自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

口蹄疫対策の最前線、感染源と感染経路の疫学調査

2011-09-15 14:35:41 | 牛豚と鬼

 英国で2007年8月に肉牛で発生した口蹄疫は、疫学調査により感染源が明らかになり、感染拡大の恐れはないと判断してワクチンは使用せず、実際に2件の発生で一旦は終息宣言を出すことができました。しかし、9月に同じウイルスによって最初の発生地から20kmも離れた農場で再発生しています。この時もワクチンは準備されましたが使用はしていません。しかし、疫学調査を徹底して6件の発生で終息させています。その農場の位置と疫学調査の結果は、文献17)とWebサイト(pdfファイル)18)を引用して図(スライド10)に示しています。
 このように英国の2007年口蹄疫発生17,,18)(pdf)では、口蹄疫対策の最前線で徹底した疫学調査を実施して被害を最小に抑えるとともに、農場全殺処分という防疫方針が実際に感染している患畜の10倍近くの家畜を殺処分していることを明らかにしました。また、この疫学調査の結果は、2011年5月に「口蹄疫が感染する時期は症状発現後2日以内と短い」ことを明らかにした画期的な感染実験の研究報告15, 19(ビデオ), 20)につながっています。

1.2007年8月の英国口蹄疫
 2007年8月3日に英国で最初に発生が確認された口蹄疫の感染源は、その感染農場(IP1b, IPはInfected Primisesの略号)から4.6km北にあるパーブライトの動物衛生研究所とメルアル社の敷地から下水管の破損と大雨により流出した口蹄疫ウイルス(O1 BFS 1860)であることがウイルス遺伝子の塩基配列分析によって24時間以内に判明し、口蹄疫防疫方針により5日以内の8月8日までにワクチン接種体制の準備を完了しています。このウイルスは1986に英国で発生したものですが、その後は世界で発生がなく、口蹄疫ワクチン製造用の参照株として使用されたものと思われます。
 詳細な疫学調査によって、8月6日に最初の口蹄疫発生農場から半径3km以内の防御区(Protection Zone, PZ)で、2件目の感染農場(IP2b:IP1bから1.7km、パーブライトから2.9km)が見つかりました。この2件の発生で8月の口蹄疫発生は終息し、8月24日に制御区は発生農場から半径10km以内の監視区(Surveillance Zone, SZ)に移行され、8月25日にはEU内の貿易制限も解除されています。そして9月8日には監視区も解除されて終息宣言が出されています。まさに1件目の届出で口蹄疫を封じ込めてしまい、ワクチンの必要もない程早い終息宣言でしたが、これで終息したのではなく9月に再発生してしまいました。

2.2007年9月の英国口蹄疫
 2007年9月12日、8月に監視区域に指定され徹底的に疫学調査した半径10kmよりさらに外側10kmにある農場(IP3b:IP2b から20.2km、パーブライトから17.3km)で口蹄疫の再発が確認されました。この届出により9月13日に4件目(IP4b:IP3b から1.2km、パーブライトから16.2km)、9月17日に5件目(IP5:IP4b から2.4km、パーブライトから13.9km)の発生農場が疫学調査によって確認されました。その後も届出により、9月21日に6件目(IP6b:IP3b から2.0km、パーブライトから18.8km)の発生が確認されるとともに疫学調査により9月24日に7件目(IP7:IP3b から2.6km、パーブライトから16.2km)、9月30日に8件目(IP8b:IP7 から3.6km、パーブライトから19.6km)と、9月には6件の発生が確認されています。
 このように8月を含めて合計8件の発生がありましたが、届出があった周辺の疫学調査を迅速に実施することで新たな感染農場を確認することができ、感染拡大を阻止しています。また、8月の発生と同様にワクチン接種体制が準備されていましたが、10月1日に解除されています。そして最後の発生が確認された9月30日から3ヵ月後にOIEにワクチン非接種清浄国回復の申請するとともに、12月31日からEU間の貿易制限は解除され、2008年2月22日に清浄国回復が認められました。

