自然とデザイン

自然と人との関係なくして生命なく、人と人との関係なくして幸福もない。この自然と人為の関係をデザインとして考えたい。

自衛隊活動の拡大を問う~憲法を考える

2015-05-31 15:27:40 | 憲法を考える
 毎日新聞朝刊(2015年5月26日)の社説は、「安保転換を問う」で首相の姿勢を問うている。また本日、深夜(2015年5月27日(水)午前0時10分~1時23分)にNHKスペシャル「自衛隊の活動はどこまで拡大するか」の再放送があるが、ここに私の感想を含めてまとめておいた。

1.番組(討論)の問題提起
 今、戦後日本の安全保障政策が大きく転換しようとしています。 
 
安倍首相「もはや1国のみで、どの国も自国の安全を守ることはできない。・・・ 切れ目のない備えを行うのが今回の法案です。」

 安倍政権は日本をとりまく安全保障環境が厳しさを増しているとして、「安全保障関連法案」を国会に提出しました。集団的自衛権の行使を可能にし、外国軍隊への後方支援でも自衛隊の活動を大幅に拡大するものとなっています。この動きに反対し、憲法の危機だと訴える声も上がっています。専守防衛を基本方針として発足した自衛隊、戦争放棄を定めた憲法9条との関係が常に問われてきました。
 1960年の安保闘争:アメリカ軍との協力はどうあるべきか?1991年のPKO国会:自衛隊の海外派遣の是非は?節目ごとに国民的な議論が巻き起こってきました。


 そして今、ミサイルや核の開発を続ける北朝鮮や海洋進出の動きを強める中国、また国際社会を脅かすテロ、こうした中で新たな法整備に私たちはどう向き合えば良いのか。
 市民1「大賛成です。日本ばっかりだもの、甘いこと言っているのは。」
 市民2「『戰爭につながるようなことは絶対ない』と言うけれど、いつか来た道を行っているような気がして仕方がない。」
 市民3「難しい問題だなと思う。普段そういうことを考える機会が少ないので」 
戦後70年、自衛隊の活動はどうあるべきか?私たちの命と暮らしにかかわる安全保障の問題について討論します。


 戦後70年、日本の安全保障政策を転換さえる動きが本格化しています。安倍内閣は今月15日、安全保障関連法案を国会に提出しました。その内容は歴代の内閣が憲法上できないとしてきた集団的自衛権の行使を可能にするなど、自衛隊の活動を大幅に拡大しようというものです。安倍総理大臣は「決めるべきは決めていく」とし、関連法案を今の国会で成立させる考えを強調しています。ただ、今回の法整備について国民の理解が広がっているとは言い難いのが実情です。
 そこで今夜は防衛大臣で安全保障法制担当大臣を務める中谷大臣、そして専門家の皆さんに自衛隊の大幅な活動拡大に賛成、反対の両方の立場から討論していただきます。10時過ぎまでの生放送です。よろしくお願いします。

出演 防衛・安全保障法制担当大臣/中谷 元
    拓殖大学特任教授(元防衛大臣)/森本 敏
    元内閣官房副長官補/柳澤 協二
    首都大学東京准教授/木村 草太



 まず、ご覧いただきたいのが、こちら今月行われたNHKの世論調査です。安倍内閣が進めている「安全保障法制」の整備の内容をどの程度理解しているか尋ねたところ、
 理解している   45%
 理解していない  49%
となっています。
 番組では視聴者の皆さんからご意見や質問を募集しています。すでに届いたご意見では、こちら
42歳 男性 福岡県「自衛隊が戦闘するのでは?何がどうなるのか正直分からない。」
39歳 女性 東京都「難しい言葉が多く分かりにくい。私たちに分かりやすく教えてもらいたい。」
                   
