鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

秋草に虫図鐔 藻柄子宗典

2010-03-14 | 
秋草に虫図鐔 藻柄子宗典

 
秋草図鐔 銘 江州彦根住藻柄子入道宗典製

 風変わりな秋草図を紹介する。作者は、先に秋草図鐔を紹介したこともある江戸時代中頃の近江の金工藻柄子宗典(そうてん:むねのり)。咲き乱れる秋草を高彫にして金銀素銅の象嵌を加え、自然のいとなみを文様風に表現した作に違いないのだが、この賑やかなほどの生命感とは裏腹に、不気味な重さを感じるのはこの造形に理由がある。即ち、野に捨て置かれ、朽ちてゆく髑髏の印象である。鐔の外周はまさに頭蓋骨、左右の櫃穴が窪んだ眼窩。『野ざらし』である。
 秋草図を紹介してきたが、この鐔で秋草図を一休みしたい。
 この鐔は、秋草の持つ生命感の不思議さ、その背後に何があるのかという心理的な面白さが感じられる作品でもある。梶井基次郎に『桜の樹の下には』という短編小説がある。桜の美しさの不思議さを心象表現した作品である。これと通じるとは言わないが、この鐔を眺め、ふとこの小説を思い出したのである。
 野ざらしの図が装剣小道具に採られた理由は、武士たる者、誰に気づかれることなく野に死に、草に隠れるように土に還ってゆくことを厭わぬ心構えが必要である、と考える。『桜の樹の下には』とはまったく意味が異なる。戦国時代が遠く過ぎ去った宗典の時代においてもなお、野の片隅には戦国の世の痕跡が残されていた。宗典は、装剣小道具の古典でもある秋草図に野ざらしを採り入れ、独自の死生感を表現したのである。