思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

美しいもの・よいものへの憧れを抱き続ける思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

40年前からの園児への徹底した「戦前教育」ー天皇の肖像を拝ませ、教育勅語を歌わせる、安倍夫人が名誉校長。

2017-02-21 | 社会批評

以下の7分のビデオ(クリック)は、必見です。背筋が凍る洗脳教育の世界。ぜひ、拡散をお願いします。

https://www.dailymotion.com/video/x5cb36z_%E6%84%9B%E5%9B%BD-%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E3%81%8C%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%81%BE%E3%81%A7-%E5%90%8D%E8%AA%89%E6%A0%A1%E9%95%B7%E3%81%AF%E5%AE%89%E5%80%8D%E7%B7%8F%E7%90%86%E5%A4%AB%E4%BA%BA_news

 

以下は、FBの友人、大山浩司さんの記事から一部を抜粋しました。

森友学園(40年前より「戦前思想」で園児を教育する学園)が購入した土地は、
隣接地同面積で14億円の国有地だが、1億3400万円で払下げ。...
地中のごみ撤去費用を引いた値段だとのこと。しかもなんと10年分割。
(2012年別の学校法人が撤去費用約6憶円で購入を申し入れたところ
国は「安すぎる」と売却を断っていた。) 


購入したのは「森友学園」で「瑞穂の國記念小学院」を建設するため。
 「瑞穂の國記念小学院」の名誉校長は安倍昭惠夫人。
 寄付金を集める際には、
 「安倍晋三記念小学校」の寄付者銘板に記名することを謳っている。

当然、安倍首相は以前から森友学園とは繋がりがある。
 森友学園の籠池泰典総裁は「日本会議」の大阪代表・運営委員。
 安倍首相も「日本会議」のメンバー。



今年1月、海外メディア「タイムズ」紙の取材を受け、
 報道されたその日本語訳は以下の通り。 

「日本愛国主義幼稚園の忠誠と服従」
 訪問者は、塚本幼稚園の風変わりで驚くべき点にすぐには気付かない。
 笑顔で丁寧な先生、2~5歳の制服を来た子供達は、
 他の幼稚園と同様愛らしい。

しばらくした後、園児たちの“おじぎ”をする光景に気付く。
それはお互いにするのではなく、壁の写真に対してである。
それらは、天皇の画像である

「天皇陛下は、我が国の基盤です」と、
 籠池チナミ(先生の1人)は言う。

「私は、天皇陛下に対しそのような尊敬の念を感じます。」

この学校は、ある時代を彷彿とさせる。
 幼い園児は、日本の計算盤である“そろばん”を教わっている。

毎朝、彼らは寒い中でも整列し、
 明治天皇が1890年に明示した教育勅語を詠唱する。
それは忠誠への賛歌と狂信的な国家主義への刺激として
教育分野では禁止されたもの。   
 彼らは、個性的で美しく、
かつ高貴な日本と文化の見方を教え込まれている。

「私たちの目標は、
 我が国と国民の役に立つ子供達を育てることであり、
かつ利己的な目的を追求しません」

籠池チナミの父、園長 籠池ヤスノリ氏は語った。

「国家への誇りをなくして繁栄はない」。

自由主義の日本において、塚本幼稚園は、
 1945年にさかのぼる残忍な戦争介入や、   
 悲劇的な敗北を齎した愛国主義へと子供達を洗脳する施設である。
それでも、ここにおける教育は更に必要とされている。

毎年、70名の募集に対し120人の希望者。
 教育費は毎月215ユーロ(26,000円)。
 4月には新しく小学校が開校され、
 12歳まで愛国的教育が行われる。

その名誉校長は、
 内閣総理大臣・安倍晋三夫人、安倍昭恵氏のようだ。

籠池氏は語る、

「第二次世界大戦後、
 日本の歴史と文化は悪物だという解釈がなぜか発生した。
 伝統的なふるまいや慣習はほとんど喪失してしまった。
 当に今、人々は
歴史・文化の理解や公徳心の必要性を認識している。」

すべての科目は政治的なものではなく、
 将棋、剣道、伝統音楽やラグビーも含まれる。
しかし籠池氏は例えば“女性の役割“という
偏った考え方も持っている。

「男の子は男らしく、女の子は女らしく」

と籠池氏は語る。

籠池氏は、4年間の安倍政権の間、
その成長に影響を与えた愛国的な組織「日本会議」の委員である。

それは、戦後の平和憲法の改正、教科書の改訂、
 戦争の残虐行為に対する自虐意識を排除する
日本の愛国的歴史観を引き起こすものである。

世論の投票が示している。
ふんぞり返っている右翼と違い、
 塚本幼稚園の世界観の普及が
平凡な日本人を深く当惑させていることを。

籠池氏は語る、

「当学園を卒業した園児は、
 弁護士、政治家、自衛隊、芸能人になるべく巣立っている。
その先輩クラスはまだ40代である。
 今後10年のうちに彼らは、先任の地位まで出世するだろう。」

 

異常に安い価格での土地払い下げ
「安倍晋三記念小学校」
 教育勅語
 憲法改正
そして日本会議。

こんな大きなスキャンダルなのに
 なぜかテレビ報道は及び腰。

すべては繋がっています。

これら事実の列挙から、
 背筋のぞっとするものを感じる人は
少なくなってしまったのでしょうか?

