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2009年の聖霊降臨の巡礼(シャルトル・パリ)の写真を幾つかご紹介します。

2009年06月10日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様。

 2009年の聖霊降臨の巡礼(シャルトル・パリ)の写真を幾つかご紹介します。

 これらは、全てLa Porte Latineにあります。

2009年の聖ピオ十世会(SSPX)による聖霊降臨の巡礼(シャルトル・パリ)の写真 Pilgrimage of Catholic Tradition.

2009年の聖ピオ十世会(SSPX)による聖霊降臨の巡礼(シャルトル・パリ)の写真 Pilgrimage of Catholic Tradition.

2009年の聖ピオ十世会(SSPX)による聖霊降臨の巡礼(シャルトル・パリ)の写真 Pilgrimage of Catholic Tradition.

2009年の聖ピオ十世会(SSPX)による聖霊降臨の巡礼(シャルトル・パリ)の写真 Pilgrimage of Catholic Tradition.

2009年の聖ピオ十世会(SSPX)による聖霊降臨の巡礼(シャルトル・パリ)の写真 Pilgrimage of Catholic Tradition.

2009年の聖ピオ十世会(SSPX)による聖霊降臨の巡礼(シャルトル・パリ)の写真 Pilgrimage of Catholic Tradition.

2009年の聖ピオ十世会(SSPX)による聖霊降臨の巡礼(シャルトル・パリ)の写真 Pilgrimage of Catholic Tradition.


From: Dominus vobiscum

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2009年3月22日付のカトリック新聞(第3996号)の記事「全世界の司教に書簡で」を読んで

2009年06月10日 | カトリック・ニュースなど
アヴェ・マリア!

愛する愛する兄弟姉妹の皆様、

 教皇ベネディクト16世は、「ルフェーブル大司教に叙階された4司教の破門解消について」と題された書簡を、カトリック教会の全ての司教らに宛てて記されました。

 この書簡は2009年3月10日付のもので、バチカンの広報局を通して、3月12日に発表されました。それについて、聖ベネディクトの祝日に当たって、教皇様のお手紙を読んで思ったことを私はひとり言のように述べたことがあります

 その後、3月の東京の私たちの聖伝のミサの時に、私は2009年3月22日付のカトリック新聞(第3996号)の一面のコピーをいただきました。それを見て感想を述べることを今回はお許し下さい。

 私たちには、カトリック教会一般の態度を見て、次の二つに一つしか選択の余地がありません。つまり「自己矛盾をしている」それとも「論理一貫している」のどちらかです。

 どういうことかというと、次の譬えを聞いて下さい。これは単なるたとえばの話です。
 例えば、日本の漁業実習船『えひめ丸』が米国の攻撃型原子力潜水艦『グリーンビル』に激突され沈没した時は、アメリカに「正義」の名前をかざして非難囂々の声を挙げつつ、北朝鮮の工作船が日本海域を侵犯しそれを咎めた日本の巡視船に攻撃を仕掛けても、その時には沈黙をしている、というのは、本当の「正義」なのでしょうか?「正義のダブルスタンダード」であり「自己矛盾」のように思われます。

 それともある意味における「正義」という一つの論理に従って動いているのかも知れません。つまり「貧しい側は必ず正義だ、金持ちの側は必ず悪だ」という論理です。つまり、このような「正義」を振りかざしている人々の態度をみると、「自己矛盾をしている」それとも「論理一貫している」のどちらかであると言えるのではないでしょうか。

 或いは、北朝鮮が原子力爆弾を開発するなら、北朝鮮が悪いのではない「核を保有することがあたかも自国を守る最大の武器であるという誤った論理」に騙されているだけだ、北朝鮮のみならず国際社会が騙されているのが悪い、北朝鮮はその論理に従っただけだ。だから、まず国際社会が「核兵器が戦争の抑止になる」というような考え方とは決別すべきであり、核を保有する国、核開発を試みようとするすべての国が、まず一切の核開発と保有を放棄するだ、というのは、本当の「正義」なのでしょうか?

 それともある意味における「正義」という一つの論理に従って動いているのかも知れません。つまり「貧しい国は必ず正義だ、それ以外は必ず悪だ」という「正義」という名前を振りかざす論理です。

 さて、カトリック新聞に話を戻します。カトリック新聞は、しかめっ面をして聖ピオ十世会の話題を掲載します。

 この第一面のトップ記事は、「教皇」が「遺憾を表明」した内容についてです。私は教皇様のこの書簡の日本語訳の全文を数日前に参考資料としてご紹介しました。しかし、このカトリック新聞の記事を読んだだけでは、何が何のことだかさっぱり分からないようになっています。何故なら、いきなりウィリアムソン司教の話が挙げられ、見出しは「全世界の司教に書簡で」「4司教の破門赦免で起きた混乱に対応」となっており、ネガティヴなことだけが強調されており、全体像がつかめないようになっているからです。

