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表現者の覚悟

2011-04-21 21:13:30 | 音楽・アート
メディアアーティストの八谷和彦氏は,最近は原発の事故の様子を子供が理解しやすいように,「お腹を壊して下痢をした」という様に例えて説明するとうのをTwitterに書き,一躍有名になっております。私は八谷氏を無名の頃から知っているので,応援する気持ちが強いからかも知れませんが,Twitterに見られる現在の八谷氏の言葉を読んでいて,表現者というのはかくも強いものなのか…と関心をしております。

うんちの例はTwitterに書いた後,かなり反響があり,ネット上でアニメにする人などが出てきて,更に海外まで広がって行きました。そうなると当然突っ込みも入るわけです。元々子供が分かりやすいようにと例えていたのに,その意図を知らずに「不正確」だという人がいたり「うんちに例えるのが不謹慎」という人がいたり,絵を描いたのは彼じゃないのに,ふざけてるという人がいたり。他にも(八谷氏は原発縮小派なのに)事故を矮小化していて,これはプロパガンダに違いないとか,お金をもらって書いたのでは?という人までいました。

Twitterに書かれた瞬間を見ていた,わたしからすると,どれも的外れな意見で,経緯とか意図とかを確かめずに中傷する人がいかに多いか…と思ったものです。

こういう意見は八谷氏に直接届くように言われるものも相当多いようです。Twitterでのやり取りは我々にも見えますが,他の手段でも辛辣な言葉をもらってるのかも知れません。

でも少なくともTwitterでの八谷氏の受け答えを見てると,そういう不確かで無礼なコメントに揺らぐことなく,元々の自分の立場を何度も説明したり,前向きな意見を導くような問題提示や引用を行ったりしてるように見えます。私はその彼のブレなさに凄いな…と関心をしました。

アーティストのような自分名義で作品を世に出す人は,元々その作品が評価にさらされる事になります。それに耐えないと,継続的に作品を出していくことはできないでしょう。ネットでの意見は現実世界よりきつい言葉になる場合が多いようですが,そういう中でぶれない八谷氏に表現をするとはそういうことなのか…と思いました。そう思うと,ネットの有名人でも,ちょっとやそっと批判されたくらいじゃブレ無い人の方が,結果的に多くの注目を浴び,支持者も多いように思います。

もちろんアーティストの中にはもっと繊細な人もいて,中傷に翻弄されて傷付く人もいます。それがいけないわけでもないし,そういうのを見ないように逃げ回ってもいいし,それでも良い作品を出せれば表現者としてはありなんでしょうけど,なんとなく表現するために必要な覚悟…八谷氏に見た気がします。そういう意味じゃ,自分もネットに文を書いているけど,ブレまくってるし,まぁ素人はそれでいいんでしょうけど,玉石混合のネットでプロを見たなぁ…という気分です。
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