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 年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

自分の寿命の計算

2025年03月18日 | 宅老のグチ
小さい時から、自分の命の終わりを考えてきた。それは父を小学校3年の時に亡くしてからのことだった。忙しい母の名代で多くの親族、地域の人達の通夜・葬儀に香典を出すために参加していて、そのたびに死ぬということが普通にあるということを知っていた。そのため仕事では自動車事故のことを考え、目いっぱいの保険をかけていた。そしてその損害保険でかなり救われた。付き合いのある築地市場を担当する保険外交員の女性と築地市場の移転情報収集をしていた。世間の人達は水産部仲卸が全員反対していると、報道していたが実際は有力な水産仲卸は二股の用意をしていて、後から思うとこの嘘つき野郎と思うこともある。
 20代までは父の寿命の46歳まで最低は生きようと思っていた。しかしタバコはゲームでの余興しか吸わないし、酒もすぐに睡眠薬になってしまって、中座となる。そんな自分がもうじき80歳となる。母は101歳で亡くなったが適度な余裕と緊張感が生きる意欲だったとおもう。生存中にライバルだった親族が全て消えて、わだかまりも消えた。
 50代くらいまで、ある数字を信じていた。自分の両親、その両親の両親の寿命年齢の6人分を足して、6で割り、プラス5年が自分の寿命となる。父が異常に早く亡くなったので、父母の年齢から平均とすると73.5となる。そこに5を加えると78.5となる。プラス5は医療技術の進歩と言う。
 過去の計算式では今が自分の寿命の尽きる時となっている。感覚的には終わりが近くなっていて、劣化する体力は寺院の階段で実感する。東京都港区の愛宕山の階段は途中の踊り場が無く、一気に登ることとなるが今まで隣接する寺院の所にエレべ-タが見えていて、階段をあきらめ、さらに女坂の誘惑を外しエレ-べ-タ-の一択としていた。そこで再度NHK放送博物館のべらぼうの展示を見るため訪問したのだがエレべ-タ-が見えても遠回りとなっていて、後で気がついたのだが工事現場にあった寺院が土地を売却し、移転したようだ。もしかすると愛宕山より高いビルだろう。
 さて今の自分の健康状態から、厚生労働省の余命のデ―タでは90歳くらいまでの余命がありそう。そこから平均介護期間(介護保険を使用している期間・平均健康寿命は主観の要素が大きい)が2年半という。すると意志があって動けるのがあと十年となる。やって見ないとわからないが今日も用がある。明日は明日で雑用が待っている。今の予定では6月末までの雑用がある。
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