瀬崎祐の本棚

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詩集「青の棕櫚」  山村由紀  (2013/11)  港の人

2013-12-18 21:58:41 | 詩集
 第3詩集。85頁に22編を収める。
 自分の生活の周りにあるものが孕んでいる物語を優しく言葉にしている。
 「去年の夏祭りの/夕立が降った日に届いた手紙」を捜しているという作品「手紙」。その手紙の封筒には金魚鉢が描かれていたのだが、「幾度も読み返すうちに」「金魚が消え」てしまったのだ。

   抽斗の奥の奥
   紙のすきまをするりするり
   逃げた金魚が泳ぎます
   通り雨に打たれるトマト畑に
   眠る金魚がまぎれています
   胸の奥にしまいこんだはずの
   角張った文字から まだ声が聴こえてきます

 手紙にあったのは大切なことばだったのだろう。しかし、なにかしらの微かな棘のようなものを感じることばだったのかもしれない。そこに小さな滑らかな動きをする金魚のイメージが美しく重なってくる。最終部分では、わたしは夏の空の底から「尾びれをふるわせる金魚とともに/あぶくをひとつ吐き出」すのだ。余分な事柄の説明はなく、ただわたしと手紙のあいだにある感情だけが、視覚的にとらえられる形で見事にあらわされている。
 詩集の中ほどに、精神を病んだ叔母さんを詩った作品がいくつかある。病院に見舞い、幼いころの思い出を取り出し、そして弔っている。どれほどの優しさで叔母さんに接していたかがしみじみと伝わってくる。
 「茗荷」は七月の夕暮れの情景を切りとった作品。まな板の上で切られた茗荷の断面は「苦痛で一度も目を開かなかった人の/眉間の皺に似ている」と思っている。水にさらすと香りが漂い、湯が沸くあいだに花壇に水やりをする。

   勢いよく蛇口を捻ると
   青いホースが空中を泳ぎ
   わたしの服や足を濡らして
   再び地面に横たわる

   弧を描く水

   どこかで雷の音がする
   夕立が来るのだ

 的確に切りとられた言葉が、特別なことはなにもない情景をひとつの組み立てられたものとして取り出している。こうして描かれることによってその夕暮れの日は物語となっている。
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詩集「祝福」  山本泰生  (2013/010)  歩行者

2013-12-16 17:16:01 | 詩集
 第8詩集。大判の86頁に35編を収める。
 巻頭の数編には”相棒”と親しみを込めて呼ぶ伴侶の入院生活の一場面や、退院してからの静かな生活の様子が詩われている。相棒を思いやる気持ちがどの作品にも満ちあふれている。
 「かくれんぼ」では、夫婦の内の一人が永遠のかくれんぼをしてしまう時を思っている。どんなに辛くても、どちらかが先に姿を消すのだ。もし、わたしがひとり残ってしまったら・・・。

   そうだ
   わたしが鬼になろう
   おまえの隠れそうな所へ捜しにいこう

   いつまでも見つけられなくて
   うろうろするうちに
   わたしは帰り道を忘れてしまう
   それがいい

 なにかとてもよいことを思いついたように気持ちが前向きに弾んでいる。辛い避けられない日の訪れの予感を、こうして耐えようとしている。
 「飛舟」では、「生きることをただ消化する日々」に「核心に届こうとする」ことばを捜している。それは「青く冷たく」たぎっていて、「風になって」「あっという間に吹きぬける」ようなものなのだ。

   笑うひとがいて
   自分のことをひとり笑っていると
   こんどは
   弾むことばから近づいてくる
   一瞬じゃれては突きぬける
   命の炉もたやすく

 気持ちが優しくほぐされるような詩集であった。
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詩集「生樹の門」  在間洋子  (2013/10)  土曜美術社出版販売

2013-12-15 10:22:39 | 詩集
 詩集としては5冊目か。117頁に31編を収める。伊藤桂一の跋が付いている。
 日常生活のなかでの事象から呼び起こされる感情を、親しみやすい素直さで書きとめている。
 「百円ショップの時計」では安価な時計が詩われている。文字盤が大きくて見やすいが、音も大きく深夜には靴音のように聞こえるのだ。うるさいよと時計に文句を言うと、時計が答える、

