定年退職が視野に入ってきたころ、研究は個人に属するから一生の活動とすることができるが、いろいろな組織での活動は後進に託すことが発展につながる、と考えていた。だが意外と引き際は難しい。あらかじめ予告をして後進の体制づくりをうながさなくてはならない。次の体制への口出しは避けなければならない。2009年はそんな時期で、発表後の懇親会?あたりで隠棲をそれとなく話した記憶がある。
この報告は、中国・朝鮮族、中国・トン族、台湾・サオ族、韓国・九満面を事例に、民族への帰属が生活の基本の一つである住み方に表現されていることに着目し、民族の住み方に現れる共生を形づくるしくみを事例的に論考した。
事例の検討から、中国に住む朝鮮族が共通の住み方を空間規範とすることで表現する帰属意識、中国少数民族・トン族が集落の中心と結界を空間概念として共有し、共通の住み方を空間規範とすることで表現する帰属意識、台湾原住民・邵族が集集地震復興を契機とした部族コミュニティの再生において祭儀に象徴される帰属意識を表現、韓国九萬面14集落それぞれで風水概念に基づく主山-集落-水の背山臨水を空間規範とする帰属意識を表現し、共生を形づくっていることを紹介した。
その結果、帰属意識の表現として表れた住み方、中心と結界の空間概念、祭儀の空間、空間軸などの空間規範は、必ずしも必要条件ではなさそうであり、十分条件とも言い難いことに言及。
空間規範はそれぞれの集落の歴史や由来、立地地勢などによって形づくられ、しかも時代の変化を受け入れその形を変えていくようである。
それ故に、いま表出されている仕方がその集落に固有の空間規範になり、集落に固有の空間規範を遵守するが故に集落への帰属の表明になるのである。
つまり、集落の構成員は、住み方、中心場や結界空間、祭儀の空間、空間軸など、その集落に伝承されている固有の空間規範を遵守し、そのことで集落の構成員として住みあうことが認められ、互助や保護を受けることができる、と同時に自分がその社会に存在していることを確認することができ、精神的な安定を得るのである。
共生とは個が集住態の一員であることをお互いが了解しあうことであり、集落に伝承される空間規範の遵守は集住態への帰属の表明なのである、と結論した。
引退はこうした規範からの自由を意味する。一方、集住体への帰属からも離れることになる。自由な目で大局をにらむということかな。