思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

美しいもの・よいものへの憧れを抱き続ける思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

北朝鮮のミサイル実験への破壊命令!?安倍政権の悪質な人心操作。

2016-06-29 | 社会批評

 
    このところ、北朝鮮のミサイル実験のたびに、「政府は、自衛隊に破壊命令を出しました」とのニュースが、とりわけNHKで繰り返し流されますが、
「ミサイル実験」と言わずに「ミサイル発射」と言います。北朝鮮が、まるで日本にミサイルを発射するかのような印象を与える「言葉の操作」ですが、なぜ、このような操作をするのか?

 もちろん、憲法違反と大多数の憲法学者に断定された9条の解釈改憲ー海外でのアメリカ軍を直接支援する「集団的自衛権」行使を含む軍事行動を正当化するのが目的です。国民に種々の軍事的な行動を当然と思い込ませるには、北朝鮮のミサイル実験(=挑発行為)は都合がよいのです。今にも北朝鮮が日本を攻撃してくるかのような印象を与えることに「利用」できるからです。戦争の危機が差し迫っているので、超法規的な措置もやむ終えないのだな、と思い込ませるイメージ操作です。

正しくは、もしもミサイル実験が失敗して、日本の領土ー領海内に落ちるような可能性が出た時は、これを防ぐための措置を取る、ということです。
「ミサイル実験失敗に備えて」云々であるにも関わらす、「ミサイル発射に対して破壊命令を出した」というのは、ヒドイ詐術というほかありません。

  憲法違反の「集団的自衛権」(日本の防衛は「個別の自衛権」で出来ますので全く無関係です=アメリカ軍などを助けるために海外での軍事力行使を可能とするのが集団的自衛権です)は正当であるかのような印象を与えるための「印象操作」「イメージ操作」ですが、
このような人心操作ほど危険で怖いものはありません。

 安倍首相は「戦前」が好きですが、戦前の政府発表のウソ(誇張した言い方や、敗退の事実を作戦のための撤退と言い換えた)による情報操作が、多くの国民の無駄な死を招いたことへの反省が全くないのでは(安倍首相は、一度も戦前政府の言動への批判はしていません)、また同じ失敗=戦争肯定路線という悪を繰り返すことになるでしょう。

 官邸による国民誘導の詐術=言葉による印象操作=イメージ操作は、実に恐ろしいのです。
それにより、挑発行動を取る北朝鮮への冷静で有効な政策が取りにくくなるからです。日本の安全にとりマイナスでしかないのです。



武田康弘 (元参議院行政監視委員会調査室・客員)

 

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靖国神社の徳川宮司の発言が波紋--パンドラの箱を開けた!

2016-06-26 | 学芸

以下の週間ポストの記事は、極めて重要です。

こどもたちの教科書にある明治維新の項目は、ひどく偏っています(例えば、NHKの歴史番組・ヒストリアでも伝えている伊藤博文の犯罪=国学者の暗殺、建造中の英国公使館焼き討ち=全焼、長州藩金からの多額の公金横領にはまったく触れず、聖人のごとく扱う)ので、公平・公正な目で日本史を見直し、単純な天皇史観から脱しないと、いつまでもわが国は、精神の後進国に留まります。


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※週刊ポスト2016年7月1日号
靖国神社の徳川宮司の発言が波紋】




 靖国神社が揺らいでいる。

   来る2019年に迎える創立150周年に向けて徳川康久宮司が語ったインタビュー記事の発言が、波紋を呼んでいるのだ。

  記事は共同通信社から配信され、加盟する一部の地方紙(静岡新聞6月9日付、中国新聞6月10日付)に掲載されたのみだった。ところが、地方でしか読まれないはずの記事が各界の識者の注目を集め、にわかに論争へと発展している。

  徳川宮司は靖国神社が抱える課題や、神社の将来像について語った後、「明治維新を巡る歴史認識について発言していますね」という質問を受けて、自らの「明治維新史観」を開陳した。以下が宮司の発言だ。

 〈文明開化という言葉があるが、明治維新前は文明がない遅れた国だったという認識は間違いだということを言っている。江戸時代はハイテクで、エコでもあった〉

 〈私は賊軍、官軍ではなく、東軍、西軍と言っている。幕府軍や会津軍も日本のことを考えていた。ただ、価値観が違って戦争になってしまった。向こう(明治政府軍)が錦の御旗を掲げたことで、こちら(幕府軍)が賊軍になった〉

  一連の発言が波紋を呼んだのは、靖国神社創建の「原点」に関わるからだ。靖国神社のルーツは明治2年(1869年)に建てられた東京招魂社に遡る。

  明治維新に際して、薩摩藩・長州藩中心の後の「明治政府軍」と徳川家や会津藩が中心の「幕府軍」が争う「戊辰戦争」が勃発。勝利を収めた明治政府軍が“官軍”、敗北した幕府軍は“賊軍”とされた。

  この時、明治維新を偉業として後世に伝え、近代国家建設のために命を捧げた官軍側犠牲者を慰霊顕彰するため、明治天皇が創建したのが東京招魂社だ。明治12年に社号が「靖国神社」と改められて現在に至る。

  それゆえに、「賊軍vs官軍ではなく、東軍vs西軍」とする発言は、靖国神社の歴史観を揺るがしかねないと受け止められたのだ。

  靖国神社にある遊就館に展示されている「錦の御旗」には、「戊辰戦争で官軍の象徴として使用された」との解説があるように、靖国神社の見解はあくまで、「明治政府軍=官軍」だ。

  発言の背景には、徳川宮司の出自が関係している。徳川宮司は徳川家の末裔であり、“賊軍”の長であった15代将軍・徳川慶喜を曾祖父に持つ。徳川家康を祀った芝東照宮に奉職した後、靖国神社の宮司になった。「賊軍の末裔」が「官軍を祀る神社のトップ」に立ったわけである。


◆「大村益次郎像を撤去せよ」

 「明治維新史観」の見直しは最近のムーブメントだった。昨年1月に発売された原田伊織氏の『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』(毎日ワンズ刊)がベストセラーになったことを皮切りに、半藤一利氏と保阪正康氏の共著『賊軍の昭和史』(東洋経済新報社刊)など、明治維新の勝者の立場に立った歴史観を見直す論考が相次いで発表されている。

  その流れで徳川宮司の発言が飛び出したことで、騒動が拡大しているのだ。著書で「薩長史観」を鋭く否定した原田氏は徳川宮司に同調するかと思いきや、意外にも「発言は中途半端」と手厳しい。

 「明治維新当時、東軍・西軍という言葉はほぼ使われていません。徳川家や会津藩に賊軍というレッテルを張ったのは明らかに薩長ですが、その責任や是非を問わず、当時ありもしなかった言葉に置き換えて流布するのはおかしい。また、靖国の持つ歴史観を見直さないのは欺瞞です。“官も賊もない”と言うならば、まず靖国神社の境内にある大村益次郎(官軍側の司令官)の銅像を撤去すべきです」

  そんな意見が飛び出すほど、今回の発言は衝撃だった。波紋が広がる徳川宮司の発言について靖国神社は、「創建の由緒から鑑みて『幕府側に対する表現や認識を修正すること』を神社として行なう考えはなく、今後も同様の考えが変わることはないとの発言と理解しております」と回答した。

  宮司は150年間封印されていたパンドラの箱を開けてしまったのか。



※週刊ポスト2016年7月1日号

 

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優れた公共のためには、子育てー教育の現場からの民主化が必要不可決です。

