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たろの日記ページ,gooブログ版

http://taro-r.sakura.ne.jp の分家です。一部内容が重複してます。

東海地震ではない

2009-08-11 22:18:30 | 環境・自然科学
今朝未明地震で目が覚めました。5時くらい?。結構ゆれたので,どこだろう?と思いTVをつけたら静岡の近くの海。震度が6弱のところもあります。これはもしかして東海地震?と思いました。あとちょうど台風が静岡あたりに接近してるときでもあり,なんか散々な感じだなぁと思いました。
…とか思ったのですが,半日経ってみてみると,意外に被害は少なくて,建物の全壊とかほとんどない様子。一応亡くなった方もいるので,大したことない…というわけには行かないのですが,いわゆる「東海地震」が想定してるような大地震ではなかったようです。でも東名高速の路肩が崩れて通行止めとかあってるので,これからのお盆休み大変なことにはなりそうなのと,あと今日の台風はの被害はどうだったのでしょう?。
で,東海地震だったかというと公式には「東海地震ではない」とのことでした。大きさが小さいのと,地震のタイプが違うということで東海地震ではない…ということですが,それは別の言い方をすると「東海地震はまだ来てない」ということなんだろうなと思いました。
ここから不謹慎なことを書きますが,東海地震が来てしまうと困る人たちがたくさんいるんだろうな,と思いました。いや大地震が来たら本当に困りますが,東海地震が来て,意外にたいしたことなくて,そしてまたしばらく数十年は大地震が来ないとなると,ある意味めでたしの様にも思いますが,東海地震に備えてきた人たちのお仕事はどうなるんでしょう?:-p
というか,関東大震災の被害がものすごかったせいか?いつからか東海地震に備えて色んな設備投資がされている気がしますが,そこにはマーケットが既に形成されてるのだろうな?と思います。これでこなかったらどうするんだろう?。
とか書くと無駄遣いといいたいのか?と誤解されるので弁解しますが,わたしは東海地震を想定して多くのリソースがその予想とか対策に費やされたことが,日本を地震研究の先進国にした原動力になっていると思うので,良いことだと思います。ただ一方でここ十数年を省みると,東海地方以外にも,関西や新潟や,あと北海道とかで大地震が起きてるわけで,特定の地震だけではなく,もっと広く日本列島全体に地震対策を適用したり,またそこでの地震予想の研究を広めることはできないのか?という気もします。
もちろん,今回の地震が東海地震だとはわたしもいうつもりはないので,これからも東海地震を想定した体制というのは続けていけばいいと思います。でもいつかそういう時期も来るんだろうし,地震はいたるところで起きているんだしと,思います。
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コミュニケーションとアートの関係はDNAに刻まれている

2009-06-20 23:22:23 | 環境・自然科学
WIRED VISIONで隔離した鳥でも子供に歌を教えると上達したという文を読んで。
鳥は親から歌(鳴き方)を習うことで上達し,親から習わない鳥はうまく歌えない…というのは昔から知られているのですが,そういう鳥を隔離して数世代過ごすと,だんだん世代を経るうちに歌がうまくなるとのことです。リンクの記事はこれをもって,歌い方がDNAに刻まれているという風に考えてます。
同じことを人間に当てはめると,人間は親から習って言葉を覚えますが,いきなり赤ちゃん二人を宇宙船に連れて行き,機械に育てさせると当然言葉をしゃべれませんが,その二人が子供を作って,さらに子供を作って,と続けているうちに数世代で言葉をしゃべれるようになる…という事になります。
この実験結果を読んでわたしが思ったのはDNAに言葉(歌い方)自体が刻まれているというよりは,言語や歌い方の様な情報,もしくは何かを「伝える」という技術は相手に伝えることで,成立,もしくは上達していくのだな,ということです。そしてそれは,もしかしたら世代差みたいのが必要なのかもしれないということです。
つまりDNAに刻まれているのは言葉自体よりは,言葉を受け取れるか?ということで,相手に言われたことを理解できるか?,自分の言った事を相手は理解しているか?,そういうことを判断する能力はDNAに刻まれているのではないか?。そして相手に伝えていくうちに,伝わっているかが判断され,表現はすごいスピードで精査されていくのではないか?ということです。
であれば,同じ世代の二人でも表現は上達するように思いますが,実際そういう部分もあるのでしょうが,こういう表現を受け取る能力は子供の頃に極めて高いのは子供の言葉を覚える能力の早さを見れば明らかだし,でも複雑な表現は子供より大人の方がうまいことから,実際はある程度子供と大人の組み合わせで伝えて行くほうが,精査されるのが早いのではないか?ということです。
芸術も実際に売れている,つまり多くの人に表現が伝わっている人の方が,どんどん上達することの方が多いように思います。もちろん,それは経済的な理由とか他のこともあるのでしょうが,表現をして受け手が反応してというやり取り自体が文化を育てる,そしてそれはコミュニケーションこそが文化であり言葉である…ということ,そのこと自体はDNAに刻まれている…ということをわたしは思いました。
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精子は単なるリセットボタン???