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

早稲田、東大、慶応、千葉大、今度は慈恵医大の医師ら「集団による女性への暴行」ー甘い対応は、わが国の後進性の証。

2017-02-20 | 社会批評



 
かなり以前ですが、早稲田大学の運動部の部員たちが、女性を集団で暴行しましたが、その時、元総理大臣の森喜朗は、「元気がよすぎたんだろう。」と評しました。

 最近では、東京大学、慶応大学、千葉大学(医学部)の学生が、やはり一人の女性を集団で暴行する事件が相次いでいますが、その卑劣としか言いようのない行為に言葉を失います。今度は、慈恵医大の医師二人と医学生一人による犯罪(強姦罪で起訴)です。

 点数が命の「受験知人間」は、内心に他者への思いなどまるでなく、自分の欲望だけ。苦しみや痛みの感覚や、抑圧される者の言葉にならぬ辛さなどは、想像さえできぬようです。記号化された勉強と勝ち負け主義の部活運動の中で、「個人としての理性」を持てない集団人となり、「みんなで犯せば恐くない」とばかりの集団卑劣です。

 大の男が計画的によってたかっで女性に暴行をするというのは、言葉にならぬ卑劣な行為で、犯罪の中でも最悪です。

 いまの日本の総理大臣の程度は、森元総理の《集団で強姦した学生をかばう発言》が象徴しています。その人間を平気でオリンピック東京大会の要職につかせるわが日本という国は、道徳的・倫理的におわっているというほかないでしょう。

 こういう恥知らずのおぞましい悪行は、権力を握った者たちの集団がやりたい放題の政治をするのと共通しています。主権者が為政者に示している憲法の理念を一内閣(安倍政権)が勝手に変えたり、石原元都知事は都政を私物化し(税金は使いたい放題)、官僚も「天下り」でおいしい汁を吸いたい放題ですが、最近それを組織ぐるみでしていたのは、道徳教育を叫ぶ文部科学省です。彼らのように、不当な力を用いて自己の思い=欲望を遂げるのは、根源悪と呼ぶほかありません。

 国是であった「自衛隊の海外派兵は行わず」もあっと言う間に犯され、武器輸出も解禁となり、強権的なイスラエルと軍事共同開発まではじめています。

 強い立場の者たちが徒党を組み組織的に、力(権力)を持たない弱者を蹂躙する。「エリート」大学の学生も、民権派を抑え込む国権派の政治家や官僚も、実に醜い存在です。集団凌辱という行為は、共通しています。

 

 武田康弘

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

白樺文学館 創生記 その1 『志賀直哉文学館』から『白樺文学館』に変わった理由。佐野力と武田康弘

2017-02-19 | 白樺文学館

 

白樺文学館  誕生秘話 1. 武田康弘(ホームページ作成は、古林治)

『志賀直哉文学館』から『白樺文学館』

 

八木書店

1999年2月20日志賀直哉文学館プロジェクトスタート。
(写真は神田の八木書店にて.黄色のジャンパーが佐野力さん.)

哲研

その晩.哲研(哲学研究会)で志賀直哉文学館構想を発表.(中央:武田、後ろに佐野さんおよび当時の我孫子市長・福嶋浩彦さんが見える.)ソクラテス教室にて.

 

用地取得

1999年3月26日、皆川豊さん(左)から用地取得.武田(中央)の右は不動産仲介業の栗原年男さん.武田宅にて.

 

旧志賀直哉邸 奈良

1999年5月30日、まだ”志賀直哉文学館”構想であった頃。奈良の志賀直哉・旧居にて.
佐野さん(左)と武田(右)

 

文学館ロゴ

【白樺文学館】ロゴ、白樺派の代表的な活動であった雑誌『白樺』の表紙書体を利用.
● 誕生秘話 ●

1.『志賀直哉文学館』から『白樺文学館』へ

 ちょうど10年前の1999年2月に『志賀直哉文学館』の創設が始まり、それから丸2年、2001年1月に、それが『白樺文学館』として落成を迎えるまでの間、および開館後の数ヶ月間は、わたしの生涯の中でも最も多忙な時期でした。

 今年2009年4月1日、その『白樺文学館』は、オーナーで二代目館長である佐野力さんから我孫子市に寄贈され、市が運営することになりました。初代館長であるわたしは、この機会に、文学館創成の過程を振り返り、検証し、その意味を明確にする必要と責任があると思いますので、『白樺文学館創成ー誕生秘話』をシリーズとして順次発表していくことにします。

 

  1999年2月6日(土)、前日に「日本オラクル」の株式店頭公開を果たし、巨額の資金を手にした佐野さんは、わたしの家を訪れ、「武田先生、事情が変わ りました。お金があるのです。なにか面白いことを一緒にやりませんか。志賀直哉の文学館をつくるのはどうでしょう。武田塾の教育を広めるにも役立つと思う し。つくるにあたっては、理念も中身もすべて先生にお任せしたい。」と言いました。わたしは笑いながら即答しました。「いいですね。やりましょう。」

 わたしは、馴染みの神田神保町(神田生まれのわたしは、神保町の大型書店や古書街でいつも遊んでいた)にある「八木書店」に依頼して資料の収集をはじ め、土地を購入し、理念をつくり、建物のコンセプトを考え、定期的に志賀直哉の勉強会を開き、奈良の志賀直哉邸を佐野さんと共に訪ね、・・・・私塾で子ど もたちの勉強をみながら、そんな多忙な日々を送って7ヶ月が経過したある日、「週刊朝日」(99年9月10日号)に載った佐野さんの発言で『志賀直哉文学 館』の構想を知った志賀直吉さん(注1)から、「父の遺言により、記念館の類をつくることは一切お断りします」という手紙が日本オラクル(株)に届いたのです。