2016-06-25 | 学芸

以下は、わたしの公共思想の結語です。  

 わたしとあなたが、わたしとあなたの意思と お金で国家をつくっているのだ(社会契約)という当然の前提が明瞭に意識されないのでは、何をどのように行おうともうまくいくはずがありません。
  民主政という主権者を一人ひとりの市民とす る自治政治を行うには、まず、幼子の自発性の尊重→育成から始め、小学生からは、それぞれが感じ・思い・考えることをもとにして対話する 時間を設け、自由な議論により決めるという自治の実践教育が必要です。民主政が生む内容ではなく制度と形式だけがあるという不毛性を超えるには、子育てー教育の現場からの民主化が必要不可決なはずです。



武田康弘

リンクfb「平井信義さんから学ぶ会」

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「愛国心とは、国体護持のこと」ーー安倍政府-靖国神社-日本会議の考え

2016-06-23 | 社会思想

以下は、安倍政府-靖国神社-日本会議の考えです。

 無条件に祖国である日本を愛する心の育成が大事、無償の愛こそがほんとうの愛なので、国に何かを求める(福祉を求める)のではなく、国に尽くすことが大切。愛する人には尽くすのと同じで、国に尽くしてこそ、日本国民なのです。愛は惜しみなく与えるもの、愛国心があれば、どのような老後にも耐えられる、耐えてこそ、立派にお国に尽くした人として尊敬を受けるのです。

 これが、日本というありがたい文化と自然豊かな国に生まれたあなたの恩返しなのです。

 愛国心をしっかり持てば、不平不満など言わない立派な人として生き、死ぬことができます。こころしなさい。

 というのが、わが日本政府のありがたい国体思想=靖国思想です。

 天皇ー皇室を中心に置き、みな同じ心で挙国一致、これそ最高の愛国者です。道徳とはそういう意味なのです。分を弁え、自分の役目をしっかり果たしなさい。「忠」の精神こそ、日本を立派な国した最高の徳なのです。これに反対する人は、非国民であり、つまらない人生しか与えられないのです。

 わが日本で「個人」なる言葉=概念は不適切なので、自民党憲法案からは、すべて「個人」という言葉は消しました。日本人は、日本人であり、「個人」などではありません。悠久の歴史ー皇室の伝統が何より優先します。自立する個人とは、虚妄かつ空疎な言葉で、欧米の思想に過ぎないのです。愛国心を持ちなさい!!

~~~~~

 という本音の国連演説をし、二度目の国連脱退となるか?(笑呆)
   安倍政権の人々のホンネは、以下のビデオをご覧ください。
   https://www.youtube.com/watch?v=h9x2n5CKhn8


 自由な個人の想念ー意思を先立てず、国家意思に従うのがよい、というのは、民主政の思想(一人ひとりの市民を「自由と責任をもつ個人」と規定し、互いの対等性と自由を認め合う社会原理)に反するので、民主政社会では認められません。根源ルールに反する思想であり、同じ敗戦国のドイツでは取り締まりの対象です。なぜなら、民主政の前提を覆す思想を認めると、民主政社会が壊されてしまうからです。独裁をする自由や特定宗教を強要する自由は、自由の自己矛盾で、不成立です(小学生も知っています)。


武田康弘

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愛国心とは、精神の病。

2016-06-18 | 恋知(哲学)
愛国心とは、精神の病。
 
  人間や他の動物のように生きているものへの愛と、
国・学校・会社などの抽象概念への思い(それも広義では愛と言えるかもしれませんが)とは全く異なる話で、それを一緒にするのはアクドイ詐術でしかありません。
 
 わたしには「国」という概念を愛する気持ちは生まれてから一度も生じたことはありません。
 
 わたしは、一人ひとりの男や女をとても愛しますし、海をはじめ自然をとても愛しますし、音楽や美しいものをとても愛しますが、学校や会社や国という「組織や機構やシステムをあらわす概念」を愛するということはありません。
 
 
好きな人、
好きな自然、
好きな音楽、
好きなスポーツ、
好きなもの、
たくさんの好きな「何か」かがあります。愛する、とは、それらへの優しい心・よろこびの心・慈しみの心のことではないでしょうか。
美しいもの・よきものへの憧れと共に愛があります。
 
「国家愛」とか「世界愛」というのは、抽象的過ぎて具体の像を結びませんから、何かの【イデオロギーによる要請】のようになり、とても不自然です。
 
  ほんらい、愛とは、要請や命令ではなく自然な感情で、それにより争いが起きるようなものではないはすです。逆に言えば、争いが起きるようなら、それはほんとうの愛ではないでしょう。日本はよい、中国は悪い、というのは、愛ではありません。
 
 身近な人やものを愛する気持ちが、自分の住む地域や国を愛することに結びつけば、それは自然な心ですからよいのですが、特定の伝統や国柄を愛すべき、という要請になると、その人の正直な心への抑圧で、愛はヒドイ悪となります。
 
戦前の「天皇現人神の日本」を愛するとは、その代表でした。
 
 そもそも、「国民を愛する、ではなく、国を愛する」というのは、フェティシズム(物神崇拝)という精神の病です。原義は、女性を愛するのではなく、女性が身に付けている下着等の衣服を愛する異常性愛を指す言葉です。パンティという物とその概念に惹きつけられそれを愛することは、女性を愛するのとは別次元の話ですが、それを混同するのが愛国主義者なのです。

日本人も他国の人々も目を覚まそう!!


  武田康弘
~~~~~~~~~~~~

fbコメント

Hiroaki Ihara
 
Hiroaki Ihara シェアーします。私の愛国心とは隣人を隣国を理解し尊重し合う心です。
 
 
富岡 達彦
 
富岡 達彦 シェアします
 
 
臼井 良季
 
臼井 良季 愛国心は
信頼という人と集いの関係を逆手に取った
依存症に始まり搾取支配へとつながる重い病
 
 
武田 一郎
 
武田 一郎 愛国心を叫ぶ者ほど国を愛さず、権力や金を愛す。

歴史が証明しています。
 
 
武田 康弘
 
武田 康弘 完璧にその通りですね。支配的階級の利益にしかならない虚妄の観念が「愛国心」ですが、それに騙されるのでは、哀れで愚かな民でしかないですね。
 
 
塩津 民樹
 
塩津 民樹 とても説得力がありますね。シェアします。
 
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武田康弘

以下は、安倍政府-靖国神社-日本会議の思想です。

  無条件に祖国である日本を愛する心の育成が大事、無償の愛こそがほんとうの愛なので、国に何かを求める(福祉を求める)のではなく、国に尽くすことが大切。愛する人には尽くすのと同じで、国に尽くしてこそ、日本国民なのです。愛は惜しみなく与えるもの、愛国心があれば、どのような老後にも耐えられる、耐えてこそ、立派にお国に尽くした人として尊敬を受けるのです。

  これが、日本というありがたい文化と自然豊かな国に生まれたあなたの恩返しなのです。

  愛国心をしっかり持てば、不平不満など言わない立派な人として生き、死ぬことができます。こころしなさい。
というのが、わが日本政府のありがたい国体思想=靖国思想です。

  天皇を中心に置き、みな同じ心で挙国一致、これそ最高の愛国者です。道徳とはそういう意味なのです。分を弁え、自分の役目をしっかり果たしなさい。「忠」の精神こそ、日本を立派な国した最高の徳なのです。これに反対する人は、非国民であり、つまらない人生しか与えられないのです。

