思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

ポール・ルイス(ピアノ) ムソルグスキー「展覧会の絵」 シューマン「幻想曲」 賛

2017-05-25 | 芸術

 

 ポール・ルイスは、既存の枠組みをブチ壊して進む。常識?なんだそれ、常識はわたしがつくるのだ。
わたしは、こう感じ、こう思い、こう考え、こう弾く。誰がどうしようと、巨匠の解釈がどうであろうと、そんなものは、全然関係ない。

 打鍵は、強く深く落ち、揺るぎない自信に満ちている。
 変わったこと、恣意的なことはしない。堂々と自己の信じる道を進み、外連味(けれんみ)がない。ためらわずに、少しも歪まずに、天空を駆け巡り、大地をグングン進む。

 なんと気持ちがよいのだろう。 この晴れやかさは、同時に、人間的な優しさと愛に満ちている。

 ルイスのCDは、日本盤がない。この断固たる自己への忠実は、「ああでもない、こうでもない」のウジウジの人には分からないのかな? 日本のクラシック専門家には「音楽音痴」が多い?(笑・失礼)。

 いま、ルイスのCD=ムソルグスキー「展覧会の絵」をかけていたら、妻が清瀬保二?と言った。なるほど、孤高で揺るぎない自然態は同じ。高音の輝きと打鍵の確固たる強さも。ああ、そうだ!清瀬保二はムソルグスキーが好き、とお弟子の故・松橋桂子さんが話していた。みな、観念優先ではなく、足が地についている。

 そして、その強さには、優しさと愛の強い支えがある。だから、温もりがあり、ファンタジーの世界が広がる。二曲目のシューマンの幻想曲は、しっかりとした芯をもつ美しさだ。透明感のある音で、かつ豊かな身体性をもつ。

 最高のピアニスト、ポール・ルイスに、乾杯!! 今年11月の来日公演、とても楽しみだ。



武田康弘


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安倍政権の政策・言動は、すべて、明治維新の【国体思想=靖国思想】という想念に基づいています。

2017-05-25 | 社会批評

 個人レベルで行うテロを防ぐのに、防衛費の増額!?など、なに一つ関係ないのは、誰にでも分かる話です。
子どもじみている、というレヴェルを超えて、論じる意味すらなく、そんなことを考えたり、信じたりする人間がいるのが不思議というほかありません。

 「共謀罪」を新設することが、なぜテロ対策になるのか? 爆弾テロを防ぐのに共謀罪が何も関係しないことは、誰でも分かります。
ねらいは、政府に対する批判・反対運動を抑え込むことであるのは明白で、国連の特別報告者の指摘にもあるように、あまりにも危険な法案です。

 安倍政府は、国際問題や種々の事件を利用して、実際上、主権を国民から官僚政府に移したい(すでにかなりそうなっていますが)のです。国家という名の幻想的な共同体を利用して、一人ひとりの人間の自由と責任に基づく自立ではなく、「政府 内 個人」にすることが目的です。

 愛国心教育、国旗に敬礼する人間の育成、あるゆる場面で「国歌斉唱」、教育の政府統制、明治維新史観の徹底、アメリカ軍と自衛隊の完全な一体化(米軍に寄り添うことで国内を「戦前思想」に戻すという基本戦略)、防衛費増額、違憲の安保法制、スパイ法の新設、共謀罪の新設もくろみ・・・・・すべては、明治維新の【国体思想=靖国思想】という想念に基づきますので、理性など通るはずがないわけです。

 民主政治=自治政治とは二律背反で、ふつうの健全な理性をもつ人、市民精神をもつ公共人の考え方・生き方とは、根本的に異なる政治です。

 いま必要なのは、理性(綜合的な判断能力)の回復です。

 

 武田康弘

 

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日本政府、国連報告者に抗議→国連人権部会との対立に発展か。戦前の国連脱退のよう。東京新聞

