自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

なぜ簡易遺伝子検査法の開発導入を稚拙な論法で否定するのか

2010-11-30 14:12:05 | 牛豚と鬼

 「口蹄疫対策検証委員会報告書(平成22年11月24日)」が公表された。しかしそれは、「口蹄疫対策とは何か?」という基本的な問いを必要とするほど「科学の論理と社会的責任」に欠ける内容となっている。このことは別に論じるとして、ここでは口蹄疫感染の早期発見のための簡易遺伝子検査法の開発導入についての否定的な評価を紹介して、これに反論したい。

 簡易遺伝子検査検査は感染か健康かを症状が出る前に確認できるので、感染がどのように拡大しているか確認しながら、可能な限り感染畜のみを殺処分することで被害と労力と埋却地を最小に抑えることができる。しかし、検証委員会は、この方法を以下の通り否定的に評価している。

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第3 今後の改善方向
6. 患畜の早期の発見・通報の在り方

患畜などを早期に発見するため、家畜保健衛生所や都道府県の段
階でもPCR法や簡易検査法により口蹄疫の診断を行えるようにす
べきとの意見もあるが、確定検査については、
① 確定検査で陽性となる症例を取り扱った場合には検査場所その
ものが感染の起点となる可能性があること、
② PCR法の検査結果を確認するためには、比較対照として感染
力のある口蹄疫ウイルスを用いる検査が必要であり、それには高
度のバイオセキュリティーレベルを有する施設が必要であること、
③ 正確な判定を行うためには、相当な検査経験が必要であること、
などから、諸外国と同様に、我が国においても、条件を満たす動物
衛生研究所で行うべきである。

一方、畜産農家段階で行う簡易検査については、農場から外部に
ウイルスを拡散させることがないので、精度などの面で実際に使え
る手法開発を促進すべきである。
なお、簡易検査については、陽性を陰性と判定するなど、その結
果が確定検査と異なる結果となる可能性があることから、その活用
に当たってはルールを的確に定め、慎重に取り扱う必要がある。
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 簡易遺伝子検査は、現場に近い家畜保健衛生所に設置して1次検査に使用すべきであり、確定検査に使用すべきとは提案していない(リンク2)。この方法は新型インフルエンザウイルス(リンク3)やノロウイルス(リンク4) の検査で実用化され、恒温槽さえあれば検査できるので開業医でも検査できる。しかしこれを口蹄疫ウイルス検査に応用して実用化するためには、動物衛生研究所の協力が必要である。口蹄疫検査は感染畜を速やかに見つけて殺処分するための検査なので市販はできない。この方法を実用化し、家畜保健衛生所や移動車に置く検査体制は、農水省が積極的に取り組まなければ実現は不可能である。

 今後の改善方向として、確定検査を持ち出してこの方法を否定するのは稚拙な論法であり、「一方、畜産農家段階で行う簡易検査については、農場から外部にウイルスを拡散させることがないので、精度などの面で実際に使える手法開発を促進すべきである」と逃げ道は用意されているようだが、2度と惨事を繰り返さないために口蹄疫対策を真剣に第3者として検証したのか。口蹄疫ウイルスは明日侵入してもおかしくないというのに!

 また、簡易遺伝子検査によって牛房単位等の群単位で検査・殺処分をすれば、たとえ陽性を陰性と判定する個体がでても問題はない。殺処分のための「ルールを的確に定め」れば良いだけだ。口蹄疫を終息させるために、現在のところ感染畜の殺処分をするしかない。今回、地域単位でワクチン接種後に殺処分したことは大きな問題であり、別に論じたいが、簡易遺伝子検査によって健康畜の殺処分を可能な限り少なくすることは、被害と労力と埋却場所を格段に少なくできる。また、「疑似患畜」として恣意的に殺処分しているが、科学的根拠はあるのか。簡易検査の結果は、健康畜の殺処分の科学的な根拠を問われた場合の法的な根拠ともなろう。

 今後の口蹄疫対策の改善方向として、世界にも貢献できるこの画期的な簡易遺伝子検査法を積極的に開発導入しないとすれば、海外で実用化されても導入しないのであろうか。口蹄疫対策にはワクチンと簡易遺伝子検査は欠かせないものとなるであろうが、このことを前向きに取り上げなかった口蹄疫対策検証委員会の社会的責任が問われることになろう。

 なお、「高度のバイオセキュリティーレベルを有する施設と相当な検査経験を持つ動物衛生研究所」で、なぜ口蹄疫ウイルスの塩基配列を調査し、感染源の解明を急がなかったのか。2007年英国の口蹄疫では感染確認と同時にウイルス株を同定し、ワクチン製造をしている。今回の宮崎口蹄疫の疫学調査と対策が如何にずさんであったかも検証する必要があろう。

初稿 2010.11.30 更新1 2013年2月19日


口蹄疫のワクチンと簡易迅速な検査法

2010-11-08 20:15:43 | ワクチン

 ウイルスは遺伝子(核酸)しかないので、核酸が働く代謝系を持つ生物に寄生しないと増殖することはできません。寄生する宿主によって、動物ウイルス、植物ウイルス、細菌ウイルス(バクテリオ・ファージ)に分類されています。