  わが日本で「個人」なる言葉=概念は不適切なので、自民党憲法案からは、すべて「個人」という言葉は消しました。日本人は、日本人であり、「個人」などではありません。悠久の歴史ー皇室の伝統が何より優先します。自立する個人とは、虚妄かつ空疎な言葉で、欧米の思想に過ぎないのです。愛国心を持ちなさい!!
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内田卓志による武田哲学へのインタビュー 「社会と政治」

2016-06-17 | 社会思想

  それでは、テーマを「社会と政治」に変えて、続けます。

  先生は、社会一般、政治一般について、非常に多く、そして繰り返し発言 されています。
そこで、このインタビューとしては、社会契約説や民主制に関しての基本原理をふまえたいと思います。まず、その基本原理を説明して頂き、昨年から ホットなテーマとして議論されている憲法の問題へと話を展開させて行き、そのなかで「個人」の尊厳について言及頂きたいと思います。

また、先生が、我孫子の地方自治に市民として福島市長をサポートしてきた経験もお話し頂ければ、幸いです。

まず、社会契約説と近代民主性について、分かりやすくご説明頂けますか。


内田卓志

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 内田さん、よく整理されてのご質問に感謝です。

 実は「社会契約説」については、たいへん に興味深い話があります。

 社会契約とは、周知のように【人民主権】に則る社会思想の原理です。一人ひとりの市民 を主権者とする国家(人権思想に基づく福祉国家)をつくるには、社会契約という思想によるほかはないので、国連という世界的なシステムも その土台に乗っています。だから、実質的に独裁国家の北朝鮮でさえも、国名を「朝鮮民主主義人民共和国」とし、人民による民主主義を謳うのです。

 わが国は、太平洋戦争で全面敗北の後、それまでの天皇主権の明治憲法から、主権者を国民とする大転回を「日本国憲法」において果たしたわけです。この主権を国民とする憲法は、たいへんな難産で、政府も、保守二大政党も「天皇主権」を変えないとした為に、GHQは「ありえない」と認めず、日本側の憲法改正案は日の目を見ませんでした。そこに現れたのが、憲法学者の鈴木安蔵(治安維持法の第一号の逮捕者でした)と政府を批判し続けた反骨の帝国大学教授・高野岩三郎(後にNHK初代会長)ら民間人7人による憲法案(主権は国民にあり天皇は儀礼を司るのみ)でした。「これはよい」としてGHQは参考 にしつつ独自の憲法案をつくったのです。

 新憲法で最大の難所が、この主権者を国民に変えるという点にあったのですが、いま、われわれが当然と思う主権在民は、日本国においては70年前の無条件降伏による敗戦でようやくもたらされたのだという事実は、日本国民のみなが深く肝に銘じなければならないはずです。

 実は、最近になり、以下のような驚くような出来事があったのですが、それは、いかに主権在民の民主思想が徹底していないのかの証です。わたしは当事者でしたが、この件については、参議院発行「立法と調査」の荒井達夫さんのいくつかの論文に記載され、参議院行政監視委員会・山下栄一委員長の「行政監視と視察」などにも反映されています。

 その経緯のあらましは、月刊『地方自治職員研修』に依頼された巻頭論文に書きましたの で、一部を抜粋します。

 「う~ん、原理が明確にならないと、優れ た現実的思考はできないのだな。」と、当たり前のことですが、強く感じました。
   わたしは、2009年から2010年にかけて参議院行政監視委員会を支える調査室 の職員のみなさんに、「日本国憲法の哲学的土台」と題して、ソクラテスによる「哲学」(ギリシャ語の恋愛と知を結びつけた言葉ですので、 正しい訳語は「恋知」です)の定義から始めて、近代民主主義の土台をつくったルソーの社会契約論についての講義を中心に、柔らかな自由対話による授業をしましたが、「う~ん」は、そこでの思いです。

 ●ルソーの「社会契約論」につまづく
 
 官僚と呼ばれる人は学歴は最高、ということは受験勉強の勝者ですので覚えはよいのでうすが、「〇〇とは何か」という本質論・意味論が苦手 です。長いこと民間で「私」としての仕事と活動をしてきたわたしが、参議院調査室の客員となり国会所属の官僚のみなさんに講義するに至ったの は、そこに深因があります。

 8年前、「社会契約説」の意味について教えてほしいという官僚の荒井達夫さんは、わたしの創った「白樺教育館」でおこなっているソクラテス教室の高校・大学クラスに熱心に通われることになりましたが、彼いわく「「国会職員には社会契約の本質を知っている人はほとんどいな い。わたしは武田さんの会話形式の授業でよく分かったが、この重要な民主制社会の原理について、国会議員を支える仕事をしている調査員が 知らないのは恐ろしいこと」
 わたしの「高校・大学クラス」における授業では、近代思想としては、ジョン・ロックらの社会思想についてお話した後、1年間かけて、ル ソーの『社会契約論』を現代の社会のありようと思想状況とも絡めながら。自からの生き方や日々の生活に照らし合わせて、じっくり読み・考 え・対話する恋知(哲学)の営みを過去に三度行いましたが、困難な社会状況の中で書かれた『社会契約論』は、文学的比喩も多用され、一人 で読むのは難しい書物であることを参加者は実感されます。ルソーの言わんとするとするところを明晰化する作業は、思考力という意味での頭 の重労働ですので、忙しい方の読書には向きません。」
・・・・・・


 内田さん、以上でおわかりと思いますが、1868年に誕生した明治維新政府が天皇を主権者とし、天皇と呼ぶ一人の男性を「神」=絶対者 とする「政府神道」による政治を行った為に、1945年の敗戦後も、一人ひとりの国民を主権者とし、主権者の意思で「政府という意味での国」をつくるという民主政治の思想の原理を明晰に自覚している人が少ないのです。
 わたしとあなたが、わたしとあなたの意思と お金で国家をつくっているのだ(社会契約論)という当然の前提が明瞭に意識されないのでは、何をどのように行おうともうまくいくはずがあ りません。

 民主政という主権者を一人ひとりの市民とす る自治政治を行うには、まず、幼子の自発性の尊重→育成から始め、小学生からは、それぞれが感じ・思い・考えることをもとにして対話する 時間を設け、自由な議論により決めるという自治の実践教育が必要です。民主政が生む内容ではなく制度と形式だけがあるという不毛性を超えるには、子育てー教育の現場からの民主化が必要不可欠なはずです。

 なお、わたしの民主的公共思想には長い歴史があり、小学校の「政治クラブ」から始まっているのですが、それを書いた論文は長いので次回にご紹介します。参議院行政監視委員会の資料として国会議員にも配布されたものです。


武田康弘

 

 

 

 

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偉大な人間=モハメッド・アリの映画の主題歌を日本語訳しました。感動です。

2016-06-15 | 学芸




偉大な人間、モハメッド・アリの映画の主題歌の「Greatest Love of all」は、感動的な歌です。

その歌詞を日本語訳してみました。
わたしは、著作権を主張しませんので、ご自由にお使いください(訳ー武田康弘と記載されればOKです)。


子どもたちは、わたしたちの未来だ。
正しく教え、そして子どもらに導いてもらおう。
子どもらの示す美質をよく引き出し、...
子どもらの心にプライドを与え、
子どもらの笑いに、私たちの幼き日を想い出そう。

皆がヒーローを求めている。
皆が尊敬できる人を必要としてる。
だが、わたしは、求める人をどうしても見つけることができなかった。
わたしは、孤独な場所に生き、
そして、学び続けた。わたし自身で独立することを。

もうずいぶん前のことだ、
けっして誰にも頼らないと決めたのは。
もし、わたしが失敗しようと成功しようと、
わたしは、わたしの信じるままに生き続ける。
わたしから何を奪おうと、わたしの尊厳だけは奪えない。

