古代ギリシャでオイコス(エコ:家、共同体:ポリス)のノモス:規範という意味でオイコノミアという言葉が生まれエコノミー:経済の語源とされている。しかし、現在の利益を追求する「経済」、ことに「欲望の資本主義」といわれる「経済」の語源には馴染まないので、私は「オイコノミア=家政」を「善を求める共同体の(経済的)規範」と理解していることを強調しておきたい。
アリストテレスの『政治学 』第一巻、「第十三章 家庭経営に必要な美徳について」では、「家庭の経営においては、命を持たない財産よりも人間の方が重要であり、立派な財産より立派な人間のほうが重要」としているように、当時の家政(経済)では人間を最も大切にしていたと思う。時代が1500~1700年も経過すると、人間は欲望を満足し、孤立しても生きていける世界を求めて、堕落することを進歩だと思うようになるのだろうか。
「オイコス=エコ」を動植物の住む世界と考えて、ロギア(論じること、論、学)と合わせて「有機体とそれを取り巻く外界との関係についての総合的な学問」としてエコロギー(エコロジー)という言葉を、ヘッケルはダーウインの進化論(種の起源,1859年)に啓発されて造語し、1866年に発表した『有機体の一般形態学』で使用している。
参考: エコノミーとエコロジー:エコロジーとは ― その起源と変遷
『一般形態学(有機体と一般形態学)』:エコロジーとエコノミー
科学の歩みところどころ 生態系とは何か
日本気象学会機関誌「天気」:用語解説 エコロジー
近代生態学の流れ
日本での生態学と「エコロジー」をめぐって
ヘッケルは何を書いたのか—反復説の原像—
ダーウイン(1859)とメンデル(1865)
19世紀になるまでは「自然の3界」として「動物界」「植物界」「鉱物界」が考えられており、植物と鉱物が違うように、動物と植物も違う存在だったが、19世紀には顕微鏡を用いた観察から「全ての生物は細胞からできている」というシュライデンとシュワンの細胞説が提唱された。このことにより動物学と植物学が統合され生物学というくくりで扱われるようになった。
ヘッケルは生物学を形態学と生理学に大別し、後者をさらに Arbeitsphysiologie(労働生理学)と生物と生物や生物と環境のBeziehungsphysiologie(関係生理学)に分け、この関係生理学の中に生物分布学と生態学を位置づけた。なお、生物分布学も生態学と同様にヘッケルの造語である。
動物学者の田隅本生,(2)は、ヘッケルの「個体発生は系統発生を繰り返す」という「反復説<」を中心に「一般形態学」の論考をし、その結語に「ヘッケルは古典語の知識を駆使し、この本の中でもDarwinismus、Ontogenie、Phylogenie、Ocologie(生態学)など無数の新語(ほとんどは他の人によっては使われずに終わった)を作りだしたほど、ことばとその概念にこだわる人であった。」と解説している。
ヘッケル『一般形態学(有機体の一般形態学)』の原典の第2巻はダーウイン、ゲーテ、ラマルクの3人に献ぜられているが、インターネットでも公開されているので、「一般形態学」の論考と比較しながら確認して欲しい。
一方、1891年(明治22年)ドイツに留学した三好学は植物学を生理学、形態学、分類学、生態学の四つに分類し、PHanzenbiologieの訳として生態学という言葉を使っている。また彼は、「明治41年(1908)に『普通植物学上編』を書き、ここでダーウィンによって確立された生態学に言及し、“該体とその周囲との関係を明らかにするにあり,これを生態学(Ecology)という”といい、ここではっきりとecologyの訳として生態学を使っています。」という説明もある。したがってEcologyを「生態学」と翻訳して日本に紹介したのは三好学と言えよう。
なお、生態系"(cosystem)という語は、1935年にイギリスの生態学者アーサー・タンズリーの論文に初めて現れる。
19世紀後半の生物学は、ダーウインの『種の起源(1859)』とメンデルの『遺伝の法則(1865)』と後世に大きな影響を残す偉大な研究が生まれた。ヘッケルも進化論に影響されて「生態学」の言葉を残し、「個体発生は系統発生を繰り返す」という「反復説」を提唱した。残念なのはド・フリース、コレンス、チェルマックがそれぞれメンデルの法則の再発見し、「ドイツ植物学会報告」に掲載されたのは1900年のことであった。そして遺伝子の研究はその後も続き、「DNAが遺伝物質であることの実験的証明」は1944年のことである。
したがって、ダーウインの進化論やヘッケルの反復説が遺伝子レベルで研究されるのはこれからだと思うが、世界観を変える(パラダイム転換する)ような大きな研究テーマを提示することは、実証的な研究を科学として細い路地に迷い込みがちな現代の生物学にも求められているのではなかろうか。
ここでは興味ある資料をメモして、今後の私の勉強課題としておく。
参考: ヘッケルと進化の夢(書評)
ヘッケルのニセの胚はなぜ教科書から消えないか
20世紀の悪の根源、ダーウィン=ヘッケル進化論
エルンスト・ヘッケル博士とその業績(1)
エルンスト・ヘッケル博士とその業績(2)
精密で詳細な生物画を描きあげたドイツの生物学者「エルンスト・ヘッケル」
書評:19世紀ドイツ進化論思想家ヘッケルを知る重厚な労作
ダ-ウィンの思想的影響─「ダーウィン革命」の三段階─
19世紀はダーウィンの時代―― 生物学的世界観の大革命 ――
非凡な農民
『融合』か『手法の導入』か?
科学革命としての「インテリジェント・デザイン」理論
人間原理の探求 インテリゼント・デザイン理論の現在
科学革命の構造 トーマス・S・クーン
科学革命が起こるとき クーンの「パラダイム論」
パラダイムと科学革命
デザインのパラダイムは何だろう
デザイン・シンキングとは何か
一から学ぶデザインシンキング 前編: デザインシンキングは思考法なのか
初稿 2017.4.24