自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

我が国の口蹄疫対策と海外専門家の評価

2010-12-13 19:22:23 | 牛豚と鬼

 2010年12月8日、衆議院農林水産委員会で「口蹄疫問題等の調査」のため、口蹄疫対策検証委員会の次の3名が
 山根義久(日本獣医師会会長・口蹄疫対策検証委員会座長
 郷原信郎(弁護士・口蹄疫対策検証委員会委員)
 津田知幸(動物衛生研究所企画管理部長・口蹄疫疫学調査チーム長)
参考人として意見陳述し、4名の国会議員(道休誠一郎江藤拓、石田祝稔、吉泉秀男)の質問に答えている。

 この中で郷原氏は、コンプライアンスを専門とする立場から口蹄疫の問題にかかわった感想、印象として「基本的に何を重視し、何のために対策していくのかを明確にして、農水省の方でもその理解を深めていく努力をしていくことが重要である」としている。また、大型肥育経営の対応が遅れた問題についても同様に、「問題に対する方針(口蹄疫対策の方針)の明確化と従業員への周知徹底をして対応していく必要がある」としている。

 我々は口蹄疫対策検証委員会で何がどのように検討されたのか知ることは出来ないが、報告書だけでなく国会の参考人としての郷原氏の意見陳述から、県の初動の問題、健康畜を含む徹底的な殺処分(予防的殺処分)の問題、種雄牛殺処分の問題、清浄国評価の維持の問題、大型肥育経営の問題等の種々の問題が検討されたが、それらの問題と口蹄疫対策は何のために実施し、何を重視するのかという防疫対策の基本との関係が問われず、危機への対応の基本が示されていないことが明らかにされた。

 口蹄疫に関する研究や診断や疫学調査は、我が国では動物衛生研究所でしかできない。このため同研究所は口蹄疫対策に大きな責任を有していることもあり、家畜衛生部会、牛豚等疾病小委員会、口蹄疫疫学調査チームだけでなく口蹄疫対策検証委員会にも動物衛生研究所に関係した委員が多く、ある意味で身内の獣医・専門家の見識が尊重される構造になっている。この身内の見識は科学的にも論理的にも世界に恥じないものであったのか。

 口蹄疫対策検証委員会の報告書では「防疫方針の在り方」として、「世界における口蹄疫の発生状況やその科学的知見は、国及び宮崎県の段階で理解されていたに過ぎない」としているが、世界の科学的知見は国においてさえ理解しないか無視していたとしか考えられない対策であり、「緊急ワクチン接種や予防的殺処分に安易に依存すべきではない」としながら、予防的殺処分を前提にした緊急ワクチン接種をしたのは世界から見れば異常な対策と見なされても仕方がない。しかも「現行ワクチンの性能限界と使用目的についても十分な周知を図るべきである」」としているが、国内で発生した口蹄疫に適したワクチンを緊急輸入して使用する予算措置は準備されており、緊急ワクチンの接種は委員会等の専門家の責任ではないか。

 我が国の口蹄疫対策を心配した欧州家畜協会から農水省家畜衛生課への手紙(2010.6.7)は、対策に関する具体的な提案をしているが、これを口蹄疫対策検証委員会はどう評価したのであろうか。

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2010年6月7日

農水省家畜衛生課長 川島俊郎 様 
CC: Dr. Bernard Vallat, OIE(国際獣医局)
John Dalli, EU Commisioner Health and Consumer Policy(欧州消費・安全委員会委員)
Members of European Parliament(欧州議会議員)

2010年の日本における口蹄疫について

 欧州家畜協会(ELA)は畜産の恒久的システムを目指しています。協会メンバーには口蹄疫(FMD)の専門家としてよく知られた科学者たちもいます。
 日本で実施されている口蹄疫対策に関連して、ELAメンバーは以下のことを緊急に提言したいと思います。

  ・ FMDがワクチンで根絶できないという日本当局の声明は正しくありません。
  ・ 英国やオランダが2001年に失敗した口蹄疫対策の方法を日本が繰り返し、畜産業や地域社会に同じ様な経済的、社会的な被害を与えているとしたら極めて不幸なことです。

 日本当局の主要な目的は、伝染病を制御可能な管理下に置いて、感染の拡大を阻止し、できるだけ速く、口蹄疫清浄化を果たすことです。
 ヨーロッパ家畜協会(ELA)は次のQ&Aを日本当局が参考にされて、注意深い考慮を払われるよう強く助言致します。

上記の目的は達成できるか?