「難しい」「よく分からない」というご意見が多数届いていました。まだ、理解が十分に浸透していないことが伺えます。

2.番組(討論)の問題提起の問題点

 安倍首相は「1国のみで、どの国も自国の安全を守ることはできない」と言うが、それが真実だとしたら、それは中国、北朝鮮、ロシアにも言えること。他者への視点を大切にすることが外交の基本であり、外国との信頼関係を構築するのが政治家の仕事のはず。また、「日本人の命と暮らしを守る」と言うが、日本では安住する場所もなく、暮らしに困窮する人、自殺する人が増えている。憲法が保証する国民の生存権(憲法25条)を守ることの方が「仮想敵国」を想定して軍備を充実することよりも現実的で重要な課題であり、政治の責任である。国民の暮らしとはかけ離れた日常生活の風景を見て育ち、生活は自己責任で守れと考えるような政治を家業とする「ワガママ坊ちゃん政治家」に憲法を守る姿勢が見られないのは必然の成り行きかもしれない。
 中国や北朝鮮の行動を日常的に報道し、国民の不安を煽るNHKの報道姿勢にも違和感を感じている。国民を不安にしないように誠実な外交政策に誠心努力するのは国の当然の責任ではないか。NHKの報道を安倍情報局としてコントロールしようとして政権が送り込んだ会長がいろいろ問題を起こしているが、そのような政治的圧力と同時にNHKの組織内にもアメリカ総局等の勢力争いもあるであろう。外務省もアメリカと繋がった外務省北米局の意向が強いであろうことは容易に想像できる。
 NHKも官僚も国民のために仕事をする責任があるはず。しかし、そんな誠実な意識を持つ者を踏み台にした組織内における権力争いが常態化し、腐敗したエリート意識で国を支配することが仕事だと勘違いをした者が出世街道を闊歩してはいないか。


 
 今月のNHKの世論調査で、「安全保障法制」の整備の内容を45%が理解しているという結果が得られている。「理解している」ということは客観的な正解の事実があり、100点満点で平均何点だったかという問題だと思うが、世論調査の設問でそのような問はなされていない。
「安全保障法制」の整備の内容とは、「平和安全法制整備法案」と「国際平和支援法案」の2法案(コピー)のことで、集団的自衛権の行使を可能とする自衛隊法改正案など関連10法の改正案をまとめた一括法が「平和安全法制整備法案」、他国軍隊の後方支援を可能にするのが「国際平和支援法案」となる。この2法案を理解しているかどうか調査対象者に尋ねても理解していると一般には判断できるはずがない。「内容は分からないが政府の政策は理解する」も理解していることに入るのだろうし、「政府の方針に大賛成。日本ばっかり(憲法を守る?)甘いこと言っている」というのも、「内容を理解している」ことになるのだろう。この番組の討論の前提は理解していない人が多いということのようだが、日本語に誠実なはずのNHKが、わざわざ「半分は理解している」という理解不明の世論調査を持ち出して、その前提を曖昧にするカモフラージュの意図を感じる。

 集団的自衛権は憲法が認めない(中曽根首相)
 集団的自衛権は憲法が認めない(小泉首相
   
 もともと「集団的自衛権」は中曽根内閣や小泉内閣でさえ憲法違反だとしてきたものを、憲法で許されると安倍内閣が解釈変更したものであるから、言い回しの官僚用語で説明しても「理解できる」はずがない。また、紛争の現場は想定外のことが日常的に発生する場であるが、官僚が準備した曖昧な法律で現場が対応できるはずがない。
 曖昧な討論の文章起こしは意味がないが、この法案を提出した理由についての「森本発言」を紹介しておきたい。

3.安全保障法制の改訂、なぜ今か?