2017-05-24 | 社会批評


 日本政府のあまりに稚拙で危険な「共謀罪」新設に対して、
30年間にわたり日本のプライバシー権の実態と歴史を研究してきた法学者のケナタッチ氏による国連特別報告が出されましたが、
政府の菅官房長官は、批判内容についてまったく応えず、逆ギレして怒りを表明しました。

 まともに応えようとしない日本政府に対して、国連がアクションを起こす方向にあるとのことです。
日本政府は、まるで戦前の「国連脱退」と似た発想と言動で、世界的な普遍性を持たず、自閉的な自国絶対主義に陥っているというほかありません。

 

武田康弘(元参議院行政監視委員会調査室・客員調査員「日本国憲法の哲学的土台」を講義)

 

 

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「後から何を言っても遅い」ー政府が国民を支配するニッポンを再び、でよいですか?東京新聞デスクメモ

2017-05-23 | 社会思想

以下は、「東京新聞」特報部のデスクメモです。

戦前、国際連盟を脱退した当時の松岡洋右元外相は後に「脱退は真意ではなかった」と述べた。

A級戦犯容疑者の多くも「戦争には反対だった」と弁解した。「無責任」が国を亡ぼしかけた。

共謀罪審議の粗雑な議論も自由や民主主義の名に値しない。後から何を言っても遅い(洋)

2017. 5.20


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 A級戦犯容疑者の岸信介は、安倍首相の最も敬愛する祖父ですが、東条英機と共に対米戦争の決定者です=昭和天皇の意思を後ろ盾にして。

 岸信介は、戦後も「あの戦争は正しかった」と述べていて、反省はしていません。安倍首相も「戦後体制を終わらせる」をスローガンにして、戦前体制(超国家主義)への批判は一度もしません。確信犯なのです。

 敬愛するお爺さんの国家を再び!は、安倍首相の悲願です。どのような手段を用いても実現させたいのです。平成版の「治安維持法」(政府が国民を支配する)である「共謀罪」の成立は、強い戦前国家のニッポン復活のためには欠かせません。

 無条件降伏=「ポツダム宣言」受諾で敗北した明治維新の伊藤博文や山県有朋らの思想=皇室を利用した国家主義(「万系一世」という作り話による)の思想を再び日本人に植え付ける【全員洗脳】のために、あらゆるメディアや政治勢力を駆使します。現天皇の明仁さんや美智子さん、皇太子夫妻らが嫌がり、反対する思想をです。

 アメリカへの敗北を心理的に消去し、すでに敗北した日本主義を復活させるために、アメリカ軍との完全なる一体化を目がけます。アメリカ軍部と一つになったニッポンをつくることで、復古主義=戦前回帰の思想で日本国内を統一するのが、安倍首相グループの根本戦略なのです。電通の自民党担当なども絡むどす黒い野望です。今のアメリカは、アメリカ軍と一体化した国家であれば、その国がどのようなイデオロギーを持とうと干渉しません。同盟国であるか否かだけが問題なのです。


武田康弘

 

 

 

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ジョナサン・ノットの唯一の欠点。

2017-05-22 | 芸術

わたしは、大好きで、大絶賛を繰り返しているジョナサン・ノットですが、

ただ一つ、欠点があります。

「ブラームスの1番」や昨日の「ブルックナー5番」で顕著なのですが、

 休止の問題です。

楽譜通りの正しい休止のほかには休止がないことです。

それでは、すべてが一続きになります。それが欠点にならない曲もあれば、欠点になる曲もあります。

止まる、スキをつくることで、大きく呼吸ができ、音楽世界は深みと広がりを露わにします。音楽が深く落ちる・沈むので、大きくなるのです。

それは音楽に限らず何事でもそうです。

余るほどの能力を持ち、優しく豊かな人間性で、エロースあふれる音楽を次々と生みだす稀有な人物であるジョナサン・ノットを、わたしはとても敬愛しています。
彼が、もし、この休止=スキをつくることの重大さに気づき、成功すれば、21世紀のもっとも優れた指揮者(音楽家)になると思います。