3.9月再発生の感染源はIP1かパーブライト
 疫学調査は口蹄疫対策の前線で情報と作戦を与える重要な仕事です。口蹄疫ウイルスは農場から農場に感染していく際に遺伝子の塩基配列が平均1ヵ所程度変異しますので、この塩基配列を比較することで、感染源と感染経路の特定が可能です。ただし、このことが口蹄疫の診断とワクチンによる予防を困難にしていることはありません。
 英国では塩基配列分析の結果、9月の初発農場は3件目の農場(IP3b)ではなく 5件目(IP5)であり、次いで4件目(IP4b)、3件目(IP3b)の順に感染が拡大したことが判明しました(スライド11)
 IP5農場は、3農場の中では8月に発生した農場やパーブライトに近く、症状の程度や羊にも感染していたことから、8月に2件目の農場(IP2c)が感染して間がない8月10日頃には感染していたのではないかと推察されています。また、8月の発生地から20km近く(IP2から16.8km、IP1から18.3km)離れているのに、何が原因で感染したのかという重要な点については、パーブライトの動物衛生研究所は近代化のため工事中であり、その表土の搬出が感染源になったという情報21) もあります。DEFRAの疫学調査報告(9月30日)22)では、IP5は交通量の多い道路沿いで近くに夜間駐車場と埋め立て用地があり、工事車両の出入りも多いので、IP1からとパーブライトのいずれかからの感染の可能性があるとしています。

4.遺伝子検査(PCR検査)による感染確認
 8月に発生した2件の農場は、いずれも3ヵ所に小規模の分場がありました。1例目のb農場(IP1b)は飼育している38頭全頭に口蹄疫の症状が認められましたが、同じ農場主のc農場(IP1c)では症状の認められる肉牛はいませんでした。しかし全殺処分のときにPCR検査をした結果22頭中1頭に感染が認められ、a農場(IP1a)は4頭全頭が感染していませんでした。IP1bはパーブライトに近く、放牧していましたが、7月20日に大雨で水が放牧地に溢れました。7月29日に牛の異常に気がついています。IP1cも放牧していましたがIP1bよりパーブライトから遠く、IP1aは畜舎で飼育していました。
 2例目のb農場(IP2b)は49頭中44頭が感染して症状も確認できました。一方、c農場(IP2c)は58頭全頭に症状は認められませんでしたが、PCR検査で15頭の感染が確認されました。さらに、a農場(IP2a)は12頭全頭とも感染していませんでした。
 9月に発生した6件の農場においても詳細な疫学調査が実施され、全8件の感染農場で1578頭(牛791頭、豚753頭、羊32頭、山羊2頭)が全頭殺処分されました。しかし、症状が確認できたもの240頭、検査の結果感染していたものを含めると278頭だけでした。また、これ以外にも感染の疑いがあるとして9農場582頭が全頭殺処分されましたが、いずれも検査の結果、感染していないことが判明しました。このように合計2,160頭の家畜が殺処分されましたが、検査によって感染が確認できたのは13%程度でした。このように遺伝子検査によれば症状が出る前から感染しているか否かを確認できますから、1頭でも感染が認められたら農場の全頭を殺処分している防疫方針は見直す必要があります。

5.徹底的な疫学調査による口蹄疫監視
 英国は2007年口蹄疫発生では、発生から2007年11月4日まで、発生農場から半径3km以内の制御区と10km以内の監視区の血液サンプルを合計48,229本採取して検査しながら防疫措置を実施し、感染畜のいないことを確認しています。さらにパーブライトの研究施設から感染が拡大していないことを確認するために、研究所から半径150km以内の家畜をランダムサンプリングして、11月中に11,807頭の血液検査を実施して感染していないことを確認しています。
 英国はワクチン接種の準備をしていますが、ワクチンを使用しなくても疫学調査の徹底により感染の拡大を阻止しているのです。

