MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

お知らせ

来月からこのサイトをMITIS(水野通訳翻訳研究所)ブログに変更します。研究所の活動内容は、研究会開催、公開講演会等の開催、出版活動(年報やOccasional Papers等)を予定しています。研究所のウェブサイトは別になります。詳しくは徐々にお知らせしていきます。

『同時通訳の理論:認知的制約と訳出方略』(朝日出版社)。詳しくはこちらをごらん下さい。

『日本の翻訳論』(法政大学出版局)。詳しくはこちらをごらん下さい。

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「<盗作>の文学史」

2008年10月03日 | Weblog

栗原裕一郎『<盗作>の文学史:市場・メディア・著作権』(新曜社)は、ジャーナリスティックな関心から発した企画だが、文学研究としても面白く読めるし、資料的価値もあるいい本だ。自分の関心に引きつけて言えば、ビュトールの『心変わり』の方法的模倣であるとされた倉橋由美子の『暗い旅』、サリンジャーのCatcher in the Ryeの文体をパクったとされた庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』の項が興味深かった。倉橋は翻訳ではなくフランス語原文を直接読んでいるようなのでちょっと性質が違うが、庄司薫の場合は野崎孝の翻訳文体との関連が問題になる。栗原は丹念に資料を発掘し、紹介した後、「庄司が『ライ麦畑でつかまえて』を読んでいなかったとは考えにくいから、『ライ麦畑』の邦訳に自分が捨て去った文体の可能性を再発見しブラッシュアップをもくろんだというあたりが模倣疑惑の実情に近いのではないかと推測されるが、庄司が真相を吐露することは今後もないだろう」と結んでいる。このあたりは本来は比較文学の守備範囲だと思うのだが、何しろ1960年代のことなので適当な方法論がなかったのかもしれない。江藤淳の『暗い旅』批判も、「誤訳だらけの岩野泡鳴訳アーサー・シモンズや小林秀雄訳ランボオ」を引き合いに出しながら、理論的に語るべき核心部分は「全人的な体験」とか「血肉の部分」といったわけのわからぬ無内容な表現に終始しているのは、やはり時代のせいか。いずれも今日の翻訳研究の視点から再考すると面白そうだ。
 短い記述だが、『ジャン・ジュネ全集』の「囚人たち」が既訳を盗用した事件も取り上げられている。この場合は第二刷以降、その既訳に差し替えられたという。
 なおこの本の目次と前書きは新曜社のサイトで読める。