  9月なのに真夏のように暑い土曜日、佐野さんは困惑した様子でわたしの主宰する私塾『ソクラテス教室』を訪れました。「武田先生、どうしましょ う・・・」と言うので、わたしは即答しました。「佐野さん、何の問題もありませんよ。『白樺文学館』とすればいいのです。志賀は柳に誘われて我孫子に来た のですが、かれは同人誌「白樺」を代表する文学者であり、思想・文学・美術・音楽・教育等の白樺文化運動の一翼を担った人なのですから、ひろく白樺派を顕 彰する文学館とし、その中に志賀直哉に関する資料を展示すればOKです。」と。佐野さんは安堵し、その場で『志賀直哉文学館』は、『白樺文学館』になったのです。

  私は内心、「よかった」と思いました。というのは、私小説作家である志賀直哉ひとりを顕彰する文学館ではどうしても趣味性が強くなり、未来を開き、公共性をつくることが難しいからです。
白樺派は、白樺山脈といわれるほどの大きな影響を各分野に与えた日本最大の文化運動ですが、活動があまりに多岐にわたった為、その真価・核心を思想的に明 らかにすることは未だに不十分です。そのため、白樺派を顕彰する文学館(注2)をつくるとなれば、困難の度は飛躍的に高まりますが、その価値もまたはるか に大きなものとなります。「これは、やりがいがある仕事になったな。」わたしは、そう思ったのです。

  しかし、これが後に佐野さんとわたしとの別れを生む深因ともなりました。志賀直哉という一人の作家に拘る佐野さんは〈私性―趣味性〉に傾き、白樺派の精 神を現代に活かそうと発想するわたしは〈公共性―未来性〉に傾くのです。『志賀直哉文学館』から、白樺派を顕彰する『白樺文学館』とした時点で、佐野さんの最初の、そして赤裸々な「想い」を貫くことは出来なくなったのです。誰が計ったのでもなく、これは「運命」としか言いようがありません。

(注1) 志賀直吉さんは、志賀直哉の次男(長男は生後すぐに亡くなったので実際上の長男)で、岩波書店の専務を勤め、定年退職)
(注2) ほんとうは、名称は『白樺文芸館』の方がよいのですが、『志賀 直哉文学館』としてスタートしたため、『白樺文学館』という名称になりました。

 


 

2009年 4月16日  武田康弘

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

倒れたわが友・松橋桂子さんと、柳兼子と「白樺文学館」のことなど。

2017-02-15 | 白樺文学館

 Facebook  2017年 2月 11日 武田康弘

 今日は、大学クラスの前に、作曲家の松橋桂子さんのお見舞いに行ってきました。松橋さんとは16年間の親しい友人です。
    先月、電話で「ガンが見つかり」と話されていましたが、2週間ほど前に突然倒れたのでした。ガン治療はもう無理なので療養所に転院しました。

 動けない松橋さんは、わたしの声を聞くなり、「ああ、武田さん!わが最強の友よ!」と言われました。


------------------------------------...
 わたしは、1999年2月から「白樺文学館」の創設に心血を注ぎ、我孫子に集結した【白樺派の四人】(柳宗悦、志賀直哉、武者小路実篤、バーナード・リーチ)と名付けた理念をつくっていましたが、同年の10月に松橋さんが書かれた大著『柳兼子伝』(兼子の初の評伝)を読み、仰天!これは、大変な女性で、白樺運動の中心者の一人であると判断し、兼子さんを加え【白樺派の五人】としたのでした。
  そのために、白樺文学館の地下に音楽室(兼子さんのCDを最高の音で聴ける部屋とオーディオ装置)をつくりました。

 2001年1月11日の「白樺文学館開会式」に来られた松橋さんは、兼子のための音楽室を見、音を聴き、とても喜ばれ、「武田さんに感謝!こんなに嬉しいことはない。」と話され、意気投合したのでした。

 それから16年間の中身の濃いお付き合いですが、松橋さんは、文学館から教育館への移行時=わたしの苦しかった時代にも、いつも全力で尽力してくれました。一点の曇りなく、真っ直ぐにです。
---------------------------------------

 今日の松橋さんは、頸椎も悪く、まったく動けないのに、気丈で頭は少しも衰えず、1時間5分、話し続けました。

 わたしとの驚きの出会いのこと、柳兼子のこと、白樺派ー柳夫妻や志賀直哉のこと、我孫子ー白樺文学館と教育館のこと、釧路での空襲=戦争持のこと、いまの酷い政治のこと・・・・・

 松橋さんは、話の途中で、「生きているんだから、楽しくなければしょうがないでしょ!」と妹さんに言い、妹さんは、「いつも姉に叱られるの。」と笑いました。
-----------------------------------------

 わたしは、松橋さんが倒れられてから今日まで、心がとても重くて言葉にならぬ気持ちでしたが、今日、病室で話して、ホッとしました。彼女の気丈さ、変わらぬ精神力はさすがです。少しもブレることのない見事な生き方、素晴らしい人生に、乾杯!です。

 昨年2月、白樺教育館での【ソクラテス教室40周年を祝う会】に駆けつけてくれた松橋さんの写真をA4に編集(コラボ)してもって行きましたが、見るなり、「楽しかったわよね、それ置いて行って」と、笑いを誘っていました。もちろん差し上げるための写真です(笑)。

