Harumichi Yuasa's Blog

明治大学専門職大学院ガバナンス研究科(公共政策大学院)教授・湯淺墾道のウェブサイトです

投票所入場券

2013年07月08日 | 選挙制度
 今回の参議院議員選挙を機会に、いわゆる投票ハガキ(投票所入場券)を、一人一枚郵送するのではなく、入場券を世帯別にまとめて封書により送付するように変更したという自治体がある。
 今回の選挙についていえば、神奈川県川崎市、千葉県流山市などで世帯ごとの封書による郵送方式に切り替わったようだ。
 http://www.city.kawasaki.jp/910/page/0000049075.html
 http://www.city.nagareyama.chiba.jp/information/78/412/012865.html
 変更の理由としては、期日前投票所において投票を行う場合に記入が義務づけられている宣誓書の記入を、一人一枚の投票所入場整理券に印刷しておき、あらかじめ記入して持参してもらうようにして、期日前投票所での投票時間の短縮と手続の簡便化を図るというようなものが多いようだ。ハガキでは宣誓書を印刷するスペースがないため、封書に切り替えたのであろう。
 宣誓書は、公職選挙法自体には定めはないが、公職選挙法施行令(昭和25年4月20日政令第89号)に宣誓書提出義務が定められている。
 
(期日前投票の事由に該当する旨の宣誓書)
第四十九条の八  選挙人は、法第四十八条の二第一項 の規定による投票をしようとする場合においては、同項 各号に掲げる事由のうち選挙の当日自らが該当すると見込まれる事由を申し立て、かつ、当該申立てが真正であることを誓う旨の宣誓書を提出しなければならない。

 そういえば福岡に住んでいたときは、投票所入場券は個人別にハガキで来ていた記憶がある。調べてみたところ、福岡市では選挙管理委員会の規程として「投票所入場整理券の様式等に関する規程」(平成5年7月1日選挙管理委員会規程第4号)という投票所入場整理券の書式を定める規程を制定していることがわかった。
 http://www.city.fukuoka.lg.jp/d1w_reiki/reiki_honbun/q003RG00000062.html
 福岡市の場合、この規程の「様式」で個人別のハガキとすることが定められているのである。書式を定めるためにわざわざ独立した規程を制定するのはきわめて珍しいようで、通常は「選挙事務取扱規程」とか、「公職選挙執行に関する規程」、「公職選挙管理執行規程」等を定め、その中で投票所入場整理券の様式を定めることが多いようである。
 いっぽう、私が住んでいる横浜市の場合、「公職選挙法、同施行令及び同法に基づく条例執行規程」(昭和38年3月15日市選管規程第2号)という規程はあるが、その中には特に投票所入場整理券の様式等に関する定めはない。特に条例や規程には様式の定めがないという市町村も、少なくないようだ。

 投票所入場券の交付の根拠となっているのは、公職選挙法施行令(昭和25年4月20日政令第89号)の31条である。この規定により、投票所入場券を交付することは、市町村選挙管理委員会の努力義務とされている。また、配布の方法については、特に定めがない。

(投票所入場券及び到着番号札の交付)
第三十一条  市町村の選挙管理委員会は、特別の事情がない限り、選挙の期日の公示又は告示の日以後できるだけ速やかに選挙人に投票所入場券を交付するように努めなければならない。
2  投票管理者は、投票所における事務の処理のために必要があると認める場合においては、投票所の入口において選挙人に到着番号札を交付することができる。

 昭和25年に公職選挙法施行令が制定されたときには、31条1項は次のように規定されていた。
 
(投票所入場券及び到着番号札の交付)
第三十一条  市町村の選挙管理委員会は、特別の事情がない限り、投票の期日の前日までに選挙人に投票所入場券を交付するように努めなければならない。
 
 制定当初の公職選挙法施行令では、意外なことに、整理券は、投票日の前日までに有権者の手元に届くようにすればよいとされていたのである。
 現在のような規定に改正されたのは、平成15年の公職選挙法施行令の一部を改正する政令(平成15年7月24日政令第317号)である。この改正は、公職選挙法の一部を改正する法律(平成15年6月11日法律第69号)をうけて行われたものである。このときの公職選挙法改正では、選挙期日前投票制度の導入(公職選挙法48条の2として新設)が大きな柱となっていた。
 それまでの不在者投票では、選挙権のない者の票を、開票前に取り除く必要があった。このため、有権者は、交付された投票用紙に記載し、投票用紙を内封筒に入れ、さらにその内封筒を外封筒に入れて外封筒に記名するという面倒な手続が必要であった。このため手続が面倒であり、有権者と自治体職員の双方から不評を買っていたという。この間の経緯については、嶋田暁文「制度変化のダイナミズム―公職選挙法改正による「期日前投票制度」導入をめぐって―」が参考になる。
 