司会「中谷大臣の安全保障環境が大きく変化しているからこれ(安全保障法制)が必要なんだと、その言葉にさらに言葉を加えると『なぜ今か?』。(森本さん)どう答えますか?」
森本「今回の11の法案はどこから出てきたかと言うと、昨年7月の閣議決定(集団的自衛権の行使を認めた閣議決定)の内容を法律の形で実現するということ。もう一つは、先月の日米防衛協力ガイドライン(日米、世界で安保協力 ガイドライン18年ぶり改定(2015/4/28)(コピー)の結論を実際に実行するために、どうしても法律が必要だ。この2つのテーマを実際の法律で担保するために11の法律が必要だということになった。でもその背景は大臣のおっしゃる様に安全保障環境の変化というのがあるが、私はもうひとつ重要なのは、今の国際社会というのはアメリカがいわゆる、分かりにくいですが、リバランス(アメリカのリバランス政策)と言ってアジア・太平洋に2020年、2030年までに約全体の兵力の6割をアジアに重点的に施行するが、財政的に厳しい。こういう環境の中で同盟国として補完してやらないといけない。そういう役割を果たすということがもう一つの目的だという風に考えるのが正しいのではないかと思います。

司会「まあ、そこが大きなポイントになってくると言うことですね。」
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アメリカの「リバランス政策」とは銃で民主主義を守りTPPでアメリカ経済を守ることらしい。強欲なアメリカに従ってまでも日本の国民を支配する政治を目指して満足をする2世、3世議員なのだろうか。

4.周辺事態法から重要影響事態法へ

周辺事態法,1999年(平成11年)

小渕首相(1999年)「中東やインド洋ましてや地球の裏側ということはかんがえられない。」
高村外相(1999年)「一定の地域を特定してあらかじめ示すことはできない」
1999年に制定された「周辺事態法」は、この度の安全保障法制では地理的な制約のない「重要影響事態法」に改定されようとしている。
 今にも他国が攻めてくる?
社説:新日米防衛指針 国民不在の「安保改定」 コピー

5.「愚痴」のつぶやき
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」は、美人の姿を花に例えたのではなく、生薬の薬効の話に由来しているらしい。言葉はひとり歩きするが、一人歩きを希望としている私は、「立てばフラフラ、座れば痛い、歩く姿はヨボヨボ老人」とこの1週間は生きることの辛さを味わっている。NHK「自衛隊の活動はどこまで拡大するか」の再放送を早くお知らせしたいとこの項を書き始めたが、とりあえず、本日で文章起こしのキリとしたい。

初稿 2015.5.24~2015.5.31 更新 2015.6.1


失われて気づく日常~憲法を考える

2015-05-23 21:51:14 | 憲法を考える
 毎日新聞朝刊(2015年5月17日)は一面トップに、長田弘さんの死の前日にインタビューした記事「日常」を愛して~戦争、災害・・・失われて気づく」を掲載している。

 長田弘さんのことは『こころの時代~宗教・人生~「風景を生きる」(初回放送2014年3月9日)』で知り、葉が落ちて枝の先の一本一本が見える樹の形が好きな「自然」を愛する方と思っていたが、この記事で番組の録画を再度見て「風景」とは「日常」のことで、「当たりまえ」と思っていたことは実は巡り会えた「奇跡」であったのだと理解できた。
 「日常の風景や季節の巡り一つ一つがとてつもない『奇跡』に思われるようになってきた。自分を世界の中心にするのではない生き方とは何か」と、番組は問うている。
 私がこの地球に生まれたのも奇跡であり、一人で歩くことが不自由になったとき「当たりまえ」のありがたさに気づく私とも重なる。ぼんやり見つめていたことに、ある視点を与えられると視野が広がり、考えを深めることができる。 長田弘さんは「自然」や「日常」を「生きる意味の哲学」にまで深め、死の直前まで語っていただいたことに感謝したい。

 また、「風景を生きる」の文字起こしは、ブログ「私の山歩きと旅」「こころの時代」へようこそで読むことができる。この番組は「自然とデザイン」のビデオライブラリに入れたいと思っていたが、このブログでいつでも皆様に読んでいただくことができる。根気のいる文字起こしの作業をしていただき、これもありがたく感謝したい。

 私は言葉を信用しなくなっている。口蹄疫は「ワクチンでは感染を阻止できない」という学者の言葉、福島の「状況はコントロールされている」「汚染水による影響は完全にブロックされている」と言う安倍首相の言葉。この度の安保法制の閣議決定にあたっても、「米国の戦争に巻き込まれることは絶対にありえない」等、「絶対ないの類」がいろいろあるなと思い他の発言を探したら、よほど安倍首相は自分の言葉に自信があるのだろうご自身の「公式発言語録」まであった。