1.口蹄疫ウイルス

 口蹄疫ウイルスは 1898 年にドイツでレフラーとフロッシュによって濾過性の新しい病原体として発見された最初の動物ウイルスで、最も小さなピコルナウイルスの一つです。ピコルナとは、もっとも小さい(ピコ, pico)RNA(ルナ, rna)ウイルスのことで、中心部のRNA鎖(核酸分子)一個の周囲をタンパク質が並んだ核(カプシド)で覆った粒子として存在しています。ウイルスに感染するとは、ウイルスが宿主細胞に侵入するとカプシドから脱核して核酸が細胞内に入り、細胞の代謝系を利用して遺伝情報を発現させて増殖を始めることです。

2.ワクチン製造

 口蹄疫ウイルスは培養細胞で効率よく増殖します。培養細胞としてハムスター腎臓由来のBHK-21細胞を陽圧タンク内で浮遊培養し、約4~5千リットルに増やした細胞浮遊液は直結するパイプを通して陰圧隔離区域内にあるウイルス増殖用タンクへと移されます。そこでウイルスが接種され37℃で18~24時間攪拌培養した後、ウイルス不活化タンクに移されます。

 不活化タンクではウイルス培養液に不活化剤(Binary Ethyleneimine:BEI)を添加して、ウイルスのカプシド内の核酸を含めてすべての核酸を不活化する処理を2回繰り返します。このことで、カプシドの蛋白質には影響を与えないで抗原性を維持し、しかもワクチンのウイルスが感染増殖することは絶対にない不活化ワクチンを製造できます。また、この核酸の不活化処理により、ワクチン由来の核酸は遺伝子検査(PCR法)では検出できなくなりますので、ワクチン接種をしていてもPCR法で自然感染を確認できます。

 不活化処理をしたウイルス液はクロマトグラフィ法により、口蹄疫ウイルスの完全粒子(沈降係数146S)だけを抗原として数十~数百倍に濃縮・精製し、液体窒素タンクに保管します。146Sを濃縮・精製することで抗原効果を大きくすることができ、ワクチンによるアナフラキシーショックを減弱させます。ワクチンバンクには様々なウイルス株の濃縮抗原が保管されていますが、必要に応じて必要なウイルス株の濃縮抗原を混合し、ワクチン調整用タンクで緩衝液、オイル、および乳化剤等を混ぜて攪拌して乳化し、ワクチンボトルに小分けして口蹄疫予防液となります。

3.抗体検査

 ウイルスが宿主の粘膜上皮から(エンドサイトーシスにより)細胞に取り込まれて侵入すると、カプシドから脱核した核酸が細胞の代謝系を利用して遺伝情報を発現させて増殖を始めますが、このとき感染細胞にはウイルス粒子(146S)、核酸が脱核した中空粒子(75S)、カプシドを構成するタンパク質のサブユニット(12S)、脱核したウイルス核酸およびその核酸が細胞の代謝系を利用して作り出した非構造蛋白質(NSP)などがあります。

 口蹄疫ウイルスに感染するとこれらを抗原とした感染免疫(抗体)は感染後3~5日後に検出されますので、抗体検査は感染の早期発見には適していません。また、最近のワクチンは精製していますからNSP抗体はできません。そこでOIEコードではNSP抗体検査で陽性であれば、ワクチン接種しても自然感染を確認することができるとしています。しかし、口蹄疫に感染している患畜はワクチン接種如何に関わらずPCR法で早く見つけるべきであり、このための簡易迅速な検査方法の確立が急がれます。

4.簡易迅速なPCR法

 微量な遺伝子核酸を増幅して検査するPCR検査は、最近目覚ましい技術革新が認められますが、口蹄疫診断検査に関するOIEコード(2009.5) では、簡易型RT-PCR法についてCALLAHANらの論文(2002)を引用して、まだ開発中であるとしています。簡易PCR法の普及がない条件下では、多数の検体を検査できるのは抗体検査しかなく、ワクチン接種した場合に自然感染による抗体とワクチン接種による抗体を識別するためにNSP抗体検査が必要ですが、簡易型PCR法が普及すればワクチン接種如何に関わらず感染を確認するのはPCR法が標準になると思います。

 PCR法における核酸増幅はRT-PCR法も簡易法も同じであり、2009年には英国パーブライトのIAH(動物衛生研究所)や FAOはRT-PCR法の簡易検査装置の実用化試験を始めています。しかし、増幅した核酸を蛍光分析で診断するRT-PCR法は、それを小型化しても蛍光分析装置の台数が検査数の制限要因となります。

 一方、我が国では人の新型インフルエンザウイルスノロウイルスの検査に、核酸増幅とクロマトグラフィを組み合わせた画期的な簡易検査法が開発され実用化されています。クロマトグラフィは妊娠検査の診断にも使われている簡易な判定法であり、核酸増幅のために一定の温度を保つ恒温槽さえあれば検査ができます。これを口蹄疫ウイルス検査用に開発導入して家畜保健衛生所(移動車を含む)に設置して日常の病性鑑定に取り入れて、地域の1次検査と国の確認検査を組み入れた防疫体制を構築すれば、口蹄疫の早期発見が可能となり、しかも口蹄疫を終息させるために殺処分を最小にした防疫対策を世界に先駆けて実施できます。さらに、世界の口蹄疫撲滅対策に日本が大きく貢献することになるでしょう。

