(以下、時事新聞から転載)
==============================================
漢字に挑む外国人看護師たちと出会う
1:最大の難関は「漢字」
フィリピンから来日し、国家試験合格を目指すエヴァさん
政府間の経済連携協定(EPA)に基づいて来日したインドネシアとフィリピンの看護師たちが、各地の病院に勤務しながら、日本の看護師国家試験を目指して勉強を続けている。3年以内に合格できなければ帰国せざるを得ない彼女たちにとって、最大の難関が試験問題に使われる漢字だ。
看護師国家試験は毎年2月に行われる。外国人看護師82人が初めて挑戦した2008年試験の合格者はゼロ。このため、日本人と全く同じ条件ではハードルが高すぎるとの指摘も出ている。
栃木県足利市の足利赤十字病院に勤務する外国人看護師たちの漢字との格闘ぶりを取材した。
小松本院長
足利赤十字病院の小松本院長
「フィリピンで8年、サウジアラビアで5年です」-。日本語で看護師としての経歴を話してくれたのは、エヴァ・ガメット・ラリンさん、34歳。08年5月に来日し、東京での研修の後、10月末から足利赤十字病院で働いている。
来日して半年ほどで、日常会話はもちろん、既にひらがな、カタカナまで書くことができるのには本当に驚かされる。
「非常に優秀だし勉強熱心。院内の他の看護師さんの模範、刺激にもなる」と話すのは小松本悟院長。
だが、海外で13年の経験を持つベテランも、日本の国家資格がない以上、今の肩書は「看護助手」に過ぎない。
2:セロハンテープで張られた“黒板”
小松本院長とともに内科の外来診察に臨む
エヴァさんは週1回、小松本院長とともに内科の外来診察に臨む。パーキンソン病などの患者さんの診察ではあるが、同時にそれは、国家試験に向けたマンツーマンの指導でもある。
「最近、よく転ぶというのでCT(コンピューター断層撮影装置)を撮ったんだけど…」。小松本院長の説明は患者さんだけでなく、隣りに座るエヴァさんにも向けられている。
「チェックしてみて。血の塊があるかどうか…そういう所見はないよね」。CTで撮影した画像を指差しながらエヴァさんに静かに語り掛けた後、患者さんには大きな声で「心配ないと思うね」。エヴァさんへの説明には英語と日本語が混ざり合う。
エヴァさんのための“黒板”
エヴァさんのための“黒板”
机の上を見ると、A4判の紙がセロハンテープで張り付けられている。「こういう症例は日本やアジアに多いので、アメリカの教科書には出てないから。試験に出る可能性があると思うよ」。小松本院長は紙に絵を描き、英語を書き加えながら説明する。エヴァさんは、手元のメモ帳に英語とひらがなでポイントを書き写していく。
診察が終わると、セロハンテープをはがして紙を持ち帰り、メモと付きあわせて復習する。A4判の紙は、院長とエヴァさんの“黒板”だった。
3:勉強、勉強、勉強
勉強のコーチ役の瀧永医師とマリアさん
フィリピンからもう1人、足利赤十字病院に来ているのがマリア・アダ・バウティスタ・アンゴルーアンさん、26歳。マリアさんとエヴァさんは、火曜と水曜のどちらかに小松本院長と外来診察に臨むほかは、平日の週4日、院内の一室で漢字の「特訓」を受けている。
そのコーチ役が、米国留学の経験があり、かつては予備校に勤務していた経歴を持つ瀧永哲医師。瀧永医師が過去の試験問題の漢字に振り仮名を付け、エヴァさんとマリアさんは電子辞書で和英辞典を引きながらその漢字を探し当て、英語の意味とつき合わせて覚えていく。
「白衣を着てまで(予備校のような)こうした仕事をやるとは思わなかった」と瀧永医師は笑う。その特訓のかいあって、マリアさんも「ひらがな、カタカナなら大丈夫」と自信を見せる。「でも、漢字は難しい」。
毎日課せられる日記
漢字の添削を受けた日記
