鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

物売娘図鐔 川原林秀興

2010-03-28 | 
物売娘図鐔 川原林秀興

 


物売娘図鐔 銘 文龍舎宝斎鐫之

 春の京都の街を歩く物売り娘の姿を描いた鐔。作者は江戸時代後期の京都金工、大月派の中でも殊に技術と感性が優れた川原林秀興(ひでおき)。この鐔では号の文龍舎宝斎と銘している。
 京の街を歩く物売りで、良く知られているのが黒木売りの大原女や、桂川で獲れた鮎を売る桂女。この他にも、現在では忘れられてしまったのであろうが、地域の産物を商っていた物売りがおり、独特の風情を漂わせていたに違いない。このような京の風俗を知る上で大きな手掛かりともなる、貴重な資料でもある。この鐔では、頭上に円形の大きな櫃と茣蓙をのせている。どこか、空き地や道端で茣蓙を広げ、櫃をその前に開いて商っていたのであろう。
 添えられている桜が大きな見どころである。表には桜の気配を漂わせず、対して裏面には桜の花と、これに誘われて舞いきた蝶のみを描いている。あたかも表裏別の場面であるかのように描いているのだが、耳をご覧いただいて分かるように、表から裏へと連続した表現である。洒落ているというか、計算された巧みな構成である。
 大月派が好んで用いた真鍮地を微細な石目地に仕上げ、主題の物売り娘は正確な構成になる高彫に金銀素銅赤銅朧銀の色絵、裏の桜も高彫金銀素銅の色絵、蝶は高彫に金と朧銀の色絵。花蕊の表現に特色がある。細かな部分まで毛彫を加えて花弁や新芽の柔らかな様子、蝶の羽の滑らかな様子を表現している。