彦四郎の中国生活

中国滞在記

いいかげんすぎる中国と厳しすぎる日本の駐車事情―人より車優先の中国社会と人優先の日本社会―

2016-06-01 18:19:56 | 滞在記

 昨日の夕方7時頃、積乱雲(入道雲)が発生していた。夜も30度近くの気温があり、完全な熱帯夜。クーラーをつけて眠る。今朝起きて、5時頃に窓を見たら、外気の湿気で窓が完全に曇っていた。
 今日の最高気温は、福州気象局の発表では37度。中国の気象局の最高気温発表は、2度あまり低く発表されるのが常識なので、実際には39度という気温かと思う。焼けつくような暑さの一日だった。午後にシーツや布団カバーを洗濯して干したが、30分余りで乾いた。

 一昨日の月曜日の、宿舎から大学に行く道すがら、多くの人が行きかう細めの道に車の駐車が連なっている。道の半分がそのためにふさがれる。中国は駐車違反というものが ほとんど無いに等しい社会のように思われる。日本のように車を購入する際の「車庫証明」などは必要とされないのだろう。夕方以降の時間帯になると、あちらこちらの道路に車が好き勝手に駐車されている。歩行にとても邪魔になろうが、関係がないという感じで駐車される。
 大きな道路に出て、交差点にさしかかる。時刻は7時20分頃。これぞスクランブル交差点。人・車・バイク・電動自転車バイク・自転車のスクランブル。危険察知能力を十分に働かせて、自分の身は自分で守らなければならない。車や電動自転車バイクなどを運転している人達の、とっさに止める技術はとても高い。だから、お互いに安心できる部分もある中国社会。
 大学内に入り、木陰で一息つき、教員室にで汗をぬぐう。

 夏休みまであと1か月あまり。日本の大学(早稲田大学や上智大学)での「夏季短期セミナー生募集」が貼られていた。授業終了後の昼、日本人教員の津田さん、石川さんと近くの喫茶店に行く。初めて行く喫茶店だが、なかなか素敵な喫茶店だった。喫煙ゾーンと禁煙ゾーンに分かれていた。
 中国では コーヒーを飲む「喫茶店」というものは少ない。コーヒーを毎日飲むという習慣を持つ人の数もまだ少数派。主流はやはり「中国茶」を飲むことを習慣としている人たちだ。それでもやはり、コーヒーを飲む人も増えてきて、少しずつだが「喫茶店」が増えてきている。(※中国茶を飲む場所は「茶館」とよばれる。)

 宿舎に戻る道を、気分転換のために、少し遠回りだが 違う道を行ってみる、趣のあるレンガ小道。ここ倉山地区の航空写真が大きく貼られていた。写真を見てもわかるが、大木の緑が多い文教地区だ。段ボールなどの回収屋さんのリヤカー。中国社会は、いろいろな仕事をして人々が生きている社会だと つくづく思う。そして、家族や親族の「支え合い」というものが日本より大切にされている。だから、収入が少なくてもお互いを支え合って生きていけるのも中国社会。いろいろと問題の多い社会だが、ここがこの社会のいいところだろう。
 何度か訪れたフィリピンは、その支え合いというものが 見事に大切にされている社会だった。貧しい人々がとても多いけど「国民の幸福度率85%」という高い比率もうなずける社会だった。

 細く趣のある道を抜けて、車の通る道路に出る。歩道にまで駐車されている多くの車。たくさんの人が歩いている。車道も渋滞。歩道に止められた車のため、人はなかなか歩けない。これを取り締まる警察官などもいない。駐車を取り締まる警察官の姿は、この3年間 見たことがない。
 宿舎近くにある、福建師範大学付属高校の高校説明会にたくさんの人が来ているようだ。学習塾のチラシを配る人たちの姿も見える。
 まあ、中国社会の「駐車事情」はいい加減すぎると思うが、一方 日本は 「駐車違反」に厳しすぎる社会だと思う。もう少し駐車に対しての寛容さがほしい。中国は駐車に「寛容」というより「むちゃくちゃ いい加減すぎる」。ここにも、日中両国の国民性の違いが表れているように思う。つまり、「他人の迷惑は あまり気にしない」という中国人と「他人の迷惑を気にする」日本人。だから「人より車優先の中国社会と、人優先の日本社会」という交通事情となるのかな。



