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2007年英国口蹄疫疫学調査から全頭殺処分の問題点を考える

2015-02-05 11:27:50 | 牛豚と鬼

 英国の2007年口蹄疫発生では、感染が確認された8農家(感染農家)と放牧地での接触感染を含む感染の可能性が疑われる9農家(疑似農家)の全農場の家畜が全頭殺処分され、口蹄疫ウイルスに感染していることを確認する遺伝子検査や抗体検査を含む詳細な疫学調査が実施されました。その結果は、英国の環境・食糧・農村地域省(Defra)の報告(2007)Nick Juleffの報告英国パーブライト研究所の研究者達による報告E. Ryanらの研究報告(Veterinary Record,2008)等に示されています。ここではこれらの報告から図表を引用・作成して、感染拡大阻止のために農場全頭殺処分が必要か否かを考えて見たい思います。まず、調査結果のポイントをまとめると次のようになります。

1.口蹄疫発生地域の2160頭が殺処分されたが、感染が確認されたのは278頭で13%に過ぎなかった。

1) 感染が確認された8農家の家畜1578頭(牛791頭、豚753頭、羊32頭、山羊2頭)が全頭殺処分されたが、このうち感染が確認されたのは牛263頭と羊15頭で合計278頭(18%)とされている。
2) 感染の可能性が疑われた近隣9農家の家畜582頭(牛191頭、豚375頭、羊11頭、山羊5頭)が全頭殺処分されたが、感染は確認されなかった。
3) 全17農家で殺処分された2160頭のうち、感染が確認されたのは278頭で13%に過ぎなかった。

 これらの結果から、口蹄疫の感染農家や感染が疑われる疑似農家の全頭殺処分は、感染拡大を防止するよりも、むしろ殺処分による被害を大きくしたのではないかと疑われます。

Uk2007a

   図表をクリックすると全面が見れるように拡大できます。

2.口蹄疫発生時に実施された防疫措置

 

2-1. 8月発生

1) 8月3日夕方に口蹄疫発生が確認されると、直ちにワクチン接種の準備に入り、8月8日(口蹄疫発生確認後5日)までに緊急ワクチンを接種できる待機態勢に入った

2) 8月4日に感染源の口蹄疫ウイルスはパーブライトにある研究所から流出したものであることが、ウイルス遺伝子の塩基配列解析で明らかにされた。

3) 明らかにされた口蹄疫ウイルス株抗原のワクチンを英国ワクチンバンクに30万ドーズ発注し、8月9(?)日までにワクチン製造を完了させた。緊急ワクチン接種の待機態勢は、感染の拡大が2件の農家で阻止できると判断して、8月15日に解除された。9月7日にすべての移動禁止は解除された。

2-2. 9月発生

1) 8月の口蹄疫発生は感染拡大を阻止したが、9月12日にパーブライトの北17.3kmの農場(IP3B)の届出で、再度、口蹄疫の発生が確認された

2) 9月17日までに緊急ワクチン接種の待機態勢に再度入り、10月1日に解除された

3) 感染経路を病変日齢、遺伝子検査や抗体検査およびウイルス遺伝子の塩基配列解析等で調査した結果、距離的にパ-ブライトに最も近いIP5(13.9km)、IP5に最も近いIP4(2.4km)、そしてIP4に近いIP3(1.2km)の順に感染が拡大したことが明らかにされた。

これらのことは、
①感染源と感染経路は、ウイルス遺伝子の塩基配列解析、病変日齢、遺伝子検査や抗体検査等で総合的に解明する必要があること、
②感染源と感染経路の科学的解明に基づく防疫対策が基本的に必要であること、
③国内に感染源がある場合でも、車により半径10km以上に感染が拡大すること、
④感染源が国外の可能性が高い我が国の場合は、家畜の飼料に転用される可能性のある輸入農業資材の、輸入経路の徹底的な追跡調査が必須であること、
等を示しています。