 答: 摘発・淘汰と殺処分を前提にしたワクチン接種(stamping out/vaccinate-to-kill)によって達成できる。(訳者注:今回、日本が実施した方法)

 そうですね、ただし-英国のように-感染する宿主(動物)がもはやいなくなったときに、それは単に成功したと言えるだけでしょうが。
 この政策の問題点は以下の通りです:
- ウイルスを「殺し」て感染拡大を阻止するために、殺処分する動物がかなりの数になる
- 社会的、経済学的かつ様々な影響
- かなりの数の殺処分により引き起こされる人間と動物の福祉問題
- 殺処分に追われて正確な診断ができなくなる
- バイオセキュリティを維持することができなくなる(獣医、殺処分チームの不足や、時には非協力的で、集団の方針に従わない畜主や業者もいるでしょう)
- 貴重な遺伝的系統などの損失。
- 完全に食の安全な家畜を処分することを受け入れる倫理的問題。

 より効果的な代替案があるか?

 はい。ワクチン接種の考え方を、「殺処分を前提にしたワクチン接種」から「生かすためのワクチン接種(vaccination to live)」に置き換え、次に示す方法を組み合わせることです。
- 新しい診断検査を使って、可能な限り速く感染経路を追求することです。この検査は潜伏期/臨床症状が出る前に迅速に感染を確認でき、ほぼ即座に感染を保証できます。
- 感染畜(健康畜でなく)を速やかに殺処分すること。
- リングワクチンの利用(未感染地域から、感染が確認された地域に向かって)
- 例え潜伏期の家畜や感染畜に不注意にワクチン接種をしても、ウイルスの排出量は減少するでしょう。そのことがワクチン接種の明らかな利点です。
- 農場のバイオセキュリティの維持と家畜の移動禁止。

これらのことを考慮して、私たちは以下の助言をしたいと思います。
- リングワクチンの範囲は一般的に想定した緊急時の計画に基づくのではなく、発生の状況によって判断すべきです。例えば、口蹄疫の初発が確認できなかった場合の多発発生(2001年英国の例)と、これに対して素早く確認できた単一発生(2007年英国の例)の場合がありますが、前者の場合はリングワクチンは広くしなければなりませんが、後者では比較的小さい範囲にすることができます。
- 現代の精製された効力の高い緊急ワクチンを使うこと。これは非常に効力があり数日で防御免疫を与えます。
- ワクチン接種後は、ワクチン接種農場の血清学的スクリーニングを適切な検査(*訳者注:PCR検査またはNSP抗体検査)で実施し、ワクチン接種畜から感染畜を識別すること。

 私たちは地域社会と地域を支える家畜の幸福のために、21世紀に発達した科学のツールにふさわしい、家畜衛生管理のより良い方法の確立に貢献していきたいと思います。

 口蹄疫の発生を速やかに制御するために、すべての点で成功されるように日本当局にお願いします。

敬具
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 この海外の専門家の緊急声明は山内一也先生も紹介されているが、不幸なことに欧州家畜協会が心配したとおり、我が国の口蹄疫対策は2001年英国の大惨事を繰り返してしまった。口蹄疫の被害を最小にして感染拡大を防止するためには、簡易PCR検査と緊急ワクチン接種をどう活用するかが重要な対策であるが、そのことに前向きでないことは外国から見ても信じられないことであろう。

 口蹄疫対策検証委員会は、「口蹄疫防疫指針」は正しいものとして検証していない。しかし、問題設定が異なれば答えも異なる。このことを利用して意図的に問題のすり替えを行うこともできる。口蹄疫対策の根幹である「防疫指針」の問題よりも、「防疫指針」がもたらした現場の混乱の方が現実の問題として受け入れやすい。「発生前後からの国、宮崎県などの防疫対応」を問題にすることにより、「防疫指針」を問題にすることは現場との温度差を生み、現場からは机上の空論のように見えてしまう。そうして根幹よりも枝葉に目が向けられ、枝葉の問題を辟易するほど並び立てれば、根幹の「防疫指針」の本質は見えなくなる。