   一足一足向かっているのさ
   おいらの寿命の尽きる時
   あんたの終わりのその時へ
   世の形あるものも無いものも
   潰え消え去る闇へさえ

 たしかにすべての生あるものは終わりに向かって時を過ごしているわけだ。しかし作者は「その時を/忘れたふりして眠っていたい/わたしを起こすな/たった百円の分際で」と、少しユーモラスにそのことを受け止める。この明るさが気持ちよい。
 そして、なによりもこの詩集にあるのは優しい心である。昏睡状態にある義母を見舞った作品「あくび」では、眠ったまま小さな咳をしてあくびをする様が描かれている。そして

   生の炎を閉じていくことは
   生の炎を点しはじめたころにもどること
   そして もどっていく先は
   闇へ ではなく ひかりの中へ
   新しいひかりの中へ生まれること

 作品を読んだ者までもが優しい気持ちになっていくようだ。
 この優しさは、夫や子供たち、さらには目にした花や樹木、動物たちにもそそがれている。
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詩集「セルペンティーナ/わがメルヘン」  植村勝明  (2013/10)  土曜美術社出版販売

2013-12-13 18:52:28 | 詩集
 旺盛な創作意欲に感嘆する著者の第8詩集。89頁に、4行から24行までの長さに切り詰められた61編の散文詩を収める。
 どの作品でも、物事を冷静に見つめての考察が述べられているのだが、そこには皮肉な視点がある。さまざまな事象に突き当たった苦い思い、と言ってもいいのかもしれない。
 たとえば「緑の葉」では”精神”について、「終局的に辿りついた物質。ただし極めて不安定。」と定義づける。そして過去から現在、未来への「あらゆる方向に視線を巡らせ、無数の反応をしなければならない」という。そんなことを続けても、

    なんにもならない。悔いが残るだけだ。樹木はすぐれた本能によ
   ってその少し手前で立ち止まる。緑の葉をそよがせ、暢びやかに呼
   吸をし、花と果実を着ける。けっしてそこから先へ迷い込まない。

 また「馬」では、ある地方で食用にされるために飼育される馬について述べている。その馬は生まれたときからただひたすらに「人間の食卓めざして駆け出」しているのだ。それらの馬の生命はただわたしたちに食べられるためにあるというようなのだが、

    さてこの疾駆を噛み砕くことはとうていできない相談である。馬
   たちは依然わたしたちの中で走り続ける。疲れきって、馬たちの復
   讐の背にしがみついて、わたしたちは。

 わたしたちは言うまでもなく他生物の生命を奪って生きているわけだが、その有り様に怖ろしい仕返しをされる想念が描かれている。馬ばかりではなく、わたしたちの中で魚たちが泳ぎ回り、いろいろな野菜が生い茂っていく様が想われてしまった。
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詩集「果無」  近藤洋太  (2013/10)  思潮社

2013-12-10 20:05:59 | 詩集
第4詩集か。89頁に10編を収める。
 「覚書」には、「今は亡き人たちへの鎮魂でつもりで書いた」とある。たしかにどの作品でも言葉の裏側に死が寄り添っているようだ。
 霊場である玉置山を訪ねて、般若心経とともに亡き母に語りかける「玉置山にて」は200行近い作品。母の半生のその内容の物語性もさりながら、わたしの母への思いがふつふつと伝わってくる。それは肯定とか否定とか、容認とか反発とかいったものを超越した無二のものへの愛情以外の何ものでもない。
 他の作品では、突然にこの世を去っていった若い友人に捧げた「おい岩間」、父を詩った「五十回忌」、宗左近の七回忌に書かれた「カミサマの馬鹿野郎」など。
 「果無」は「故眞鍋呉夫先生に」との副題が付いている。果無山は紀伊にある「実在する山」とのこと。東京の集落斎場で先生は荼毘に付されたのだが、その日、遠く離れた果無峠に向かう石段の登山口でわたしはもう一度最後に先生に会うのだ。

   もう言葉は通じなくて
   軽く帽子を持ち上げて挨拶されてゆっくりと果無峠に向かって上って行かれました
   その姿が草藪に隠れるまでわたしは見送っていました
   今生のお決れを何度も練習してきたのに
   先生が果無の道を行かれるのを一日延ばしにしたくて
   だから果無の話をそのつど避けたのだと今思います

 果無峠は向こうの世界へ通じる道だったわけだ。哀惜の念が静かに広がっている。
 「白雪姫」は詩誌「スタンザ」で読みとても印象的だった作品(「現代詩手帖」詩誌評で感想を書いた)。

   白雪姫は聞こえる方向をふりかえり
   いっそう悲しい目つきになった
   --さらんば さらんば
   そうして私たちはわかれた
   嘘ではない
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