6.我が国の口蹄疫対策の問題点
 口蹄疫は発生を阻止するにこしたことはありませんが、発生して欲しくないという心理が発生の確認を遅らせ、感染を拡大させて被害を大きくしているのではないでしょうか。2010年の宮崎口蹄疫も発生したら大変なことになるという意識が、県から国への口蹄疫検査の手続きや大型経営の届け出を遅らせたように思います。
 台湾が導入している市場出荷時検査や定期検査によって、ウイルス排出量の多い豚でさえ発生の拡大を阻止できているのを見ると、早期発見さえすれば口蹄疫は怖くない病気になるのではないかと思います。それには日常的な病性鑑定に口蹄疫ウイルスの簡易遺伝子検査を導入するのが最も効果が期待できるでしょう。しかも、発生農場の全殺処分ではなく、疫学調査を口蹄疫対策の最前線に置いて、感染源や感染経路、感染の拡大の状況によって、柔軟に殺処分とワクチン接種の措置を判断できる体制を準備しておくことが必要です。
 また、わが国では口蹄疫発生に際して移動制限区域(10km 以内)と 搬出制限区域(20km 以内)を設置していますが、監視区域を設置していません。疫学調査の重要性を無視して、何を根拠に口蹄疫対策の措置を実施するのでしょうか。英国のように疫学的調査を感染拡大阻止の最前線として生かすこともなく、ワクチン接種を準備する体制もなく、口蹄疫の終息を確認する体制もなく、検査結果を次の対策に生かそうとする形跡もなく、わが国の口蹄疫対策は今回は事実上何も準備されていなかったに等しいし、今後の準備もなされていない状況にあると言えるのではないでしょうか。
 2010 年11 月24 日に報告された「口蹄疫の疫学調査に係る中間取りまとめ」3) においても、ウイルス遺伝子の塩基配列の比較について検討していないだけでなく、根拠も論理もなく初発農場を水牛農場とし、大型企業経営の疑問点は不問にしています。感染源と感染経路を科学的、論理的に明らかにして感染拡大を阻止するのが疫学調査の役割ですが、これでは感染源と感染経路を隠蔽するための疫学調査と見られても仕方がない内容となっています。個人情報守秘義務を口実にして発生農家の情報を公開しない一方で、意味のない感染順を公表することで国が初発農場の冤罪に関わることは許されません。2010 年宮崎口蹄疫の被害を大きくした原因はいろいろありますが、わが国の疫学調査が機能しなかった責任は大きいと言えましょう。

--------更新中

以下の内容は論文全体のバランスを配慮して上記6.に変更しました。以下の内容につきましては、水牛農場の冤罪問題を含めて別の機会にまとめたいと思います。

 一方、宮崎では県への検査依頼が数回あったにも拘わらず口蹄疫の検査を実施せず発生の確認を遅らせてしまいました。また、4月20日に口蹄疫の発生が確認された後も詳細な疫学調査を実施せず、ワクチン接種の準備もしないで、感染拡大を阻止する科学的対策の備えは何もない状況にありました。しかも農家への情報も提供しないで、まるで感染拡大阻止よりも情報を隠蔽することを重視したかのような防疫対策を実施しています。
 口蹄疫の最終発生は宮崎市の肉牛農家(292例目)で、症状により判定しPCR検査により陽性が確認(4頭中1頭)され、7月5日に16頭全頭が殺処分されています。感染の疑いがある疑似患畜として211,608頭が殺処分されていますが、発生農場292例では原則として各3頭程度がPCR検査され、合計922頭中574頭(62%) が陽性でした。これ以外にワクチンを接種して77,041頭を殺処分(予防的殺処分)していますが、これについてはPCR検査も抗体検査もしていません。また、移動制限を7月27日に解除した後に宮崎県内の2,024頭の疫学調査をし、10月5日にOIEに清浄国回復の申請を提出しています。