 5か月前の9月14日、師の清瀬保二さんの「ヴァイオリンとピアノのための二楽章」を東京文化会館の小ホールで聴き、食事し、一杯飲みながら歓談をした日の日記もプリントアウトしてもっていきましたが、わたしが文章を朗読すると、「松橋桂子、偉いわね~~(笑)」と言いながら、とても喜ばれました。

以下の記事です。

2016年 9月14日のFacebook

わたしの友人で作曲家の松橋桂子さんと。
画像に含まれている可能性があるもの:2人、座ってる(複数の人)、食べ物、室内

 松橋さんは、日本の風土に根ざし深い世界的普遍性をもつわが国最高の作曲家であった清瀬保二さんを最期まで世話したお弟子さんで、柳兼子の初の伝記「楷書の絶唱」の著者でもあるーーー極めて詳細で明快な大著で圧倒されます。

 わたしが、我孫子市に「白樺文学館」をつくったとき、柳兼子を加えて「白樺派.の5人」としたのは、この書が発売になったからです。

 いまでは、すっかり定着した「兼子を白樺派の中心人物とする」見方は、わたしの決断によるものですが、それは、松橋さんの著作に依っています。

 我孫子市民も、柳家(駒場の日本民芸館)も、深く感謝すべきことでしょう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 帰宅してからの大学クラスの授業でしたが、今日から新しい本『中江兆民と安藤昌益』に入りましたので、気合を入れての授業をしました。夜10時近くまで。 さすがに疲労困憊です。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

わたしの夢 ジョナサン・ノット・東響+ポール・ルイスで、ベートーヴェンピアノ協奏曲全曲演奏会。

2017-02-14 | 芸術

 
(写真は、共に、武田撮影)



実にていねいで美しく、健康な力に満ちた、かつ、市民的な洗練さをもつこの組み合わせは、未来を拓くベートーヴェンになるはず。

神秘主義や耽美主義や自己陶酔とは無縁ですし、現代の機能優先とも無縁です。人間的なよろこびに満ちた真に普遍的な演奏が眼前に展開されることでしょう。

超越や絶対ではなく、豊かで深く強い普遍的な現代のベートーヴェンです。想像しただけでワクワクします。

すでにポール・ルイスは、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲を録音していて、見事としか評しようのない名演奏ですが、実にていねいに楽譜の理念を抽出するノットとの演奏は、もう一つの新たな規範を打ち立てると思います。

ライブ録音もぜひ! わたしの夢、かなうかな~? 東京交響楽団さん、よろしくお願いします。


武田康弘

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

いま何よりも必要なのは「個人」という意識です。国家主義という狂気が吹き荒れる中では、ますます「私」につくことが大切。

2017-02-13 | 恋知(哲学)

  幼少期からみな、精一杯踊らされ、「他者承認」(ヘーゲルの概念)に怯え、競争を血肉化させられ、みな一緒の集団主義の中で青息吐息。新興宗教が流行るのも当然ですが、それらは、政治的にはウヨク的国家主義でしかなく、統一教会など多くは自民党の集票機関です。

  戦前の「家族主義」を称揚する安倍首相以下のウヨク政治家は、同一の価値観を教育で刷り込むための「愛国心」教育をはじめています。「ナショナリズム」という精神の病が、どれほどの悪をもたらしたかは忘れ(消し)、再び国家主義の亡霊を復活させようと目論む長州藩の過激な下級武士の末裔たち。

  東条英機や岸信介(安倍晋三の祖父)らの「鬼畜米英」のスローガンから「アメリカのポチ」路線に転換しながら、同じく明治政府(伊藤博文や山県有朋ら)の国体思想=靖国思想につき、自立する「個人」=シチズンシップに基ずく「市民」という概念を嫌い、ニッポン「国民」としての統合をめがけます。公(おおやけ=官僚政府)による公共(市民自治)の支配=民主政の心臓部を奪うおぞまし戦略です。

  日々、追いまくられる余裕感のない生活、受験主義のパターン知の習得と部活主義の運動と器楽で「自分の頭を使って考える」力を元から奪い、成人すれば、世界一長い労働時間でしばることでフィロソフィーを不可能とし、官僚政府の権力機構がつくる壮大なウソの世界の中で生きるほかない地点に追い込む。

  いまなによりも必要で一番大切なのは、臣民や国民としての人間(ただの人)ではなく、自由と責任意識をもつ手強い『個人』なのです。人間は、どういう状況にあろうとも「個人」なければ、大元から不幸です。いつまでも「人間を幸福にしない日本というシステム」を続けるのは愚かの極み。「公共悪」に過ぎないウヨク国家主義者の想念を元から断たないといけません。

  日々の生活を見直し、状況と自己への明晰な意識を獲得し、私からはじまる人生を歩もうではありませんか。「恋知の生」です。


武田康弘

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

稲田防衛相の発言は、極めて危険ー いまもなお続く大本営の思想(東京新聞ー筆洗より)

2017-02-09 | 社会批評

言葉で誤魔化(ごまか)す、言葉で騙(だま)す、というのは、戦前から日本の国の国是のようになっています。真実を嫌い、上位者(官僚政府)に都合のよいように変える、このおぞましい伝統を変えるのは、わたしでありあなたです。

教科書ではかなり前から、中国侵略という史実を、その史実は消せないので、「中国進出」進出!!??と言い換えるように文科省は教科書検定で各出版社に強制していますが、今度もまた同じです。大本営としての安倍自民党政権です。

われわれ日本人は、戦前から続く古い思想をもつ保守政治家の意向には反対できない人々の群れでよいのでしょうか。民主政とは形式的制度のことで、中身は官府をはじめとする上位者に従うソフトな独裁政治では困ります。