頑張れ!ノット。



 写真は、2016年10月15日 サントリー・ホールで、
 見事な「ショスタコーヴィチ10番」演奏会終了後、
 わたしのブラボーに応えるノットさん。



武田康弘

 

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ジョナサン・ノット・東響 おそるべし。ブルックナー交響曲5番  ミューザ川崎

2017-05-21 | 芸術

 おそらく繰り返しの世界記録のようなブルックナー5番が始まった。ピーンと張り詰めた空気の中で、次々と現れる音型を追うのは快感だ。一楽章だけで終わってもOKと思えるほどの充実。

 ノットの緻密で新鮮な解釈と東響サウンドの見事さには驚かされる。一昨々日聴いたイギリスの名門、フィルハーモニー管弦楽団とも優劣はない。個性の違いで、弦は東響が音の透明度としなやかな美しさで優り、輝きと強さでフィルハーモニーが勝る。管楽器の上手さは互角で、聴き惚れてしまう。わたしには東響が優れているように聞こえる。金管はフィルハーモニーか。

 ノットの指揮は、全楽章とも見事なまでの緊張感で、糸がピンと張られているような美しさ。オケへの指示=表情と手と身体の動きはまったく無駄がなく、惚れ惚れしてしまう。まるで最高の競技者のような動作だ。

 2楽章の天国的な美しさは、弦の有機的な上手さ、強奏しても音の品位が高く繊細さを失わないことで生みだされている。

 3楽章の感動、充実感あふれる躍動が終わると、再び1楽章が回帰する終曲へ。美しくかつパワフルな音たちは、同一メロデーと強弱を執拗に繰り返し、最後の爆発へと登り詰める。すごい迫力だが、すべてが美しい、いままで聴いたことのないブルックナー。隙がなく最初から最後まで気が抜けない。現代的な優れた演奏の典型で感動した。ただし、ブルックナーの素朴さ(野暮さ)とは無縁で、聴くのには心技体の充実が求められる(笑)。

 それにしても繰り返しの鬼のような5番を二日続けて同一会場でやるのは、ノット・東響くらいなもの?

 最初の小曽根のモーツァルトピアノ協奏曲は、ピアノがジャズのリズムと変則的な動きで、これは、完全なる確信犯(笑)、面白い。アンコールの即興のジャズ(クラシック曲のアレンジのよう)は、楽しくて、オシャレ、身体が動き出す。

 東響は、音楽の核心を明確につかんだ、と思われる。こういうオケは今までの日本にはなかった。ノット・東響おそるべしだ。
 なお、昨年の欧州演奏旅行のプレコンサートで演奏された「ショスタコーヴィチ交響曲10番」がSACDで発売となり(サントリーホールでのライブ)、今日のブルックナーにもマイク機材が入った。



武田康弘

   ※ 新発売のSACDショスタコーヴィチ交響曲10番今聴きましたが、当日のわたしの絶賛でさえ全然足りていないな、と改めて感動!
日本のオケ云々という話ではなく、10番の新たな金字塔で、こんなに面白い演奏、血が騒ぐ演奏は今までありませんでした。このSACDは「客観的」証拠です。ああ~~気分いい!当日のわたしの大賛辞の確かな証拠だ!(笑)これを聴いて幸福になれない人はいない。悦びの10番!

Amazonでの購入はクリック。

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今朝の東京新聞、必読。共謀罪の恐ろしさー「政府 内 個人」という日本主義の復活は、国連からも批判。

2017-05-20 | 社会批評

ぜひ、お買い求めください。お近くの販売店にありますので。

東京新聞、5月20日(土)朝刊です。

 

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2017年の共謀罪と1925年の治安維持法の答弁が一致する。安倍首相のお爺さんに対する敬愛が戦前回帰へ。

2017-05-19 | 社会批評

2017年の共謀罪と1925年の治安維持法の答弁が一致する。
治安維持法と共謀罪をめぐる答弁が恐ろしいほど一致している。(朝日新聞3/15)