 我が国では口蹄疫発生に際して移動制限区域(10km以内)と 搬出制限区域(20km以内)を設置しますが、監視区域を設置していません。疫学調査の重要性を無視して、何を根拠に口蹄疫対策の措置を実施するのでしょうか。英国のように殺処分の疫学的調査を感染拡大阻止の最前線として生かすこともなく、口蹄疫の終息を確認するためでもなく、次の対策に生かそうとする形跡もなく、我が国の疫学調査は今回は何も実施されなかったに等しいと思います。
 2010年11月24日に報告された「口蹄疫の疫学調査に係る中間取りまとめ」リンク10においても、英国で報告しているウイルス遺伝子の塩基配列の比較について考慮していないだけでなく、根拠も論理も無く初発農場を水牛農場とし、大型企業経営の疑問点は不問にしています。感染源と感染経路を科学的、論理的に明らかにして感染拡大を阻止するのが疫学調査の役割ですが、これでは感染源と感染経路を隠蔽するための疫学調査と見られても仕方がない内容となっています。個人情報守秘義務を口実にして発生農家の情報を公開しない一方で、意味のない感染順を公表することで国が初発農場の冤罪に関わることは許されません。2010年宮崎口蹄疫の被害を大きくした原因はいろいろありますが、疫学調査の隠蔽体質の責任は大きいと言えましょう。

2011.9.15 開始 2011.12.7 更新1 2012.1.4 更新2 2012.1.24 更新中更新中


口蹄疫のワクチン対策と遺伝子検査

2011-09-08 11:24:40 | ワクチン

 口蹄疫は殺処分・埋却しかないと考え、埋却地を準備させるのは大きな間違いです。殺処分をできるだけなくすことが専門家の仕事だからです。ウイルスの診断やワクチンによる予防が難しいからといって、竹槍(消毒)や自爆(殺処分)で戦争をさせるのも専門家のすることではありません。専門家は口蹄疫対策の難しさを並び立てますが、現場の立場に立ってどうすれば口蹄疫の被害を少なく出来るかを具体的に提案するのが専門家の仕事ではないでしょうか。

 黄砂や旅行客によって口蹄疫のウイルスが運ばれるなど考えるのは、真剣に口蹄疫対策と向き合っていないか、感染源を曖昧にするための行為としか見えません。また、感染源と感染経路を科学的に絞り込む方法があるのに、それをしない疫学調査報告は専門家としての責任と義務を果たしていないと言う以前に、専門家の仕事を完全に放棄しています。消毒についても口蹄疫発生後は県の指導に従うべきだと思いますが、発生前の日常的な消毒については、小規模に牛を飼う農家の消毒の不徹底を非難するのは筋違いです。牛飼いは誰よりも自分が飼う牛の体調を気にしています。また、飼育規模が密で大きくなるほどウイルス感染は拡がりやすくなり、衛生管理や畜舎管理の責任も大きくなります。小規模農家の消毒の不徹底を非難する前に、大規模経営が感染を拡大させた責任を問題にすべきです。
 口蹄疫だけでなく問題が発生した場合には、部分にこだわることなく、部分と全体の関係を論理的に考え解決していく必要があります。また、固定観念が問題を生じて解決を困難にしていないか、問題設定そのものを疑ってみる必要もあります。
 黄砂や旅行客を危険視し、ワクチンでは完全に感染を防げないとかキャリアーの心配があるなど、細菌やウイルスをこの世から抹殺しなければ安心できないようなゼロリスクの幻想に惑わされないで、ワクチン接種によって口蹄疫の感染拡大は阻止でき、早期発見と殺処分のためには遺伝子検査が必要であるという基本認識(表7)を共有することが必要であるという立場から口蹄疫対策を考えてみたいと思います。