天皇現人神の明治維新政府をよしとする日本では民主政=自治政治は永遠に不可能なのでしょう。 支配し支配されることによろこびを感じるのが日本人なのでしょうか。戦前のアメリカ駐日大使グルーの言ったように、「日本人はアリやハチなどの昆虫のよう」なのでしょうか。 否、そうではない、われわれも個人として人間的な矜持をもてる存在だ、とわたしは思います。

武田康弘

 

 

 

 

 


 

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

残念ながら、尖閣は日本固有の領土ではないようです-----元台湾州トップ、日本海軍No2のお話し

2017-02-08 | 学芸

以下、採録します。

「ポツダム宣言」受諾で、わが国は、カイロ宣言の履行を義務付けられましたが、それを踏まえて、以下の清水光子さんのお話に耳を傾けてください。
2014年9月11日のblogです。

 

残念ながら、「尖閣」は、日本の領土ではないようです。今日の清水光子さんのお話

 2014-09-11 | 学芸

    清水光子さん(9月10日 白樺教育館)

 

今日の「恋知の会」で、
戦時中は台湾州のトップであり、最後(敗戦時)は、支那方面艦隊司令長官であった福田良三(海軍中将・勲一等)の実娘さんの清水光子さん(84歳)は、以下のように話されました。

お父さまから、尖閣は、台湾州の防衛ライン内であることや、台湾の漁民が漁場にしていると聞かされていた。」
また、「海洋学上(海底地形)も沖縄には所属せず、台湾州である」とも話していたとのこです。

清水さんは、「当時の海軍関係者は、尖閣は台湾州に属するものと認識していて、沖縄に所属すると思っていた人はいないはず。」と話されました。


これは、極めて重要な証言で、
台湾州は、ポツダム宣言を受諾して敗戦をしたわが国の領土ではありませんから、尖閣は沖縄に所属していたので日本領だとする政府や外務書の主張は、明らかな嘘であることになります。
日本人だからといって、嘘で領土を拡大することはできません。  中国敵視ではなく、日中友好が必要です。

 

以下は、福田良三さんの写真と、B級戦犯として上海から家族へ宛てた手紙です(クリックで拡大します)。

            

 

なお、興味深いお話がいくつもありましたが、それはまた後日に。

 

追記

 尖閣の領土問題を煽ったのが石原慎太郎であり、乗じたのが愚かな野田総理でした。石原は「シナと戦争したい」と語っていますので、尖閣で中国を挑発することがその目的であることは明らかです。
 領土問題の大宣伝を行う政府と政治家は、日本的「愛国主義」のイデオロギーを浸透させること→社会契約に基づく現憲法の全面廃棄(国体思想の復活)を目的としていますので、

国民は、その戦略の上で踊らされているわけです。
 市民=ネットしか、冷静な真実を伝えられませんので、ぜひ、拡散して、領土問題を冷静に考えましょう。それがホントウの国益=国民益になるはずです。

 

追記2

 伊藤博文は魚釣島=尖閣諸島を日清戦争時に尖閣を日本領として編入したのですが、その経緯は以下の通りです。

 1885年(明治18年)の時点で、明治政府(山県有朋)は、閣議で魚釣島(尖閣諸島)を日本の領有とすることを否定しています。
 この年の9月に沖縄県令(今の県知事)の西村捨三は、内務卿の山県有朋宛ての報告書で、

魚釣島は大東島とは地勢が違う し、中国の記録が多くあり、冊封船(さくほうせん/中国が承認した国の船)が通っていて島に詳しく、それぞれに中国名もついている。日本領という標識を立てるのは待った方がよい(要旨)」
と 記しています。
 これを受けて山県有朋は井上馨外務卿 に相談しますが、井上は
調べるのはよいが、右 島嶼(とうしょ)(魚釣島)に、国標を立てるのはよくない、清国の疑惑を招 く。また島を調査していることを官報並びに新聞に掲載してはいけない(要旨)」
と応えました。
 それを聞いて山県は、1885年の閣議で魚釣島の日本領有を否定 しました。


  ところがその10年後、日清戦争の末期に皇軍の勝利が確実になった時点で (1895年・明治28年1月14日)突然、伊藤博文は「標杭建設の義」を決定し領有に踏み切りました。
久米島魚釣島と称する無人島へ向け近来漁業等を試むる者有。之為取締を要するに、付ては同島の議は沖縄県所轄と認めるのを以て、・・・・明治二十八年一月十四日 内閣総理大臣伯爵伊藤博文」。

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

日米、軍事同盟、煽れ、煽ろう、煽らなければ! 「尖閣」で中国との対峙はよろこびー安倍自民は血が騒ぎ興奮!

2017-02-07 | 社会批評

いよいよ、軍事力増強の最高の口実が出来たぞ! 一億二千万を一致団結させ(しない者は非国民で村八分に)、GNP(国民総生産)で2倍以上の差をつけられている憎き中国と対峙だ!(というより、世界の主要国では、日本一国だけが経済成長していないのですが~~、おい、ほんとのこと言うな!非国民め)

国家主義の血が騒ぐ、興奮を抑えられぬ~~~。マスコミ総動員で、尖閣守れ! 領土問題を連日報道させ、国民に「ニッポン人意識」をがっちり植え付け、小国民の愛国心教育(日本は一番!)に拍車をかけるぞ!

