yoosanよしなしごとを綴る

つれづれなるままにパソコンに向かいて旅日記・斜読・よしなしごとを綴る

サマセット・モーム著「ドン・フェルナンドの酒場で」はスペイン文化論だが、なかなか理解が追いつかない

2016年07月16日 | 斜読

book422 ドン・フェルナンドの酒場で サマセット・モームのスペイン歴史物語 ウィリアム・サマセット・モーム 原書房 2006 /2016.7読   (斜読・海外の作家一覧)
  2015年10月にスペインを旅した。
 711年に北アフリカから進出したイスラム勢力はまたたく間にイベリア半島を支配下に置いた。それから700年、1492年、最後のイスラム勢力だったグラナダが、フェルナンド2世+イサベル1世=カトリック両王によって陥落し、レコンキスタ国土回復がなる。
 700年ものあいだイスラム支配下にあった!。カトリック両王の娘フアナはハプスブルク家フィリップと結婚、やがてカステーリャ女王となり、その息子カルロスがスペイン王カルロス1世となる。
 そのカルロスは神聖ローマ皇帝を継ぎカール5世となり、広大な領土を統治する。そのころ、新大陸を次々に支配し、太陽の沈まぬ国として栄えた。まさに黄金時代!である。
 ところが、スペイン継承戦争で敗れ、無敵艦隊がイギリス海軍に敗れ、ナポレオンの侵攻、独立戦争・・・内戦へと続き、かつての栄光は見る影もなくなってしまう。激変の歴史を経験したにもかかわらず、スペイン人は陽気だった。何故だろう。

 そんな思いを片隅に何冊も本を読み、少しずつスペイン人の気質とその歴史背景が分かってきた。でもまだ物足りない。次に選んだのが、サマセット・モームのこの本である。
 サマセット・モーム(1874-1965)の名は知っている。「月と6ペンス」というタイトルも記憶にあるが、まだサマセット・モームの本は読んだことはない。
 サマセット・モームの両親はイギリス人で、パリにいるときにモームが生まれた。しかし、両親とも亡くなり、イギリスに引き取られる。不遇だったらしい。
 小説で身を立て、23才のころ、スペイン・アンダルシアに旅し、すっかりスペインが気に入ってしまう。サマセット・モームは旅行が大好きでいろいろなところを旅しているが、とりわけスペインがお気に入りだった。

 サマセット・モームの代表作とされる「人間の絆」は1915年、「月と6ペンス」は1919年、「お菓子とビール」は1930年・・いずれも40~50代・・に刊行されているが、「ドン・フェルナンドの酒場で」は1935年・・61ぐらい・・に初版、1950年・・76ぐらい・・に改訂版が出版された。
 代表作がそれぞれのテーマで展開する長編小説に対し、「ドン・フェルナンドの酒場で」は、スペイン滞在中に見聞きし、感じ、考えたことを随想録のようにまとめたスペイン文化論仕立てになっている。

 内容は、第1章 ドン・フェルナンドの酒場で
第2章 イグナティウス・ロヨラの物語
第3章 イグナティウス・ロヨラの「精神の鍛錬」
第4章 スペインを書く
第5章 バレンシア風パエリアの味
第6章 ピカレスク小説の誕生
第7章 黄金時代のスペイン演劇
第8章 ドン・ファンとドン・キホーテ
第9章 エル・グレコとバロック美術
第10章 スペインの神秘主義-サンタ・テレサとルイス・デ・レオン
第11章 スペインの偉大さの秘密 である。
 随想録風とはいえ熟考を重ねた文化論はなかなか読み応えがあり、字面を追うものの理解が追いつかないことがしばしばあった。

 どの章にも核心を突いた論考が展開されている。たとえば、第2章イグナティウス・ロヨラの物語は、第1章のドン・フェルナンドの酒場でドン・フェルナンドから無理矢理贈られた本に書かれていた伝記の紹介であり、この伝記を読み解きながら・・サマセット・モームはスペイン滞在中にスペイン語を習得した・・、第3章のイグナティウス・ロヨラの精神の鍛錬を明かしていく。
 p50・・精神をある問題に固定させて、気をそらさず集中することは、私には信じられないくらい困難だった・・・私は・・観念や印象が順序もなく頭に浮かび、潜在意識のなかに貯えられてしまう・・・p51・・(イグナティウスが実践した)修業によって精神が縛られ・・空想の幸福な流れは永遠にせきとめられる・・聖イグナティウスが狙ったのはこれだったのだろう・・p52・・精神の鍛錬は・・人間の魂を統御するために考え出されたもっともすばらしい方法・・すべてのものの最後の瞑想が愛の瞑想であるということは驚き・・と結んでいる。イグナティウス・ロヨラ論を通じて、スペイン人の精神の奥底をかいま見せている。

 スペイン演劇論、ドン・キホーテ論、エル・グレコ論も十分な知見に基づいて熟考を重ねていて、読み応えがある・・理解が置いてきぼりされることも多い・・。
 第10章はサンタ・テレサを話題に神秘主義を論じている。サンタ・テレサはアビラ生まれで、2015年ツアーのおりアビラを訪ねをサンタ・テレサ修道院も見学した。
 そのときの説明や前後で読んだ資料では、とてもサマセット・モームが論じている神秘主義の足もとにも及ばない。p254・・人が神と一体になると感じること・・その確実性は変わらないので、いつまでもそれを信じることができるということ・・が、神秘主義の道の到達点だそうだ。これはイグナティウス・ロヨラの精神の鍛錬に通じる。


 末尾にサマセット・モームは、p291・・芸術においてスペイン人はなにも発明しなかった・・と言いきり、しかし・・彼らの卓越性はたいへんなものだ・・それは性格の卓越性である・・スペイン人はなにものにも凌駕されず・・すべての独創性は・・人間の創造に向けられた・・人間において勝れている・・と結んでいる。

 激動の歴史を背負いながらも、陽気でいられるのは、人間において勝れているためのようだ。(2016.7読)

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