日々の生活は、午前8時半から昼食をはさんで午後5時まで勉強。夕食の後も自宅で午前0時ごろまで勉強を続ける。
実際に09年の問題をちょっと見ただけでも、「誤嚥」「臍動脈」「創傷治癒遅延」「小脳扁桃」など難しそうな漢字が並ぶ。まずこの漢字の意味を理解した上で、問題を解かなければならない。
日本語で毎日、日記を書くことも課せられている。見せてもらった日記は添削を受け、赤いペンで書き込まれた漢字でいっぱいだった。2月の国家試験合格を目指し、瀧永医師とともに、年末年始返上で勉強を続けることにしている。
4:パワーの源は「家族」
毎日が漢字の勉強の日々だ
マリアさんもエヴァさんと同様、日本に来る前はフィリピンとサウジアラビアで働いていた。サウジでの接点はなかった2人が、いずれも英語で勤務できるサウジではなく、言葉の壁を越えなくてはならない日本を選択し、猛勉強を続けている。どうして日本なのだろうか。
「日本は技術が進んでいるし、経験をしたいです。JAPANは夢みたいです」とマリアさん。母国には両親とお兄さんがいる。
既婚者のエヴァさんは、フィリピンに住む夫、10歳と7歳の男の子と離れ離れの生活。そのエヴァさん、「家族のために日本に来ました。日本は技術が進んでいるので、日本にいたいです。経験を積むため日本に来ました」。
日本を選んだ2人
日本は母国に近いと語る2人
それでも「どうして」と尋ねると、2人から同じ答えが返ってきた。「日本はフィリピンから近い。サウジは遠いです。エマージェンシー(緊急)の時に日本はフィリピンに近いです」。
エヴァさんは土曜日の午後、会うことができない息子たちと、インターネットのチャットで会話を交わす。エヴァさんもマリアさんも、フィリピンの家族への毎月の仕送りは5万円を超える。
家族のために母国を離れ、中東で働き、今は日本から仕送りを続ける2人。家族に何かあった時は、なるべく早くフィリピンに帰りたい、帰ってあげたい。
あっと言う間にひらがな、カタカナをマスターし、漢字の壁に挑んでいく彼女たちのパワーの源泉は、フィリピンに住む家族なのだろう。
5:思いにずれは?
患者さんの手助けをするヌル・ハックマさん
足利赤十字病院では、フィリピンのエヴァさん、マリアさんのほか、インドネシアから来たヌル・ヒックマさん(26)の3人の外国人看護師が勤務している。
小松本院長は、「エヴァさんたちを『安い労働力』などとは全く考えていない」と話す。第一に、海外での勤務経験もある優秀な人材であること。さらに、彼女たちの存在が「病院の付加価値を高めてくれる」というのだ。
「外国人看護師の受け入れという先進的な取り組みを行うことが、病院に対する地域の信頼感や安心感につながると考えている」と小松本院長。足利赤十字病院は、「ギャップイヤー」という制度に基づき、英国とカナダから大学入学前の学生を受け入れてもいる。「先進的なこと、新しいことを続けていかないと、地方の病院は生き残っていけない」とも。
外国人看護師の受け入れをめぐっては、人手不足の「穴埋め」との見方もある。逆に出稼ぎ感覚で来日し、国家資格の取得を本気では考えていない人もいると聞く。
3人の外国人看護師
病院で勤務しながら国家資格を目指す
本人と病院側との認識のずれからだろうか、滞在を切り上げて帰国した看護師も出た。病院と看護師たちが一体となって国家試験を目指す足利赤十字病院のようなケースは、必ずしも多くないのかもしれない。
何のために病院は外国人看護師を受け入れるのか。彼女たちは日本で何をしようとしているのか。漢字の壁を乗り越える目的にずれはないのかを、双方がきちんと見詰め直す必要がありそうだ。
==============================================
漢字に挑む外国人看護師たちと出会う
1:最大の難関は「漢字」
