本の紹介 森永卓郎『マイクロ農業のすすめ』(2)―小規模農業は社会的にも意義がある―
前回は、森永卓郎さんが実体験に基づいて感じた、「トカイナカ」(都会田舎―都会と田舎の中間地域―)
でマイクロ農業をすることが楽しく、農作業自体が健康的で、安全・安心の食物を得ることができる、自然
と近いことで精神的にも癒されるなど、個人にとって良い点を紹介しました。
こうした個人にとってのメリットと同時に、表題の本で森永さんは、マイクロ農業は社会的にもいくつかの
面で大きな意義があることを主張しています。以下に3点に絞って考えてみたいと思います。
第一点は、「トカイナカ」に住みマイクロ農業を行うことによって、大都市の人口集中を和らげることがで
きることです。
現代の資本主義経済(グローバル資本主義)は、国際的な競争圧力の下、何よりも効率と利益の拡大を追求
します。そのため経営手法としては大規模・集中・集権を促進します。
社会的には人口と経済社会機能の大都市一極集中という現象となって現れます。というのも、資本が利益を
生むためには大量の労働力が不可欠で、大都市に人を集めるからです。
これは大都市における土地の高騰を生み、家賃をはじめとする生活費の高騰をも引き起こします。しかも、
コロナのまん延が都市に集中していることからも分かるように大都市は健康面マイナスが多くあります。
こうした点から森永さんは、資本主義の府の側面をもつ大都市を「レッドゾーン」と呼びます。この対局に
あるのが、本格的田舎で、その中間にあるトカイナカは「グリーンゾーン」と呼びます。「トカイナカ」で
のマイクロ農業は、小規模・分散・分権です。
第二点は、日本の農業と食料の将来を考えたとき、マイクロ農業は大きな意義があります。
2020年から10年後には、「農業就業人口は36%減少し」「農家数は160万戸から105万戸へ」
「離農によって51万ヘクタールの土地が放出」される大離農時代を迎えると予想されています。これによ
り、この事態がもたらす問題は二つあります。
一つは広大な耕作放棄地の発生であり、二つは日本の食料不足です。引き受け手のない耕作放棄地が増える
ことは荒れ地の拡大となってしまいます。これは、必然的に日本の食料事情に影響を与えます。
現在、日本の食糧自給率は38%(カロリーベース)にまで落ち込んでいます。日本政府はこれまで一貫し
て、日本は工業製品を輸出して農産物は輸入に依存する政策を続けてきました。
しかし、今は食料を売ってくれている国がこれからもずっと日本が必要とするだけの量を安定的に売ってく
れるとは限りません。しかも、日本が国際市場で食料の輸入に走ることによって、食料の国際価格は上昇し、
食料不足に悩む開発途上国をさらに窮地に追い込みます。
こうした耕作放棄地を生かし、予想される食料不足を少しでも補う方法として、多くの日本人がマイクロ農
業に従事し生産物を地産地消すれば、いくぶんかでも両方の問題を緩和することができます。
第3点は、上の第2点と密接な関係にありますが、耕作放棄された農地がどうなってゆくのか、あるいは農
業に踏みとどまっている農家の人たちはどのような農業経営をするようになるのか、という問題です。
日本の農家は小規模経営大部分です。政府は、断片化された農地をまとめて大規模農地を作り、そこで効率
的な農業を推進しようとしています。
しかもその場合、海外の巨大企業(森永さんは、利益だけを追求するハゲタカと呼ぶ)が、大規模農業の経
営に乗り出す可能性もあります。
ただし、ここで想定されている大規模農場は平地の場合で、実際には山地や傾斜地の棚田状の田畑が多い日
本では、大規模化しにくい土地が多くあります。ここは耕作放棄地として残ってしまいます。
ここで効率的な農業とは、高額な農機具を使う機械化、農薬と化学肥料を多用する企業的農業を指します。
とりわけ森永さんが危惧しているのは、こうした農業が果たして私たちに安全で栄養価の高い食べ物をもた
らすかどうか、という点です。