 文字に残された語録よりは直接本人の話す姿の方がその人をよく理解できる。昨年末の衆議院解散・総選挙にあたって、2014年11月18日夜に放送されたTBSの「NEWS23」では「なぜいま解散か?」、「消費税増税の凍結」は選挙の争点にならないのではないかか?」との質問に対して、「解散しなければ野党は政権を取れない。なぜ解散に反対するのか大変驚いている」と論点をズラしている。このブログの下段の「ニュースZERO 安倍首相 村尾キャスターと大激論!」は削除されているが、2014年11月20日に登録されたYouTubeで、村尾キャスターは「選挙に税金を600億円近く使って、本当に時期は今なのか」と正当な質問をしているだけで、安倍首相はここでも論点をズラすので大激論にはなっていない。

 この安倍首相の論点をズラす不誠実な言葉は国会の「党首討論」でも見られる。
党首討論:岡田vs安倍ビデオ
 岡田(民主党)は「日本の戦後の平和を支えた二つの要因は『日米同盟と憲法』とし、首相は憲法が日本の平和を守ってきた役割をどう考えているか」と質問したが、首相は『憲法』の平和主義を基本的考えとして守るとしながらも、戦後の日本の平和を支えたのは『日米同盟と自衛隊』として、憲法の論点をズラしている。
党首討論:志位vs安倍ビデオ
 志位(共産党)は、「今年は戦後70年、この節目に当たって日本が、そして総理がどういう基本姿勢を取るかは重大な問題、戦後50年の村山談話では日本の『間違った戦争』を詫びているが、総理は過去の日本の戦争は『間違った戦争』という認識はあるか」という質問に対して、首相は「戦争の惨禍を繰り返してはならないという不戦の誓で戦後の平和の道を歩んで来た。だからこそ地域や世界の繁栄や平和に貢献しなければならないと決意している。村山、小泉談話を全体として踏襲することは何度も繰り返してきた」と、ここでも論点をズラしている。

 このようにアチコチで論点をズラして嘘を平気で言うのは、嘘を嘘だとは思わず、その論点をズラしているところに本心があるということであろうが、どのような日常の風景を見ながら育ち、自分を世界の中心にすることを生きる誇りとしたのであろうか。個人がどのような思想信条を持とうが自由であるとしても、政治家は憲法を守らねばならない。国民主権、平和主義と基本的人権の憲法を守らないことは重大な政治犯である。論点をズラして憲法と誠実に向かい合わず憲法を守らない政治家は独裁政治を「当たりまえ」と考える支配欲の旺盛な危険人物となる。核や軍事力は国内においては抑止力と説明されるが、仮想敵国にとっては抑圧力となる。一つの国では守れないと集団的自衛権とかを整備する軍拡競争をすることは相互信頼を削ぎ戦争の危険性を増すことはあっても、不戦の誓を守ることには決してならない。国民にとって戦争は絶対悪であるが、自分たちだけは安全地帯にいると妄想して、国民の命と税金を使う権力を得ることを利益とする強欲な「死神集団」や「戦争オタク」は、いつの時代もどこの国にも必ずいることを忘れてはならない。日本の戦後の平和を守ってきたのは日米同盟ではなく、アメリカの都合に抵抗する憲法があったからではないか。自衛隊も沖縄基地もアメリカの都合で存在し、日本の憲法よりは日米同盟を重視することは独立国を自ら放棄することでもある。それでもアメリカの傀儡政権となって国民を支配することに満足する道を選ぶのであろうか。憲法の平和主義を重視するなら、自衛隊を武器で戦う国防軍とするのではなく、赤十字のように敵味方なく災害のあるどの国にも、緊急に重機を持ち込み復興を援助する国際災害援助隊とすべきであろう。