フィリピンから来日し、国家試験合格を目指すエヴァさん
政府間の経済連携協定(EPA)に基づいて来日したインドネシアとフィリピンの看護師たちが、各地の病院に勤務しながら、日本の看護師国家試験を目指して勉強を続けている。3年以内に合格できなければ帰国せざるを得ない彼女たちにとって、最大の難関が試験問題に使われる漢字だ。
看護師国家試験は毎年2月に行われる。外国人看護師82人が初めて挑戦した2008年試験の合格者はゼロ。このため、日本人と全く同じ条件ではハードルが高すぎるとの指摘も出ている。
栃木県足利市の足利赤十字病院に勤務する外国人看護師たちの漢字との格闘ぶりを取材した。
小松本院長
足利赤十字病院の小松本院長
「フィリピンで8年、サウジアラビアで5年です」-。日本語で看護師としての経歴を話してくれたのは、エヴァ・ガメット・ラリンさん、34歳。08年5月に来日し、東京での研修の後、10月末から足利赤十字病院で働いている。
来日して半年ほどで、日常会話はもちろん、既にひらがな、カタカナまで書くことができるのには本当に驚かされる。
「非常に優秀だし勉強熱心。院内の他の看護師さんの模範、刺激にもなる」と話すのは小松本悟院長。
だが、海外で13年の経験を持つベテランも、日本の国家資格がない以上、今の肩書は「看護助手」に過ぎない。
2:セロハンテープで張られた“黒板”
小松本院長とともに内科の外来診察に臨む
エヴァさんは週1回、小松本院長とともに内科の外来診察に臨む。パーキンソン病などの患者さんの診察ではあるが、同時にそれは、国家試験に向けたマンツーマンの指導でもある。
「最近、よく転ぶというのでCT(コンピューター断層撮影装置)を撮ったんだけど…」。小松本院長の説明は患者さんだけでなく、隣りに座るエヴァさんにも向けられている。
「チェックしてみて。血の塊があるかどうか…そういう所見はないよね」。CTで撮影した画像を指差しながらエヴァさんに静かに語り掛けた後、患者さんには大きな声で「心配ないと思うね」。エヴァさんへの説明には英語と日本語が混ざり合う。
エヴァさんのための“黒板”
エヴァさんのための“黒板”
机の上を見ると、A4判の紙がセロハンテープで張り付けられている。「こういう症例は日本やアジアに多いので、アメリカの教科書には出てないから。試験に出る可能性があると思うよ」。小松本院長は紙に絵を描き、英語を書き加えながら説明する。エヴァさんは、手元のメモ帳に英語とひらがなでポイントを書き写していく。
診察が終わると、セロハンテープをはがして紙を持ち帰り、メモと付きあわせて復習する。A4判の紙は、院長とエヴァさんの“黒板”だった。
3:勉強、勉強、勉強
勉強のコーチ役の瀧永医師とマリアさん
フィリピンからもう1人、足利赤十字病院に来ているのがマリア・アダ・バウティスタ・アンゴルーアンさん、26歳。マリアさんとエヴァさんは、火曜と水曜のどちらかに小松本院長と外来診察に臨むほかは、平日の週4日、院内の一室で漢字の「特訓」を受けている。
そのコーチ役が、米国留学の経験があり、かつては予備校に勤務していた経歴を持つ瀧永哲医師。瀧永医師が過去の試験問題の漢字に振り仮名を付け、エヴァさんとマリアさんは電子辞書で和英辞典を引きながらその漢字を探し当て、英語の意味とつき合わせて覚えていく。
「白衣を着てまで(予備校のような)こうした仕事をやるとは思わなかった」と瀧永医師は笑う。その特訓のかいあって、マリアさんも「ひらがな、カタカナなら大丈夫」と自信を見せる。「でも、漢字は難しい」。
毎日課せられる日記
漢字の添削を受けた日記
日々の生活は、午前8時半から昼食をはさんで午後5時まで勉強。夕食の後も自宅で午前0時ごろまで勉強を続ける。
実際に09年の問題をちょっと見ただけでも、「誤嚥」「臍動脈」「創傷治癒遅延」「小脳扁桃」など難しそうな漢字が並ぶ。まずこの漢字の意味を理解した上で、問題を解かなければならない。