2010.11.8 開始 2010.11.30 更新1(下線部分)


口蹄疫に関する2つの対談 - ワクチンに対する理解と情報の違い

2010-11-01 12:40:58 | ワクチン

口蹄疫に関する対談が酪農雑誌「デーリィマン」11月号に掲載されました。11月号(1冊、送料込み2100円)だけでも購入できます。連絡先はデーリィマン管理部です。電話(011)209-1003(直通)、メールアドレスはkanri@dairyman.co.jp です。

なお、同じ時期に「ピッグジャーナル」の9,10月号に対談が掲載されています。各号とも送料込みで2100円です。電話(03)3818-8501(直通)、メールアドレスは nagano@animalmedia.co.jp です。

後者の豚の業界紙には獣医学の大学教授、準教授も参加されていますが、ワクチン接種して殺処分することを初動の段階から主張されています。この初動の段階から殺処分を前提にしたワクチン接種に対して、知事が健康な家畜まで殺処分することに抵抗したことを批判していますが、私は知事の抵抗の方が正常な反応だと思います。なぜ、専門家はワクチン接種と殺処分を切り離して考えなかったのでしょうか。

牛と豚の考え方の違いもあるのでしょうが、このブログで主張している「殺処分を少なくするためのワクチン接種」と、もう一つの「殺処分のためのワクチン接種」の考え方の違いを、比較して理解していただくためにも、ご一読をお勧めします。

なお、ワクチン接種に関しては人のインフルエンザや鳥インフルエンザについても同じような問題があるようです。

「インフルエンザウイルスの生態(蛋白質・核酸・酵素Vol.42,145-153.1997)」で喜田宏 北大教授は次のように述べています。  「インフルエンザワクチンの効果と意義を多くの人々が疑いもなく否定し、それが半ば常識のように通用しているのは、世界中で日本だけであろう。どうしてこんな誤解が生じたのであろうか。『インフルエンザウイルスは利口だ。どんどん進化し、姿を変えて攻めてくる。だからワクチンは効かない。』新聞、テレビや本で専門家が言っているとのこと。舌足らずの説明は誤解と混乱をもたらす。専門家としての発言は責任を伴うものである。一方、このような根拠を欠く情報を鵜呑みにして、未消化のまま、あるいは誤解と誇張を加えて報道する姿勢に、ワクチンに対する不信をこれほどまでにまん延させた責任がある。

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これまで多くの研究者がそれぞれの分野で熱心に研究し、個々の成果を得ている。しかし成績を総合して正しい方向づけをし、現実の問題に対応してこれを解決するオーガナイザーが不在であった。異なる分野間の情報交換が十分ではないこと、行政判断のための資料となるべき情報が適切に収集・供給されていないことや、関連国際会議で何が重要な問題となっているかを的確に判断して、それを国内に情報として提供していないことなども反省すべきである。」

この後半部分につきましては、当ブログでも、「動衛研の国際重要伝染病研究チームと疫学研究チームをつなぐ防疫対策室を設置し、検査数の増加に対応するとともに、海外の重要伝染病対策(発生状況、検査方法、防疫対策等)に関する情報をWEBサイトで国内に紹介して、関係者が我が国の置かれている状況を日頃から理解できるようにしておく必要がある。」と具体的に提案しています。この防疫対策室こそがオーガナイザーとして機能し、的確な国際疫学情報を国内に提供していく役割を果たしてくれるでしょう。

なお、その同じ獣医学の教授が鳥インフルエンザについてはワクチン接種に反対し、次のように述べています。「なぜ、ワクチン依存が起きてしまったのか。国際獣疫事務局(OIE)が、『高病原性鳥インフルエンザは摘発、淘汰を基本とすべきだが、これに加えてワクチンも1つのコントロールの手段として使うことができる』とコードに書いてしまったのです。これが免罪符のようになり、これらの国ではワクチンで高病原性鳥インフルエンザを制圧しようとなってしまっているのです。――― 鶏に対するワクチンの乱用は、ウイルスの拡散を導くということが明らかです。」

しかし、OIEが摘発・淘汰を基本としながらも、これにワクチン接種を加えて殺処分を少なくする方向を示したのは、科学技術の向上でそれが可能になったと科学的に判断したからです。同じ獣医学の教授が、人に対してはワクチン接種を促し、家畜に対しては反対するという混乱を見ていると、どうも我が国の獣医界は家畜へのワクチン接種を理解しようとせず、むしろOIEの方針に反対しているようです。このワクチンアレルギー体質は世界の常識からかけ離れてしまっていると思いますが、どうしてこうなったのでしょうか。

健康な地卵の生産にこだわってこられた養鶏家が、これを批判する意見は傾聴に値します。

2010.11.1 開始 2010.11.7 更新1(文献のリンクを削除)