お江戸・尾張・・・そして九州放浪記

2006年江戸へ、2012年3月に尾張へと単身赴任が続き2014年3月末で退社して九州に帰ってきました、放浪は続きます。

ぶらり年末の薬研掘り

2008年12月28日 | お江戸放浪記:東京
昨日は会社を休んで家の大掃除をし、(ノ・_・)ノ凹 ┣凹━凹━凹┫オセンタク♪の後は天気が良いので布団を干して買い物をしたりしていたら1日が過ぎてしまいました。

今日は珍しく8時頃目が覚めて外を見たら朝からピーカンでしたので昨日干せなかった毛布を干して、~~■P_o(^-^o) COFFEEを飲みボンヤリとしていました。

昼過ぎにヾ(^▽\)  またまたー♪放浪癖が出てきたのでインターネットで調べると東日本橋の『薬研掘り不動尊』で歳の市・大出庫市を開催しているとの事で行って見る事にしました。

糀谷~蒲田~東日本橋(約30分 440円)

【薬研堀不動尊】川崎大師の東京別院で、江戸時代には目黒・目白とともに江戸三大不動として知られていました。寺院の境内には「講談発祥の碑」が立っており、両国橋のたもとでその昔、赤松青左衛門がお金をとって講談の公演を行ったのがはじめだそうです。


駅から上がると向かいの歩道で沢山の提灯が下げられていて人が集まっています、道路を渡って矢印の通り行くと直ぐに不動尊に着きました。

不動尊は道路から見上げるような階段の上に不動堂が立ち、その頂上に金色の八角宝塔が輝いています。

道路の両側には屋台が出ており、歳の市らしく正月の飾りを売っている屋台も出ています。

【歳の市・大出庫市】薬研堀不動尊の納めの市は、遠く江戸時代に遡り、御維新後特に盛んになったようです。戦後一時中止されましたが、復活後は、昭和四十年地元町会、商店会で歳の市保存会が組織され、同時に附近の問屋街も協賛して、衣料品、靴、日用雑貨等、市価の半値以下で販売する「大出庫市」も併催され、最近は約百五十軒の問屋が参加し、大変な賑わいであります。


不動尊から引き返して「靖国通り」に向かう道路と引返す「清杉通り」に沢山の店が出ております。

品物はやはり此処は衣料問屋が多いため衣類の店が多く有りましたが雑貨や乾燥果物とか塩干品の店もありました 。

どの品物も50%OFF位の値札がついています、ネクタイを見てみましたが私は色合わせが良く分からないので迷った末に1本だけ買ってしまいました。

これで今年のお江戸の放浪納めです!!

ヤッパリこの時期は・・・・吉良祭・元禄市?

2008年12月13日 | お江戸放浪記:東京
ネットで調べると両国で「吉良まつり」が行われていると言うことで六義園の帰り
に寄って見る事にしました。

駒込~秋葉原~両国(約25分)本所松坂町公園(吉良邸跡)

駅前で降りると流石相撲の本場両国です沢山のチャンコ屋さんがあります。
開催場所が分からないのでタバコ屋さんに聴くと「回向院」から左手に行くと沢山の人がいるから分かるよ・・・・と言われ5分位歩いて行くと右手奥に人が集まっていました。

この祭は地元の殿様、吉良殿と御家来衆の無念の気持ちをくみ、供養する慰霊祭として始まったようです。

道路の両側には洋服やカバンを格安?で売っています、チャンコの屋台も出て沢山の人がテーブルに座って食べています。

通りの一番奥のほうに吉良邸跡があり、吉良家の格式を表す“なまこ壁”の長屋門を模し往時を偲ばせています。

門の前には吉良殿と討ち入りの装束を着た人(大石)・・・・?が仲良く立っていて写真を撮られていました。

帰るときに何故か私は和手拭(一枚250円)とツマミ5袋(1,050円)を買っていました・・・・??? 何となく祭の雰囲気に呑まれたようです。

帰りに「回向院」に入っていくと「力塚」が在ります、天保四年(1833)より春秋二回の興行の定場所となり、明治四十二年の旧両国国技館が完成するまでの七十六年間、「回向院相撲の時代」が続いたそうです。力塚の碑は、昭和十一年に相撲協会が歴代相撲年寄の慰霊の為に建立したものです。