日本語で毎日、日記を書くことも課せられている。見せてもらった日記は添削を受け、赤いペンで書き込まれた漢字でいっぱいだった。2月の国家試験合格を目指し、瀧永医師とともに、年末年始返上で勉強を続けることにしている。
4:パワーの源は「家族」
毎日が漢字の勉強の日々だ
マリアさんもエヴァさんと同様、日本に来る前はフィリピンとサウジアラビアで働いていた。サウジでの接点はなかった2人が、いずれも英語で勤務できるサウジではなく、言葉の壁を越えなくてはならない日本を選択し、猛勉強を続けている。どうして日本なのだろうか。
「日本は技術が進んでいるし、経験をしたいです。JAPANは夢みたいです」とマリアさん。母国には両親とお兄さんがいる。
既婚者のエヴァさんは、フィリピンに住む夫、10歳と7歳の男の子と離れ離れの生活。そのエヴァさん、「家族のために日本に来ました。日本は技術が進んでいるので、日本にいたいです。経験を積むため日本に来ました」。
日本を選んだ2人
日本は母国に近いと語る2人
それでも「どうして」と尋ねると、2人から同じ答えが返ってきた。「日本はフィリピンから近い。サウジは遠いです。エマージェンシー(緊急)の時に日本はフィリピンに近いです」。
エヴァさんは土曜日の午後、会うことができない息子たちと、インターネットのチャットで会話を交わす。エヴァさんもマリアさんも、フィリピンの家族への毎月の仕送りは5万円を超える。
家族のために母国を離れ、中東で働き、今は日本から仕送りを続ける2人。家族に何かあった時は、なるべく早くフィリピンに帰りたい、帰ってあげたい。
あっと言う間にひらがな、カタカナをマスターし、漢字の壁に挑んでいく彼女たちのパワーの源泉は、フィリピンに住む家族なのだろう。
5:思いにずれは?
患者さんの手助けをするヌル・ハックマさん
足利赤十字病院では、フィリピンのエヴァさん、マリアさんのほか、インドネシアから来たヌル・ヒックマさん(26)の3人の外国人看護師が勤務している。
小松本院長は、「エヴァさんたちを『安い労働力』などとは全く考えていない」と話す。第一に、海外での勤務経験もある優秀な人材であること。さらに、彼女たちの存在が「病院の付加価値を高めてくれる」というのだ。
「外国人看護師の受け入れという先進的な取り組みを行うことが、病院に対する地域の信頼感や安心感につながると考えている」と小松本院長。足利赤十字病院は、「ギャップイヤー」という制度に基づき、英国とカナダから大学入学前の学生を受け入れてもいる。「先進的なこと、新しいことを続けていかないと、地方の病院は生き残っていけない」とも。
外国人看護師の受け入れをめぐっては、人手不足の「穴埋め」との見方もある。逆に出稼ぎ感覚で来日し、国家資格の取得を本気では考えていない人もいると聞く。
3人の外国人看護師
病院で勤務しながら国家資格を目指す
本人と病院側との認識のずれからだろうか、滞在を切り上げて帰国した看護師も出た。病院と看護師たちが一体となって国家試験を目指す足利赤十字病院のようなケースは、必ずしも多くないのかもしれない。
何のために病院は外国人看護師を受け入れるのか。彼女たちは日本で何をしようとしているのか。漢字の壁を乗り越える目的にずれはないのかを、双方がきちんと見詰め直す必要がありそうだ。
頑張っている外国人看護師、応援したいですよね!
すみません、質問なのですが、
こちらの記事は「時事新聞から転載」とありますが、いつの(発行年月日)の何という新聞でしょうか?
すみません。かなり前のことですので記憶がありませんが、たぶんhttps://www.jiji.com/から転載したものだと思います。
掲載年月日は、私が転載した日に近い日であることしかわかりません。