C67Tw2GUwAAmEcx

戦前思想ー体制への回帰が進みます。安倍首相のお爺さん(対米戦争の決定者の一人=岸信介)に対する敬愛は、国家を私物化して前進します。
到底許されないことです。

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サロネン・フィルハーモニー ストラヴィンスキー初演+マーラー交響曲6番「悲劇的」ー強烈なカタルシス。5月18日

2017-05-19 | 芸術


 オケが引き上げた後も、幾度も呼び出されるサロネン。熱気が写真からも伝わります。このホールでこれだけの盛り上がりは今までなかったとのこと。よい記録になりました。


 サロネン・フィルハーモニー 白熱の名演、超満員のタケミツメモリアルホール、鳴りやまぬ拍手、スタンディングオベーション、ブラボーの連呼、マーラー6番「悲劇的」ーすべてを終わらせる最後の一撃は、絶頂のカタルシス。

 
興奮冷めやらず、今朝は、6時に目覚めた。キラキラと輝く新緑が、爽やかな香りで空気を満たし、心身に染み込むよう。

 ティンパニー7台、ホルン9本、トランペット7本、トロンボーン4本、コントラバスは8丁、舞台ギリギリに並ぶ楽器が目に焼き付いている。

 オケの全体は有機的に一つだが、個々のプレーヤーは、自分の音をクリアーに出し、アインザッツも核心部分以外では神経質でなく、余裕がある。楽曲のイデーが明瞭で、音楽が立体化し、生きて輝いている。細かく緻密にやりすぎてノッペリとしてしまうのとは逆で、見事に立っている。マーラーと同じく作曲家でもあるサロネンは、音楽の捉え方が斬新で、いま生まれたかのように初々しい。シャープで現代的だが温かく、管理的ではなく、エロース豊かだ。

 昨年、発見され、世界初演されたばかリのストラヴィンスキーの「葬送の歌」が序曲のようになり、休憩なしでマーラー6番に入り100分連続だったが、少しも弛緩せず、充実の極み。サロネンは全力投球で、途中で水分補給した。顔面紅潮し、途中からはずっと真っ赤だった。

 長大な終曲4楽章は、海のよう。愛に溢れるサロネンの指揮は、いつまでも続いてほしいと願ってしまう。豊かな水の動き、透明な海水が渦巻き、泡立ち、流れる。曖昧さがなく明晰で鋭利だが、溢れるばかリの悦びがある。「悲劇的」と題されたこの曲は、運命により斃れ、すべての終わり=破局を告げる強打で幕を閉じる。しかし、サロネンの演奏は、これ以上はない鋭利な切断が、そこから目も眩むばかりの眩い生への飛躍を予感させる。強烈なカタルシスに全身が痺れる。

 この演奏は、指揮者もオケも聞く者も、全員で行う格闘技のようだ。あるいは愛のルツボか。それにしても、音楽家のタフさには毎度舌を巻く。5月14日からこの日まで、5日間休みなしで、西宮(兵庫県)、東京、名古屋、熊本、そして昨日の新宿オペラシティ。

 心身の底まで充足。帰りに一人、テラスで黒ビールを飲んたが、同じテーブルの母娘さんと対話。話があい、意気投合。ジョナサン・ノットのファンでもあり、嬉しい限り。一昨年のサロネン・フィルハーモニーでも、わたしと同じシベリウス、ベートーヴェン3番、ブラームスヴィオリン協奏曲(ヒラリー・ハーン)を聞いたと言う。縁。今日の演奏会のこと、ソニーのカメラのこと、日本のひどい型ハメ教育のこと(オランダに長く住んでいたそうです)。白樺派と白樺教育館のこと、国体思想ー安倍政権のおぞましさ、など楽しくお話しして帰路についた。

 

武田康弘

 
追記・fbの友人で、幾度か演奏会でお会いしている長谷川京介さんのblogを読みました。長谷川さんは「音楽の友」などで批評活動をしています。


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主権者の国民ではなく、行政権力のトップが憲法改定の先頭に立つ!?民主政ではあり得ない異常事態なのです。

2017-05-16 | 学芸

国の主権者は誰か?