やっぱり、わが自民党が掲げる「強い国家」実現のためには、強い軍隊を整備し、アメリカ軍と一体となり、レベルの低い中国など蹴散らすことが大切だ。愛国愛国愛国万歳!

平和主義など弱腰なこと言う「市民派」とかいう連中は、もういないも同然だ、わははは。トランプとピッタリの安倍晋三ちゃんは、岸信介おじいちゃんが実現した「シナを蹴散らした強~~い国」(満州国もつくったぞ)=よきニッポンの再興を目がける! ただし、今度はアメリカのポチになり、けっしてアメリカさんのご機嫌を損ねぬことが大切、まあ、それが「歴史に学ぶ」ということ。

まずは、尖閣防衛だ、日米軍事同盟強化で中国は真っ青だろう。嬉しくて飛び跳ねたい~~。


でも、まあ、ほんとうのことを言いますと、尖閣は地理学上は中国大陸とつながっていることが、日本の地震研究(人工地震で地形調査)で明らかになってしまいましたので、だいぶ不利ですが、まあ、そこのところは目を瞑り、わが伊藤博文総理の「先に言ったもの勝ち」(日清戦争で勝利のドサクサに紛れてではありますが)の論理で乗り切るのがわが外務省と政府の方針です、これを堅持~~。

ただ、当時の台湾州トップ(敗戦時は海軍No2)の話は、やはり国民に知れると困るな~~~、まあ、マスコミが取り上げなければ大丈夫だろう~~~?
残念ながら、尖閣は日本固有の領土ではないようです

 

  領土問題(竹島、尖閣)の背景を知るー優れた解決策は。


武田康弘





 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

親の子育てスタイルが一生を左右する--民主型が最も優れるという実証研究。

2017-02-02 | 教育

以下は、今さらとも思いますが、「もっとも優れた子育ては民主型」が紹介されています。
わたしのフィロソフィー(長年の主張と実践)は、家庭での子育て・教育はもちろん、会社経営でも学校運営でも、優れた思想と実践は民主性=民主型です。
日本オラクル(株)のミラクルな大成功(爆発!)は、わたしの思想と手法を初代社長の佐野力が採用したからです。

武田康弘

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

msnニュースより

『いまの科学で「絶対にいい!」と断言できる最高の子育てベスト55』が話題だ。「最もクールで、最もわかりやすい」「これからの子育ての新基準」と絶賛されている話題のベストセラーから、驚きのノウハウを紹介す

 

親の子育てスタイルが、一生を左右する

 次のような子どもに育ちやすい子育てスタイルがあります。

自立心が強い

●自信がある

●社会的能力が高い

●不安が少ない

●落ち込みにくい

 こういった子どもの親は、子どもの要求に上手に応じて協力的であり、厳しくも敬意をもって親のルールを守らせます。カリフォルニア大学バークレー校の研究者ダイアナ・バウムリンドは、この子育てスタイルを「民主型」と呼びます。

 1980年代半ば以降、数々の研究によって、子育てスタイルと子どもの社会行動に強い相関関係があることが証明されてきました。

 子育てのスタイルが、子どもの未来の姿を保証するわけではありません。親が子どもに与える影響には限りがあります。他に「遺伝子」「友人」「文化」「親以外の大人(シッター、教師、祖父母、コーチ)」という要因があり、親から受ける影響は20~50パーセントと言われています。

 でも、できる限りのことはしたいですよね?

「子育てスタイル」の違いで子供はこう変わる


 親の子育てのスタイルには、以下の4つがあります。

■独裁・支配型の親 

厳しくて、温かみがない。 厳格なルールを持ち、説明なしに命令に従うことを子どもに期待する。 子どもは概して行儀がよいが、「自制心」という極めて重要なスキルの発達が遅れる。 また、善悪の判断基準が、内在する規範ではなく処罰の脅威という外部からの制圧によるため、道徳の判断力が劣る。

〈「独裁・支配型の親」の声のかけ方〉「こら!列に割り込まないで!どきなさい、あの子を先に通して」「さあ、帰るわよ」。それでも遊んでいたら、抱っこして立ち去る。「止まって、脱げた靴を履きなさい」「そこまでにしなさい。いますぐ謝りなさい。今度やったら、後悔するよ」「座りなさい」「まだお腹が空いてるの?残念だけど、おやつは食べたでしょ。1つだけというルールよ」

■民主型の親 

厳しくて温かい。関わりを持ち、反応が良く、高い期待をする。意識的に独立心と自己主張を育む。ルールをつくるときは子どもを話し合いの輪に入れ、ルールを破ったらどうなるかを明示する。罰するのではなく教えることでしつけをする。

〈「民主型の親」の声のかけ方〉「○○ちゃん、順番を待とうね」「あと5分で帰るわよ」「あと1回すべり台をすべったら、コートを着なさい」。それでも遊んでいたら、抱っこして立ち去る。「えらいわ、よく考えたわね!靴が脱げたのに、工夫してお山に登れたね」「怒ったときに、人を叩かないのよ。他にどうすればよかったかな?叩くなら、もうここにはいられないよ」「ベビーカーでは座っていてね。○○ちゃんが落っこちてケガをしたら、ママは悲しいわ」「まだお腹が空いているのね?ぶどうか、チーズを1つ食べてもいいわよ」

■消極・受け身型の親 

温かいが厳しくない。 子煩悩で親子の会話が多いが、甘やかす。対立を避けたがり、規律を嫌がるので、親のルールを施行しない。 子どもは自己評価が高いが衝動的で、ドラッグやアルコール依存症になりやすく、学校でトラブルに巻き込まれやすい。