2009-03-30 09:17:48 | 環境・自然科学
本を読んでいてちょっと思ったので,メモ。
遺伝子というとDNAだ,と書かれている本が多いのですが,確かRNAかミトコンドリアだったか忘れたけど,そっちも遺伝するんじゃなかったっけ?。もちろん母体の方だけのだけど。DNAが遺伝子だという言い方は,男性中心の見方じゃないのか?という気がしました。
というより,むしろ遺伝というのは,ほとんどは母子間であり。男性の遺伝子は,遺伝というよりは,なんかリセットキーを押すために入ってくるんじゃないか?…とか。受精して生まれるというのが,人間の成長を一からやり直すときという風にも思えるのですが,通常の細胞分裂じゃなくて,またひとつの細胞,つまり万能細胞から増えていくのですけど,そのきっかけというか。
もちろん,だからといっても実際は子供には父親の性質は伝わっていて,精子は卵子のボタンを押して終わりってわけじゃないのですが,異物が入ってきたので,再起動しました…という感じでもあるなぁ。まぁパッチを当てたので再起動…とも取れるけど…。遺伝等のが父親半分母親半分というのはDNAを中心に見るとそうなんでしょうけど,細胞全体で見てもそうなんですかね?。ミトコンドリアとがに重きを持つ考え方もあったような。
…と,半分冗談でもありながら,そういうのもありえるかなぁと思いました。
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ビートと人間

2009-02-01 21:43:19 | 環境・自然科学
Wired Visionの「音楽」は人間独自の能力?という記事を読んで,あぁ確かに歌は人間以外の動物も歌うけど,ビートを刻むのは人間だけじゃないか?と思いました。いや,確かに音楽のリズムに合わせて踊る鳥とか動物もいますが,あくまでも例外というか,普通に動物同士のコミュニケーションにリズムが使われていることはないのでは?という気がします。
だったらどうして人間にだけリズムを刻む能力があるんでしょう?。リズムというと日本人はリズム音痴で,騎馬民族じゃないから?と以前よく言われてました。その真偽はともかく,じゃぁ馬自体がリズムを刻まないのか?というと,どうでしょう。走る分には刻んでいる様も見えますがだからといって刻んでなにかを伝えることはやっぱりありません。
動物の中で人間だけが持っている能力というとしゃべることですが,以前から良く聞くのは,人間は喉の能力が発達してしゃべれるようになったという話。でも,リズムを刻むのは喉にはあまり関係ないようにも思います。どうもよくわかりません。でもリズムでコミュニケーションする能力が先にあって,そこから言葉を習得したのでしょうか。とても興味深く思います。
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暑い28度寒い28度

2008-08-23 22:56:50 | 環境・自然科学
昨日も結構寒かったが,今日も寒かったというか,今日の方が寒かった。昼間も25度くらいしかなかったのではないか?。寝不足なせいもあってか,体がだるく朝からずっと鼻水。そんななか横浜まで行ったので,さらに疲れた。一応厚着をしていったのだけど,やっぱり鼻水は止まらず。続々という寒気ではなかったので,熱が出たわけでないと思って夕方かえって体温を測ったらむしろ36度なかった。寒くて体温が上がりきらず体調が悪かった模様。まぁ冬場は,そういうことが多いのだけど。
ちなみにクールビズの28度,暑いとか寒いとかじゃなくて,初夏の28度と晩夏の28度は体感が違うと思います。夏場の熱帯夜を何度も経験した後だと28度は結構涼しいけど,上がっていくときは暑いでしょう。良く外気と室内の温度差が問題になりますが,ひと月くらいのスパンで見て,人々の体がどれくらいの気温に慣れてるかまで見て設定温度が変化したら賢いよなぁとは,思います。すでにそういう製品考えられているかしら?。
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都心の水害