森永さんは、あるラジオ番組で、自分が今やっている畑はたかだか20坪ほどしかない狭い土地なのに、雑
草を手で抜く除草作業がもっともきつい労働で、2週間に一度草取りをすると、3時間かけ抜いた草が一輪
車に一杯になるそうです。
まして、大規模化して数ヘクタール、あるいは数百ヘクタールの農地となれば、当然、手で除草することは
考えられません。
そこで登場するのが除草剤です。森永さんが非常に問題視しているのは、アメリカのグローバル企業(化学
薬品・種苗メーカー)のモンサント社(最近、バイエル社に吸収合併された)が販売している「ランドアッ
プ」という商品名の除草剤です。
この除草剤は発がん性があるということで、アメリカで消費者から裁判を起こされて敗訴しています。ヨー
ロッパでは原則輸入も使用も禁止されていますが、なぜか日本は使用を許可するだけでなく、その基準値を
5~400倍まで品種ごとに引き上げています。
「ラウンドアップ」(その主原料はグリホサートという化学物質)の元は、ベトナム戦争時に「枯葉作戦」
として森林を枯らして解放軍や北ベトナムの兵士が隠れる場所をなくすために開発されたものです。
樹木をも枯らしてしまう薬品ですから、当然、この除草剤を散布した土地に種を播き、苗を植えても作物は
枯れてしまいます。
そこで、モンサント社は、除草剤に耐性を持たせた遺伝子組み換え種子を開発し、日本などに売り込んでい
ます。しかし、遺伝子組み換え作物の身体への影響については、また安全性が確認されてはいません。
しかも、雑草も同時に除草剤に耐性をもつようになるので、さらに強力な(ということは毒性が強い)除草
剤が開発されています。
加えて、このような大規模農業では化学肥料、殺虫剤(ネオニコチノイド系が最悪です)、収穫後の農産物
に散布する防カビ剤、防腐剤などのポストハーベストを使うことが想定されます。
問題は、こうした農業が大規模化した農場だけでなく、個人の農家によっても実施される可能性が大きいの
です。とりわけ除草剤については農業従事者の高齢化とともに、多くの農家で使われており、これは長期に
土に残留し、土壌の汚染をもたらします。これは、環境問題でもあります。
農薬関係以外でも、最近はビニールで耕地を覆う農法(通称マルチ)やビニールハウスが一般的になってい
ますが、これもマイクロプラスチックの増加という環境問題を引き起こします。
山積する問題を考える時、マイクロ農業は、確かに規模は小さく、日本や世界の農業問題を解決する力がな
いように見えます。
しかし、森永さんは、それでもマイクロ農業は、食料問題、農業、環境を考えるきっかけ与えてくれる、と
いう大きな意義がある、と主張します。
森永さんは、偶然あるラジオ番組で、「1億総農家になろう」とも言っていましたが、少なくとも自分たち
が食べる食料は自分たちでできるだけ作ろうと呼びかけていますが、私はこれに賛成です。
最後に、森永さんが発している農業に対する基本的な考え方を紹介しておきます。
最近、日本でも関心が高まっている、アメリカのグーグル社などが参入している「スマート農業」を批判し
ています。これは巨大資本をもつ企業が、ITや情報通信技術を利用して省力化し、高品質な作物を作ろう
とする農業経営方法です。
これに対して森永さんは
ただ、私は企業が経営する農業を信用していません。あくまでも、私個人の考えですが、もっとは
っきり言うと、「株式会社」は農業をやってはいけないと考えています。それは彼らが基本的に資
本主義の下で活動しているからです。
農業は消費者の命を守る産業で、営利目的とは相反することが多くあります(153ページ)
森永さんは、命を守る産業である医療機関に株式会社が基本的に存在しないのは、利益を追求する企業医療
を行うと患者に被害が及ぶ危険性があるからだ、と言います。
こうした主張は、極端で非現実的に聞こえるかも知れませんが、正論だと思います。
農業の中でも水田稲作は、食料の確保や経済的利益だけでなく、それを超えた、保水や土壌保全、大きな意