1.口蹄疫対策の基本認識
 一般にウイルス感染症は隔離(移動制限)とワクチン接種で感染拡大を阻止して根絶してきました。ワクチン接種は抗体を産成して感染に対する抵抗力を増強します。完全に感染を防げない場合でも、ウイルス排出量を減少させて他への感染を防ぐことができます。今回の宮崎口蹄疫でも単房で個体管理している種雄牛は牛群から隔離されていましたから感染を阻止できました。殺処分・埋却は、隔離では感染拡大を阻止できないと考える場合のやむを得ない完全隔離と考えるべきであり、遺伝子検査で血中ウイルスが確認できる家畜に限定すべきです。遺伝子検査で誤認が生じたとしても、発生農家の全殺処分よりはるかに被害を小さくすることが出来ます。ましてや健康な家畜を予防的に殺処分するなどとんでもない愚策です。また、感染しても一週間以上で抗体ができます。抗体ができた家畜は他の家畜を感染させることはないので殺処分・埋却する必要はありません。一方、感染しても他の家畜を感染させる可能性のある期間は2日以内と短いので、大量殺処分で時間を浪費すると殺処分による感染拡大阻止の意味が無くなります。口蹄疫が発生しても殺処分ではなく徹底的な緊急ワクチン接種で感染拡大を阻止している例や、口蹄疫の検査を出荷時や定期検査で実施して感染拡大を阻止している例もあり、専門家は口蹄疫の被害を最小にするための対策を具体的に提案すべきです。
 農場で口蹄疫に感染している家畜が1頭でも確認できたときには全頭が感染していると判断すべきとし、感染農場の牛、豚、羊、山羊は全殺処分されていますが、このことに科学的根拠はあるのでしょうか。まずは、口蹄疫に感染した家畜がいつでもどこでも他の家畜を感染させるという誤解から正していく必要があります。また、口蹄疫は人の健康には影響を与えませんので、家畜への感染阻止だけを考えれば良く、抗体ができた家畜は食用にと畜できます。そのためにはワクチン接種の安全性について市場の理解を得ていく必要がありますので、口蹄疫対策については市場や消費者も含めて基本認識(表7)を共有することはきわめて重要なことです。

2.口蹄疫対策の歴史
 口蹄疫はウイルスがまだ発見されていなかった1892年に、英国は原因が分からないまま、口蹄疫は隔離だけでは根絶できないとして殺処分を開始しました。この殺処分(摘発淘汰,stamping out)による「口蹄疫予防のための国際衛生条約」が1955年に締結されますが、この条約には「安全性と効力を国が保証したワクチンを接種した家畜は清浄国の家畜と同様に国際貿易することができる」としたOIE(国際獣疫事務局)の口蹄疫委員会や国際委員会の意見は盛り込まれず、ワクチン接種した家畜と生産物は今日まで国際貿易はできない状況にあります。貿易という経済的問題が絡むと、国際間の利害関係や力関係により科学的知見が無視される事例の一つでしょう。
 その後1960年代に口蹄疫のワクチンの大量生産が可能になり、欧州では口蹄疫対策としてワクチン接種が主流となり口蹄疫の発生は激減します。口蹄疫が激減すると予防ワクチン接種より摘発淘汰の方が経費が少なくて済むと考えるようになり、また防疫よりも貿易が重視され、各国ともワクチン非接種清浄国を目指すようになりました。費用対効果でワクチンより摘発淘汰を各国が選んだとしても、その費用と効果の根拠はどこにあるのでしょうか。何十万頭、何百万頭も殺処分して費用対効果が優れていると言えるでしょうか。それは電力コストが安くて安全だと原発を推進してきた説明と同じではないですか。東京電力の原発震災は今も深刻な状況にありますが、ワクチンを否定した英国も、2001年に口蹄疫で650万頭以上殺処分という大惨事を引き起こしてしまいました。
 この英国の失敗の経験から、精製ワクチンの製造とワクチン接種と自然感染による抗体の識別が可能な検査法の開発などの技術革新が進み、ワクチンバンクの開設により世界で流行している口蹄疫ウイルスに適合したワクチンを一週間以内に使用できるようになっています。また、OIEの国際基準が改正されて、緊急ワクチンを使用してもワクチン非接種清浄国に回復できるようになりました。ところが、「口蹄疫の感染拡大阻止は殺処分・埋却しかない」と20世紀型ドグマを固執し続けた日本や韓国は、大量殺処分という失敗を繰り返してしまいました。