カトリック新聞


 また「教皇は・・・聖ピオ十世会が教会との完全な交わりに復帰するには第二バチカン公会議の受け入れが条件になると指摘した」としていましたが、教皇様は書簡の中でそうは言っていません。これは全くのウソでした。何故なら、どこにもそうは書いてないからです。

 教皇様はこう言っています。「このジェスチャーは該当者が教皇と教皇の牧者としての権威の原理を認めることを彼らが表明したことで可能だったのです。それは、たとえその教義上の権威と第二バチカン公会議の権威とへの従順について、留保をつけてであったとしてもです。

 何故なら、教皇様御自身1988年7月13日に、教理と信仰聖省の長官として、第二バチカン公会議がいかなる教義をも決定したわけではないこと、単なる司牧公会議としてあることを選んだことについて、チリのサンチアゴで、司教評議会にこう言っているからです。

「ルフェーブル大司教に反対して第二バチカン公会議を有効であり[ママ]教会を建設するものとして守ることは必要な仕事です。確かに、第二バチカン公会議を孤立化する狭いメンタリティーがありますが、それがこの反対を挑発したのです。その多くの例があり、それは第二バチカン公会議以後全てが変わってしまった、そして公会議以前のものは全く価値がないか、あるいは良くても第二バチカン公会議の光のもとにしか価値がないという印象を与えています。第二バチカン公会議は、教会の生ける全聖伝の一部としてではなく、単に聖伝の終わりとして、ゼロからの新しい始まりとして取り扱われてきました。真理は、この公会議はいかなる教義をも決定したわけではない、ということです。そして故意に、単なる司牧公会議としての慎ましいレベルに止まることを選んだのです。しかしながら、多くの人々はこれをそれ自身で、その他の全ての(公会議の)重要さを取り除くある種の超教義(スーパー・ドグマ)であるかのように取り扱っています。

 また、「カトリック教会の教導の権威を1962年で凍結することは出来ません。 ---- このことは聖ピオ十世会にとっても明らかでなければなりません。」という文章は、これは第二バチカン公会議の無条件の飲み込みを意味したことではないということが、教皇様にも聖ピオ十世会にも誰にも明らかです。

 聖ピオ十世会総長はすぐにこう報道発表しています。
「聖伝を1962年において停止させてしまおうなどと思うどころか、私たちは第二バチカン公会議と公会議後の教えを、聖伝の光に照らして、つまり過去との断絶のない完全に同質な発展におけるものとして聖ヴィンチェンチオ・デ・レラン(Saint Vincent de Lérins)が「常にどこででも全てによって信じられてきたこと」(コンモニトリウム)として定義したこの聖伝の光によって考察することを願っています。このようにしてこそ、私たちは、主イエズス・キリストから要求された福音宣教(マテオ28:19-20)に効果的に協力することができることでしょう。」

 また、フェレー司教はインタビューに答えて、こう言います。
「私たちは聖伝を1962年でストップさせようとは望みません。私たちが教会の全ての教えに、その全ての発展とともに、その誕生から1960年代まで従うことができたのは、私たちはよく言われるように「固定」しているわけではないということを意味しています。
 私たちが第二バチカン公会議を問題としているのは本当です。しかしながら第二バチカン公会議自身が「司牧公会議」として自分を定義したのであって「ドグマを決める公会議」として規定したのではなかったのです。このことは聖伝の継続においていかなる革新も生まれてこなかったということ、聖伝の継続においていかなる革新も挿入することが明白にできないということによっています。
 聖伝とは、教会の教えによれば、天主からの啓示の源泉であり、人間の手のなかのおもちゃではない(それが聖伝主義者たちの手であれ)ということを思い出しましょう。
 この聖伝の領域の発展は同一性を保たなければなりません。暗示的なことから明示的な表現へと歩むことでもありうるのです。しかし数世紀もの間教えられてきたことの反対ではありえません。教会の存在理由は、教皇によって指導されつつ、私たちの主イエズス・キリストによって委ねられた信仰の遺産の保全であります。」


 カトリック新聞によって捏造された「聖ピオ十世会が教会との完全な交わりに復帰するには第二バチカン公会議の受け入れが条件になる」という条件ですが、例えば、第二バチカン公会議の最初の文献「典礼憲章」(1963年12月4日)には何と書かれているのでしょうか? 

22(典礼の規制権)「従って、他の何人も、たとえ司祭であっても、自分の考えで、典礼に何かを加え、除去し、変更してはならない。」
36(典礼言語)「ラテン語の使用は、ラテン典礼様式において遵守される。」
116(グレゴリオ聖歌と多声音楽)「教会は、グレゴリオ聖歌をローマ典礼に固有な歌として認める。従ってこれは、典礼行為において、他の同等のものの間で、名誉ある地位を占めるべきである。」
とあります。

 日本ではこれらの第二バチカン公会議の規定が守られている教会は一つもありません。これが意味することは、日本の諸教区は第二バチカン公会議を完全に受け入れていないのであり、日本の教会は、カトリック教会との完全な交わりにはないのでしょうか?

 それでは「第二バチカン公会議を受け入れる」とはどういうことなのでしょうか?