なぜなら、最も偉大な愛が、生まれているからだ。
わたしは、わたしの内面に、最も偉大な愛を見つけた。
最も偉大な愛は、誰でもが獲得できる。
自分自身を愛することを学べば、それは最も偉大な愛となる。

(訳ー武田康弘)




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叩きやすい相手しか叩かないマスコミと著名人。舛添は哀れ!石原の悪、安倍の悪は桁違い。

2016-06-15 | 社会批評

  

 以下は、宮島みつやさん著の優れた考察です。ぜひ、拡散を。

 

 この問題では、舛添都知事をフクロ叩きにしているマスコミがなぜか一切ふれない事実がある。それは、東京都知事の豪遊、税金での贅沢三昧が、石原慎太郎・都知事の時代から始まっていたということだ。いや、それどころか、1999年から2012年まで続いた石原都政での知事の"公私混同"は舛添都知事を遥かに上回っていた。

 たとえば、04年、「サンデー毎日」(毎日新聞出版)が「『知事交際費』の闇」と題した追及キャンペーンを展開したことがある。「サン毎」が情報開示請求を通じて明らかにしたのは、高級料亭などを使って一回に数十万単位が費やされていた「接遇」の実態だった。これは、他の知事と比べても突出したもので、しかも相手の顔ぶれを見ると、徳洲会理事長の徳田虎雄氏や文芸評論家の福田和也氏など、ほとんどが石原氏の友人やブレーン。ようするに石原氏は"お友達"とのメシ代に税金を湯水のごとくぶっ込んでいたのだ。

 さらに、海外視察も豪華すぎるものだった。石原氏は01年6月、ガラパゴス諸島を視察しているが、公文書によれば、その往復の航空運賃は143万8000円、もちろんファーストクラスを利用していたとみられる。しかも、この視察で石原氏は4泊5日の高級宿泊船クルーズを行なっており、本人の船賃だけで支出が約52万円。この金額は2人部屋のマスタースイートを1人で使った場合に相当するという。なお、随行した秘書などを含む"石原サマ御一行"の総費用は約1590万円だった。

 訪問国や為替レートを考えると、これは、今問題になっている舛添都知事と同じ、あるいは、それ以上の豪遊を税金を使って行っていたといっていいだろう。ところが、当時、この「サンデー毎日」のキャンペーン記事を後追いするメディアは皆無。世論の反発も怒らず、追及は尻すぼみに終わった。

 しかし、その2年後、石原氏の"無駄遣い"が再び発覚する。発端は、共産党東京都議団の追及だった。しんぶん赤旗06年11月16日付によれば、石原氏が都知事に就任してからの19回の海外出張のうち、資料が入手できた15回だけで、総経費が2億4千万を超えていた。たとえば、06年5月からのロンドン・マン島出張では、本来の目的であるはずの五輪の調査は実質約1時間半にもかかわらず、マン島でのオートバイレース見物などをして3600万円もの経費をかけていたという。

 この再燃した豪華外遊問題に加え、石原氏が自分の四男のプロジェクトに都の税金を億単位もつぎ込むなど、身内を重用したことも問題視された。そして、湯水のように使っていた交際費についても、裁判で一部が「違法」と認定され、09年に石原氏の敗訴が確定している。

 
    
つまり、先に述べたとおり、東京都知事の公私混同&贅沢三昧は、石原都政の頃からすでに顕在化していたのだ。

  さらに言えば、舛添都知事は「湯河原へ行っているときに大地震が起きたら指揮がとれないだろ!」と糾弾されているが、実は、石原氏にいたっては、都知事でありながら登庁すらせずに、たびたび"行方不明"になっていたという。

 「サン毎」は04年1月25日号で石原氏の「勤務実態」についても追及しているのだが、入手した公文書によれば、石原氏の"出勤"は週平均でわずか3日程度。また、公用車の運転日誌によれば、登庁日も自宅を出るのはだいたい午前10〜11時ごろだったという。

  企業の相談役でも石原氏よりは"出勤"しているのでは?と思えるサボりっぷりだが、しかも問題は、知事日程表にしばしば登場する「庁外」なる文言だ。これは、知事の動向を職員たちが把握していない日を指す。つまり"動静不明"なわけだが、これが資料に記された1年間7カ月の期間で、なんと110日も数えられたという。

  つまり、今、舛添批判のひとつとなっている「都知事が緊急時に連絡がつかない」という問題についても、石原氏はその"先駆者"と言えるのだ。いや、一応湯河原の別荘にいることが分かっている舛添都知事と比較してみると、職員らが行く先を把握していなかったという石原氏のケースは「危機管理」の観点から見ても、よっぽどトンデモだろう。

  では、なぜ、目を爛々とか輝かせて舛添都知事を追及しているマスコミがあの時、石原都知事の問題を徹底追及しなかったのか。それは、石原批判が多くのメディアにとって"タブー"だからだ。

  ご存知のとおり、石原氏は芥川賞選考委員まで務めた大作家であり、国会議員引退後、都知事になるまでは、保守論客として活躍していたため、マスコミ各社との関係が非常に深い。読売、産経、日本テレビ、フジテレビは幹部が石原べったり、「週刊文春」「週刊新潮」「週刊ポスト」「週刊現代」も作家タブーで批判はご法度。テレビ朝日も石原プロモーションとの関係が深いため手が出せない。

  批判できるのは、せいぜい、朝日新聞、毎日新聞、共同通信、TBSくらいなのだが、こうしたメディアも橋下徹前大阪市長をめぐって起きた構図と同じで、少しでも批判しようものなら、会見で吊るし上げられ、取材から排除されるため、どんどん沈黙するようになっていった。

  その結果、石原都知事はどんな贅沢三昧、公私混同をしても、ほとんど追及を受けることなく、むしろそれが前例となって、豪華な外遊が舛添都知事に引き継がれてしまったのである。

 にもかかわらず、舛添都知事だけが、マスコミから徹底批判されているのは、今の都知事にタブーになる要素がまったくないからだ。それどころか、安倍政権の顔色を伺っているマスコミからしてみれば、舛添都知事は叩きやすい相手なのだという。

 安倍首相が舛添都知事のことを相当嫌っているからね。舛添氏は第一次安倍政権で自民党が参院選で惨敗した際、『辞職が当然』『王様は裸だと言ってやれ』と発言するなど、安倍降ろしの急先鋒的存在だった。安倍首相はそんな舛添氏の口を塞ごうと内閣改造で厚労相にまで起用したが、内心ではかなり舛添に腹を立てていた。都知事になってからも、五輪問題で安倍の側近の下村(博文・前文科相)を批判したり、憲法問題で『復古的な自民党改憲草案のままなら自分は受け入れられない』などと発言をする舛添都知事のことを、安倍首相はむしろ目障りだと感じていたはず。だから、今回の件についても、舛添が勝手にこけるなら、むしろいいチャンスだから自分の息のかかった都知事をたてればいい、くらいのことを考えているかもしれない。いずれにしても、官邸の反舛添の空気が安倍応援団のマスコミに伝わっているんだと思うよ」(政治評論家)

 実際、普段は露骨な安倍擁護を繰り返している安倍政権広報部長というべき田崎"スシロー"史郎・時事通信社解説委員なども、舛添に対してはうってかわって、「外遊なんてほとんど遊びだ」と激しい批判を加えている。

 一方で、石原元都知事にその贅沢三昧のルーツがあることについては、今もマスコミはタブーに縛られ、ふれることさえできないでいる。

  舛添都知事の不正を暴くのは意味のあることだが、「マスコミもやる時はやるじゃないか」などと騙されてはいけない。強大な権力やコワモテ政治家には萎縮して何も言えず、お墨付きをもらった"ザコ"は血祭りにする。情けないことに、これが日本のメディアの現状なのである。
(宮島みつや)

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モハメド・アリにならい、わたしたちも悪の日本政府を倒そう!「人間を殺す道具として私は使われたくない」

2016-06-13 | その他

   カシアス・クレイ=モハメッド・アリ
わたしは、彼の存在にただ感動し続けてきました。
スポーツマンとかボクサーとかそんなつまらない呼び名のレベルではなく、
彼が自分で言うように、真に偉大な人間として感動していたのです。...