Uk2007c

   図表をクリックすると全面が見れるように拡大できます。

3.農場全殺処分は感染拡大阻止に必要だったのか

 英国の口蹄疫発生は、英国動物衛生研究所やワクチンバンクのあるハーブライトの工事中に下水管から口蹄疫ウイルスが流出し、8月は大雨によって南の農場(IP1B)を感染させ、9月には工事車両によってパーキングエリアの近くにある農場(IP5)を感染させたのではないかと言われています。しかし、英国DEFRAは責任問題が絡むためか、9月もIP1からIP5に感染した可能性もあるとしています。9月の疫学調査には曖昧な点もありますので、ここでは8月の疫学調査結果を基にして、農場全殺処分によって感染拡大が阻止できたのか、現在ならもっと殺処分を少なくする方法があるのではないか、検討してみましょう。

1) 8月に最初に届け出た農場(IP1B)
 口蹄疫発生が確認された5農場の病変の経時的変化は表3に示してあります。IP1B農場は7月26日に感染し、感染後3日後の29日に異常に気付き、殺処分した4日には肉牛全頭(38頭)に病変が認められ、遺伝子検査と抗体検査でも感染が確認されています。病変の経時的変化から、いずれも感染後3日以上経過しており、そのうち31頭(82%)は6日以上経過し、最初に感染した牛は感染後10日経過していたと推定されています。したがって、遺伝子検査陽性が14頭に対して抗体陽性は28頭と多く、ことに6日以上経過したものは抗体が増加しています。
 このように最初に口蹄疫を疑って届けるまでには時間が必要で、IP1B農場が届け出た時期は、感染拡大から治癒の段階に入っていたのではないでしょうか。

2) 8月に口蹄疫発生後に届け出た農場(IP2A)
 一方、口蹄疫発生確認後、8月6日の届出で感染が確認され、その日の夜と翌日に殺処分されたIP2A農場の肉牛全頭(49頭)中44頭に病変が認められました。1頭については病変検査ができていませんが、各病変日齢のもの33頭を抽出した遺伝子検査は全て陽性、抗体検査は全て陰性でした。病変が認められなかった2頭中2頭も陽性であり、検査しなかった残りの牛も陽性であったと考えられます。
 すなわち、IP2A農場は口蹄疫発生確認後で届出も早く、まだ病変の認められない牛がいたことから、感染は拡大中であったと思われます。また、病変が認められなくても、遺伝子検査で早期に感染が確認できることも示しています。

3) 農場主による感染拡大はどの程度か
a) 8月に口蹄疫が発生した2農家は、それぞれ場所が離れた3農場で肉牛を飼育していましたが、農場主を介しての接触感染が疑われて全頭が殺処分されました。そのうち、病変も遺伝子検査による感染も確認できなかったものが各1農場ありました。IP1A農場は肉牛4頭、IP2C農場は肉牛12頭で、感染が確認できまかったいずれの農場も、飼養規模が小さいことが共通しています。
b) 病変は認められませんでしたが、IP1C農場は肉牛22頭中1頭、IP2A農場は肉牛58頭中15頭が遺伝子検査陽性で、飼育頭数が多いほど感染の拡大が早い傾向を示しています。

 我が国では、口蹄疫が海外からの訪問客によって感染する可能性が強調されましたが、口蹄疫が発生している農家が管理する2件の農場で、農場主が同じ作業着で口蹄疫ウイルスに接触している状況でも、規模が小さい農場は感染していないことが認められています。口蹄疫は海外からの訪問客やキャリアーによる感染等、ゼロリスクが強調されますが、いずれも感染の可能性は無視できるほど小さいのではないでしょうか。いずれにしても、遺伝子検査で感染が確認されないものを殺処分する必要ななく、防火帯が必要なら殺処分ではなく、ワクチン接種で対応すべきだと思います。

4. 2010年宮崎口蹄疫の初期における感染拡大

 2010年宮崎口蹄疫の発生が確認されるまでの経緯は、口蹄疫の疫学調査に係る中間取りまとめに報告されていますが、血中ウイルスの遺伝子検査も抗体検査も結果が示されていません。最初に確認された1例目の農場(和牛16頭)は、4月7日に農場主が異常牛に気が付き、4月9日に届出ていますが、県は検査をしていません。4月16日にさらに2頭の異常が見つかり、県に再度報告するまで9日も経過しています。17日に2頭の病変(びらん)を確認、この日に県は初めて2頭の検体を採取しています。18日に流涎だけで発熱していなかった3頭目の牛が発熱。19日に県が立ち入り検査し、16頭全頭の検体採取し、国は20日に口蹄疫発生を確認することになります。
 ここでは農場主が異常に気が付いて、さらに2頭に感染が拡大するまでに9日も経過している点に注目したいと思います。和牛16頭の小規模農場では、農場主を介しての接触感染で感染が拡大するには、ウイルス増殖の時間が必要なことを示しているのではないでしょうか。これに対して6例目(水牛42頭)は、3月25日に農場主が1頭の異常に気が付いて、26日に2頭、29日に9頭と感染の拡がり方が急なことが注目されます。診療した獣医師が感染源としてオガクズを疑ったように、農場主を介しての接触感染ではないような気がします。

