今日はエプリルフール、1年に一度『嘘』を楽しむ日。『嘘』が楽しめるのは、皆が真実の下に生きているという信頼があるから。ことに、学者や報道や行政は、真実を追求する、あるいは真実の下で仕事をするのが使命のはず。今日では、その信頼の根底が揺らいでいる。
上記の記事は、3月28日のある地方紙の報道である。この記事は農水省の報告を読まない読者のためにある。農水省の最終報告とは「口蹄疫の疫学調査に係る中間取りまとめに関する補完報告(2013.3)」のことである。この「補完報告」そのものが、真実に真摯に向き合おうとしない問題の多い報告であるが、報道にはそれを批判する目がなく、むしろ読者に真実を知らせないことに新聞が協力している例である。
私が「補完報告」を問題とするのは以下にまとめた通りですが、新聞社や皆さんはどう判断されるだろうか。
「口蹄疫の疫学調査に係る中間取りまとめ」に関する補完報告の問題点
1.2010年に宮崎で発生した口蹄疫のウイルス(O/JPN/2010)は、2010年に中国で分離されたウイルスと一致率が99.37%~99.53%と極めて高い相同性を示した。
このウイルスは、2009年までに東南アジアの国々に拡がり、香港でも同ウイルスに近縁のウイルスがしばしば分離されていることから、少なくとも2010年初期までに東南アジアの国から中国に侵入し、極めて短期間のうちに中国国内でも感染が拡大したと推測された。
このような科学的な分析結果が得られたにもかかわらず、結論では「今回の発生に関しても、この東アジア地域で流行していたウイルスが、人あるいは物を介して我が国に侵入したと推定された」と、ウイルス侵入源の解明は重要にも関わらず、韓国から侵入したとする報道を否定しない一方で、中国から日本への侵入も曖昧にしている。
2.「口蹄疫の疫学調査に係る中間取りまとめ(2010.11.24:以下、中間取りまとめと略す)」(p.25の1~5行目)では、中国産稲わらを使用した多くの農場で感染が確認されているにもかかわらず、稲わら使用時期とウイルス侵入時期が一致しないとして感染源の可能性を否定している。しかし、この「中間取りまとめ」で推定しているウイルス侵入時期は申告によるものであり、根拠となるデータが示されていない。さらに、第11回牛豚等疾病小委員会では、「同一ロットの輸入稲わらを使用した25農場では感染が認められない(p.15)」と報告している。10例の発生が確認された段階での報告であるが、同一ロットとは口蹄疫発生農場が使用した稲わらと同一ロットのことではないのか?何と同一ロットなのか?25農場とはどの農場なのか?
疫学調査は感染源と感染経路を追究するためにあるが、中国からのウイルス侵入を曖昧にし、中国産稲わらが感染源である可能性も曖昧にしたのでは、何のための疫学調査であり、「補完報告」なのか。
3.牛の感染実験では、ウイルスを舌に接種すると接種部位は1日後、鼻は2日後、口唇では4~5日後に水泡が確認されている。このウイルス接種牛に同居させた場合は、同居5~6日後に鼻や舌をはじめ四肢にも水疱が確認されたが、口唇には認められない牛(No.3)もいた。なお、同居牛1頭(No.4)は左前肢のみ同居3日に水泡が確認されているが、他の部位はいずれも同居6日に確認されている。さらに同居牛には明瞭な跛行や流涎等の症状は確認されていない。症状から、「同居牛にも短時間に水平伝播することが確認された」(p.10の2行目)となぜ結論できるのであろうか。
4.豚の同居感染では、2頭のウイルス接種豚に4頭を同居させているが、同居後2日に3頭で水泡が認められ豚の水平伝染は牛より早い。実際には豚の群飼頭数は多いので、さらに早く感染は拡大すると思われる。しかし、同居後5日に水泡が認められ、牛と同程度の水平伝搬の時間を要した豚(No.5)もいる。
豚でも牛でも、当然のことだが感染には個体差がある。牛では感染牛に健康牛を同居させた場合、血中ウイルスの遺伝子検査によると感染時期は発症後半日から平均1.7日(p.45)と短く、同居しても感染させない感染牛(No.8)もいることが確認されている。
このように感染源と感染経路の疫学調査にウイルスの遺伝子検査(PCR)は欠かせない。
5.同居させた牛では同居後5~6日に明瞭な水疱形成が起こった。また、同居牛においては血清中や唾液中へのウイルス出現は水疱形成が確認された日より1~2日前に起こっていた。これらの結果から、「中間取りまとめ」の潜伏期間の推定は概ね正しいことが確認されたとある。しかし、どの牛から採血したか、また採血時と水疱形成時は同一とは限らないので、届出が遅れた農場の申告に基づいて推定したウイルス侵入時期には全く根拠はない。