3.韓国における口蹄疫対策基本方針の変更
 2010年11月29日に韓国で発生が確認された口蹄疫は348万頭の殺処分という英国に次ぐ大惨事となりました。ワクチン非接種清浄国を目指してきた韓国が、予防的殺処分から予防的ワクチン接種へと防疫方針の大転換をした経緯を辿ることで、口蹄疫対策のあり方を考えてみましょう。
1)被害を大きくした原因
a)検査体制の問題
 韓国の口蹄疫被害を大きくした原因は図 リンク(pdf)に示したように、まず一つには一次検査として検出感度の劣る抗原検査を採用したために発生確認に失敗したことにあります。一次検査として抗体検査を採用する方法もあります。しかし、抗体検査は感染を確認できますが、抗体を確認できたときはすでに治癒していますので、感染力のある時期に口蹄疫発生を確認するには、検出感度の良好な遺伝子検査が必要です。これはウイルス遺伝子の一部を増幅する検査法で、人や動物のウイルス検査法として世界の主流になっています。口蹄疫のウイルス検査には世界的に遺伝子検査法の一つであるPCR法が採用され、現場で使用できる簡易PCR法の実用化試験もすでに実施されていますが、まだ日常的な病性鑑定に採用されていないようです。しかし最近、最も簡易な遺伝子検査法であるLAMP法が宮崎大学で開発されました。口蹄疫の早期発見、早期処置のためには、日常的な病性鑑定に遺伝子検査を導入する必要があり、日本は世界のためにもその実用化を急ぐべきです。
 ウイルスの研究は特別な高度封じ込め施設でしかできませんが、人や動物のウイルス感染を拡大させないためには可能な限り早く遺伝子検査を実施して、現場のウイルスを封じ込める必要があります。また、抗体検査や簡易遺伝子検査による一次検査は現場の近くで実施し、確定検査は国が実施することなど、専門家なら百も承知のはずなのに、なぜ専門家は口裏を合わせたようにウイルス研究と病性鑑定を混同させるような説明をするのでしょうか。独占的な研究や防疫対策を国民から負託されている専門家は、それだけ現場に対する説明責任も大きいことを自覚して欲しいものです。
b)被害を拡大した予防的殺処分
 韓国で被害を大きくした最大の原因は、発生農場から半径500m~3km以内の感染の可能性のある健康な家畜を含めて防火帯的に全殺処分する「予防的殺処分」という理不尽な防疫対策にあります。この予防的殺処分という愚策を日本は家畜伝染病予防法を改悪して採用しましたが、予防的殺処分は決して実施しないように封印すべきです。
 2010年11月26日に最初に届出た養豚農場(最初の届出は11月23日という情報もあり)と近接農場の2農場の口蹄疫発生は11月29日に公式に確認され、発生農場から半径3km以内の132農場、約2万3千頭を予防的殺処分しています。最初からこれだけ大量に殺処分すると、時間がかかり感染拡大を阻止できません(実際にそうでした)。