 仮想敵国を想定した集団的自衛権や日米同盟による積極的平和主義よりも、日本の原発事故からの復興こそ切実で緊急、しかも長い年月を要する日本の現実の課題だ。原発事故は「コントロールされている」とか「汚染水は完全にブロックされている」と言うのは現実を直視しない不誠実な言葉であり、憲法違反の集団的自衛権を整備する安保法制に熱心なのは、一国の首相としてあまりにも無責任である。

 「赤信号、誰もいないのに渡らない」と一人だとバカ正直な日本人である一方で、「赤信号、皆で渡れば怖くない」と集団でルールを破ることには無頓着な日本人でもある。個人と集団、身内と余所者に対してアンバランスな日本人が、「気がつけば自由な日常が失われていた」ことにならないように、何が「当たりまえ」のことか日頃から考え、他者を尊重することで平和が得られることをよく知るべきだと思う。

参考:
憲法を考える~成立の経緯にどのような問題があるのか? (2015.5.10)

初稿 2015.5.23

宇宙の神秘と花鳥風月~理性と感性

2015-05-14 20:28:07 | 理性と感性
 Youtubeに太陽、惑星、地球、月の関係について「太陽系の旅」第1回~第13回が紹介されいる。情報は多くの方が知るためにあり、多くの方に知られることが著作者、制作者の名誉でもあるはずだ。NHKオンデマンド著作権よりも情報公開を原則に運営されれば、日本の情報環境は改善され、日本人も信頼し合える賢い国民になれると思う。

 これは制作:ファントム・アニメーション,フランス3,テレイマージュ(仏)1996年の<日本語版> 「太陽系の旅」の紹介だと思うが、中学から高校で学んだ科学の知識をアニメーションで丁寧に説明している。ぼんやりとは知っているつもりでも、私の知識はいい加減なものでこんなに明確に人には語れないと思いつつ勉強させていただいた。もちろん知らないことも多く、天文学者はもっと徹底的に理性と感性を磨き宇宙の始まりから終わりまで知ろうとしている。その成果は受賞、勲章や賞金で報われ、世間もそのことで研究を評価するが、純粋に真実を追求することに生きる意義を求めフィールズ賞や100万ドルの賞金を辞退したペレルマン博士もいる。科学は知ることに意義があり、知識に効用を求めることは不幸なことだ。ましてや視点や価値観によって見え方が異なる人間社会のことについては、その根拠や他者の視点と誠実に向かい合わねば、本人にはとっては「常識」と思う知識もいい加減なものとなろう。また、太陽と月から科学的知識ではなく、日本の四季や花鳥風月、そして与謝 蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」の俳句を想う感性の人もいるだろう。いずれにしても「宇宙の神秘」は理性と感性の両面において我々を刺激してくれる。子供にも伝えたい科学知識として、下記に感謝を込めて紹介させていただく。

初稿 2015.5.14 更新 2017.6.20

憲法を考える~成立の経緯にどのような問題があるのか?

2015-05-10 15:54:02 | 憲法を考える
 戦後70年を迎えた憲法記念日に、毎日新聞は「日本国憲法~制定過程をたどる」の連載(5月3日~5月6日)をしている。

 自民党は「占領体制から脱却し、日本を主権国家にふさわしい国」にするという理由で「自主憲法制定を使命」としてきているが、日本を守るという理由で沖縄県民の願いを無視して米軍基地の辺野古移設を強行する一方で、軍事では自衛隊を米国の戦争に従軍させTPPでは隠されているISD条項で食品の安全や環境を守ることを含めて諸々の日本の制度をアメリカ化することを容認することについて、日本の国会で誠実な審議もせず首相がアメリカ議会で宣言することが、「主権国家」にふさわしいと言えるのであろうか。私には国民を無視した安倍の勝手な「植民地化宣言」のように見える。また、今年(2015年)の「憲法記念日にあたって(党声明)」で、「現行憲法の下で、国民主権、平和主義、基本的人権が普遍的価値として定着する一方、その成立の経緯やその後の時代の変遷とともに生じた現実との乖離から、現行憲法では解釈では乗り越えられない限界点や矛盾が多く出てきてる」としている。「現行憲法では解釈では乗り越えられない限界」とは現行憲法の「普遍的価値」に関わる部分だと思うが、なぜ定着している「普遍的価値」を解釈で変えねばならないのか?「時代の変遷とともに生じた現実との乖離」とは何のことか?これらは重要な問題提起であり、「憲法は何のためにあるのか」を含めて別の機会に考えたい。もう一点の「成立の経緯」とは「GHQ押し付け憲法」のことを示すのであろうか?