奥の方に行くと「鼠小僧次郎吉の墓」が在りました、墓の前には削りとたれた石が置いてあり来た人が小石で削って落ちた石の粉を持って帰っています。

隣には「猫塚」が在ります、ネコとネズミ・・・・何だか変です

此処には動物慰霊の塚や地蔵・観音像等沢山残されていました。

今年最後の紅葉巡り:六義園

2008年12月13日 | お江戸放浪記:東京
今日は朝から体がキリットしなくTVを見ていたら明日は雨になるとの言うことで出かけるのは今日しかない、急いで(ノ・_・)ノ凹 ┣凹━凹━凹┫オセンタク♪をして・・・・今年最後の紅葉を見に行こう。

雑色~品川~駒込(約50分)

六義園(リクギエン)は川越藩主:柳沢吉保が1702年に築園した江戸時代の大名庭園で明治時代は三菱の創業者岩崎弥太郎の別邸になっていたことの事で、今年の春には枝垂桜を鑑賞に来たところです。

電車から降りて5分位の所にある「染井門」から入ると、明日までライトアップをしていたとの事・・・・残念o(;△;)o 見たかったナ~

門から入っていくとシーズン最後からか人は少なく千里場(馬場跡)では両側の鬱蒼とした木々の中にモミジの木が鮮やかに紅葉して暫く見とれていました。

「つつじ茶屋」に来るとモミジの木が沢山ありますが木々は高く葉っぱから光が漏れてくるのが素敵ですね~

「吹上峯」の銀杏の落ち葉が地面を黄色く染めモミジの紅葉が鮮やかに浮かびなかなかの物です。

木々の中を歩いて行くと、此処でもカラスの大きな鳴き声聞こえてきます、合間にはチーチー、チッチ等沢山の鳥の鳴き声が癒してくれます、池には沢山の鴨が遊んでいます、「藤代峠」の途中には季節はずれのツツジが花を付けていました。

「滝見の茶屋」では苔生した石と「水分石」から流れ出てくる水と鮮やかなモミジを暫く休みながら見ていました・・・・光の加減があったらもっと良く見えたのに~

園内では既に冬に備えて「雪吊り」がされていて、三角錐に縄が張られているのは職人技ですね~。

鎌倉の紅葉巡り:おまけの江ノ島

2008年12月06日 | お江戸放浪記:神奈川
鎌倉の紅葉めぐりをしていたら無性に海が見たくなってきました、鎌倉駅から江ノ電で江ノ島まで行くことにしました。

電車の窓から見る海は荒れていて良い波がよせています、ボードに乗ったサーファーが楽しんでいます。

江ノ島駅から江ノ島まで行くと残念ながら富士山は雲に隠れていました、みやげ物売り場の前の公園では沢山の人が投げ釣りをしています。

海は風で作られた波とよせる波とがぶつかって水しぶきを上げています、海には沢山のヨットが漂っていて、波間には沢山の海鳥が羽を休めていますが時々一斉に飛び上がっています。

向かいの砂浜ではウィンドサーフィンが並び、海では強い風乗ったウィンドサーフィンを楽しんでいます・・・・ヤッパリ海はイ~ナ~(*'▽'*)わぁ♪

お土産屋で遅い昼食をとることにしました、生シラスが食べたかったのですが生憎無く釜揚げシラス丼(1,250円)を食べることにしました、生姜が利いていて案外美味しかったです・・・・今日の夕食は食べれるだろうか~

江ノ島から帰る橋の上ではトビが数羽舞っています、どうやら観光客の食べ物を狙っているようです。

鎌倉紅葉巡り:鶴岡八幡宮の池泉回遊式庭園

2008年12月06日 | お江戸放浪記:神奈川
覚園寺の綺麗なモミジの紅葉を楽しんで鶴岡八幡宮に来ました、大銀杏は8割方紅葉しています、此処は何時来ても沢山の参拝者が来ています。