 わたしは、まだ幼いころ、文字通り「チョウのように踊りハチのように刺す」あの美しく軽やかで完璧な強さに惹かれました。魅力の塊でした。

 その後、
徴兵拒否ーベトナム戦争反対でチャンピョンベルトをはく奪され、逮捕され監獄に入れられた彼を見て、アメリカ政府に激しい怒りを覚えました。しかし彼は、一歩も引かず、ではなく、巨大なパワーでアメリカ政府と全面的=真正面から戦い、長い戦いの末、ついにはアメリカ政府を倒したのでした。

 カムバックの試合、当時あまりの強さに恐れられて対戦者がいなかったジョージ・フォアマンにアリが挑む、ありえない一戦と言われました。すでにとっくに全盛期は過ぎ、得意のフットワークは消え、「アリの無残な最後」となる試合だと誰もが見ていました。「あまりにもレベルの違う者を戦わせるのは危険であり、この試合は中止すべきだ」とも言われました。

 わたしは、当時大学生でこの試合を衛星中継でライブで見ていました。偉大なアリがフォアマンの凶器のような恐ろしいパンチに1ラウンドでももつだろうか?怖いもの見たさでTVにくぎ付けになりました。

 しかし、その試合展開の「ありえない」模様に唖然呆然。アリの考え出した「ロープに寄り係り、フォアマンにボディーを打たせるだけ打たせる」!? こんな「バカげた」作戦、まるでサンドバックのように打たれっぱなし。いつ倒れるかと見ていたら、倒れない。ロープの反動で打たれるとき、大きく身体を反らし、衝撃を緩和していたのです。ラウンドが進むにつれ、フォアマンのパンチ力が弱まわっていく、ついに、アリが反撃に出て、まさに「ハチのようにピンポイントで刺した」のです。フォアマンは崩れ落ち、アリのノックアウト勝ち。

 誰もが狂喜しました。この世の誰ひとりとして予想できなかった現実が目の前で起きたのです。一人として思いつきもしないアリの試合戦略がありました。

 その後のアリの難病とそれと闘う姿は有名です。最期まで真に民主的なアメリカの実現を夢見、最近もトランプの批判をしました。
彼は、単なるボクサーではなく偉大な人間でした。空前絶後と思います。

武田康弘

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モハメド・アリは、ベトナム戦争反対に全てを賭けた

http://www.huffingtonpost.jp/2016/06/11/muhammad-ali-risked-it-all_n_10413940.html


モハメド・アリは、最も著名なベトナム戦争の良心的兵役拒否者だった

モハメド・アリは、自らが尽力した最も有名な社会運動――ベトナム戦争反対、そして徴兵拒否――の影響で、ボクサーとしての全盛期を棒に振り、何百万ドルもの金を失い、その後、彼のイメージは変わってしまった。最終的に、彼は借金生活にまで追い込まれた。この社会運動は、思いつきの一言で始まった。

「なぁ、俺はあいつらベトコンたちに何の恨みもないんだよ」  

それは1966年3月のことであった。アメリカ軍はベトナムとの戦いを本格化させていた。軍は徴兵の基準を大幅に下げ始め、より多くの兵隊を召集した。陸軍の知能指数テストで78点だったアリは、点数が低すぎたため1962年には徴兵されなかった。しかし徴兵基準の引き下げは、彼がいつ徴兵されてもおかしくない人物になったことを意味した。

アリがこの情報を聞いたのは報道陣に囲まれている時だった。そして、あの有名な「俺はあいつらベトコンたちに何の恨みもないんだよ」という、荒々しく、そしてとっさに返した答えによって彼は、何年も続く、アメリカを変化をもたらす革命を引き起こした。

世界で一番有名なアスリートが公然とベトナム戦争を非難することは、当時は冒涜に値した。彼がベトコンに対する無関心を公表した時、国民のベトナム戦争に対する支持はピークを迎えていた。調査会社ギャラップによると1966年の最初の3カ月で、戦争に対する支持率は50%を超えていた。アリは、アメリカの黒人イスラム組織「ネイション・オブ・イスラム」への忠誠、そしてその一員であるという理由から兵役を拒否し、自身が良心的兵役拒否者だと述べた。

「ザ・グレーテスト」の最大のリスク

イスラム教に改宗し、カシアス・クレイという名前を捨てたアリは、すでに議論を巻き起こしていた。加えて徴兵拒否という行為によってアリは、瞬く間にアメリカで最も嫌われている有名人へと仕立てられた。アリほどの著名な人物で、他に徴兵を拒否したものは誰一人いなかった。アリの一見ふざけたような戦争反対の姿勢は、国民、政府、そしてボクシング界から嘲笑された。以降4年にわたって、アリはリングではなく法廷で自分の信念のために戦い続けた。そして1967年、徴兵を回避した罪で有罪判決を受けた後、州のボクシング・ライセンスを剥奪された。アリのボクシング・キャリアは事実上、終わりを迎えた。

しばらくの間、アリは「兵役を受け入れろ」という国民の圧力に直面し続けた。法廷闘争の間には、主張を撤回し、謝罪した上で、慰問活動部隊として軍に入る機会を与えられた。これは軍隊やマスコミのために、自身の特異なキャラクターを披露させるためだった。しかしアリはこの機会を受け入れなかった。その後は同胞の中からも、彼を敵対視するようになる者が現れた。

スポーツジャーナリストのデイブ・ザイリンが著した『アメリカ民衆のスポーツ史』によると、彼にモハメド・アリの名前を与えたネイション・オブ・イスラムは、攻撃的な抵抗を繰り返す彼との関与を否定した。黒人初のメジャーリーガーであり、現役中、引退後も活動家であったジャッキー・ロビンソンは、黒人の兵役軍人を失望させたとして、アリを批判した。そして大多数の黒人兵士たちもロビンソンの意見に賛成した。アリの行動は過激すぎた。

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アリはボクシングから追放されている間、アメリカ全土で人種間の関係性とベトナム戦争についての意見を主張した。

「彼はベトナムにいる黒人兵士たちの士気を下げている」。と、ロビンソンは語った。「そして私にとって悲惨だと感じることは、カシアスは何百万ドルというお金をアメリカ国民から稼いだ。そして今になって、私から見ると素晴らしいこの機会を与えてくれた国に対する感謝を示そうとしない」

しかし、アリにとってその「素晴らしい機会」は死刑宣告に等しかった。そして、白人上流階級が貧しい黒人のアメリカ人が、彼らのために戦争に行かされている状況にすぎなかった

「金持ちの息子は大学に行き、貧乏人の息子は戦争に行く。そんなシステムを政府が作っている」と、彼は言った

アリを擁護した人はみな、身の危険を感じることになった。スポーツジャーナリストのジェリー・アイゼンバーグは、兵役拒否をしたばかりのアリの話を聞こうとしたところ、爆破予告や苦情の手紙を大量に受け取ったという。その一方で、メディアの大多数は悪意のある報道を繰り返した。アイゼンバーグとは違い、レッド・スミスやジム・マレーなどといった著名なスポーツライターは、アリのことを「役立たず」「白人の重荷」と呼んだ。