 日本国憲法の制定過程について毎日新聞の連載記事では、「象徴天皇制と戦争放棄はセット、これに封建制度の廃止を加えた3点がGHQの憲法案の骨子」とし、これに日本がどう対応したかが簡潔にまとめてある。日本独自に憲法を制定できなかった状況で、天皇制による国体維持にこだわった日本政府に対する「GHQの憲法案の骨子」を押し付けと言うのはその人の主観(価値観)であり、国民の価値観を国が憲法で拘束することが現代の立憲主義と言えるであろうか?むしろ当時の日本政府では考えられなかった「国民主権と戦争放棄」という未来志向型の憲法は、靖国に眠る英霊を含めて内外の戦争被害者の傷を癒すありがたい贈与であったと私は思う。価値観の差はともかくとして、問題は象徴天皇制と戦争放棄のセットと封建制度の廃止が、戦後70年の日本の平和と繁栄を脅かしたのかどうかということではなかろうか。

 国立国会図書館の電子展示会「日本国憲法誕生」には、概説論点で、日本国憲法制定の経緯について資料を添えて丁寧に解説してあるが、GHQ草案作成に私的な憲法研究会案が大きな影響を与えていたことが、資料で確認されている。

 約270年も戦争をしなかった徳川幕府に対して、尊皇攘夷を原動力として倒幕した明治維新が日本の文明開化として高く評価されている。しかし、大政奉還後78年、琉球併合に始まり日清、日露戦争、韓国併合、満州事変と「戦争と支配」の時代を経て敗戦を迎えた。世界がそういう時代であったと言うが、他者を信頼し尊重できないなら鎖国で交流を絶った徳川幕府の方が賢明であったと言えよう。その歴史を下記にまとめてみた。

1603年 2月12日 徳川家康 征夷大将軍
1867年10月14日 大政奉還
1871年 8月29日 廃藩置県
1879年 4月 4日 琉球処分(琉球併合)
1889年 2月11日 帝国憲法公布 「君主=自我、憲法=意思、行政=行動」
1894年 7月25日 日清戦争
1904年 2月 6日 日露戦争
1910年 8月29日 韓国併合
1931年 9月18日 満州事変天皇陛下が語られた満州事変
1941年12月 8日 真珠湾攻撃
            NHK太平洋戦争史
1942年 6月 5日 ミッドウエー海戦壊滅的敗北 ビデオ
1944年 7月 7日 サイパン陥落
1945年 3月10日 東京大空襲 カーチス・ルメイ 叙勲
1945年 3月26日 沖縄戦
1945年 7月 2日 米軍沖縄作戦終了宣言
1945年 8月 6日 広島原爆投下 オリバー・ストーンが語る もう一つのアメリカ史
1945年 8月 8日 ソ連対日宣戦布告
1945年 8月 9日 長崎原爆投下 日本への原爆投下
1945年 8月14日 ポツダム宣言の無条件受諾(8月15日昭和天皇玉音放送)
1945年 9月 2日 日本政府降伏文書調印
1945年 9月 7日 南西諸島日本軍降伏文書調印
1972年 5月15日 沖縄返還 総理秘書官が見た沖縄返還
2012年 4月27日(戦後67年) 自民党憲法改正草案発表

