鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

桜に雪華図鐔 壽矩

2010-03-18 | 
桜に雪華図鐔 壽矩

 
桜に雪華図鐔 銘 壽矩(花押)

 桜の花が春の到来を確かなものとすると思いきや、時に桜花に雪が降りかかることもある。農家にとっては思いもよらぬ天候異変の類だが、江戸時代にはこれも風流と楽しまれたことであろう。抑揚変化を付けた地面を雪雲に見立て、雲間に桜花を覗かせ、木々に花を咲かせた雪の結晶を散し添え、裏面には雲間に朧な三日月を描いている。洒落た空間構成の作品である。
 鉄地を専ら用い、耳の造形線に変化をつけて時に二重三重構造とし、地面は古画の紙面を思わせる肌合いに仕上げ、ここに特異な構成になる風景を描く。東龍斎清壽を祖とする一門の特徴的な表現方法である。この鐔の作者宮下壽矩(としのり)は天保元(1830)年、江戸芝の生まれ。東龍斎清壽に学んでその特質をより強めて美しい作品を生み出したが、時は幕末、三十九歳にて明治を迎え、他の金工と同様に装剣金工だけでなく様々な金具を製作せざるを得なかった。江戸好みの作風から人気を得た一人でもある。東龍斎派は、多くの金工流派の中でも、特に幕末期に流行した。
 この鐔の魅力は、簡潔な表現ながら実に計算の行き届いた、構成力のある点。鐔の造形は下ぶくれの泥障形で、団扇形の地文散し絵の一枚を見るように動きがある。変化に富んだ地造りも美しく、雲の流れとその隙間に景色を見る点、小窓を通して眺める構成もこの派の特徴。銀象嵌による月の表現は、銀の滲みを活用しており、これも美しい。