味で自然環境の保環に重要な役割をはたしていることを忘れてはなりません。
前回は、森永卓郎さんが実体験に基づいて感じた、「トカイナカ」(都会田舎―都会と田舎の中間地域―)
でマイクロ農業をすることが楽しく、農作業自体が健康的で、安全・安心の食物を得ることができる、自然
と近いことで精神的にも癒されるなど、個人にとって良い点を紹介しました。
こうした個人にとってのメリットと同時に、表題の本で森永さんは、マイクロ農業は社会的にもいくつかの
面で大きな意義があることを主張しています。以下に3点に絞って考えてみたいと思います。
第一点は、「トカイナカ」に住みマイクロ農業を行うことによって、大都市の人口集中を和らげることがで
きることです。
現代の資本主義経済(グローバル資本主義)は、国際的な競争圧力の下、何よりも効率と利益の拡大を追求
します。そのため経営手法としては大規模・集中・集権を促進します。
社会的には人口と経済社会機能の大都市一極集中という現象となって現れます。というのも、資本が利益を
生むためには大量の労働力が不可欠で、大都市に人を集めるからです。
これは大都市における土地の高騰を生み、家賃をはじめとする生活費の高騰をも引き起こします。しかも、
コロナのまん延が都市に集中していることからも分かるように大都市は健康面マイナスが多くあります。
こうした点から森永さんは、資本主義の府の側面をもつ大都市を「レッドゾーン」と呼びます。この対局に
あるのが、本格的田舎で、その中間にあるトカイナカは「グリーンゾーン」と呼びます。「トカイナカ」で
のマイクロ農業は、小規模・分散・分権です。
第二点は、日本の農業と食料の将来を考えたとき、マイクロ農業は大きな意義があります。
2020年から10年後には、「農業就業人口は36%減少し」「農家数は160万戸から105万戸へ」
「離農によって51万ヘクタールの土地が放出」される大離農時代を迎えると予想されています。これによ
り、この事態がもたらす問題は二つあります。
一つは広大な耕作放棄地の発生であり、二つは日本の食料不足です。引き受け手のない耕作放棄地が増える
ことは荒れ地の拡大となってしまいます。これは、必然的に日本の食料事情に影響を与えます。
現在、日本の食糧自給率は38%(カロリーベース)にまで落ち込んでいます。日本政府はこれまで一貫し
て、日本は工業製品を輸出して農産物は輸入に依存する政策を続けてきました。
しかし、今は食料を売ってくれている国がこれからもずっと日本が必要とするだけの量を安定的に売ってく
れるとは限りません。しかも、日本が国際市場で食料の輸入に走ることによって、食料の国際価格は上昇し、
食料不足に悩む開発途上国をさらに窮地に追い込みます。
こうした耕作放棄地を生かし、予想される食料不足を少しでも補う方法として、多くの日本人がマイクロ農
業に従事し生産物を地産地消すれば、いくぶんかでも両方の問題を緩和することができます。
第3点は、上の第2点と密接な関係にありますが、耕作放棄された農地がどうなってゆくのか、あるいは農
業に踏みとどまっている農家の人たちはどのような農業経営をするようになるのか、という問題です。
日本の農家は小規模経営大部分です。政府は、断片化された農地をまとめて大規模農地を作り、そこで効率
的な農業を推進しようとしています。
しかもその場合、海外の巨大企業(森永さんは、利益だけを追求するハゲタカと呼ぶ)が、大規模農業の経
営に乗り出す可能性もあります。
ただし、ここで想定されている大規模農場は平地の場合で、実際には山地や傾斜地の棚田状の田畑が多い日
本では、大規模化しにくい土地が多くあります。ここは耕作放棄地として残ってしまいます。
ここで効率的な農業とは、高額な農機具を使う機械化、農薬と化学肥料を多用する企業的農業を指します。
とりわけ森永さんが危惧しているのは、こうした農業が果たして私たちに安全で栄養価の高い食べ物をもた
らすかどうか、という点です。
森永さんは、あるラジオ番組で、自分が今やっている畑はたかだか20坪ほどしかない狭い土地なのに、雑