明治維新政府の伊藤博文は、大日本帝国憲法(明治憲法)の作成者ですが、主権は天皇にあるとしました。そして、わが国では将来にわたり主権が国民に移ることはない、と教説しました。

1945年「ポツダム宣言」受諾で、無条件降伏した後も、政府と二大政党は、新憲法でも天皇主権は変えないとし、国民主権を頑なに拒否しましたが、占領軍(GHQ)は、人民主権(国民主権)を絶対条件とし、民間人七人のつくった憲法草案(「治安維持法」違反の第一号逮捕者であった憲法学者の鈴木安蔵、後にNHK初代会長となる共和主義者の高野岩三郎らによる)を下敷きにして、天皇は象徴・主権は国民にあるとする現『日本国憲法』が、ようやく誕生したのでした。

その主権者が、政治を主権者の代りに行う政治家に対して示す政治理念が憲法ですので、もし、憲法を変える必要があると主権者の多数が判断した時は、その意思を受けた国会議員が、国会において発議します。

約束事の憲法理念を守る最大の義務を負ってるのは、いうまでもなく行政権力のトップである総理大臣ですので、その総理大臣が、憲法改定の先頭に立つのは、明白な憲法違反なのです。国会で改定が承認され国民投票で過半数の賛同が得られれば憲法は改定されますが、改定されるまでは、首相は現憲法を順守する義務があり、これに反することはできません。

繰り返しますが、最大の順守義務のある首相が憲法をないがしろにするような言動をすることは、絶対に禁止されています。主権者の国民及び国会によるのではなく、内閣=行政権のトップである総理大臣が改定の音頭を取るのは違憲であり、それをするなら、民主政国家は元から崩れてしまいます。まさに戦前のヒトラー=ナチス・ドイツと同じです。「三権分立」を少しづつ破り、行政権力がすべてを掌握することで独裁政治は可能となったのです。

これは、民主政国家の成員ならば、誰もが肝に銘じなければならない国家政治の原理中の原理なのです。

 

武田康弘(元参議院行政監視委員会調査室・客員調査員「日本国憲法の哲学的土台」を国会職員に講義)

 

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内閣の長=総理大臣による憲法改定の先導は、明白な憲法違反ーーなぜ、これが分からないのでしょうか?

2017-05-15 | 学芸

主権者が為政者に課す約束事の理念=憲法を、為政者が守らずに、とりわけ最大の順守義務を負う首相が改憲を先導することは、明白な憲法違反と言えます。

憲法改定は主権者の意向を受けて国会が発議するものです。行政府(のトップが安倍総理大臣)は、国会で決まった決まったことを実行する機関であり、唯一の立法機関は国会です。三権分立という原理さえ知らないのは、おそろしいこと。

なぜ、政治家も憲法学者もマスコミも、この簡明な事実を踏まえないのか??これではインチキ国家としか言えないのです。


第四十一条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。 

 第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。 

 

 

主権者の国民ではなく、行政権力のトップが憲法改定の先頭に立つ!?民主政ではあり得ない異常事態なのです。

 

武田康弘(元参議院行政監視委員会調査室・客員調査員ー「日本国憲法の哲学的土台」を講義)

 

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17条の憲法で否定された物部氏の「神道」ー無条件降伏した明治の「神道政治」ーいま安倍首相の「神道」国家主義

2017-05-14 | 学芸

 安倍首相は、神社神道につき、その政治団体のトップの座にもありますが、これは、日本の歴史そのものの否定です。聖徳太子(厩度の王子のほか複数の人間の集合)の「17条の憲法」で、日本の律令政治は始まりましたが、それは、義務教育でも学習するように、物部氏の神道を排して、仏教思想による国づくりでした。

 長州藩(現・山口県)出身の安部首相は、「神社本庁」と一体化した日本会議の中心メンバーで、「神」の国づくりを目指しています。いわゆる戦前思想=長州藩中心の明治維新政府がつくった国家神道に基づく国体主義です。仏ではなく、神です。

