goo blog サービス終了のお知らせ 

yoosanよしなしごとを綴る

つれづれなるままにパソコンに向かいて旅日記・斜読・よしなしごとを綴る

藤本著「ハプスブルクの宝剣」はマリア・テレジアをからめユダヤ人がオーストリア人エドゥアルトとして活躍する

2019年10月08日 | 斜読

book499 ハプスブルクの宝剣 上下 藤本ひとみ 文春文庫 1998 
2003年、ブダペスト・ウィーン・プラハ中欧三都巡りツアーに参加し、ウィーンの予習復習で、「フランツ・ヨーゼフ」(b068参照)、「ハプスブルクの実験」(b071参照)を読んだ。
 2015年には「名画で読み解くハプスブルク家12の物語」(b405参照)も読んだが、ヨーロッパ史を牽引したハプスブルク家についての理解はまだ不十分である。
 2019年9月、オーストリアツアーに参加し、ハプスブルクをタイトルにつけたこの本を往路便で読み始めた。飛行機は羽田午前1:20発、ウィーン6:00着なので、上巻半分も読まないうちに寝てしまった。上下巻を読み終えたのは帰国後ずいぶん経ってからになった。

 藤本ひとみ氏の本は初めてである。山内昌之氏は解説で、史実のなかに創作や想像の回路を通して歴史における帝国や民族の問題を展開していると、賛辞を贈っている。
 オーストリア人として生きようと決意したユダヤ人エリヤーフー(=のちにエドゥアルト)が、マリア・テレジア(1717-1780)、フランツ・シュテファン(1708-1765)と対するフリードリッヒ2世(1712-1786)、ルイ15世(1710-1774)の史実に織り込まれ、ずば抜けた力量を発揮していく物語は山内氏の賛辞のように見事である。
 しかし、エドゥアルトが命の恩人であるフランツに隠れ、フランツと結婚し子どもも生まれているマリア・テレジアと愛欲におぼれる挿話は、その当時は自由な恋愛が日常だったとしても、創作が行き過ぎていると思う。
 藤本氏はエドゥアルトとマリア・テレジアの秘めた愛憎を主要な織り糸にしようと構想したようだが、藤本氏の卓越した筆力ならば、二人の愛憎を除去してもエドゥアルトの活躍でハプスブルク家と周辺国の政争、戦闘を舞台にした帝国論、民族論は展開できるはずであろう。
 あるいは、藤本氏は史実では政争で類い希な力量を発揮したマリア・テレジアを異なった人物・・フランツに抱かれながらもエドゥアルトを夢見、その罪悪からユダヤ人エドゥアルトを排斥するマリア・テレジア・・として描きたかったのだろうか。

 ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺に象徴されるように、ヨーロッパでは古くからユダヤ人迫害が行われてきた。冒頭の「イエスの腰布」に始まり、随所でユダヤ人居住区の悲惨な暮らしが描かれ、マリア・テレジアを始めとする登場人物にユダヤ人蔑視を語らせている。
  主人公エリヤーフーは、1711年、劣悪な環境のフランクフルト・ユダヤ人居住区の大火のとき両替商を営むユダヤ人ロートシルトに拾われ、敬虔なユダヤ教徒として育ち、ヴェネツィアに留学して医学を修めた。
 エリヤーフーには親が決めた結婚相手がいた。留学から戻ったエリヤーフーは就職のため父に連れられ、元老議員ギュンダーローデ伯爵に挨拶に出かけたとき、市建築組合長フンクの一人娘アーデルハイトに惹かれる。
 二人の中は急速に接近するが、アーデルハイトには親が決めた婚約者がいた。
 婚約者であるカッセル方伯の嫡男モーリッツはエリヤーフーに決闘をを申し入れたが、エリヤーフーがモーリッツを撃ち倒す。
 怒ったカッセル方伯はエリヤーフーを拷問室に縛り付け、左目をえぐり出す。片目になったエリヤーフーがカッセル方伯に体当たりすると、カッセル方伯は持病の心臓発作を起こす。
 ちょうどそのとき、神聖ローマ皇帝カール6世に会いに行く途中のロートリンゲン公国フランツ・シュテファンがカッセル方伯家に滞在していた。
 フランツは墓地から掘り出した遺体を身代わりに、エリヤーフーを助ける。エリヤーフーはユダヤ人を捨て、ロートリンゲン家に仕えるエドゥアルト・オーソヴィルに生まれ変わる。
 ここまでが第1部である。藤本氏の目次は詳細で、物語の流れが想像しやすい。 第1部マインの黎明 第1章 イエスの腰布 第2章 ロスチャイルドの息子 第3章 男装の麗人 第4章 フンク家の屈辱 第5章 アルテ橋の悲恋 第6章 ユダヤの決別 第7章 ペーター墓地の決闘 第8章 ヘッセン・カッセル方伯の怨念 第9章 首途    