 また、抑止力で核とアメリカの基地を今も認めることは、世界の人々の交流が常識となる未来において、国が他者を信頼しないことを国民に強いる後ろ向きの姿勢だと言えよう。自我の束縛による「支配が戦争を生み、さらに戦争が支配を生む」。1944年7月7日のサイパン陥落後も、「全滅」を「玉砕」、「退却」を「転進」と現実を直視せず、近い将来さえも想像できない日本は、戦争を止められないで東京など都市の大空襲、沖縄戦、広島、長崎の原爆、ソ連参戦等で被害を大きくした。その反省もなく戦後も「敗戦」を「終戦」、「占領軍」を「進駐軍」と言うのと同様に、アメリカに支配されても「希望の同盟」という甘い言葉で国民を支配して満足し、戦争放棄をうたった「未来志向型憲法」を今「戦争ができる憲法」に変えようとしている。

 帝国憲法では行政が立法(国会と自由民権運動)を抑え、内閣が天皇を支える立憲君主制としたが、誰も責任をとらない中空構造となり戦争を止めることはできなかった。現憲法は国民主権のもとに象徴天皇と戦争放棄を世界に宣言しながら、国会を独占した行政の長である内閣(首相)が、戦争責任を痛感されている今上天皇を無視して君主になったかのように憲法違反の重罪を犯している。しかし、司法、立法、行政の3権が癒着して中空構造となり、内閣はマスメディアとともに「赤信号、皆で渡れば怖くない」と危険なアメリカへの従属の道を進み、国民は主権を奪われようとしていても、政府を批判することもなく「レミングの集団自殺」におとなしく向かおうとしている。

 地球には国境はない。我々は一人では生きていけないから組織や国で生きているが、組織や国を超えて他者を大切にし尊重することは宗教の問題だけではない。将来にわたって平和に幸福に生きていくには自己中心的に物事を見る(自我の呪縛)だけではなく、他者の視点からも物事が見えることが大切であり、これからは相互依存と自他同一の感性を育てることを重視すべきだと思う。

参考:
自民党憲法草案
自民党の日本国憲法改悪草案 日本の未来にふさわしくない 憲法改悪阻止を今こそ
産経新聞「国民の憲法」起草委員会
産経新聞「国民の憲法」への批判
産経新聞が日本国憲法がGHQの押し付け憲法だと歴史認識したとしても、日本国民に幸いしたことになる
脱却と従属の二枚舌、国会も憲法を無視する政権(もうすぐ北風が強くなる) 日米防衛協力の指針(ガイドライン)は、自衛隊を米軍の補助部隊にし、活動範囲を世界に広げる。
ヨーロッパ中でGMO食品を広めようと奮闘するバラク・オバマ大統領 TPP推進運動を阻止している主要な障害は、他の国々が自国国境内で、販売を許す食品が安全か危険かを、自分で決める自由を欲しがっていることだ。
オスプレイ17機を日本に2倍の3600億円で売りつける米国防総省…社会保障費削減分に匹敵

初稿 2015.5.10 更新 2015.5.12

銃で民主主義を守るアメリカと民主主義崩壊を放置する日本

2015-05-01 15:13:26 | 自然と人為
 深尾葉子著『魂の脱植民地とは何か』の『まえがき』には、ゲリー・ラーソンの風刺画(1コマ漫画「レミングというネズミ目の小動物が集団自殺するという寓話」)を引用し、「先に死が待っていても、無表情なまま次々と集団に付き従って、死への行進をする。・・・たった1匹だけ気付いていても、誰かにそれを伝えるわけでもなく、また流れに逆らうわけでもなく、自分だけ助かるように浮き輪をつけながら、見かけ上は集団のながれに歩調を合わせてついていっている。それはあたかも危機を感じつつ、何の警鐘もならさず、みずからの保身のみを図る姿を連想させる。本書の問いは、まさにこの絵に凝縮されている。自分自身の置かれている状況、自分自身のありかた、についてフィードバックがなく、何ものかにとりつかれたように目の前の変化にのみついてゆく。これを本書では『呪縛』と呼び、その状態にある人間を『魂が植民地化された状態』と呼ぶ」としている。