 これは、645年大化の改新ー701年大宝律令にはじまった日本律令政治で厳しく否定された思想ですが、また同時に、1868年にはじまった明治維新政府による「廃仏毀釈」の神道政治ー1945年の「ポツダム宣言」受諾による敗北を支えた思想です。どれほどダメな思想かは、歴史が無残なまでに証明しています。

 この敗北した思想は、民主政=自治政治とはまったく無縁の稚拙な思想で、内容がなく形式だけを要請する極端な国家主義(古代国家主義)です。すでに敗北した思想を掲げる「神社本庁」とウヨク団体「日本会議」は一体です。自民党の国会議員の多くは、神社本庁の政治団体である「神道政治連盟」と「日本会議」に所属しています。仏教の各人の平等という思想・平和主義とは異なり、民主政とは二律背反です。

 ちなみに、山口県の日本会議山口県本部は、山口県の神社本庁内にあり、会長は、衆議院議員の岸信夫(安倍首相の実の弟)です。

 こんな思想はきちんと終わりにしないと、悲劇が繰り返されてしまいます。



武田康弘

初詣や神前結婚式や見合い結婚や天皇現人神は、日本の伝統!?みな真っ赤なウソです。(2017)






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憲法改定を先導する首相は、完全に憲法違反です。原理・原則も弁えない日本の知的退廃は底なし。

2017-05-12 | 社会思想

以下は、Atsushi Nishjima さんのfbです。


「第九十九条
 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」

安倍、完全にアウツ! 違憲です。

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武田 康弘主権者が為政者に課す約束事の理念を、為政者が守らずに、とりわけ最大の順守義務を負う首相が改憲を先導することは、明白な憲法違反と言えます。

 

Utida 憲法は主権者の意向を受けて国会が発議するものでしょう。行政府(のトップが安倍総理大臣)は、国会で決まった決まったことを実行する機関でしょう。唯一の立法機関は国会です。デタラメ国家ですね三権分立という原理さえ知らないのは、おそろしいこと。


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Atsushi Nishjima安倍は憲法が何たるかを理解していない。
国会は改憲云々を議論する前にその確認を先ずしっかりするべき。
犯してはいけないものを犯そうとしているという事を全国民は周知すべき。




上記の当然の見解も分からない首相及び政治家、マスコミ関係者は、見事なほどの知的退廃で、なんということか、日本はおわっていると言いたくなります。
なぜ、これほどまでに愚かなのでしょうか?

基本をしっかり勉強しないといけません。


 

武田康弘(元参議院行政監視委員会調査室 客員調査員「日本国憲法の哲学的土台」を国会職員に講義)

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期待でドキドキ・・・サロネン指揮・フィルハーモニー管 ストラヴィンスキーの初演とマーラーの6番「悲劇的」

2017-05-12 | 芸術

 期待でドキドキ・ワクワク-----
昨年暮れに世界初演されたばかりのストラヴィンスキーの『葬送の歌』とマーラー交響曲6番「悲劇的」の2曲、
サロネン指揮・フィルハーモニー管弦楽団のこのプログラムでの演奏会は、タケミツメモリアル(東京オペラシティ)での1回のみ。5月18日(木)です。


 紛失されたと思われていたストラヴィンスキーの『葬送の歌』(師、リムスキーコルサコフのための・作品5・1908年)は、昨年、サンクトペテルブルグ音楽院改修工事の際に「開かずの本棚」から見つかり、大ニュースとなりました。2016年12月2日にゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団で初演されましたが、演奏会場にはロシアの他、世界中から、とりわけアメリカとフランスのメディアとオケの幹部が参加し、大成功を収めたと伝えられます。

 そのストラヴィンスキーに見出されて世界的存在となった武満徹(彼の唯一の師が清瀬保二)を記念する東京オペラシティーのホール=タケミツメモリアルで、最高のストラヴィンスキー指揮者の一人であるサロネンにより日本初演が行われます。深い「縁」を感じます。