アメリカ人がアリの味方につく

だが、反戦派のアリの孤独はそう長くは続かなかった。裁判が続いていた中でも、アリは反戦的な発言を止めなかった。アリの発言は、1960年代の公民権運動と同じく、構造的な階級差別と人種差別を非難するという主張に基づいていた。街頭演説での演説はとてもシンプルだったが、力強く、信念がこもっていた。

「今、自分の信念そして自由のために戦っている人々のように、権力のある白人男性によって人間を殺す道具として私は使われたくない。そしてあなたも、特に貧しく、そして/あるいは黒人の場合は、使われるべきではない」

アリが自由であればあり続けるほど、戦争への支持率は下がっていった。アリの「俺は何の恨みもない」発言の直後、ベトナム戦争を支持する声は下火になった。そのセリフが報道陣に伝わってから1カ月後には、戦争支持率が50%を初めて下回った。アリが兵役拒否したことで投獄された1967年6月の2カ月後、戦争を支持するアメリカ人はたった27%になっていた。これはリンドン・ジョンソン政権下で最も低い数字だった。アリはキング牧師に「戦争に反対してくれ」懇願すらした

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アリは法的にはボクシングの試合を禁じられていたが、トレーニングはできた

1967年の夏頃には、多くの、特に黒人のアメリカ人がアリの味方となった。自分の勇気と意見を巧みに表現し(彼はセルフプロモーションを成功させたアスリートだ)、公民権運動の前進、そして戦争の支持率の低下へと導いた。

アリは上訴していた1968年ごろ、大きな経済的負債を抱えていた。そのため、ボクシングをしていたら稼げていたであろう何百万ドルの代わりに、お金を稼ぐため大学のキャンパスで何百もの講演をはじめた。将来、激しい反戦運動を組織することになる若者たちに向けて講演をした。アリは調停者として、そして若いアメリカ人たちが切望していたカウンターカルチャーの象徴としての地位を固めた。

何年も続いた上訴の後、連邦最高裁は1971年6月、アリの有罪判決を破棄した。その頃には、州が彼のボクシングライセンスを回復させる手続きを始めていた。彼の戦争に対する見解が、アメリカ全体の戦争に対する見解となり、人々は、自分たちの英雄がボクシングに復帰する準備を整えた。そして3年半後、アリはリングに戻った。1970年10月、アリはアトランタでジェリー・クゥオーリーを倒した。

選手生命を犠牲にしたアリ

やがてアメリカ中に、アリがキャリアを犠牲にしてまで貫いた信念と、彼への支持の輪が広がった。以来、これほどの社会的インパクトを残したアスリートはいない。アリが「ベトコンには恨みがない」と言ってから50年後、プロアスリートたちは社会問題について立派に意見を述べるようになった。特筆すべきは、NBAのスター選手レブロン・ジェームスが2014年12月、エリック・ガーナー事件(同年7月、ニューヨークで黒人男性が白人警官に羽交い締めされ、「息ができない」と叫びながら窒息死した事件)に抗議をする人々をサポートするために「"息ができない"シャツ」。を着たことだ。しかし、彼らはアリが直面したほどのリスクには直面していない。

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現代のアスリートは積極的に政治的意見を述べるようになった、重要な発言ではあるが、象徴的な意味合いにとどまる

セルフブランディングを中心に考え、ビジネスをしているかのような現代のアスリートたちは、Tシャツ、プレー中に付けるアクセサリー、SNSへの投稿などで、お飾りのような政治的意見を発表することを選ぶ。アリのように積極的に行動し、自分のキャリアを賭けるようなことはしない。

一言で言うと、現代のスポーツにはあまりにも莫大な金がかかっている。キャリアの4年間を犠牲にすることなど、どんなことがあっても考えられない。プロアスリートの全盛期は25〜27歳の間であり、スター選手が一番の大型契約を結ぶ時期でもある。アリは人生の絶頂期に、つまはじきにされていた。

おそらく、公民権運動のリーダーだったストークリー・カーマイケルの言葉が、この状況を一番うまく表現している。

ベトナム戦争に反対したすべての人の中で、アリは一番多くを賭けた人物だと私は思う。多くの人々が行くのを拒否した。何人かは牢屋に行った。しかし、モハメド・アリほどベトナム戦争に行かないという決断のリスクが大きい人は他にいない。そして彼の本当の素晴らしさは、彼が受けた仕打ちの数々にも関わらず、彼はさらに偉大に、さらに人道的になったという事実だ。
 

彼の本当の素晴らしさは、その人間性にある。スポーツファンは、そして我々は、「アリの全盛期を見ることができなかった」と言うかもしれない。しかしアリは、アメリカ社会にもっと素晴らしいものをもたらした。アメリカは、国の歴史上最も多くの犠牲者が出た戦争に関わる、階級問題と人種問題に抗議する「声」を得たのだ。

ハフポストUS版より翻訳・加筆しました。

 

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性を「みだらな行為」と呼ぶのは、明らかに精神異常。いまの日本は大丈夫?

2016-06-11 | 学芸


マティス
「生きるよろこび」


   性的な交わりを「みだら」と呼ぶのは、明らかに異常な思想に憑りつかれている人のいう言葉ですが、このごろのわが国は、心の病気に深く犯されている人がずいぶんと多いようです。
国家主義者や、上からの命令に従い右へならえ、という封建的ないし軍国主義的な傾向をもつ人は、性を「特殊な領域」にあるものと見ます。自身の精神が歪んでいることの分かりやす特徴が、この性意識です。

   性とは人間の最も人間的な世界で、その人の赤裸々な存在のありようが現れる場です。幼児からの楽しく豊かなスキンシップは、心と身体は一体であることを知らせますが、その心身の触れ合いに乏しい人は、性(心身の交わり)について臆病になり、それが高じて、性的なものを「異常」とさえ思う病気となるのですが、これは、個人としても社会としても不健康そのもので、そこから個人的暴力(体罰なども同じ)が生まれ、社会的には戦争肯定思想と結びつきます。
  生き方ー考え方の根底が狂っているので、不健全で暴力的な言動を導きます。他者を抑圧することで自己の抑圧感から逃れようとするおぞましい悪というほかありません。

   比ゆ的に言えば、本格的に性を楽しみ悦ぶのは、クルマの運転が一定の年齢に達していることが条件なのと同じで、自ずとつくられる制限があります。ただし、性を狭く考えて、身体的触れあいそのものを忌避すると、人間性を元から破壊してしまいます。異常な潔癖症となり、狂うのです。

   何事でも同じですが、あるレベルに達するには、順番があり、幼児は幼児の、こどもはこどもの、思春期は思春期の、という順を踏んで成長します。なによりまず、両親との豊かな触れあい・スキンシップが大切です。触れ合いという意味の広義の性は、心身全体の安定をもたらす最大の基盤です。「性」を狭く見て、ある場面だけを切り取り、そこだけを見るのは偏執です。「みだらな行為」などという言葉を思いつくのは、精神異常者のみです。性とは部分と全体の融合=人間の心身全体による愛です。

  いまの日本は、管理教育をされた型ハマリの人が親になっていますので、ほんとうに心配です。のびのび、自由、楽しく、囚われなく、健康とは、どうも違うようです。
あなたはどうですか?