 カトリック新聞の振りかざす正義である「第二バチカン公会議を受け入れる」とは、いったい何のことなのでしょうか? この条件がなければ、微笑んでもくれず、厳しい顔つきで睨まれたままで、教会内でいかなる発言権もなく、意見も言うことが許されず、会談も出来ず、ただ無視され続けなければならない、というその正義とはいったい何なのでしょうか?

 同じ2009年3月22日付のカトリック新聞(第3996号)の一面には、教皇様がイスラエルのユダヤ教主席ラビであるシャエルヤシュフ・コーエン師と笑顔で会談している写真が掲載されています。

 カトリック新聞は同じ紙面で、大きなニコニコ顔で、その隣に、「教派越え、神学生集う」「出会い、気付き、励まされた」という記事を載せています。

プロテスタントと聖公会、カトリックの神学生に交流の機会を提供しようと、日本クリスチャンアカデミー関東活動センターは、3月9日から11日、東京三鷹市にあるナザレ修女会(日本聖公会)で、第一回「神学生交流プログラム」を行った」と、日本基督教団の関田寛雄牧師が「校長」となり、七つの神学校から二人づつ神学生が十四名集って「学びや意見交換を通じて親交を深めた」とあります。当初は不安もあったと言うが、最終日には「出会いの中で気づき、励まされたと喜びの声が次々に上がった」とし、「カトリックの宮内毅神学生は立場の違いを超えて交わる中での恵みは多く、「変えられること」の大切さを感じたと話した」と積極的で好意的な報道をしています。写真の説明に「最終日、率直な話し合いに笑顔も」ともあります。

 同じ2009年3月22日付のカトリック新聞は、日本キリスト教連合会定例会の報道もしています。日本キリスト教連合会は、2月26日、東京・西早稲田のキリスト教会館で2008年度第2回の定例会を開き、カトリック、プロテスタント各教派教団から20人余りが集まったとしています。

 カトリック新聞の振りかざす正義である「第二バチカン公会議を受け入れる」とは、いったい何のことなのでしょうか? この条件がなければ、微笑んでもくれず、厳しい顔つきで睨まれたままで、教会内でいかなる発言権もなく、意見も言うことが許されず、会談も出来ず、ただ無視され続けなければならない、というその正義とはいったい何なのでしょうか? しかし、カトリック教会とは全く無関係に機能し組織を持ち動いている、第二バチカン公会議なども存在しないはずの(?)プロテスタントや聖公会には、同じキリスト教だとニコニコ顔で、出会い、意見を交換し、励まされ、立場の違いを超えて交わることが許されるという正義とは、いったい何なのでしょうか?

 同じ2009年3月22日付のカトリック新聞は、「正平協ソマリア沖自衛隊派遣に抗議」という記事も掲載しています。

「日本カトリック正義と平和協議会(会長=松浦悟郎司教)は3月13日、アフリカ・ソマリア沖の「海賊対策」のための海上自衛隊派遣に反対、抗議する声明文を出した。声明は麻生太郎内閣総理大臣に宛てたもので、「海賊問題」は、内戦で職を失ったソマリアの漁師たちの自己防衛と、大国の海洋支配への反発が原因と指摘」とあります。

 それなら、日本のあらゆる教区の教会で(第二バチカン公会議の規定に反して)、司祭が自分の考えで、日本語で、典礼に何かを加え、除去し、変更し、手による聖体拝領を強制し、手作りの教会を作っているからこそ、また、決して廃止されたことのない聖伝のミサが事実上廃止・禁止されているからこそ、行く教会を失った日本の信者たちが、自己防衛のために、しかたなく、人々は生き残り作戦をとらざるを得なくなっているは、また、リベラリズムと進歩主義と団体主義とエキュメニズムと異端によって教会が支配されていることが原因で、信仰を守るためには、仕方なく、生き残り作戦をとらざるを得なくなっているのは、どうなのでしょうか?


 だから、私たちには、カトリック教会一般の態度を見て、次の二つに一つしか選択の余地がありません。つまり「自己矛盾をしている」それとも「論理一貫している」のどちらかです。

 カトリック教会とは全く無関係に機能し組織を持ち動いている、第二バチカン公会議なども存在しないはずの(?)プロテスタントや聖公会には、出会い、意見を交換し、励まされ、立場の違いを超えて交わることが許され、カトリック教会が昔から2000年間信じ続けてきたことを信じ、愛し続けてきたことを愛そうというカトリック教会の息子たちは、教会内でいかなる発言権もなく、意見も言うことが許されず、会談も出来ず、ただ無視され続けなければならないという事実です。

 これは「自己矛盾」なのでしょうか? それともある意味における一つの論理に従って動いているのでしょうか? つまり、カトリック新聞にとって、本当の友かつ味方は「カトリック教会とは全く無関係に機能し組織を持ち動いている非カトリック宗教」であり、本当の敵は「カトリック教会の聖伝」であるという論理、つまり、もはや実質上カトリックではない論理にしたがっているのでしょうか?(つづく)

愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!

文責:トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭) sac. cath. ind.

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