 神聖ローマ皇帝カール6世(1685-1740)には2人の王女がいたが、男子がいなかった。カール6世は、長女マリア・テレジアがハプスブルク家の君主となり領土を相続する新たな相続順位法を制定した。
 さかのぼってフランツ15才のとき、ベーメン王戴冠式でカール6世に会う。カール6世はフランツを気に入り、そばに置いて家族同様に暮らす。
 マリア・テレジアもフランツが好きになり、カール6世は二人を婚約させた。二人が結婚すればフランツは神聖ローマ帝国を手中にすることになる。
 ルイ15世は、フランスの安全を理由に、ロートリンゲン公国をフランスに譲渡するよう強要する。史実では、フランツは祖国をあきらめ、マリア・テレジアと結婚する。  
 フランツとともにウィーン入りしたエドゥアルトがマリア・テレジアと会い、二人は互いに熱い熱情を感じ合ってしまう・・これが藤本氏の織り込んだ創作で、物語の最後まで二人の愛憎が消えては現れ、現れては隠されていく・・。
 フランス・ルイ14世の元を離れたサヴォイア公子オイゲン(1663-1736)はハプスブルク家に仕え、オスマン軍を撃破する手柄を立てた将軍である。オイゲン公子はエドゥアルトの目の輝きを見て、50年前の私の目の輝きと感嘆する。
 そのころ、プロイセン王国は、ハプスブルク領内では小国だったがフリードリッヒ1世は富国強兵策を進め、8万人の常備軍を備えていた。オイゲン公子はその軍事力を警戒していた。
 ポーランド王位継承でフランス+スペイン連合軍との戦争が決定的になる。将軍オイゲンはエドゥアルトをフリードリッヒ王太子につかせ、密かに軍事力を調べるよう命令する。フリードリッヒとエドゥアルトは互いの魅力を感じあい、意気投合する。
 ネッカル河畔でフランス+スペイン連合軍との戦闘が始まる。フリードリッヒとともに参戦したエドゥアルトは、馬を狙われ落馬したフリードリッヒを助ける。さらにフランス兵に囲まれていたオイゲン公子を助けるが、敵の槍に刺されてしまう。
 命拾いしたエドゥアルトは、オイゲン公子から名刀ヘラクレスの御指を贈られ、カール6世からハプスブルク家の宝剣の名を授かる。
 この本のタイトルハプスブルク家の宝剣とはエドゥアルトの別称ということになる。
 戦線は、ネッカル河畔では勝利したが、ライン戦線でオーストリアは敗退、イタリア戦線も連合軍に押され、カール6世は和議に動く。
 ここまでが第2部で、まだ上巻の半分にもならない。 第2部ドナウの朝駆 第1章 結婚か祖国か 第2章 夢見る大公女テレーゼ 第3章 老将軍オイゲン 第4章 ライオン戦線出陣 第5章 シェーンブルン宮の純愛 第6章 ハイルブロンの陣 第7章 敵軍8万、友軍3万5千 第8章 ネッカル河の戦闘 第9章 ハプスブルクの宝剣 第10章 挑戦

 和議の結果、フランツはロートリンゲン公国を放棄し、代わりにトスカナ大公国領主となる。そのころのトスカナは荒廃していた。エドゥアルトはフランツのためにトスカナに向かい、再建策を草案する。
 ユダヤ人を憎みながらエドゥアルトを忘れられないマリア・テレジアが繰り替えし登場する。その一方、フランツとの婚礼が迫る。マリア・テレジアの相反する心理の描写は藤本氏の得意技だろうか、私には理解しがたいが・・。
 そのころハンガリーはハプスブルク家の支配下になり、ハプスブルク家に対する抵抗勢力が強力だった。ハンガリーは対トルコの最前線である。
 ハンガリーに乗り込んだエドゥアルトの果敢な生き方が受け入れられ、マジャール貴族が味方になる。マジャール貴族の愛人アンドラーシがエドゥアルトの恋人になる。
 第3部アルノの烈日 第1章 ポーランド戦争の余波 第2章 野望の火 第3章 友を裏切る覚悟 第4章 トスカナの恩讐 第5章 宝剣の冴え 第6章 真夜中のバルコン 第7章 テレーゼの罠 第8章 巨星、落つ 第9章 エドゥアルト排撃 第10章 熱情のハンガリー 第11章 ベルグラードの惜別 第12章 宿命

