(2枚目の写真)。
テラスからは、川が流れる谷を隔てて、アルバイシン(地区の名)を眺望します。
ここは、アラブの統治下で発展した町で、
グラナダ旧市街の中でも最も古い地区だということです。
青空に映える白亜の家々が、まばゆいばかりでした。
グラナダは、イベリア半島最期のイスラム都市。
レコンキスタ(キリスト教徒によるイベリア半島再征服活動)
完了の地として知られています。
アルハンブラ宮殿は9世紀に建設が始まったといわれ、
14世紀にナスル朝宮殿(王宮)が完成。
この時代が王国の絶頂期で、その後、内紛により国力が衰え、
ついに(1492年)レコンキスタが敢行され、
宮殿はカトリックの女王の手に明け渡されました。
宮殿の内部に「滅びの美」を感じたのは、私だけではないと思います。
アルハンブラ宮殿への門のひとつ「裁きの門」。
門の中は、曲がり角のある暗いトンネルで、
まっすぐ通り抜けるわけにはいきません。
牢獄の扉と思われる壁もありました。
「裁きの門」の名の由来もこのあたりにあるのでしょう。
上の写真、壁龕の聖母マリア像(母子像)は
レコンキスタの後に掲げられたものだそうです。
ナスル朝宮殿への入場時間を待つ間、
フリーゾーン(無料で出入りできる)の庭を散策。
サンタ・マリア教会のブルーのブルーの屋根が青空に映えます。
石積みのがっしりした建物は、カルロス5世宮殿です。
これは、宮殿の敷地内にあっても、
14世紀半ばに完成したアルハンブラ宮殿とは異なった歴史をもつ宮殿で、
完成は18世紀とも、いまだ未完ともいわれています。
下はその中庭ですが、見た目にも、
その後に鑑賞したナスル朝宮殿とは、まったく異質なものでした。
もちろん、ナスル朝宮殿の方がはるかにすばらしい。
でも庭を歩くと、最も目立つのがこの建物なのですよね。
トレモリノスから列車でマラガへ(30分)。
マラガからはグラナダ行き特急バスに乗って、1時間50分ほど。
日帰りで、アルハンブラ宮殿を訪ねました。
上の写真はグラナダの街からアルハンブラバスに乗って丘を登った終点、
アルハンブラ宮殿の入り口です。
あらかじめ予約していた入場券を受け取り、
午後2時の入場時間までの間、フリーゾーンで過ごすことにしました。
城壁外側の遊歩道を歩きながら眺めると、
ほとんど要塞としか思えない、堅固なお城ですが、
宮殿の中には、外とはまったく異なった世界がありました。
なぜかネコの姿をよく見かけるこの町。
いや、コルドバのアルハンブラ宮殿でもネコが歩いていたので、
アンダルシア地方はネコの天国なのでしょうか。
海辺には黒ネコがいました。
毛並みもよいので、きっと飼い猫なのでしょう。
声をかけながら散歩を楽しみましたが、
ネコのトイレ臭が鼻につき、これには、ちょっと参りました。
たくさん飼われているにもかかわらず、
戸外では、一匹のネコとも出会わないロンドンとは
随分ちがった雰囲気です。
海辺には、魚介を食べさせるカフェレストランが点在。
夏になると、店の前で炭火焼きをして、
焼きたての魚をほおばることができるようです。
揚げたての小魚に、レモン汁を搾って、
カリカリっと食べると、これがおいしく、
お皿に山と盛られた唐揚げに、カロリーオーバーを気にしながらも、
ついつい手が出てしまいました。
どこからともなく漂ってくる、このオリーブオイルと魚の香ばしい匂い。
Costa del Sol はなかなかのグルメの地でした。
年末年始の気温は15℃~20℃くらい。
ところどころで、ブーゲンビリアやハイビスカスのお花が、
夏の名残のように咲いていました。
あと150㎞ほど西南へ進めば、
ジブラルタル海峡を挟んで、モロッコです。地理的条件から考えても、
地中海沿岸のなかでも暖かなところなのだと思います。
何分にもスペイン語がわからないので、
上の写真の門をくぐるべきかどうか、ちょっと迷いましたが、
行ってみると、花に囲まれた階段の遊歩道が海岸へ向かって下っていました。
「トレモリノスへ行く」と言ったら、
「ずいぶん British like ね・・」とイギリス人に言われました。
古くから欧米人のリゾート地として
発展してきた コスタ デル ソル の中心地は、
とくにイギリス人に人気があるようで、
彼らの別荘とおぼしきアパートメントが、海岸ぞいに多く見られます。
町中には、みやげ物や、カフェが並び、スペイン色満開!
リゾートホテルはスタイリッシュですが、
町はどこか田舎っぽくて、これがまたいいのです。
本年もよろしくお願いいたします。
12月30日から1月4日まで、
スペインの地中海岸(Costa del Sol )
のトレモリノスTorremolinosという町に滞在しておりました。
ロンドンから航空機で3時間弱。
到着地のマラガMalaga国際空港から、車で10分ほどのところです。
寒くて薄暗いロンドンから一転、
眩いばかりの陽ざしに、開放感がいっぱい。
2日間はお天気が悪くて残念でしたが、
たくさん写真を撮ってきましたので、
これからしばらくお付き合いください。