2008-08-09 08:57:03 | 環境・自然科学
最近関東もというか全国的にスコールが降るような天気になっていて,わたしが高校時代の熊本とかこんな感じだったなぁとか思うのですが,でも,ちょっと違うか。あの頃の熊本は朝晴れて,夕方土砂降りで,1時間くらいでやんで,夜はすずしかったけど,今の東京とかの降り方は,結構夜もだらだら降ったり,涼しくならなかったりする。
と天候が変わっているのは理解してるのですが,妙に水難が多い気もします。まぁ夏は水難事故が多いのは例年のことですが,今年は特に海とかじゃなくて川が多いなぁと。川が氾濫するとかいうのは世界中どこでもだろうと思っていたら,日本の川は特に水が多いときと少ないときの差が大きいとのことで知りませんでした。へぇ。
でも,かって中国では治水が王の大きな仕事で,治水が出来ない王の統治はすぐに壊れていたとかいう話しも聞きます。つまり,治水とか災害対策は,国のメインの仕事であり,それがまともに出来ない政権はいつ倒れてもいいってこと,ともいいます。
わたしが子供の頃いた熊本は,わたしが生まれるちょっと前に,大水害で多くの人が死んだというのあって,結構熱心に水害の怖さを伝えていたし,堤防の整理も一生懸命でした。中学高校時代に水害にあっていた地域がだんだん減ってきて,排水とかの工事も進んでいるんだなぁという印象があります。
一方で首都圏とかの最近の水害を見ると,みずに使ったりするのは,川を無理やり埋めて,能力を落としたり,舗装が増えて,川に流れ込む量が増えたり,いろいろでしょう。でも,要は,そういう自然に対して何とかなるだろうとかいう意識が高まってるのが反映されてる気もします。病気もそうですが,人間は,本当に,なんでも何とかなるって思っていて,そしてそのしっぺ返しを今受けてるってことなんだなぁという気がしました。
治水が大事というのは今風に言えば環境問題ってことで,経済とか利便性とかよりもやっぱり環境問題なのかもしれないな。それは数千年前から変わってないのだろうな,などと最近の都心の水害振りを見ていてもそう思います。
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ムペンバ効果に反発するのは何故?

2008-08-03 09:43:51 | 環境・自然科学
ためしてガッテンでムペンバ効果が紹介され,それに対して大槻義彦名誉教授が批判したということで,ちょっと前に話題になってました。それ以外に専門家による番組の検証とかをみてると,現象自体はありえるけど,番組の取り扱いにはあまり肯定的ではありません。ほかにも激しく批判しているページがあったのですが,なんかげんなりしたのでリンクは止めておきます。疑似科学とかいってる人いました。
個人的には,別にこういう現象をTVで取り上げるのは悪くないのではないか?と思います。現実にある条件で起きる可能性があるのであれば,嘘ではないでしょう。もちろん条件が不明ですから,再現性が低くて,TVを観た人が試してもうまくいかないのかも知れませんが。論文で発表されている現象ですし,学会の大半が否定をしてるわけでなければ,ありうることは事実なのでしょう。
お湯を冷蔵庫に入れて食品や冷蔵庫を傷める可能性があるってことは,そういう注意をしたほうがいいとは思いますが,水が凍るという身近な現象でも,感覚と違うことが起こりうるというのは,子供とかにも科学への興味を起こさせるって意味で,わたしはいいと思いますけどね。
わたしはそんなことよりも若者の理科離れの方がよっぽど心配です。そもそも疑似科学が流行るのも理科離れによるところも大きいと思うのに,疑似科学だといって,科学への興味をそぐようなことを言うほうが問題でしょう。ある仮説が本当か間違いか,科学的態度か疑似科学的態度かというのは,まずは科学に興味を持ち,自分で確かめることにより,その感覚は形成されるものです。
水が凍る現象というのは,子供が自分で確かめるには適切なくらいに,身近だし,うまくいかなければ,何故うまくいかないか。たとえ間違いであっても,TVでいってることが間違いもありえるというのが自分で確かめられるという意味でも,今回のねたは格好の材料だったように思うのに。
少なくとも科学者が,誰かが紹介した仮説を,論文を読まずに,自分の経験と,数回の事件だけで頭ごなしに否定するというのは,科学的態度ではなく単なる権威主義です。そういう態度を著名な科学者が取ることの方が問題だと思います。
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エコは免罪符にあらず