〈「消極・受け身型の親」の声のかけ方〉 子どもの割り込みを見ているだけ。相手の親に、薄笑いをうかべて謝る。「さあ、帰る時間よ、いいわね?」。それでまだ遊んでいても、親は座ったまま。「脱げた靴、履きなおしたほうがいいんじゃない?」「今度叩いたら、もう帰るわよ。ママはいまなんて言った?もうやらないで。帰りたいの?叩かないで、ってお願いしたよね。やめなさい。帰りたいの?今度叩いたら帰るわよ」「座ってちょうだい。座ったほうがいいわよ。まあ、少しだけなら立ってもいいかな」「まだお腹が空いているのね?わかったわ、なんでも好きなものを食べなさい」

■無関心な親 

厳しくも温かくもない。 子どもに最低限のものは与えるが、それ以外は関わらない。こういった親に育てられた子どもは非行に走りやすい。

「独裁・支配型」は親がラクなだけ

 子育てスタイルに影響を与えるのは、子どもの気質、親の気質、親が受けてきた子育て、周囲の親の子育てなどです。ベッドタイムに、子どもがベッドから抜け出そうとする回数も。

 独裁・支配型の子育ては、脅したり叩いたりして言うことを聞かせるので、ある意味「ラク」です。

 民主型は、時間がかかり、労力も忍耐力も必要です。だから、失敗を覚悟して次回もトライする、ぐらいの気持ちで挑戦しましょう。親が短気な性格だったり、お手本となる民主型の親が周囲にいない場合は難しいかもしれません。

 場当たり的に対応するよりも、子育てのスタイルを決めておくと、やりやすいです。私は毎日、微調整をしています。最終的には親の選択にかかっています。カウンセラーや子育てコーチ、パパママ教室のサポートを得るのもよいでしょう。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ショパンに責任をもったオレイニチャクさんの演奏会で、ショパンの全体像が分かりました。感動と感謝!

2017-02-02 | 芸術


  (演奏会終了後のサイン会で武田撮影、銀座王子ホールで)

昨日のオレイニチャクさんのショパン演奏会は、ショパンの全体像を開示した見事なもので、深く精神的に満たされました。

技巧を中心にした自己顕示の演奏とはまるで異なり、また、ショパンを聞きやすく上手に演奏して聴衆を喜ばせるのともまるで違います。

ショパンの本質を提示しようとする責任感に溢れた演奏で、ショパンの肉声を直に聴くように思えたのです。

前半50分と後半40分のプログラムは、それぞれが一つの組曲のようで、次々と変化するショパンの心象、思索と感情が露わになり、その複雑で多様な意味世界に心身が震えました。

メランコリーであり、朴訥とした語りであり、断固とした意志であり、精神の高揚感であり、オシャレであり、素朴であり、自然であり、華やかであり、感情と意志と思索のショパンの世界の色模様がピアノの音になっていたのでした。

いくらLPやCDを聴いて分明でなかった「ショパンとは何か」がまるで目に見えるような演奏会で、これは特別な体験でした。オレイニチャクさんに感謝です。

それにしても、サロンのような315席の銀座王子ホールでの演奏会、なんと贅沢なことでしょう。オレイニチャクさんは、四曲もアンコールされ、その後のサイン会も満面の笑みでした。内面の誠実さが顔に現れ、惚れ惚れしました。


武田康弘

 

プログラム

<オール・ショパン・プログラム>
ノクターン 第20番 嬰ハ短調 遺作
ノクターン 第19番 ホ短調 Op.72-1
マズルカ イ短調 Op.17-4
2つのマズルカ 変ロ長調 Op.7-1、ヘ短調 Op.7-3
バラード 第1番 ト短調 Op.23
ワルツ 第3番 イ短調 Op.34-2
2つのワルツ 嬰ハ短調 Op.64-2、変ロ長調 Op.64-1
ワルツ ホ長調 WN18
ワルツ イ短調 WN63
スケルツォ 第2番 変ロ短調 Op.31

********** 休憩 **********

ポロネーズ 第3番 イ長調 Op.40 「軍隊ポロネーズ」
ノクターン 第13番 ハ短調 Op.48-1
ノクターン 第17番 ロ長調 Op.62-1
2つのマズルカ ト短調 Op.24-1、ハ長調 Op.24-2
3つのマズルカ Op.63
幻想即興曲 嬰ハ短調 Op.66
前奏曲 第4番 ホ短調 Op.28-4
ポロネーズ 第6番 変イ長調 Op.53 「英雄ポロネーズ」

 

【アンコール】

ピアソラ:オブリビオン
クープラン:恋の夜鳴き鶯
ショパン:ワルツ 変ロ長調 Op.64-1
ドビュッシー:前奏曲集 第2集 より 水の精

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

天皇・皇后と親しかった宮内庁記者の書いた本 『明仁さん、美智子さん皇族やめませんか』 がいよいよ半分現実に。

2017-01-31 | 書評


明仁さん美智子さん、皇族やめませんか』は、皇族ととても親しくお付き合いし、幾度も天皇・皇后に助力した気骨ある宮内庁記者(33年間勤務)の板垣恭介さんによる著作です。

ここに書かれている内容は、いまの象徴天皇制と明治維新政府がつくった近代天皇制についての優れた考察で、日本人みなの必読書と思いますが、この書で提案されている「皇族やめませんか」がいよいよ半分現実のものとなります。