 そのため期日前投票では、投票箱へ入れた時点で投票行為を完結させることとしている。公職選挙法44条では「選挙人は、選挙の当日、自ら投票所に行き、投票をしなければならない。」と規定しているが、48条の2は、「(前略)選挙人の投票については、第四十四条第一項の規定にかかわらず、当該選挙の期日の公示又は告示があつた日の翌日から選挙の期日の前日までの間、期日前投票所において、行わせることができる。 」としており、期日前投票は、それを行った時点で 投票を行ったことになるのである。
 しかし、この改正にともなって、期日前投票の利用者が増えることが予想されたが、期日前投票が選挙の期日の公示又は告示の翌日から行えるところから、なるべく早く有権者に投票所について周知する必要が生じた。投票日の前日に有権者の手元に届いたのでは、間に合わないからである。そこで投票所入場券も「選挙の期日の公示又は告示の日以後できるだけ速やかに」有権者の手元に届くように務めなければならないとされたわけであろう。

 ところで、冒頭に書いたハガキから封書への転換の傾向だが、それならば世帯別にまとめて送付するのではなく、個人別に封書で送付すれば良いのではないかという気もする。これは、やはり経費の節減であろうか。
 ところが、世帯別にまとめて1枚のハガキで交付している、という自治体も存在するのである。経費節減という意味からいえば、この方法が最も安く付くであろうが、1枚のハガキに同じ世帯の複数の有権者の入場券を印刷(連記)して郵送するというのは、大都市ではあまり聞かないようである。
 宮崎県日南市の場合、「選挙事務取扱規程」(平成21年3月30日選挙管理委員会訓令第2号)14条に規定があり、「令第31条の規定により交付する投票所入場券及び到着番号札は、別記様式第3号に準じ調製しなければならない。」としているが、様式第3号では、世帯の家族全員の入場券を1枚に印刷してあるので、有権者はそれを切り離して持参することになっている。
 https://www3.e-reikinet.jp/nichinan/d1w_reiki/421925200002000000MH/421925200002000000MH/421925200002000000MH_j.html#JUMP_SEQ_188
 同様の切り離し式は、金沢市などでも採用されているようだ。大分県別府市では、従来は「整理券は同じ世帯の3人分まで1通で郵送しており、従来は切り分けるのにはさみなどが必要だった。」とのことである。
 http://www.oita-press.co.jp/election/2009_125072786122.html
 驚くのは、大分県佐伯市の投票所入場整理券で、「投票所入場整理券は、同一世帯6人までを1枚のハガキの内側に印刷しています。」とのことである。
 http://www.city.saiki.oita.jp/senkan/pdf/koho1.pdf
 1枚のハガキに複数人の入場券を印刷すると、字も小さくなるし、自分の入場券を切り離して持参しなければならないというのは、家族全員で一緒に投票に行くことを勧めているようなものではないか。

 ところで、前述したように投票所入場券の交付は、市町村の努力義務にとどまるとされている。判例上も、法的義務ではないことが確認されており、市会議員選挙無効請求事件(大阪高判昭和28・5・28、行政事件裁判例集4巻5号1102頁)では、「投票所入場券を交付するかどうかは公選法施行令第三一条の規定により市町村の選挙管理委員会に委せられており、その配布の方法についても法令に規定するところがない」としている。
 ちなみにこの事件では、「旧隣組を利用し或いは小学校児童」が投票所入場券を配って歩いたという点が問題になっている。「寄宿舎在住の選挙人に対する入場券を一括して同寄宿舎舎監に配布を依頼した」ということもあったようだ。本件では、「仮に原告主張のように入場券が小学校六年生の児童によつて配布せられた事実があつたとしても、ただそれだけの事実で選挙の管理執行が規定に違反し選挙の自由公正を害するものということはできない。」とされているが、当初は、投票所入場券の配布の方法にも、それぞれの市町村の事情に応じていろいろなやり方があったことが窺われる。
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