 

  武田康弘

 
fbコメント
させ とおる
 
させ とおる 淫ら ふしだら という語感が好きなんですよね。
 
武田 康弘
 
武田 康弘 歪んだ人ばかりの国なのかな? 心身も頭も不健全で気もち悪い。
 
稲本 裕紀
 
稲本 裕紀 そうゆう悩み。相談。たくさん持ち込まれます。
おかしな方向に向っている人は、ますます追いつめられて行ってて、それが原因で病気になってる女性も多い。
でも、正反対に、ありのままが当たり前の人も、増えてきていますね。
 
武田 康弘
 
武田 康弘 心身のしなやかさ、態度の自然さ・率直さ、物事への自在な対応、思いやりや優しさ、自由で囚われのない発想、人間的魅力をもたらすのは、健康で自然な性への意識でしょう。

キリスト教の根源的誤謬もここにありますが、日本も明治以降ゆがんだよう。


ソクラテスのフィロソフィを支える中心は、エロースです。プラトンによるソクラテスの対話編「パイドロス」と「饗宴」



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残念ですが、尖閣は日本固有の領土とは言えないようです。

2016-06-10 | 社会批評

「ポツダム宣言」受諾で、わが国は、カイロ宣言の履行を義務付けられましたが、それを踏まえて、以下の清水光子さんのお話に耳を傾けてください。
2014年9月11日のblogです。

 

残念ながら、「尖閣」は、日本の領土ではないようです。今日の清水光子さんのお話

 2014-09-11 | 学芸

    清水光子さん(9月10日 白樺教育館)

 

今日の「恋知の会」で、
戦時中は台湾州のトップであり、最後(敗戦時)は、支那方面艦隊司令長官であった福田良三(海軍中将・勲一等)の実娘さんの清水光子さん(84歳)は、以下のように話されました。

お父さまから、尖閣は、台湾州の防衛ライン内であることや、台湾の漁民が漁場にしていると聞かされていた。」
また、「海洋学上(海底地形)も沖縄には所属せず、台湾州である」とも話していたとのこです。

清水さんは、「当時の海軍関係者は、尖閣は台湾州に属するものと認識していて、沖縄に所属すると思っていた人はいないはず。」と話されました。


これは、極めて重要な証言で、
台湾州は、ポツダム宣言を受諾して敗戦をしたわが国の領土ではありませんから、尖閣は沖縄に所属していたので日本領だとする政府や外務書の主張は、明らかな嘘であることになります。
日本人だからといって、嘘で領土を拡大することはできません。  中国敵視ではなく、日中友好が必要です。

 

以下は、福田良三さんの写真と、B級戦犯として上海から家族へ宛てた手紙です(クリックで拡大します)。

            

 

なお、興味深いお話がいくつもありましたが、それはまた後日に。

 

追記

 尖閣の領土問題を煽ったのが石原慎太郎であり、乗じたのが愚かな野田総理でした。石原は「シナと戦争したい」と語っていますので、尖閣で中国を挑発することがその目的であることは明らかです。
 領土問題の大宣伝を行う政府と政治家は、日本的「愛国主義」のイデオロギーを浸透させること→社会契約に基づく現憲法の全面廃棄(国体思想の復活)を目的としていますので、

国民は、その戦略の上で踊らされているわけです。
 市民=ネットしか、冷静な真実を伝えられませんので、ぜひ、拡散して、領土問題を冷静に考えましょう。それがホントウの国益=国民益になるはずです。

 

追記2

 伊藤博文は魚釣島=尖閣諸島を日清戦争時に尖閣を日本領として編入したのですが、その経緯は以下の通りです。

 1885年(明治18年)の時点で、明治政府(山県有朋)は、閣議で魚釣島(尖閣諸島)を日本の領有とすることを否定しています。
 この年の9月に沖縄県令(今の県知事)の西村捨三は、内務卿の山県有朋宛ての報告書で、

魚釣島は大東島とは地勢が違う し、中国の記録が多くあり、冊封船(さくほうせん/中国が承認した国の船)が通っていて島に詳しく、それぞれに中国名もついている。日本領という標識を立てるのは待った方がよい(要旨)」
と 記しています。
 これを受けて山県有朋は井上馨外務卿 に相談しますが、井上は
調べるのはよいが、右 島嶼(とうしょ)(魚釣島)に、国標を立てるのはよくない、清国の疑惑を招 く。また島を調査していることを官報並びに新聞に掲載してはいけない(要旨)」
と応えました。
 それを聞いて山県は、1885年の閣議で魚釣島の日本領有を否定 しました。


  ところがその10年後、日清戦争の末期に皇軍の勝利が確実になった時点で (1895年・明治28年1月14日)突然、伊藤博文は「標杭建設の義」を決定し領有に踏み切りました。
久米島魚釣島と称する無人島へ向け近来漁業等を試むる者有。之為取締を要するに、付ては同島の議は沖縄県所轄と認めるのを以て、・・・・明治二十八年一月十四日 内閣総理大臣伯爵伊藤博文」。

 

 

 

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クイズ いま日本があるのは、「なんとか宣言」を受け入れたからです。知っていますか?全文です。

2016-06-09 | 社会批評

 いまの日本がある、いまわたしたちが生きている、それを可能にしている文書はなんでしょうか? 戦後の日本の存在を可能とした最大の文書ですので、それを知らないでは何一つ前に進めません。その前提のもとで、いま、わたしやあなたは生きています。

 「ポツダム宣言」を受け入れて、いま、日本は存在しているのです。

  ところが、現代史上、最大の文書である「ポツダム宣言」は、教科書の巻末資料にさえ載っていません(歴史も公民もです)。これほどの不可思議はないですが、いったいなぜでしょうか。日本は敗戦したのではなく、戦争が終わった、そう、台風や地震のような自然現象のように「終わった」だけ、ということにしたいのでしょうか。

  安倍首相の敬愛する祖父の岸信介ら東条内閣(昭和天皇が近衛を嫌い東条を推した)が、決定したアメリカとの戦争、それに全面敗北して、アメリカ合衆国、中華民国、英国の三か国が連合国を代表してつくった「ポツダム宣言」を8月15日に受諾、9月2日に降伏文書に署名して、戦争を終えることができました。その「ポツダム宣言」を読んだことがないと国会答弁したのが、安倍首相です。わたしは、あまりのことに言葉を失いました。

 

 以下は、全文です。 最初の外務省の翻訳はカタカナ表記ですので、孫崎享さん(元外務省情報局トップ)の本『戦後史の正体』からです。

『ポツダム宣言』ー全文

「降伏文書」ー全文



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ピント外れですね、コメンテーターは。 憲法改正問題は、自民党憲法案の思想こそ検討すべきでしょうに。

2016-06-05 | 社会批評

どの国の人間も、人間である限り、「思想=価値観の束」をもっています。それを自覚しているか、いないかの違いはありますが、誰でもが思想をもっています。

憲法を改正するか否か、何を改正するのか、どのように改正するのか。それこそが問題ですが、

それは、背後に必ず、「思想」をもっているのです。

自民党憲法改正案を読めば、天皇元首であり、「個人」という概念=言葉をすべて削除しているのですから、
わたしたち一人ひとりの個人が「感じ・想い・考える」を公共の原理とする民主政治(古代アテナの直接民主政も、近代のロックのピューリタン宗教に基づく民主政も、アテネに範をとり宗教によらない市民主義のルソーの民主政もその点はみな同じ)は、
自民党憲法案の思想とは土台が異なることが明白です。

そういう思想(それを国体思想と呼びます)をよしとするのか、民主政をさらに発展させ、自治政治を広げる方向で憲法を見直すのかでは、まったく正反対の思想です。

安倍首相以下、自民党の閣僚と、多数の自民党議員が戦前のウヨク国体思想の焼き直しである「日本会議」の有力メンバーであるという事実は、実に恐ろしい話ですが、なぜ、このなによりも一番先に問題としなければならない「思想」について検討しないのでしょうか?