翌日の11月30日に発生を確認した韓牛農家は、最初に届け出た養豚農家から8km離れていますし、12月1日、2日と続けて発生が確認された15戸は養豚農家よりも、この韓牛農家に近い位置にあります。これらのことは口蹄疫発生を最初に確認した段階で、すでに口蹄疫はかなり拡大していたと思われます。このような状況で予防的殺処分を実施しても、感染源が不明で感染の拡大の方向や様相も予測できないので、殺処分で感染拡大を阻止できるはずがありません。韓国の惨事は予防的殺処分の愚策を実証したとも言えましょう。
2)ワクチン接種への防疫措置の変更
a)ワクチンの発注
 予防的殺処分では感染拡大を阻止できないので、2010年12月22日にワクチン接種を決定してワクチン製造を英国のメリアル社に発注し、12月26日, 1月2日には仁川空港に到着しています。日本では備蓄しているワクチンが今発生している口蹄疫ウイルスに効果があるかどうか判らないと説明されてきましたが、世界に設置されているワクチンバンクには世界の口蹄疫の抗原が保存されていますので、発生している口蹄疫ウイルスに最適なワクチンを迅速に生産し供給できることを韓国のワクチン発注は明らかにしてくれました。
b)殺処分の範囲変更
 ワクチン接種は2010年12月25日から開始され、2011年2月10日に牛豚ともに1回目の接種が終了しました。これに伴い殺処分の範囲は発生農家から半径500m~3kmの全殺処分から、発生農家のみの殺処分へと大きく変更されました。しかも牛と繁殖豚等は患畜のみとし、肥育豚は患畜と同じ豚房群に変更されました。移動制限も発生農場のみに変更されました。この結果、最終発生は2011月2月25日となりましたが、最終殺処分は2011年3月21日までかかり、予防的殺処分がいかに無意味な殺処分を続けることになったかを示しています。4月3 日に移動制限が解除されましたが、その後4月16日、19日、21日に豚の再発生(順にそれぞれ67頭中6頭、2000頭中17頭、800頭中4頭、合計2867頭中27頭)して患畜のみ殺処分されています。発生原因はワクチン接種を頸部ではなく臀部にしたために筋肉ではなく脂肪組織に注射したのではないかと言われていますが詳細は判りません。いずれにしてもワクチン接種をしてからは患畜のみの殺処分に変更していますが、それでも感染拡大を阻止していますので、ワクチン接種の効果は大きいことが理解できるでしょう。
c)予防的ワクチン接種の開始
 韓国はこれまでワクチン非接種清浄国を目指してきましたが、これからは予防ワクチンを定期的に接種して清浄国を目指すことに防疫方針を大きく転換しました。ワクチンは緊急に2回接種した6か月後に追加接種し、7月以降は、A、O、Asia1型の混合ワクチンの接種を始めています。緊急ワクチンはウイルスの情報に基づき製造しますが、予防ワクチンは血清型が異なるウイルスにも効果があるように混合ワクチンを使用しています。日本の専門家は「口蹄疫ウイルスは、高い頻度で変異を起こすので診断やワクチンによる予防を難しくしている。」と説明していますが、それなら血清型が異なる混合ワクチンを、なぜ予防ワクチンとして使用できるのでしょうか。