 そして「科学の論理」ではなく「身内の情理」(リンク4) (リンク5)で情報管理をすれば、「身内の情理」が「科学の論理」かのごとくメディアも伝える。BSE問題(リンク6)のときにそのことを経験した。BSEは代用乳等の原料が感染源であったので、原因は隠蔽されても原料管理を徹底することでゼロリスクを求めることができた。しかし、口蹄疫は生産の現場で何時起こるか分からない。それだけに、防疫方針を現場に周知徹底させておく必要がある。問題の本質を隠蔽した論理なき対策は過ちを繰り返すであろう。

初稿 2010.12.13 2015.4.17 更新


獣医・専門家は、なぜ「ワクチン接種後に殺処分の必要はない」ことを紹介しないのか

2010-12-03 16:06:34 | ワクチン

 動物衛生研究所のWEBサイトには、村上洋介氏の総説「口蹄疫ウイルスと口蹄疫の病性について」が掲載されている。これは1997年に山口獣医学雑誌に掲載されたものであるが、その後の世界の口蹄疫防疫体制の変化等についての解説はなぜか一切WEBに公開していない。2001年の英国口蹄疫の大惨事以来、世界の口蹄疫防疫体制は全殺処分から緊急ワクチン接種による無駄な殺処分をなくす方向に変わり、OIEコードに「緊急ワクチン接種をしてもワクチン接種群に自然感染していないことを証明(NSP抗体陰性)できたものの殺処分は必要ない」という第3の選択肢が加わった。そのことを紹介していたのは山内一也先生だけである。

 日本獣医学会は9月15日に「口蹄疫に関する特別シンポジウム」を帯広で開催し、その座長を例のメールを送った明石博臣氏が務めている。このシンポジウムには山内一也先生はパネリストとして呼ばれていないが、「外国の事例や科学的な根拠に基づく」論議がなされたのであろうか。山内先生を招かずして何を目的としたシンポジウムであったのか。

 このシンポジウムでは口蹄疫対策検証委員会の委員の村上洋介氏が講演しているが、講演要旨には、山内氏の指摘する第3の選択肢「ワクチン接種後に殺処分の必要はない」については触れていない。なお、明石氏と村上氏は共に現動物衛生研究所の出身である。

 また、村上洋介氏は酪農雑誌「デーリィマン」(2010年8月号)で、

「緊急ワクチン接種を含めて、執行された防疫措置は国際動物衛生規約(OIE基準:加盟国が遵守義務を持つもの)に定められた清浄国への復帰条件を視野に入れたものと理解される。口蹄疫ワクチンは感染を完全に防ぐことができないという本質的な問題があるが、感染拡大を抑え防疫範囲を最小限にとどめるための効果的手段として海外事例も参考に採用されたものといえよう」と述べている。

 なお、同誌8月号では前OIEアジア太平洋地域代表の藤田陽偉氏はOIEの基準について、

「本病発生後における清浄性への復帰に当たっての条件設定に、感染動物などの殺処分と血清学的サーベイランス、予防接種動物の殺処分の実施など種々の条件を細かく挙げている」と説明しているにすぎない。

 なお、藤田氏は農水省衛生課長を経て、牛海綿状脳症(BSE)に関する技術検討会やBSE問題に関する調査検討委員会の委員を歴任し、失政の一部を担う身でありながら第3者委員会の委員となったことを批判する向ききあったことを思い出す。

 両者とも共通して山内氏の指摘する第3の選択肢「ワクチン接種後に殺処分の必要はない」については紹介していない。また、口蹄疫防疫対策机上演習等で講演している鹿児島大学岡本嘉六教授も、東大獣医学の身内なのか、山内氏の指摘する第3の選択肢については一切触れていないことはすでに指摘した。

 2003年のOIEコードの改訂をを可能にしたNSPフリーワクチン(マーカーワクチン)の製造とNSP抗体検査の普及を前提にしない限り、20世紀型ドグマ(全殺処分しかない)が口蹄疫対策の正統であり続ける。それは世界の口蹄疫対策の流れに逆らうものであり、口蹄疫の被害を大きくすることでもある。山内氏の指摘する第3の選択肢についてなぜ無視しつづけるのか、獣医・専門家の責任ある説明が待たれる。

初稿 2010.12.3 2015.4.17 更新