2008-07-22 22:23:47 | 環境・自然科学
地球温暖化対策について異を唱える論は以前からそれなりにあったと思いますが,最近増えてきているそうです。でも海外の方がもっと多くて,日本は比較的少なかったらしいです。
確かに地球温暖化のシステムや弊害というのはややこしく科学的にも不明瞭な部分が多いでしょう。本当に二酸化炭素排出量を減らすことが温暖化をとめることになるのか?。ごみのリサイクルがどれくらい効果があるか?良く判らない部分もあります。そういう部分に疑問を投げかけるのもわかるのですが,だからといって,二酸化炭素排出量の抑制やリサイクルをやめる必要があるのか?というと本当だろうか?と思います。
そもそもこういう対策に異を唱える人たちは何を望んでいるのでしょう?。二酸化炭素排出量を減らすと何が困るのでしょうか?。リサイクルをすると何が困るのでしょうか?。もちろん産業革新の弊害になっているという意見もあります。でも二酸化炭素やゴミを排出するというのは,エネルギーを消費しているということでもあり,二酸化炭素が温暖化の原因でないとしても資源を枯渇させる原因にはなります。
また,環境団体の都合がいいことに使われているというのもあるでしょう。そういう人たちにだまされていたと腹を立てているのかもしれません。でも,確かにそういう団体が自分たちの存在価値のために運動をしている部分もあるでしょう。でも,それが100%ではないし,そういう要素が少しでもあったら,ほかの効果は意味がないというのでしょうか?。
ほかにもペットボトルのリサイクルやエコバッグの使用,家庭電力の節約があまり効果がないという人もいます。でも効果が0だったり,悪影響があるわけでもないでしょう。いや,悪影響があるとしたら,その活動をすることで,ほかの節約や,行政や企業に働きかけることを止めてしまう,という弊害はあるかもしれません。
実際,環境に関心があっても何をやっていいかわからない人に,環境運動はうまく利用されている部分もあって,一種の免罪符になっているような気もします。
わたしは,環境運動が嘘だったといって騒ぐ人の方が,むしろ,エコ運動を免罪符だと思っていた。それが違っていたので,腹を立てているのではないか?と思うこともあります。実際に環境問題はとてもややこしく,これをやったらもう大丈夫というものはないでしょう。だからこそ議論は必要だし,環境運動に懐疑的になるのも意味はあります。しかし,それは環境運動を無意味だとし,止めてしまうというものではないし,もっと効果があるもの,もっと根本を問うものという意味での反論ではないでしょうか?。
環境運動は何のために必要なのか,それは常に見失わないで続けないといけないと思います。もちろん国家間のパワーバランスとかそういうのでもなく。
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食べ残し

