高江雅人  竹工芸職人の独り言  竹工房オンセ

高江雅人  竹工芸を初めて37年、徒然なる出来事をアップしています。

名古屋松坂屋

2008年07月12日 04時59分48秒 | 出張

昨日は、何とも言えず嬉しくなる一日であった。

711_008 朝一番に甥っ子の啓一がやって来た。今、滋賀県の学校で看護士になるために学校に通っている。丁度、実家に帰っている時に私が松坂屋に来ている事を知り、顔を出しに来た。まー、半分はお小遣いの集金に来たのかも知れない。こちらも、その事は充分承知している。

啓一が帰る時に「宅急便を出してくれ」と私が頼んだのだが、30分ほどして、携帯に電話が掛かってきて、「今、宅急便を出しました。伝票番号は○○○○です。」「そうか、ありがとう」と私が電話を切ろうとすると、「番号を復唱してください」と言う。「へー、そんな対応が出来るようになったのだ。いつの間にか、子供子供と思っていたのに、社会のルールやマナーをちゃんとできるようになったのだ。」と当たり前の事なのだが、妙に感心してしまった。

次に友人の嘉っちゃんが明るい笑顔でやって来た。彼女とのお付き合いも、もう20年来で、私の学生時代の友人の奥さんである。残念ながら、本人は10年ほど前に脳溢血で亡くなってしまった。生前には、私が暮らしている山暮らしに憧れ、毎年、友達を連れて、わざわざ九州まで遊びに来ていた。本人がいなくなった後も、私が松坂屋に来た時に顔を出してくれ、いつも差し入れをしていただく。奇麗で、明るく、飾り気の無い人柄に接すると元気を頂く。

午後からは、小学校の恩師、服部先生がお見えになった。昭和2年生まれというから、もう80を過ぎて居られるが元気だった。私の小学校時代の話を懐かしみながら話してくれる。ちょっと照れながら、「何千人と教え子がいるけど、あなたが一番好きよ!」と仰ってくれる。服部先生は5・6年の時の担任である。一番の思い出は、小学校の謝恩会でのクラスの出し物で、私が企画、演出した劇で、すべて任せてくれた事だ。私は総合司会の役柄で、舞台の上から劇が終った時、ものすごい拍手を貰った事は今でも覚えている。「人は褒めて育てよ!」とよく言われるが、正に、私は服部先生に褒められて、悪ガキだった私を認めてくれて、自信を持つことが出来たのだろう。

その後、高校の同級生の「昌直」が顔を出してくれた。彼も、毎回私が松坂屋に来た時に顔を出してくれる。友人とはありがたいものである。彼との思い出も沢山あるのだが、それはそのうちアップしよう。

それと、何より、私の憧れの人が来て下さった。お客様なので、特徴を書くと差しさわりがあるので書けないが、気品に満ちた美しい方だ。恐らく、この人と話している時の私の顔はデレデレの顔をしているのだろう?(テヘ‥)

幸せを沢山頂いた一日であった。ありがとう。

竹工房オンセ

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