あまりの思想音痴にただ呆れるだけです。日本人も人間であり、一人ひとりは「自由と責任」をもつ個人であることは否定できないはずなのに、です。

もう目を覚ましましょうよ、尊王主義を掲げる伊藤博文らが仕掛けた罠(「個人」消去のための滅私奉公=ニッポン全体主義)から解放されないと、いつまでも「人間を幸福にしないシステム」(ウォルフレン)の内部で不幸な生が続きます。また思想は戦前戻りでよいのでしょうか。

 

武田康弘
 (元参議院行政監視委員会調査室・客員ー哲学と「日本国憲法の哲学的土台」を講義)

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ウィーンフィルトップメンバーによる室内楽の夕べ 演奏評 2016年6月4日文化会館小ホール

2016-06-05 | 芸術

なんと贅沢なコンサート、
シー!美しい!ウィーンのフィルの音です。
昨年秋のウィーンフィル(エッシェンバッハ指揮でハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン)は、キビキビとして迫力ある名演でしたが、強奏しても艶やかさ・美しさが失われず、ウィーンの音が耳から離れません。
今夜は、その再現ですが、ヴァイオリン、ヴィオラ、フルートの三重奏でしたので(その他、各自がソローピアノ伴奏付き)クッキリ明瞭。ウィーンの音に浸る愉悦の時間が正味2時間も。でも、あんまり美しいので、まだまだず~と聴いていたい~~
シュッツのフルートはやたらに上手い、表現意欲が強いのですが、どんなに早いパッセージでも音が上品な艶やかさを失いません。...
ヴァイオリンは、ウィーンフィルはじめての女性コンサートマスター、明瞭でかつ控えめ。
ヴィオラは、実によい音、力を抜き余裕があるので、かえって説得力があります。弦は共にウィーンフィル独特の美しさで他に代えがたし(脱力しー関節を柔らかく使う弾き方がウィーンの秘密かな?)
最後のベートーヴェンの三重奏曲は圧巻で、聴衆はわたしを含めてみな口あんぐり。よだれが出そう~(下品で失礼)。
ウィーンフィルの演奏は、音楽に集中させますが、聴く側に緊張(ストレス)を与えないのです。だからいつまでも聴いていたいと思わせるのでしょう。
エロースいっぱいの充実のコンサートで心底満足でした。

(6月4日 東京文化会館小ホール 「ウィーンフィルトップメンバーによる室内楽の夕べ」)

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出演

アルベナ・ダナイローヴァ(ヴァイオリン)
トバイアス(トビアス)・リー(ヴィオラ)
カール=ハインツ・シュッツ(フルート)
加藤洋之(ピアノ)

曲目

レーガー:セレナード ト長調 op.95 より 第1楽章
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調 op.24 「春」
シューベルト:「しぼめる花」による序奏と変奏曲 D802

  15分間の休憩

ブラームス:ヴィオラ・ソナタ 第2番 変ホ長調 op.120-2
ベートーヴェン:セレナード ニ長調 op.25
アンコール

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以下は、FBコメントです。
 
 
佐伯 隆 ベートーヴェンのセレナードですね!
 
 
武田 康弘
 
武田 康弘 はい、そうです。セレナード ニ長調 op.25。
 
 
佐伯 隆
 
佐伯 隆 この曲、音楽ネットワーク「えん」でも記憶する限り3回ほど演奏されたのですが、出だしが面白いですね。
 
 
武田 康弘
 
武田 康弘 ええ、でも、全部面白かった!ですし、感動で、ウットリ。
 
 
山地 祥子
 
山地 祥子 武田先生の言葉を読んでいるだけで、本当にその演奏を一緒にそばで聞いているかのように感じますね‼️

私は曲名も奏者の名前も知らないのですが。
言葉だけによって演奏された曲の音色や、雰囲気、伝わる思い、イメージをここまで表現できるものなのですね。

武田先生が感動されていることが伝わって来るのでお腹がいっぱいです‼️ごちそうさまです‼️
 
 
武田 康弘
 
 
 
 
 
Kyosuke Hasegawa
 
Kyosuke Hasegawa 行ってました。ベートーヴェンのセレナード、ミニ・ウィーン・フィルでした!
 
 
武田 康弘
 
武田 康弘 わたしもそう叫んでいました!(笑)まさに、まさに、「ミニ・ウィーンフィル」でしたね。だから余計に得難いウィーンでした。
 
 
Kyosuke Hasegawa
 
Kyosuke Hasegawa ウィーン・フィルの一番おいしい部分だけを味あわせていただきました。
 
 
武田 康弘
 
武田 康弘 それも上野で、自宅から1時間もかからないところで(笑)
なんという贅沢、こういう贅沢なら、地球にやさしい、財布にもやさしい。
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安倍自民の日本で、国は奈落の底へ。ヘイトが許され、憲法は無視、ウヨク団体が白昼堂々。

2016-06-04 | 社会批評

憲法を守らなければならない立場の人間である首相や国会議員が、憲法改定の音頭を取って先頭にたつ異常事態が白昼堂々とまかり通る国は、まともな国家ではありません。

個人の「感じ、想い・考える」が先で、その個人と個人の合意に基づいて政府(国)をつくるという民主政の思想(主権在民を原理とする社会契約)の大前提を否定する「自民党憲法改正案」(個人という言葉をすべて削除)は、西側諸国に共通する社会原理を否定するものです。

筑摩新書に『反人権宣言』(人権はヨーロッパの闘争が産んだ思想であり、日本は人権思想を排して、昔の日本国の常識に戻るべきである)を書き、人権とは最悪の思想であり、戦後日本をダメにした元凶だ、と主張する安倍晋三の友達&ブレーンの八木秀次(麗澤大学教授)を政府の教育再生実行会議の中心者としていたのが、いまの自民党アベ政治です。戦前の日本(明治維新がつくった国体思想=靖国思想)への郷愁で、個人意志を国家意志に統合する全体主義思想(「日本会議」などウヨクの差別主義思想)です。

21世紀のいま、個人の輝きに基づく「自治政治」を進めるのではなく、ニッポンという主義(靖国思想=国体思想)に個人を統合する方向で国家をつくるなどというのは、愚かさの極みであり、ありえない話です。これほどイカレタ右翼思想の首相以下の自民党に投票するなら、その国民もまた同罪と言わねばなりません。

わたしは、こどもたちの自由でのびのびとした生を守り育てる責任からも、おぞましい思想(首相以下自民党議員の多くが所属するウヨク団体「日本会議」が喧伝する戦前の恐怖イデオロギー)は、けっして認めません。今度の選挙は、日本が民主政を続け発展させられるか、全体主義へと堕ちていくかの歴史の分岐点になります。

ウヨク思想となった自民党を勝たせれば、恐ろしい事態が待っています。民主政の死です。個人は消去され、自由と人権は死語となります。警察(神奈川県警)が、ヘイトデモ(差別主義のデモ)の道路使用を認めるのは、世界のどこにもない異常事態です。こういう判断をする警察は、民主国では、世界に日本だけです。国連からも再三警告が出されています。



武田康弘(元参議院行政監視委員会調査室・客員ー哲学と「日本国憲法の哲学的土台」を講義)

 

「これほど異常な民主政国家は見たことがない。」ーーニューヨーク・タイムズ東京支局長
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