3.近隣諸国の口蹄疫対策
 OIEの伝染病週間報告から、近隣諸国の口蹄疫発生状況と対策について簡単に表8 リンク(pdf)にまとめてみました。中国は広大な国であり、計画的な予防ワクチンを実施できていませんので、発生農家の全殺処分をモグラたたきのように繰り返しています。
1) 台湾における検査体制
 台湾は市場出荷時と定期的に口蹄疫検査を実施し、臨床症状が認められる場合や抗体検査(NSP検査)で陽性の場合は、半径3km以内の家畜の臨床検査、抗体検査および遺伝子検査(PCR検査)を実施しています。2011年3月から7月までに検査により4回(6農場)の豚の口蹄疫感染を確認して、いずれも感染拡大を阻止しています。
a)出荷時検査で臨床症状により確認
 出荷時検査で臨床症状が認められ、感染畜のみ殺処分された事例(台湾1)と農場全殺処分(台湾2)の事例があります。
 台湾1では、3月21日に農場Aから生体市場に出荷された豚15頭を含めて飼育されていた119頭中30頭の豚が四肢に口蹄疫の症状が認められ、抗体検査も陽性であったのでこの30頭が殺処分されました。しかし、PCR検査が陰性であり出荷農家の残りの豚と半径3km以内の家畜は正常でしたので、感染拡大の危険はないとして殺処分されていません。  
 台湾2では、3月22日に農場Bから食肉市場に出荷された豚30頭に水疱が認められ(2例目)、残りの969頭中110頭も同じ症状が認められ、PCR検査も陽性であったので感染が拡がっていると判断して農家の全豚999頭が殺処分されました。しかし、半径3km以内および全島の家畜は正常で感染は拡大していませんでした。
b)定期検査で抗体検査により確認
 定期検査で5月に2農場(台湾3)、7月に2農場(台湾4)の豚が抗体検査(NSP検査)で陽性となりましたが、いずれもPCR検査が陰性であり、半径3km以内の家畜は正常でしたので殺処分はしていません。
c)一次検査による感染拡大阻止
 台湾では出荷時検査や定期検査により口蹄疫発生を確認していますが、農家の全殺処分をしたのはPCR検査で陽性が確認された台湾2のみで、台湾1は症状が認められた豚のみが殺処分されています。一方、定期検査で抗体検査が陽性となったが症状が認められなかった台湾3と台湾4は殺処分をしていません。症状が認められる時期やPCR検査で陽性が認められる時期は感染の恐れがあるので殺処分が必要ですが、抗体陽性でも症状が認められないときは感染の恐れがない時期なので殺処分はしていません。豚は感染するとウイルス排出量が多いので感染拡大が恐れられていますが、その豚でも状況により感染拡大は異なるので検査結果により冷静に対応することで被害を最小にしています。日本や韓国が検査を大切にしないで全殺処分や予防的殺処分で被害を拡大してしまったことと比較すると、一次検査の重要性が理解できるでしょう。
2) ロシアの最近の口蹄疫対策
 ロシアの口蹄疫はモンゴルとの国境近くで発生しています。2010年7月5日に牛2,256頭中112頭、豚50頭中4頭に発生(ロシア1)が認められましたが821頭の羊と山羊には感染は認められていません。しかも豚はPCR検査が陽性であったにもかかわらず、殺処分をしないで緊急ワクチン接種と移動制限のみの措置としています。しかし、2010年8月26日にロシア1の近くで発生(ロシア2)していますので、ロシア1は終息していなかったのではないかと思われます。ロシア2は、牛95頭全頭、羊662頭中52頭、豚182頭中95頭が発病していて、しかも牛と豚はPCR検査で陽性が確認されたので農家の全939頭をと殺(食用と畜)し、40,771頭の牛と羊に緊急ワクチンを接種しています。
また、2011年3月13日もモンゴルとの国境の予防ワクチン(A、O、Asia1型の混合ワクチン)接種地帯で牛1,518頭中183頭、豚73頭中1頭に発病(ロシア3)が認められ、PCR検査陽性の牛も認められましたが、牛と羊61,693頭に緊急ワクチンを接種したのみで殺処分はしていません。このように予防ワクチン接種地帯は基本的には緊急ワクチンの接種で感染拡大を阻止しています。
3) モンゴルの最近の口蹄疫対策
 2010年8月26日に中国寄りの地域で発生した口蹄疫は、9月2日にはロシア国境に感染が拡大(モンゴル前)し、牛、山羊、羊、ラクダの飼育動物24,620頭が感染したとして殺処分され、これに野生動物のガゼル603頭が死亡、1002頭が殺処分されました。一方、
2010年11月7日から11月19日に発生した口蹄疫(モンゴル後)は発症した牛314頭と山羊と羊980頭のみを殺処分とし、合計25,914頭が殺処分されています。
また、緊急ワクチンは最終的に牛346,896頭、山羊3,090,783頭、羊3,425,318頭、ラクダ28,079頭、豚1,595頭の合計6,89,2671頭に接種されました。モンゴルでもワクチン接種後は患畜のみの殺処分とし、徹底的な緊急ワクチン接種で感染の拡大を阻止しています。なお、このモンゴルの感染を拡大した原因は野生動物のガゼルだと考えられ、口蹄疫の症状が認められる合計917頭を殺処分し、688頭が死亡しています。このように野生動物が感染を拡大させている場合にも徹底的な緊急ワクチン接種によって感染の拡大を阻止出来ることが認められます。