6.ウイルス接種牛の1頭ではウイルス接種後19~33日にプロバング検査によって咽喉頭粘液中にウイルスが検出され、キャリアー状態になっていることが確認された。このことから、症状を呈していないものも含めて殺処分を行ったことの妥当性が確認されたとある。しかし、NSP抗体検査やPCR検査で陽性のものを殺処分することは妥当であるが、感染していても伝染力のない牛(先に説明したNo.8)もいるので、症状を呈していないものを健康なものを含めて殺処分(予防的殺処分)を行ったことの妥当性は絶対に認められるものではない。
7.感染は殺処分ではなくワクチン接種で阻止できたのであり、ワクチンをできるだけ早く接種して、ワクチン接種畜のNSP抗体検査陽性畜に限り殺処分するOIE規則を無視した重い責任が問われる。ワクチンは効果があるかどうかわからないとされてきたが、「国内に備蓄されているワクチンは今回分離されたウイルスと近縁であり、中和試験の結果からも、国内備蓄ワクチンは今回の発生に使うことは可能」なことは、平成22年5月6日に開催された第12回牛豚等疾病小委員会の議事メモに書かれていることをNHKの報道番組で明らかにされている。議事録にしても「補完報告」にしても、国が口蹄疫対策に関して科学的事実を隠ぺいすることは犯罪行為であり許されない。
8.備蓄ワクチンが有効であったことを公開することも大切であるが、備蓄ワクチンを英国まで出張して調査した記録を報告していた動薬研ニュースは口蹄疫発生後に何故か廃止されている。一方、宮崎口蹄疫で使用した備蓄ワクチンについては、豚病会報で解説しているが、英国に保管してある備蓄抗原と国内に保管している備蓄ワクチンの違いについては説明していない。備蓄ワクチンは口蹄疫感染を確認して1週間以内に摂取しなければ、英国等のワクチンバンクに世界中の口蹄疫の抗原が保管され、韓国のようにワクチンを緊急輸入できるので備蓄の意味はない。1週間以内に使用しない国内備蓄ワクチン購入は、明らかに不法な予算要求である。また、緊急ワクチンの輸入をしていないとすれば、これも備蓄抗原の保管に違法な予算を要求していることになり税金の無駄遣いだ。韓国では予防的殺処分では感染拡大を阻止できないので、2010年12月22日にワクチン接種を決定してワクチン製造を英国のメリアル社に発注し、12月26日, 1月2日には仁川空港に到着している。日本では備蓄しているワクチンが今発生している口蹄疫ウイルスに効果があるかどうか判らないと説明されてきたが、英国等のワクチンバンクには世界の口蹄疫の抗原が保存されているので、発生している口蹄疫ウイルスに最適なワクチンを迅速に生産し供給できることを韓国の緊急ワクチン輸入は明らかにしてくれた。
9.ケースコントロールスタディとして、発生があった症例(ケース)群と発生がなかった対照(コントロール)群の2群に分けて比較分析をしているが、ワクチン接種して殺処分をした場合に、感染していたかどうかを区分した根拠は何か?根拠もなく発生と発生でないと区分するケースコントロールスタディには意味はない。
第11回牛豚等疾病小委員会(平成22年4月28日)では、「発生が確認された大規模系列農場については、九州地方のすべての関連農場を家畜伝染病予防法に基づく隔離下に置きつつ、出荷、移動ができないという状態にしまして、立入検査による清浄確認を進めていく」とあるが、その疫学調査の結果こそ、この「補完報告」で公表すべきである。川南町にあった大大型農場の系列第6農場はワクチン接種して殺処分されているが、感染していなかったという証拠はあるのか?
10.「口蹄疫の疫学調査に係る中間的整理について(2010.8.25)」は、第15回牛豚等疾病小委員会及び口蹄疫疫学調査チーム第5回検討会で検討され了承されている。しかし、「口蹄疫の疫学調査に係る中間取りまとめ(2010.11.24)」とその「補完報告(2013.3.27)」は「口蹄疫疫学調査チーム報告書」となっているが、両報告ともに疫学調査チームの持ち回り検討会を含めて一切の検討がなされた報告はない。それでも「口蹄疫疫学調査チーム報告書」とするのは法的には報告書の偽造と言えるのではないか。
11.国が新たな防疫対応を講じる場合には、基本的に食料・農業・農村政策審議会家畜衛生部会牛豚等疾病小委員会 (以下「牛豚等疾病小委員会」という。)の意見を聴くこととなっている。また、食料・農業・農村政策審議会議事規則によれば、委員会および議事録は非公開とすることができる。しかし、議事録を非公開とする場合は議事要旨に代えるとしながら、牛豚等疾病小委員会の第4回から第19回までは(議事)概要のみで、議事要旨は公開されていない。 このように今回の口蹄疫防疫措置については、科学的事実が隠蔽されただけでなく、憲法のもとにある公務員や行政の責任と義務に反した背任行為が随所に認められ、ワクチン接種後に直ちに殺処分した科学的根拠もなく、それを主導した国、県は2,350億円の経済被害と金銭では償うことができない遺伝資源、環境および地域社会の破壊等への重い責任が問われる。
初稿 2013.4.1 更新 2015.1.31(日付更新を含む)