今日は『池泉回遊式庭園』(100円)を見て回る事にしました、庭の中にはあまり人がいなく静かに楽しむことが出来ました。




庭園の中には中国江蘇省の太湖という湖の底から掘り出される石灰岩に属する天然の石を配置した庭や市指定のケヤキの巨木等の周りには冬春ボタン園となっています。

園の一部に既に1輪咲かせていたボタンの花を見つけることが出来ました、来年初詣に来たらもう一度見学に来て見ようかな~・・・・・日頃の運動不足の所為かそろそろ腿の付け根が痛くなってきました。

鎌倉紅葉巡り:覚園寺

2008年12月06日 | お江戸放浪記:神奈川
鎌倉宮を出てから人波に着いていくと約10分で『覚園寺』に着きました。

建保6年北条義時がこの地に大倉薬師堂を建立したのが始まり。その後、永仁4年北条貞時が心慧上人を開山に、覚園寺として再建した。境内の入口には愛染堂、その先に薬師堂、移築された古い民家の内海家住宅が続き、本堂手前に地蔵堂が建つ。


このお寺の拝観は、入口で拝観料を払ったら、あとは自由に見て周るというのが普通ですが、こちらのお寺はちょっと変っています。10:00、11:00、12:00、13:00、14:00、15:00と決められた時刻になるとお坊さんがガイドになって境内を案内してくれるのです。

私は境内に入らず手前の庭がとても綺麗に紅葉していたのでそれを楽しむことにしました。

今日見てきた紅葉の中で一番綺麗な色をしており、太陽の光も良い加減を出していました。

鎌倉紅葉巡り:瑞泉寺~鎌倉宮

2008年12月06日 | お江戸放浪記:神奈川
今日は朝から快晴です、いつもの朝の仕事をやって~~■P_o(^-^o) COFFEEを飲み思案の末鎌倉の紅葉を楽しむことにしました。

京急雑色~京急川崎~京急横浜~JR鎌倉(横須賀線)約1時間半

鎌倉駅からバスに乗り終点の大塔宮で降車し沢山お人と約10分歩くと『瑞泉寺』に着きました。

紅葉が谷と呼ばれた谷戸奥に建つ臨済宗の寺。開山は1327年鎌倉幕府の重臣であった二階堂道薀が創建、その後夢窓疎石に帰依した足利基氏によって瑞泉寺と改名され足利氏の菩提寺として栄えた。関東十刹の第一位。


瑞泉寺は山間にありマダ?o(^o^)oマダ?太陽の光が届いていません。
境内には沢山の梅の木や水仙など花が植えられてあり四期毎に花々を楽しませてくれるみたいです。

境内の裏側にの山すそには国指定名勝の池泉式庭園がありました。南北朝時代の禅宗様式の庭を代表するもので、1970年に復元されたそうです。

岩肌を削って掘られた池には山から引いた泉水が注がれ、池には小さな島や滝が配されていました、私も暫くこの庭を見ていましたが、なかなかその良さが解りませんでした。

此処のモミジ色付いていましたが太陽の光が届いていないためその鮮やかさが出ていません、もしかしたら午後に着たら良いのかもしれません。

瑞泉寺から降りて来てバスで降車したところに『鎌倉宮』が在ります。

鎌倉宮は、大塔宮護良親王をお祀りする神社です。大塔宮(おおとうのみや)とも呼ばれました。護良親王は1308年に後醍醐天皇の皇子としてご誕生になりました。


境内に入って行き拝拝殿前には、鎌倉宮の伝統とも言える獅子頭守が迎えてくれました。
これは護良親王が戦の時に兜の中に獅子頭の小さなお守りを忍ばせて自らの無事を祈った事が由縁となっているそうです。

拝殿の右後方には「撫で身代わり」と名付けられた等身大の武将の座像が元弘3年の戦いで窮地の親王を救うため「われこそは親王ぞ」と身代わりとなって自害した村上義光を祭る村上社があり参拝者が知り合いの悪いところを変わりに撫でて祈願していました。

此処ではお守りを売っている販売機があり、中で獅子が踊っていました。
又厄割石と言って盃を石にぶつけて体の悪い所を祓うとの事ですが、私の○○の悪さは祓うことは出来ないみたいです。

社務所の前のモミジが良い加減で紅葉していて暫く楽しみました。