近所周辺の散歩を兼ねて、スーパーマーケットへの買い出し―日本への留学希望者たち―

2016-06-01 08:58:29 | 滞在記

 今日は6月1日。日本では「衣替え」の日となるが、中国は「児童節」、つまり「子供の日」。祝日とはならないので学校があるが、小学生たちにとっては楽しみな日となるらしい。学校では、いつもの「授業、勉強、勉強」の日ではなく、ちょっとしたお楽しみな行事があったり、お菓子をもらえたりするそうだ。
 「暑さと湿気」にめげそうになる日々なので、近くのスーパーマーケット・チェーン店舗「永輝(ヨンフィー)」に行く回数も少なくなった。先週の火曜日の夜、冷蔵庫の中も物がほとんどなくなったので、翌日の午後 買い出しに。いつも行く最短の道ではなく、少し大回りだが、散歩を兼ねた道を通っていった。 宿舎のある「師大新村」を出ると、すぐに他のアパート群がある。洗濯物もたくさん干された庶民的な古い住居も ここらへんは多い。
 少し大きな道に出る。自転車に屋根が付いている。クスノキやカジュマルの大木が、少し暑さをやわらげてくれる。段ボールなどの資源ごみをリヤカーで運ぶ仕事の男性が通る。

 5月中下旬から6月上旬にかけて、この辺の道路の街路樹の「藍花楹」(中国名:ランファイン)の花が咲く。薄い紫色で形は「桐の木の花」によく似た花を咲かせる。とても美しい。
 カジュマルの根が覆う小道を歩く。初めて通る道を行くと、素敵な喫茶店があった。そこを降りて行くと、バスが通る道に出た。

 私が住んでいる宿舎の一帯は「倉山」と呼ばれている地区だ。1800年代後半から1900年代前半にかけて、「日本・アメリカ・フランス・ドイツ・イギリス・ロシア・ベルギー」などの外国領事館が作られ、外国人が住んでいた建物も多く残っている。緑も多く、学校が多い文教地区となっている。鳥の処理する女の人、トランプ賭博を楽しむ人たち。ミシンの機械で靴を修理するおじいさん。

 古びて壊れそうなレンガ造りの建物も多い。壊されてしまうのは勿体ないが仕方がない。保存が難しい。一方で、新しいレンガ造りの建物も作られていた。中国が「古い建物のよさ」に目覚め始めたのは、ここ数年の事のようだ。
 初めて通る小路を通るとスーパーマーケットに着くことができた。スーパーに入る。果物コーナーには安くて種類が多い。5月中旬から「レイシ」も出回り始めた。楊貴妃も好きだったというこの果物は、中国南部の「広東省」でよく採れる。広東省から約1500kmの西安まで、このレイシを楊貴妃のために、皇帝は「3日間で運べ!」という命令を下していたらしい。
 スーパーの出口に、よくいるおばあさん。伝票レシートをいろいろな人から集めている。私もいつも彼女に渡す。たくさんの金額があつまると、何か お金に変わるのかもしれない。 おばあちゃんのアルバイトという感じかな。出口付近で、「子供のカタカタ人形」が売られていた。可愛い、中国アニメの有名キャラクターとして一番の「羊羊(ヤンヤン)」を買った。この春に結婚した娘と婿さんに渡そうと思う。
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 重い買い物袋を二つ持ちながら、いつも通う宿舎への道を歩く。途中「倉山小学校」。学校の北門を見ると、「学校の学芸会」の案内看板があった。よく見ると、「低学年」「中学年」「高学年」の開催日や時間が違っていた。この学校は、学年に8クラスもあった。中国の都市部では普通のクラス数らしい。 第一勉強・第二勉強・第三も勉強の中国の学校。日本と違って 授業時間を使って 学芸会のクラス練習や学年練習をする必要のない 「個人 個人 又はグループ」をクラスの中から選んで クラスを代表して発表する会のような感じのようだ。
 宿舎の近くには「ブーゲンビリア」の花々もよく咲いている。

 三日前の5月29日(日)の朝、閩江大学3回生の学生6人が宿舎にやって来た。ものすごく暑い日だったが、探し回って ようやく宿舎に到達したようだ。福建師範大学のキャンパス内に宿舎があると勘違いしていたようだ。
 6人ともに、大学院への進学を希望しているようなので、「日本への留学」に関して、パワーポイントで作成しているものを使って1時間ほど詳しく説明をしてあげた。
 近くのバス停から2つめの「黄岐海鮮坊」という よく利用する店に案内して、昼食をとった。ビールで乾杯。料金は私の方で払うつもりだったが、トイレに行っているうちに学生達に支払われてしまった。