この機会にぜひ、本書を読まれることをお勧めします。


武田康弘

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ジョナサン・ノット賛  多色多面、パワフルだが優しく丁寧、愛に満ちた明るさ、人間性溢れる音楽。

2017-01-28 | 芸術

 
2016年12月11日 撮影・武田。
「コジ・ファン・トゥッテ」終了後。
東京芸術劇場で。


 このところ、CDで、ジョナサン・ノットの指揮するマーラーの9番(バンベルク交響楽団)とブルックナー8番(東京交響楽団)を繰り返し聴いてきましたが、

 ノットの指揮は、余裕感があり、実に多面的・多色で、今までいない指揮者だな、と改めて強く感じています。各場面が万華鏡のように色とりどりで、感情の変化に富み聴き飽きません。クラシック音楽に新しい世界を拓きますが、それは、変わった演奏で人を驚かさせるのではなく、本質的に新しく素敵なのです。

 昔の名演、一つの曲を一色で統一し、求心的に聴衆を引きずり込んでいくというのとは全く異なり、それぞれの場面が、それぞれの音が、そして全体の色模様が楽しく美しいのです。エロースの音楽です。今月92才で亡くなったジョルジュ・プレートルのように色気がたっぷりですが、ずっと現代的で知的です。

 ノットは、たいへん頭がよく分析力が強いのですが、それが表に出ず、抒情的な優しさと明るさが全体を支配します。昨年、6回聴いたライブ(東京交響楽団)も、すべて嬉しくなる演奏ばかりで、なんとも気持ちがよいのです。健康で、美しい。

 パワフルでダイナミックですが、丁寧で優しく、人間愛に満ちていて、威圧感が皆無で、民主的で、親しみがあり、心が温かくなります。悲しい曲や場面にも愛があり、救いがあります。

   求心的な宗教性や主義ではなく、多様で明るい人間性豊かな世界です。これは21世紀の音楽で、とても明晰、みなを幸せをにします。、何度でも聴きたいと思わせる演奏です。

 次は、マーラーの交響曲全曲セット(バンベルク交響楽団)を購入しよう。
それにしても、ノットの指揮でこの先7年間もさまざまなライブが聴けるのは、なんという幸せ!! 今年もまた東京交響楽団との演奏会、とても楽しみです。


武田康弘

追加(FBのコメント欄に載せたもの)

最初は歌手志望で、ピアノ奏者であり、器楽(フルート)奏者でもあるノットは、
個々の音楽場面の内側から音楽を見、知り、
そして、
頭脳明晰な指揮者として全体を俯瞰する。
個々の音の美しさ・よさの追求と、中身=イデー、いわゆる精神性の追求を同時に行えるので、
健康で、流れのよい展開が、快感(頭と身体の双方の)を呼びます。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

必聴必見!山本太郎の自由党他の代表質問、ほんとうのことを面白くズバリ!拡散を。

2017-01-28 | 社会批評

https://www.facebook.com/shiminmedia/videos/1271336626246100/

ぜひ、ごらんください!!
山本太郎は、国民の代弁者=真の国会議員です。
ゆえに、参議院議事録から削除しようと自民党が画策しています。
由々しき事態です。


武田康弘 元参議院行政監視委員会調査室・客員調査員(国会職員に「日本国憲法の哲学的土台」を講義)


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

丸山眞男による「戦後民主主義」の終焉ーマンガ『まさかの福沢諭吉』 雁屋 哲 原作。

2017-01-26 | 社会思想

確かにマンガですが、これは論文、否、ただの論文ではない絵巻物のような大作です。

戦後民主主義の不毛性の元がよく分かります。東大教授・丸山眞男は、今もなお東京大学関係者には「絶対」の存在で、政治学者の山口二郎さんも「戦後の民主主義は丸山眞男がいなければ無かった」とまで言います(偉い学者がいないと民主主義が始まらない?)。その丸山による福沢諭吉礼賛があって、諭吉は民主主義の旗頭のように思われてきましたが、それがどれほどの嘘かは、長年にわたり安川寿之輔さん(名古屋大学教授)が詳細に論じ、各地の講演会で明らかにしてきたことです。

それが分かりやすくマンガになったのを見て、わたしは、「ああ、これで戦後民主主義はおわったな」と思いました。

東京大学の有名な政治学者の丸山眞男の権威に依拠した民主主義では、あまりに脆弱です。demos(人々)+cracy(支配する)=デモクラシーになるはずがありません。明治政府(天皇制国家主義)の思想的牽引者であった諭吉を民主主義の先駆者=市民的自由の旗頭に仕立てての「戦後民主主義」は、虚構の上につくられたものでしかなく、終焉するのは当然です。

もちろん、安倍首相のように敬愛する祖父の岸信介が領導した戦前の靖国思想に戻れ=明治維新の偉業を再びというものではありません。権威に頼る思想や行動ではなく、ほんものの民主政治=自治政治へのチェンジというわけです。そのためには、明治の天皇制国家主義を「複眼的」というより「実利的」に支えた福沢諭吉の思想を検証し直す作業が不可欠です。このマンガの原作者である雁屋 哲さんは、福沢諭吉全集を読破し、核心的な部分を現代語訳して示していますので、とても分明です。

今後、政治学者も歴史学者もこのマンガを無視することはできないと思います。丸山眞男や福沢諭吉の思想(丸山諭吉)を是とする学者たちは、ここに書かれている内容に応えなければ存在理由がなくなります。ぜひ反論を書いてください。それでこそ学問です。『学問のすすめ』


武田康弘



コメント
この記事をはてなブックマークに追加