草を手で抜く除草作業がもっともきつい労働で、2週間に一度草取りをすると、3時間かけ抜いた草が一輪
車に一杯になるそうです。
まして、大規模化して数ヘクタール、あるいは数百ヘクタールの農地となれば、当然、手で除草することは
考えられません。
そこで登場するのが除草剤です。森永さんが非常に問題視しているのは、アメリカのグローバル企業(化学
薬品・種苗メーカー)のモンサント社(最近、バイエル社に吸収合併された)が販売している「ランドアッ
プ」という商品名の除草剤です。
この除草剤は発がん性があるということで、アメリカで消費者から裁判を起こされて敗訴しています。ヨー
ロッパでは原則輸入も使用も禁止されていますが、なぜか日本は使用を許可するだけでなく、その基準値を
5~400倍まで品種ごとに引き上げています。
「ラウンドアップ」(その主原料はグリホサートという化学物質)の元は、ベトナム戦争時に「枯葉作戦」
として森林を枯らして解放軍や北ベトナムの兵士が隠れる場所をなくすために開発されたものです。
樹木をも枯らしてしまう薬品ですから、当然、この除草剤を散布した土地に種を播き、苗を植えても作物は
枯れてしまいます。
そこで、モンサント社は、除草剤に耐性を持たせた遺伝子組み換え種子を開発し、日本などに売り込んでい
ます。しかし、遺伝子組み換え作物の身体への影響については、また安全性が確認されてはいません。
しかも、雑草も同時に除草剤に耐性をもつようになるので、さらに強力な(ということは毒性が強い)除草
剤が開発されています。
加えて、このような大規模農業では化学肥料、殺虫剤(ネオニコチノイド系が最悪です)、収穫後の農産物
に散布する防カビ剤、防腐剤などのポストハーベストを使うことが想定されます。
問題は、こうした農業が大規模化した農場だけでなく、個人の農家によっても実施される可能性が大きいの
です。とりわけ除草剤については農業従事者の高齢化とともに、多くの農家で使われており、これは長期に
土に残留し、土壌の汚染をもたらします。これは、環境問題でもあります。
農薬関係以外でも、最近はビニールで耕地を覆う農法(通称マルチ)やビニールハウスが一般的になってい
ますが、これもマイクロプラスチックの増加という環境問題を引き起こします。
山積する問題を考える時、マイクロ農業は、確かに規模は小さく、日本や世界の農業問題を解決する力がな
いように見えます。
しかし、森永さんは、それでもマイクロ農業は、食料問題、農業、環境を考えるきっかけ与えてくれる、と
いう大きな意義がある、と主張します。
森永さんは、偶然あるラジオ番組で、「1億総農家になろう」とも言っていましたが、少なくとも自分たち
が食べる食料は自分たちでできるだけ作ろうと呼びかけていますが、私はこれに賛成です。
最後に、森永さんが発している農業に対する基本的な考え方を紹介しておきます。
最近、日本でも関心が高まっている、アメリカのグーグル社などが参入している「スマート農業」を批判し
ています。これは巨大資本をもつ企業が、ITや情報通信技術を利用して省力化し、高品質な作物を作ろう
とする農業経営方法です。
これに対して森永さんは
ただ、私は企業が経営する農業を信用していません。あくまでも、私個人の考えですが、もっとは
っきり言うと、「株式会社」は農業をやってはいけないと考えています。それは彼らが基本的に資
本主義の下で活動しているからです。
農業は消費者の命を守る産業で、営利目的とは相反することが多くあります(153ページ)
森永さんは、命を守る産業である医療機関に株式会社が基本的に存在しないのは、利益を追求する企業医療
を行うと患者に被害が及ぶ危険性があるからだ、と言います。
こうした主張は、極端で非現実的に聞こえるかも知れませんが、正論だと思います。
農業の中でも水田稲作は、食料の確保や経済的利益だけでなく、それを超えた、保水や土壌保全、大きな意
味で自然環境の保環に重要な役割をはたしていることを忘れてはなりません。