 一方、7例目(肥育牛725頭)は、口蹄疫発生が確認された後の24日に、事実上の立ち入り検査で数多くの病変のある牛を確認しています。農場側の申告では、4月8日頃に道路側牛舎の複数頭に食欲不振が確認され、4月9日以降に多頭数に食欲不振改善薬を投与 したということですが、報告書ではこれをそのまま受けて、推定発症日を4月8日とする非常識な設定を根拠にして初発農場を6例目の水牛農場としています。
 この口蹄疫疫学調査の問題点については、すでに対談で取り上げていますので、ここでは繰り返しません。しかし、2007年の英国口蹄疫の疫学調査と比較するとあまりに非科学的であり、何のための疫学調査かと繰り返し言わざるを得ません。口蹄疫の殺処分は国の権限で実施するのですから、殺処分した家畜全頭の抗体検査や遺伝子検査を実施して結果を公表するのは国の責任・義務であり、個人情報守秘義務を理由に情報公開を拒否できる性格のものではありません。しかも、今後の被害を少なくするため、すなわち殺処分を最小にして感染拡大を終息させるために、専門家は可能な限りデータを収集して研究しておくべきです。

5.殺処分最小化の具体案

 英国の、牛の口蹄疫感染実験では、感染後1日以内に全頭の咽頭部に口蹄疫ウイルスが認められますが、血中に認められるのは2日から5日目で、この期間の症状が出始める短い時期に同居感染が認められています。また。感染しても血中にウイルスが検出できないものもあり、感染力には個体差があることが認められています。ことに血中ウイルスが認められない感染牛に健康牛を同居させても感染しませんでした。このようにウイルス感染には個体差が認められますが、2007年英国口蹄疫の詳細な調査から、口蹄疫ウイルスが伝染して行く場合にはウイルスが増幅する時間と条件が必要で、飼育頭数が多い農場はウイルスが増幅して感染拡大が進み易い様子が伺えます。このことは遺伝子検査による早期発見が感染拡大に有効なことを示していますが、どうすれば殺処分を少なくできるか具体的に考えてみましょう。

1.病変が確認できないときに口蹄疫を疑うのは困難であるが、遺伝子検査により容易に感染を確認できる。

2.病変が確認できず遺伝子検査が陽性である場合は、陽性のものだけを殺処分する。

3.病変から感染後の日数が経過していると判断されるときは、感染農家から半径10km以上に感染が拡大している可能性があるので、疫学調査の範囲を拡大して抗体検査を実施するとともに、緊急ワクチンの接種を検討する必要がある。

4.健康な家畜を含めて口蹄疫の防火帯とする予防的殺処分は非科学的であり、遺伝子検査とワクチンが進歩した今日では、殺処分の判断に遺伝子検査、感染の拡大を知るために抗体検査、予防的殺処分に代えてワクチンにを利用する「口蹄疫の殺処分最小化対策」の具体策を準備しておくべきである。

 以上が、農場全殺処分を止めて、遺伝子検査と緊急ワクチンを利用する「口蹄疫の殺処分最小化対策」の具体案の一端です。英国の防疫対策を参考にしながらも、技術革新が進む現在では、農場全頭殺処分は中止すべきことをご理解いただければ幸いです。

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初稿 2014.9.20 更新 2015.2.5(日付変更)


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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2015-03-19 23:10:12
貴重なご意見かと思われます。ここに記された先生の学説を発表して頂けませんか?今年6月に京都で、豚の新興・再興感染症に関する学会が開催されます。日本学術会議の後援も決まっております。OIEのバラ氏の基調講演も行なわれます。おそらく先生が話したい動衛研の人も多数参加されると思います。そのような学会の場で、是非先生の発表を聞かせて頂きたいです。よろしくお願いいたします。
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