 メインの大曲ーマーラーの交響曲6番「悲劇的」は、マーラー作品の中で最も現代的な曲であり、鋭い感性を持つ作曲家兼指揮者のサロネンにピタリの曲で、わたしの望みが実現することになります。東響のジョナサン・ノットは優れたマーラー指揮者ですが、5番は見事ですが、6番はいまひとつ合わないのです(最高なのは3番と8番でマイベスト、5番、9番も素晴らしい。2番はいまひとつ、4番はよくない。バンベルク響とのマーラー全集)。彼の6番は珍しく力技になっています。サロネンは、鋭敏でしなやか、作曲家でもありますので、「悲劇的」な傑作にエロースをもたらすのではないか、と期待しています。この曲は、9、11の翌日に凄い解析力をもつマイケル・テルソン・トーマスが常任のサンフラシスコ響と入れ、SACDを出しましたが、悲劇が生(なま)であり、どこにも救いはなく、カタルシスもなく、まったく音楽になっていない演奏が記憶に残っています。

5月18日(木)授業を振り替えていきます。う~~ん、なんとも楽しみ。

 なお、サロネンの見事なストラヴィンスキー7枚組が発売されていますが、オシャレで鋭利なのに温かい。最高の演奏が、CD一枚分の価格で買えます。24ビットリマスターで音もよく、安くてどうもすみません(笑)


武田康弘

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小沢一郎談話 「安倍首相提唱の憲法改正、考えただけでも恐ろしい」 立憲主義の否定と権力の私物化。

2017-05-04 | 学芸

「安倍首相提唱の憲法改正、考えただけでも恐ろしい」 自由党・小沢一郎代表談話

 「 日本国憲法が施行されて、本日で70年を迎えた。

 確かに普段国民が憲法そのものを意識する機会は決して多いとはいえない。しかし、憲法と立憲主義の精神が、この国と、国民の生活全体を支える欠くことのできない基盤となっていることはいうまでもない。

 われわれが、日々自由に活動できるのも、自由に発言・表現できるのも、すべて憲法の保障によるものであり、憲法記念日は、そうしたことを国民一人ひとりが改めて噛み締める良い機会である。

 しかし、同時に、憲法と立憲主義は現在、これまでにない最大の危機を迎えている。安倍政権は、現行憲法が戦後の「押しつけ」であるとして肯定的な評価を与えないばかりか、安保法制の強行採決に見られたように、あからさまに憲法をないがしろにする政治姿勢を続けている。

 そもそも総理は、信じがたいことであるが、「憲法で国家権力を縛るというのは絶対王政時の旧い考え方」と国会で答弁するなど、現行憲法と立憲主義を全く理解しておらず、この総理が提唱する憲法改正など、考えただけでも恐ろしいことである。

 すなわち、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義、国際協調主義の4原則をしっかりと守るため、国家権力の暴走を食い止めることこそ憲法の本質なのであり、これを全く理解せず、情緒的な反立憲主義の立場をとる安倍政権下での憲法改正は、全く認められない。

 このまま安倍政権による憲法軽視、権力の濫用・私物化を認めていけば、この国の立憲主義も、議会制民主主義もいずれ必ず終焉を迎える。われわれは絶対的にそれを阻止すべく、この国の将来のため、引き続き徹底的に安倍政権に対峙していきたい。」

 


以上の立憲民主主義に基づく小沢談話は、至極当然ですが、この当然の前提が安倍首相により葬られようとしています。権力の私物化を許して、この政権を支持する国民であっては、自分で自分の首を絞めることにしかならないでしょう。憲法記念日、わたしたち主権者が目を覚まさないとしないと恐ろしいことになります。



武田康弘(元参議院行政監視委員会調査室・客員調査員=「日本国憲法の哲学的土台」を講義)

https://youtu.be/4t4spwpQ7XQ こどもたちのための(おとなたちにも)憲法の話

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