 ゲリー・ラーソン風刺画
  レミングの集団自殺 (レミングの集団自殺映像

 アメリカは民主主義の国とされているが、人種差別、銃社会、そして「世界の警察」と民主主義はどうつながるのであろうか。「現代の民主主義は、すべての人の尊厳と平等、人権尊重のうえに成り立つ」と信じてきたが、『アメリカの民主主義』には自由を求めるあまりに他者を尊重しない『自我の呪縛』があるのであろうか。

 子供の頃は豊かな国、日本より50年~20年進んだ国、自由の国、努力すれば報われる国としてアメリカに憧れていた。しかし、ヴェトナム、アフガニスタン、イラク戦争、そしてパキスタンに潜入してのビンラディンの暗殺(「過去に死亡」説もある)に疑問を感じ、日本の占領を70年も続けたあげくに沖縄の願いを日本政府とともに無視し、かつて武力放棄させた日本の自衛隊をアメリカに従軍させて世界で戦わせようとし、TPPで経済だけでなく制度までアメリカ化させようとしている『アメリカの民主主義』に嫌悪すら感じるようになってきた。これでは『魂の植民地化』ではなく、あからさまな『日本国の植民地化』ではないか。安倍首相が日本の国民にとって重要なアメリカとの関係について、国会で誠実に論議をしないで、アメリカの議会で恥ずかしい英語の植民地化宣言全文英文邦訳)をしたことは日本の恥辱であるが、アメリカの傀儡政権と化した政府(官僚)は国民を支配して満足し、国民は戦後の憲法で与えられた国民主権と民主主義の崩壊を気にしないで、「レミングの集団自殺」に向かうのであろうか。

 アメリカと今いかにつきあうか ――日・米・韓で、今、考えたこと――  
皆さんはこの論説をご存知だと思うが、小田実の遺言の一つとして多くの方々と共有したい。 作家 小田実のホームページ
 『アメリカの民主主義』については、トクヴィルの『アメリカにおけるデモクラシー』第1巻(1835)以来、多くの論考がある。民主的国家:トクヴィルの功罪もその一つでネットで読むことができる。

 最近のアメリカ史については、『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史』が豊富な史実をまとめて、アメリカを愛してきたアメリカ市民の良心を伝えてくれる。
『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史』を観て(1)
『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史』を観て(2)
『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史』を観て(3)
     ジャーナリスト 土井敏邦 土井敏邦 Webコラム 目次

 アメリカの法律家の視点から、アメリカの民主主義の危機を訴える学者もいる。
ローレンス・レッシグ: 皆で共和国本来の国民の力を取り戻そう
ローレンス・レッシグ:法が創造性を圧迫する
松岡正剛の千夜千冊 719夜『コモンズ』ローレンス・レッシグ

 日本にも植民地時代の朝鮮半島で生まれ、戦争の悲劇を経験したことから、抑圧的な権力を批判し、悪化の一途をたどる世の中に対して抗議し続けた学者、西川長夫がいたことを誇りにしたい。
西川長夫『増補版 国境の越え方 国民国家論序説』
西川長夫,『<新>植民地主義論』
『 国民国家論の射程 [増補版]』 -あるいは<国民>という怪物について-
ポナパルテイズム論から国民国家論へ -

戦後70年を迎える年に日本の平和主義を大きく変換させ、国民を支配しようとする権力という妖怪が蠕いている。明治憲法(帝国憲法)発布の1889年2月11日からわずか66年(現在は戦後70年)でお国のためと言いながら、他国を侵略し、沖縄を犠牲にし、おびただしい人命と都市を失い破壊しつくして敗戦に至った原因はどこにあったのか。その反省は何故放置され続けて今日を迎えるのか。世間と社会の視点から考え続けているが、「明治維新史研究の現況と国民国家形成論について」や、揺らぐアメリカ民主主義を始め、「空気を読む」日本人の研究やアメリカで生まれた「反知性主義」等勉強材料は山ほどある。

初稿 2015.5.1