 カール6世の死とともに、周辺国がハプスブルク家に反旗を翻し、領土を狙い始める。軍備を増強したくてもマリア・テレジア始めオーストリアの貴族は旧態依然の発想である。
 どの国と同盟を結ぶかで勢力均衡が崩れる。エドゥアルトは最善の策を構想するがマリア・テレジアに却下される。そうこうしているうちに、プロイセン・フリードリッヒ2世がシュレージエンに向って動き出す。
 上巻の紹介だけで長くなった。下巻は目次だけ列記する。読んでのお楽しみに。 第4部オーデルの白雨 第1章 妊婦の統治 第2章 プロイセンの牙 第3章 吹きすさぶ太刀風 第4章 フリードリッヒの友情 第5章 帝国の戦雲

第5部モルダウの黄昏 第1章 モルヴィッツの戦禍 第2章 変容する恋 第3章 征服の別名 第4章 反ハプスブルクの火 第5章 オーストリアに捧げる犠牲 第6章 愛の目覚める時 第7章 プレスブルクの戴冠 第8章 激動するヨーロッパ 第9章 ミュンヘン急襲 第10章 ヴェネツィアの水晶鏡 第11章 ブレスラウの和議 第12章 罪と罰のプラーク 第13章 スラブの憂愁 第14章 ユダヤ人追放

第6部ラインの暗夜 第1章 ベルリンの動向 第2章 祖国奪還 第3章 ウィーンの伏流 第4章 さ迷える皇帝 第5章 名誉の死守しからずんば死   第7部エルベの早暁 第1章 出陣前夜 第2章 ホーエンフリーデベルクの戦闘 第3章 永遠の拒否 第4章 遺言 第5章 シオン帰還の夢 第6章 同盟の逆転 第7章 フランクフルト再び 第8章 天の采配 第9章 ダビデの星 第10章 復活

 ハプスブルク領はあまりにも広範だったためそれぞれの国家、民族の言語や文化、習俗などの統制をしなかった。
 「ハプスブルクの実験」といわれる所以である。
 しかし、たとえば軍隊で言葉、軍服、装備がバラバラの場合、命令が行き届かないか通訳を介するため時間がかかる、軍服では味方か敵か区別が付かない、劣った装備は攻撃力を低めるなど、無統制は敗因に繋がる。そのためフリードリッヒ2世率いる統制が取れ、最新の武器を装備したプロイセン軍に大敗する一因になった。
 ハプスブルクにかかわる帝国論、民族論や、同時代のフランス、プロイセン、イギリス、ロシアなどの外交政策の駆け引きについては多くの著書で取り上げられている。
 藤本氏も、オーストリア人として生きる決意をしたエドゥアルトを通してオーストリアの軍政、軍略、軍備を明かしているが、マリア・テレジア、アーデルハイト、アンドラーシとの愛憎劇も絡み、論点が薄まっている。

 藤本氏は、カトリック教徒のユダヤ人迫害にも言及している。
 ユダヤ人エリヤーフーにユダヤ人を捨てオーストリア人エドゥアルトとして生きようとさせたが、第5部第14章「ユダヤ人追放」で父、母、妹、弟たちに再会したとき、家族を捨てることはできないことを自覚させる。
 さらに第7部第5章「シオン帰還の夢」では、エドゥアルトはユダヤ人の故郷であるシオンの建国を誓う。
 同第8章「天の采配」で、エドゥアルトはユダヤ人居住区の家族を訪ねエリヤーフーに戻る。
 藤本氏は、ユダヤ人はユダヤ人として生きる=迫害によって生き方を変えさせることはできないことを語りかけている。

 最後の最後に藤本氏は驚きのどんでん返しを用意していた。そして、フランツの神聖ローマ皇帝戴冠式場でエドゥアルト=エリヤーフーは銃で撃たれる。
 藤本氏の舞台は千変万化に展開する。あまりにも仕掛けが多くて、本論を見失いかねない。
 マリア・テレジアは、長男ヨーゼフ(1741-1790、のちの神聖ローマ帝国ローマ皇帝)に、「自分の目で見、自分の肌で感じ、自分の頭で判断すること、真実を見つめ、思いやりを持って行動せよ」と諭し、幕が下りる。

 シェーンブルン宮殿、ブルク門、(旧)王宮、オイゲン公子の館=ベルヴェデーレ宮殿、シュテファン大聖堂、アウグスティナー教会や、ウィーンの主要な通りが舞台として登場する。ウィーンの地図を広げながら読むと、さらに臨場感が増す。
 ウィーンとハプスブルクを取り巻く歴史の復習になった。(
2019.9) 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 2019.9 さいたま市プラザノ... | トップ | 2018.10 修験道の霊場である... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

斜読」カテゴリの最新記事