2008-05-07 11:47:41 | 環境・自然科学
大阪の高級料亭船場吉兆が食べ残しを使いまわしていたという話は,単純に呆れる話で,利用したことが無い自分には無縁の話なんですが,こういう店には将来もいかないだろうな…と思っただけでした。まぁそうなんだけど,この事件を茶化してるページを読んでちょっと受けました。
一方で日本人は一人当たり年間170キロもの食料を捨てているって話もあります。あまった食材を捨てましょう…っていう考え方が手放しで受け入れられるわけでもありません。もっとも,食べ残しを再利用してでも食べましょうというのは,家庭での話で,外食の様に,誰が手にしたかわからないものを食べるというのは感染症とかの衛生面から決して勧められません。
ついでに,調べてみたら農水省が出した外食産業の食べ残しの概要っていうのが見つかったのですが,まぁリンク先のとおり。実はレストランでの食べ残しは3%。披露宴(23%)や宴会(15%),宿泊施設(13%)が多いです。家庭での食べ残しは1%とさらに低いのですが,こちらには過剰除去とかもあって食品ロス自体は4%。まぁでも数パーセントだと,無駄してるとはいいづらいかなぁ…とも思います。
ちょっと面白かったのは,保存が利かない刺身は料理の最初に出るせいもあってか,食べ残しは少なく,最後の方に出るからか,好き嫌いなのか,焼き魚とかは食べ残しが多く,吉兆が焼き魚を再利用していたというのと,うまくはまります。ちなみに外食での再生利用率が上がっているというデータもありますが,これって具体的に何をしてるんでしょうか?。家畜とかの食料になってるって意味?。
理想を書くと,披露宴や宴会場の食べ残しは出された人の折り詰めにでもして欲しいところですが,最近はあまりそういうのも聞きません。宿泊施設の場合は難しいかなぁ…。この辺って単品ではなくてコースで出るし,足りないと客が不平を出すだろうから,どうしても多めに出すのだと思います。
一方で,メタボの話から,出たものを全部無理して食べるのもどうかと思うし,規則正しく食事をするって事は,お腹が減ってなくても食べるって事だし,以前書いたのですが,生産過剰で農地で捨てられる食材も家庭で捨てたほうが,農家のためにはなるって話もあって,実はこの辺の食べ残しの問題は簡単ではありません。ただ,一つ思うのは,食料品の値段が上がってるって世間では言うけど,まだまだ日本はそういう意味ではぜんぜん切羽詰ってるわけでは無いなと。本当に食べるのに困ったら,外食で余った食べ物はもってかえるでしょう?。いや,食べるのに困ってる人もいるのでしょうけど,そういう格差があるというべきなのでしょうか?
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人間は地球にとっての常在菌か?

2008-03-10 21:00:35 | 環境・自然科学
今週更新分のヴォイニッチの科学書を聞いていたら,第二部のお便り紹介で,地球温暖化は悪玉菌としての人間が増えすぎたので,地球が熱を出しているのではないか?というのがあって,アシスタントのBJ氏は面白がっていたのに対し,司会の中西氏は納得がいかない様子でした。
中西氏は人間が悪玉菌の様に言われているのが人間としては面白くないという感じでした。でも,地球が熱を出しているっていう表現があってるのかわかりませんが,人間をひとつの生物とすると,ひとつの種がある環境で増えすぎたら環境が変わって,もともとその種にとって活動しやすかった環境が悪くなる…というのはそうなのだろう…とおもいます。
人間が善玉菌みたいになって地球と共存できたらいいのに…とその場はまとめてましたが,でもどんな生物でもやっぱり増えすぎたら環境が変わるのはそうなんでしょう。
最近環境問題が大きく話題になってますが,なぜか以前ほど人口爆発がネガティブに言われなくなったのはなぜでしょう?。わたしが子供の頃は地球で人間が増えすぎて…さあ大変…っていう言い方がよくあったように思います。大体中国が一人っ子政策を取ってるのも,人口が増えすぎたら困る…っていう事じゃないのですか?。でも,それ以外の国では,少子化を問題にして,人口の低下が国力の低下の様に言われてるのは,なぜでしょう?。
まぁ長いこと人口が増えるのが良くない…といわれていた時代にも人口が増えることを前提とした社会保障システムを作ってしまってにっちもさっちもいかなくなってるとか,あと自分の国は人口が減ってるのに他は増えてるのが良くないとかそういうことなのかも知れませんが…。
人道主義が進んで人の命が重たくなっちゃったので,人口が増えると困るというと弱い人を見殺しにするのか?とか言われるのを怖れているのか…とも思います。
まぁ確かにそうなんだけど,環境に適応してバランスを保つには,やっぱり人口とかはどこかで均衡を保つ必要があると思うし,その人口調整が寿命だけで取れるものかしら?とも思います。寿命だけで人口バランスが取れるって事は,つまり平均寿命が変化しない状態になってないと出来ないわけで…,そういう意味では,寿命が延びている状態もあまり手放しに喜ばしい状態でも無いのか…とも思いました。
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